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錦織圭を輩出したプロ養成所の知られざる裏側

宮下幸恵NY在住フリーライター
IMGアカデミーの学校案内。

IMGアカデミーはプロ養成所?それとも??

2016年末、テニス・錦織圭の公開練習取材で訪れたフロリダ州ブラデントンにあるIMGアカデミーには、真新しい建物がいくつも並び、真っ白な壁が眩しいほどだった。

錦織以外にもマリア・シャラポアなどを輩出したことで、日本では「プロ養成所」のイメージが強いIMGアカデミーだが、「スポーツで大学進学を狙う子が多い」というのは、公開練習を取り仕切っていたIMGスタッフだ。

IMGアカデミーは、野球、サッカー、バスケットボール、アメリカンフットボール、陸上、テニス、ゴルフ、ラクロスの8競技を指導し、寮も備えるスポーツ総合学校だ。キンダーと呼ばれる幼稚園年長から12年生(高校)までの13学年で約1000人の生徒が在籍し、生徒の約6割がアメリカ以外の国から来ているという。

学校に入る場合も短期のキャンプに参加する場合も競技レベルは問われず、「パッションがあれば」(前出スタッフ)誰でも参加する事ができるのはあまり知られていない。

開放的なテニスコートでいつでも練習できる。
開放的なテニスコートでいつでも練習できる。

アカデミーにはインドアを含む55面のテニスコート、4つの野球場に18ホールを備えたゴルフコースなど、競技を支えるハード面だけでなく、銀行、ヘアカットやティーンエージャー向けのアクネフェイシャルまで行うスパとソフト面も充実している。

アメリカの学校でこんな栄養掲示板があるなんて驚き。
アメリカの学校でこんな栄養掲示板があるなんて驚き。

さらに、カフェテリアには練習や試合の日とオフの日に合う栄養価が書かれた掲示まで・・・。チーズピザだけの日もあるアメリカの学校給食とは大違いの野菜豊富なメニューが並ぶ。

ここまで施設が充実した上で、錦織のようなトップアスリートを身近に感じることができ、コーチ陣も一流と来たら、学費が安いわけがない。

学費は超高額

学校だけ通う場合、キンダーでは年1万3000ドルからスタートし、高校では年1万9600ドルが授業料(寮なし)となる。もちろん、キンダーや小学校の段階ではスポーツに特化した授業内容ではない(例外はゴルフ。小学校生からあり!)。

しかし、8競技のうちどれかスポーツを行い、寮生活にするとなると、一番学費が高いのはゴルフで、高校で8万2900ドル、中学で8万900ドルかかり、次に続くテニスでは高校で年7万5900ドル、中学で年7万3900ドルと、どの競技も最低で7万ドル以上(いずれも年間)、約815万円(1ドル=116円で計算)となる。

しかも、返済不要の学費援助制度であるファイナンシャルエイドはなく、錦織が受けた盛田正明氏のテニスファンドのような支援がなければ、全額実費となる。

こんな目が飛び出るほどの学費を、一体誰が払えるのか?!

中には誰もが知っているアメリカ企業のCEOを親に持つ子供や、テレビで見かける有名キャスターの孫だったりするんだとか・・・。そしてIMGスタッフが教えてくれたのは、昨年12月にウォール・ストリート・ジャーナルに掲載された一つの記事だ。

WSJに掲載された経済的犠牲を払うスポーツペアレンツ

「Families Who relocate for Sports Prodigies」http://www.wsj.com/articles/families-who-relocate-for-sports-prodigies-1481813866、子供のスポーツ英才教育のために経済的犠牲を払って引っ越しする家族の特集だった。

記事の中には4家族登場するが、その中に息子2人をIMGアカデミーでサッカーをさせるために、バハマの家を売り払いフロリダ州へ引っ越して来たイギリス人家族がいる。

ロンドン近郊の家は残したまま、最初は月9000ドルの家賃を払い住んでいたが、30万ドルで家を購入(驚くのは、その家を31万ドルかけて改装したこと!)。IMGアカデミーは生徒家族のために不動産屋も紹介する世界でも珍しい学校と紹介されている。

