藤圭子さんの自殺 テレビのニュース報道は、国際的な「ルール違反」だらけ

8月22日、テレビ各社は昼ニュースから夕方ニュース、夜のニュースまで、歌手の藤圭子さんの転落死を伝えるニュースをトップ扱いで報道した。

こうしたテレビ報道の多くが、実は自殺に関する「国際的な報道のルール」ともいうべきガイドラインに違反している。ところが、このガイドライン、一般的にほとんど知られていないばかりか、肝心のメディア報道に携わる記者やデスクらもほとんど理解していない。このため、有名人が自殺するというニュースのたび、同じようなルール無視の報道が繰り返されている。

■自殺に関する国際的なルールは・・・

「国際ルール」というのは、国連の専門機関であるWHO・世界保健機関が定めた報道のガイドラインのことだ。

少し長くなるが、辛抱強くお付き合いいただきたい。

WHOの報道ガイドラインについては内閣府もホームページで日本語に翻訳した文章を掲示している。

報道ガイドライン「WHO 自殺予防 メディア関係者のための手引き」 2008年改訂版日本語版だ。

http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/link/kanren.html

この「手引き」には報道関係者が自殺を扱う場合の「クィック・リファレンス」として11項目が掲げられている。

それらは以下の通りだ。(番号は便宜的に筆者がつけたもの。)

(1) 努めて、社会に向けて自殺に関する啓発・教育を行う。

(2) 自殺をセンセーショナルに扱わない、当然のことのように扱わない。

あるいは問題解決法の一つであるように扱わない。

(3)自殺の報道を目立つところに掲載したり、過剰に、そして繰り返し報道しない。

(4)自殺既遂や未遂に用いられた手段を詳しく伝えない。

(5)自殺既遂や未遂が生じた場所について、詳しい情報を伝えない。

(6)見出しの付け方には慎重を期する。

(7)写真や映像を用いる時にはかなりの慎重を期する。

(8)著名な人の自殺を伝える時は特に注意をする。

(9)自殺で遺された人に対して、十分な配慮をする。

(10)どこに支援を求めることができるのかということについて、情報を提供する。

(11)メディア関係者自身も、自殺に関する話題から影響を受けることを知る。

なぜ、これらがWHOによる国際的なガイドラインの主な項目になっているかといえば、自殺についての大量の報道が模倣自殺を引き起こしてしまうからだ。ガイドラインでは「自殺に傾いている人は、自殺の報道が大々的で目立つものであったり、センセーショナルであったり、自殺の手段を詳しく伝えられたりすることで、その自殺に追随するように自殺することに気持ちがのめりこんでしまう」という。

自殺についての情報の多さや露出の大きさは模倣自殺への影響と強い相関関係がある、というのは国内外の様々な研究で明らかにされている。事件後の「最初の3日間」に模倣自殺への影響のピークがあるという。1986年の岡田有希子さんや2011年の上原美優さんの自殺後に模倣自殺が増えた事実はあまりに有名だ。

「手引き」の(3)については、こう書かれている。

― 自殺に関する新聞報道は、第一面や、中のページの最上部に掲載されるよりも、中のページの最下部に掲載されるようにすべきである。同様に、テレビの報道番組においても、自殺の話題は、番組のトップではなく、番組の流れにおける最初の区切りか、2つ目の区切りの後に報道すべきである。

「手引き」の(4)について、

― 自殺既遂や未遂の方法を詳しく述べることは避けなければならない。なぜなら、それをひとつずつ順を追って述べることで、自殺に傾いているひとがそれを模倣するかもしれないからである。

(5)について、

― ある場所が、“自殺の名所”といわれるようになることがある。例えば、自殺企図が生じる橋、高いビルディング、崖、鉄道の駅や踏み切りなどである。センセーショナルな表現によって、あるいはそこでの自殺の件数を誇張するような報道がそういった場所を“自殺の名所”にしてしまうことがあるので、報道関係者は特に注意しなければならない。

(6)について、

― 見出しでは、“自殺”のことばを使うべきではないし、同様に自殺の手段・方法や場所についての言及も避けるべきである。

(7)について、

― 自殺の状況・現場の写真やビデオ映像は使うべきでなく、特にそれが自殺の生じた場所や自殺の手段・方法を読者や視聴者にはっきりと分からせるようなものであればなおさら使ってはならない。

― 自殺をした人の写真を報道に使うこともすべできはない。もし視覚的な画像を用いるのなら、遺族から正式な許可を得なければならない。それらの画像は、目立つところに掲載されるべきではなく、また美化するべきでもない。また、遺書も掲載するべきではない。

(8)について、

― 著名な人の自殺は、報道の対象になりやすいし、しばしば関心の対象となる。しかしながら、著名な芸能人や政治的に力をもつ人の自殺は、その人たちが崇敬の対象であれば特に自殺に傾く人に影響を与えてしまう。

それでは藤圭子さんの転落死あるいは自殺について日本のメディアはどのように報じたのだろうか。

実際の報道を見て、ガイドラインに照らしてセーフかアウトか検証してみよう。

■新聞は抑制的な報道

まずは新聞はどうだったろうか。

・読売新聞

「マンション13階の30歳代の知人男性宅から飛び降り自殺したとみている。」

・朝日新聞

「現場の状況から、現場前のマンションから飛び降り自殺したとみている。・・・(中略)・・・新宿署によると、藤さんは仰向けで倒れ、履いていたとみられるスリッパの片方が近くに落ちていた。知人が住むマンション13階の部屋のベランダに、もう片方が落ちていたという。」

・毎日新聞

「新宿署によると、藤さんは13階に住む30代の知人男性方のベランダから飛び降りたという。」

「ベランダから飛び降りて自殺した」という方法を伝えている点で、「手引き」の(4)に抵触する可能性があるものの、さほど詳しく伝えずに情報をあえて抑制的に伝えている印象だ。

■テレビ報道はアウト!?

では、テレビはどうだろう。

テレビ朝日の夕方ニュース「スーパーJチャンネル」はトップニュースだった。最初から「手引き」の(3)違反だ。しかも、スタジオ部分で「宇多田ヒカルさんの母 藤圭子さん(62)飛び降り自殺」という大きな字幕タイトル。これも見出しに「自殺」という言葉を使い、方法まで示していて(6)にも違反する。女性レポーターが「藤圭子さんはこちらの路上で倒れているのを発見されました」とまだ跡が残る路面を指し示し、「すぐ横のマンションから飛び降りたと見られていて」とレポート。交流のあった新聞記者が「寂しいと言っていた」などと証言している。かつての映像も多用し、(7)(8)にも触れる。

フジテレビは夕方の「スーパーニュース」で遺体が発見された現場マンション前から生中継した。レポートした記者は「藤さんは、13階の知人の30代の男性宅にいましたが、この男性が寝ている間に、ベランダから1メートル以上あるフェンスを乗り越え、飛び降りたものとみられています」と語り、「ベランダには、フェンスを乗り越える際に、踏み台にしたとみられるクーラーボックスがあり、フェンスの外にはスリッパが1つ、藤さんが倒れていた現場の近くにスリッパが1つあったということです」と続けた。その際、「ベランダには踏み台にしたとみられるクーラーボックス」と字幕が出て、自殺方法が詳細に説明された。

明確な(4)違反といえる。フジテレビは夜の「ニュースJAPAN」も同じ字幕が出た。

日本テレビは夕方ニュースの「news every.」でやはりこのニュースをトップニュースとして扱った。(3)の違反だ。クーラーボックスを足場に使って飛び降りた可能性と詳しく報じた。こちらも明確な(4)の違反だ。

日本テレビの深夜ニュース「NEWS ZERO」では見出しのテロップは「最新 宇多田ヒカルさんの母/藤圭子さん(62)転落死 “自殺”か」で、(3)と(6)に違反している。