記事には「子供の学校を変えるなんてかわいそう」「燃え尽きたらどうするんだ」など批判的なコメントも目立ったが、賃貸契約を途中で破棄することでペナルティーを払ったり、不動産の売買で損をする事があっても、子供が望むなら環境を整えてあげたいという親心は世界共通なのかもしれない(ちなみに、IMGアカデミーには怪我をした場合の復帰までを支えるプログラムもある)。

一芸に秀でていると有利な大学進学システム

そこまでしてスポーツにかけるのには、アメリカの大学進学事情が大きく影響している。学業だけでなく、スポーツや地域へのボランティア活動など、「プラスアルファ」が重要視されるだけに、小さい頃から何か一つ秀でたものをと習い事を掛け持ちさせる親も多い。

筆者が住むニューヨークに限れば、スポーツでなくとも、より良い公立校のある学区へキンダーや小学生のうちに引っ越しする場合もある。

ニューヨーク在住で学校選び、及び受験サポートを行うビアンキ曉子さんによれば、

「ニューヨークで(スポーツで)公立校へ(の転校)は難しいところも有るのかと思います。やはり、人気の有る学校は席が空いてないですから。

私立はどうかと言うと、編入可能だと思います。 勿論、空きがあって、学力、性格、資質も学校に合っていると言う前提です。 スポーツの為に私立から私立へ(の転校)と言うと、例えば、乗馬やスキーの様に学校でチームが無く、個人で全国大会にでている様な方は、大規模の学校から融通の効きやすい少人数の学校へ、また勉強が比較的楽な学校へ。音楽や演劇、芸術等もそうです」と珍しいことではない。

夢のプロへの扉を開き、さらにそこから弱肉強食の世界を勝ち抜きトッププロにのし上がるのはほんの一握り。それでも夢へ挑戦する子供達もいるが、多くはアメリカ国内の難関大学への門を開くために、スポーツに打ち込んでいる。

IMGアカデミーでは授業は午前中で終わってしまうため、午後の練習をこなし夕飯を食べた後に、勉強の個別指導や、大学進学に必要なSAT、ACTなどのテスト対策、タイムマネージメントから履歴書の書き方、どの大学が合うのかカウンセリングと総合的なサポートも行なっている。IMGコネクションで著名人から推薦状をもらうことができたら、大きなアピールポイントにもなるだろう。

前出のスタッフによれば、昨年ゴルフで奨学金を得た生徒がプリンストン大学(ニュージャージー州)へ入学したことで、アイビーリーグの8校全てに卒業生を送り込んだという。アカデミーの大学進学率は9割を超え、全米平均(2014年秋で女子56%、男子44%、The National Center for Education Statisticsより)を大きく上回り、『エリート養成所』の一面もある。

アカデミー出身で有名大学を出た生徒のその後が気になるが、小さい頃からインターナショナルな環境の中で揉まれ、スポーツに打ち込み、「誰にも負けない自分の強みはなんなのか」を考え抜くことは、子供の心身を強くする。それはこの世界を生き抜くために、一番必要な強さかもしれない。

NY在住フリーライター

NY在住元スポーツ紙記者。2006年からアメリカを拠点にフリーとして活動。宮里藍らが活躍する米女子ゴルフツアーを中心に取材し、新聞、雑誌など幅広く執筆。2011年第一子をNYで出産後、子供のイヤイヤ期がきっかけでママ向けコーチングの手法を学ぶ。NPO法人マザーズコーチ・ジャパンの認定コーチに。『「ダメ母」の私を変えたHAPPY子育てコーチング』(佐々木のり子、青木理恵著、PHP文庫)の編集を担当。

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