スタジオでアナウンサーが「マンションのベランダの手すりを抜けて飛び降り自殺をはかったとみて調べを進めています」と伝え、早くもスタジオ部分で(3)(4)の違反。続くVTRでは自殺現場の地上からの映像とマンションを上空から撮影した空撮映像とが混じり、「28階建てマンションの13階から飛び降りたと見られる」という字幕が載る。地上で記者がレポート。(4)(5)(7)違反だ。

記者は臨場感を出そうと「亡くなった藤圭子さんはこちらの路上に倒れていた、ということです」と伝える。

その後で「藤さんが飛び降りたとみられる13階の部屋」の映像が字幕とともに映し出される。これは(4)(7)違反だ。

さらにCG映像でベランダとそこに置いてあったクーラーボックスが再現され、人が足場にしてベランダの柵を乗り越える様子を想像させる。「これを足場にして飛び降りた可能性があるという」とナレーションと字幕で報道。これは(4)違反。自殺のやり方を再現してしまうような、やってはいけない報道ではないか。このニュースを見た自殺に傾いている人はベランダを乗り越えるクーラーボックスなどの箱を探すに違いない。

NHKはどうだったか。「ニュース7」「ニュースウォッチ9」空撮映像でマンションの13Fベランダを映す。警察官が現場検証をしていて、転落した場所に黒いスリッパが置いてある様子が上からも見てとれた。このため、(7)には違反するが、日本テレビやフジテレビほど(4)に違反する度合いは大きくはない。

テレビ朝日は夜の「報道ステーション」で「藤圭子さん とびおり自殺」と断定的に報道。他の局が「転落死 自殺か?」などと字幕を出しているのに比べて冒頭から断定だ。

「こちらのマンションから・・・」女性レポーターがやはり臨場感たっぷりにレポートする。

藤圭子さんが音楽番組で歌っていた頃の映像をいくつか重ねて「1970年“怨歌”で一世を風靡/歌手・藤圭子さんが自殺」という字幕を出す。 

自殺した人間の歌をこれでもかと聞かせるのは「手引き」の(7)に違反するが、これは他の民放ニュースやNHKも似たり寄ったりだ。

VTRの後でキャスターが「つつしんでご冥福をお祈りします」と神妙な顔で締めくくったが、WHOの報道ガイダンスの存在は知っていたのだろうか。

■テレビ局ではガイドラインを記者やスタッフに教えないのか?

この「WHOによるメディアのガイドライン」を報道関係者はそれぞれの会社の中で、どう教えられているのだろうか?

あるいは教えられていないのだろうか?

昨年まで30年間、報道の現場で記者やディレクターの仕事をしてきた私の経験を振り返れば、WHOのガイドラインを知ったのは比較的最近のことだ。それも職場で教わったわけではない。教えてくれたのは、自殺者を減らすために様々な活動を行っているNPO法人「ライフリンク」代表、清水康之さんだ。東日本大震災が起きた後で清水さんと一緒に被災地を訪問していた時に、被災者が自殺する事件があって、詳しい自殺法まで詳しく報じていた新聞記事に彼が抗議する姿を間近で見て、そうしたガイドラインの存在を知ったという次第だ。だから、あまりほめられたものではない。ただ、10年近いヨーロッパで特派員生活で、駐在していたドイツやイギリスにおいては、たとえばアーティストや政治家の自殺事件などはあったが、日本の現状のように記者やレポーターが自殺の現場で「ここで**さんが発見されました。**さんは隣のマンションから転落してきたものと思われます」というような臨場感レポートは一切見なかった。自殺は、1つの死として努めて事務的に報道されていた。

「ライフリンク」代表の清水康之さんは藤圭子さんの死に関するテレビの報道について、「何ら必要性がないのに詳細に報じているという意味で、ガイドラインの精神から完全に外れた報道」と批判している。ガイドラインに沿っていないという点で「アウト」だと言う。

先に紹介した日本テレビの「NEWS ZERO」のクーラーボックスのCG映像を使った報道はその典型といえる。「NEWS ZERO」は以前、自殺防止の特集をキャンペーン的に報道していたことがある。日本テレビが季節的に行う報道キャンペーン番組「action!日本を動かすプロジェクト」の中でも「NEWS ZERO」の村尾信尚キャスターが「ZEROは自殺の問題を取りあげます」とぶち上げたこともあった。それなのにガイドラインをまったく意識しないような報道ぶりは一体どうしたことだろう。

テレビ画面では自殺防止に取り組まねばならない必要性を訴えながらも、記者や制作スタッフには自殺報道のガイドラインを周知していなかったということだろうか。だとしたら、ダブルスタンダードのご都合主義、うわべだけの報道キャンペーンだったと批判されても仕方ない。

そんな表面を取り繕った報道キャンペーンよりも大事なことがある。自殺報道のあり方を本格的に変えることだ。テレビ局が有名人などの自殺ニュースを伝える際、自殺した「現場」の映像を使わない、自殺の「方法」の情報も極力伝えない、さらに、感情的に伝えないように、「生前の本人」が歌ったり演じたりしていた映像も使わない。写真1枚だけで「**さんが死亡しました。自殺とみられます」と伝える自殺報道に踏み切ってはどうだろう。これを毎回続けるのは立派な報道キャンペーンになるはずだ。人気者、大物であり、影響力の大きい人物ほど、こと自殺に限っては無機質なほど地味に報道する。

「うちのテレビは自殺に関してはこういう方法で伝えます」と1つのテレビ局が徹底して行えば、いずれ他の局もついてくるに違いない。本当の意味での報道キャンペーンとはいざという時に放送局の哲学をこそ伝えるものだろう。

多少は減ってきたとはいえ、まだ年間3万人ほどの自殺者がいる日本。自殺対策基本法や自殺総合対策大綱などの枠組みも出来て、国や自治体、民間団体をあげて自殺対策を重要課題として取り組んでいるなかで、テレビ局を始めとする報道機関が、WHOのガイドラインの存在をよく理解できずに、旧態依然とした「リアルっぽく見える報道」に走る。日本新聞協会や日本民間放送連盟などの業界団体がWHOの報道ガイドラインに準じた自殺対策の報道ガイドラインを策定した、という話もついぞ聞かない。せいぜい「自殺や心中を美化しない」「一般私人の自殺は原則匿名」「著名人、被疑者、受刑者の自殺は原則実名」などの非常におおざっぱな指針がある程度だ。こんなレベルではテレビ局が自殺者削減のための報道に力を入れている、などとは言えない。

自殺に関する報道について、報道機関が国際的な指標であるWHOの報道ガイドラインを守るべきことを述べてきた。私はさらに進んで視聴者・読者の側も、もっと賢明に放送局などメディアに対して意思表示をした方が良いと考える。

もし有名人が自ら命を絶った場合に、故人が自殺に追い込まれた理由を詮索したり、あるいは、自殺の手段を微に入り細に入り伝える報道があったりすれば、視聴者はテレビ局に「ルール違反だ」と指摘する電話をかけてもよい。「おたくの会社ではWHOのガイドラインをちゃんと記者に守らせているのか」と尋ねてみても良いだろう。もし電話に出た人間がガイドラインなどは知らないというならば、内閣府のホームページに書いてある、WHOの報道ガイドライン「自殺予防 メディア関係者のための手引き」の11項目を読み上げてやればよい。

テレビニュースなど報道機関にかかわる人間が守るべきガイドラインについて、長々と書いてきたが、もう朝になれば、各局のワイドショーなどで、藤圭子さんの死について「自殺の背景は?」などと詮索する報道がどんどん流れ、レポーターが訳知り顔で「このマンションの13階からこのようにして身を投げたのです」というように、自殺の方法を微に入り細に入りの実演するレポートを行うのだろう。

それらはみんなアウト! 

国際的なルール違反!!

それを知らない放送局は恥ずかしいこと!!!

そんな叫びを一緒にあげてみようではないか。

藤圭子さんが命を落としてはや丸一日が過ぎた。WHOが指摘する模倣自殺への影響がピークとなる3日間は、まだあと2日もある。