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ネットの中の子どもたちへ 〜デジタルネイティブともて囃す前に〜

森井昌克神戸大学大学院工学研究科 特命教授・名誉教授
ネット社会は時間と空間を超えた社会

電話が一般の家庭に普及した50年ほど前,それが犯罪に利用され,子どもたちの非行化につながると大きく問題視されました.テレビ放送でさえ,その悪影響のみ大きく取り上げられる時代がありました.現在のケータイやスマホは,それらを足して余りある影響があり,それ以上の大きな社会的変革となっています.様々な問題を併せ持つことは当然であり,今後も少なからず問題を発生させることになるでしょう.

子どもをめぐるネット犯罪

学校裏サイトに代表される,主に携帯電話の掲示版等での悪意のある書き込みが問題になって久しくなりました.しかし決して解決したわけではありません.より陰湿な個人の誹謗中傷を行う,いわゆる「ネットいじめ」が恒常化しています.「ネットいじめ」は日本だけの問題ではなく,「サイバーブリー(cyberbully)」と呼ばれ,世界的な問題になっています.「ネットいじめ」の典型は掲示版への,個人を特定した事実無根の誹謗中傷です.これは親たちが学校に通っていたときからある,朝の登校時,教室の黒板や本人の座席に大きな文字で中傷され,あるいは本人が知らないうちに背中に中傷した紙を張られることに対応します.最近ではLINE等のSNSを用いて,いわゆる「陰口」にあたる閉じられたグループ内での誹謗中傷や,故意にそのグループから追いやる「LINE外し」と言われる行為が問題になっています.昔の「陰口」や「仲間外れ」とどこが異なるのでしょうか.それは「いつでも,どこでも,誰でも」と言う点です.つまり,思い立ったときにいつでも,中傷することができ,誰でも中傷できるということです.昔は黒板や机に大きく書き,しかも誰にも見つからないように書くと言う大きな作業が必要でした.言わばこの労苦から解き放たれたわけです.誰でもが思いついたときに簡単に誹謗中傷できる,いつでも仲間外れにできる、それがネット社会なのです.

被害者にならないために

今でも一番大きな問題はブログやプロフ,SNSといった言わば,交流サイトでの誘惑です.子どもたちの「ケータイ」利用では,フィルタリングと呼ばれる,有害サイトへのアクセス拒否機能が義務付けられています.しかし,フィルタリングを過信してはいけません.フィルタリングだけでは必ずしも子どもたちを守れないのです.ましては「スマホ(スマートフォン)」ではフィルタリングはほとんど無意味といっても過言ではありません.親の目を盗んで簡単に外す,あるいは超える事が可能です.上記の交流サイトではフィルタリングに関係なく利用することができ,その中で誘惑や脅迫等が行われる場合があります.LINE等のSNSやメールで脅迫される場合もあります.ここで気を付けるべきことはネットと実社会との接点を持たせないことです.誘惑や脅迫は最終的には直接会うことを求めます.誘いに乗らず,会わなければ被害者となることはほぼありません.この当然のことができないのです.犯罪者は言葉巧みに誘います.まず,個人を特定したかのような,そして毎日監視いるような文面を送ってきます.被害者は自分自身に送られたものだと錯覚し,誘いに乗ってしまうことが多いようです.しかし,犯罪者は不特定多数に向けて,曖昧な内容を書いて送ることが常なのです.簡単には個人を特定することができません.そしてもう一つ,子どもたちが気をつけなければならないことはプライバシーを守ると言う意識です.これはネット社会以前にはほぼ考える必要がなかった意識です.しかし現在ではうかつにつぶやいたことが個人を特定するだけでなく,誹謗中傷のきっかけにも成りえるのです.

そして加害者にならないために

被害者になることだけを心配していますが,子どもたちのネット利用で一番心配すべきは加害者になることです.「子どもが犯罪に手を染めるわけがない」と思っている方々が大半でしょう.大きな罪の意識なく犯罪を行う場合もあり得るのです.まずはメールやSNS,掲示板等への誹謗中傷です.一時の感情の高ぶりが誹謗中傷となる文章になってしまうこともあるでしょうし,自分では意識しなくても,相手を傷つける文章をかいてしまうこともあります.特に学校裏サイト等において,匿名での投稿が問題となっていますが,ネットの世界で匿名は存在しません.訴訟等で問題となれば投稿者が特定されます.みかけ上,匿名であろうが,書いたことに関しては責任があることを自覚すべきなのです.さらに著作権法の侵害です.ネット上では違法なコンテンツ,つまり映画や音楽が存在します.当然,取り締まりの対象になっているのですが,現実には全世界中に蔓延し,それをすべて削除することは難しいのです.この映画や音楽を自分のケータイやスマホ等に取り込んで観賞することは犯罪行為なのです.携帯用ゲーム機の市販ゲームソフトもネット上で違法に存在し,それを利用して楽しむことも犯罪なのです.

むすびにかえて 〜自分自身を守ると言う意識〜

電話が一般の家庭に普及した50年ほど前,それが犯罪に利用され,子どもたちの非行化につながると大きく問題視されました.テレビ放送でさえ,その悪影響のみ大きく取り上げられる時代がありました.現在のケータイやスマホは,それらを足して余りある影響があり,それ以上の大きな社会的変革となっています.様々な問題を併せ持つことは当然であり,今後も少なからず問題を発生させることになるでしょう.情報リテラシー教育の必要性が指摘されていますが,単なる規則や禁止事項を教えるのではなく,また危険を回避する方法を教えるだけでもなく,インターネットとは何であるのか,何ができるのかを教え,さらに身をもって体験させる必要があります.子どもたちが想定している世界は非常に狭い世界であり,時間的にも広がりを持たず,目前の時間と空間だけを考えています.そして現実社会も時間と空間の広がりはあるものの今までは限定的でした.つまり,その場での発言や行為は広い範囲に伝わることはなく,また時間的にも永続することなく,消えていくものだったのです.ネット社会は時間と空間を超越しているのです.具体的に言えば,掲示板,SNSへの書き込みによる発言は一瞬にして伝わり,しかもその範囲に限界はなく,永久に存続するのです.一度書いた発言は消去したとしても,他にコピーされ続け, 決して消えることはありません.実社会以上に,自分の発言(書き込み)に責任を持たなければならないことを教えなければなりません.それがとりもなおさず,ネット社会で必要とされる,自分自身を守るということなのです.

【追記】上記の文章は2011年5月発行「家庭教育・子育てハンドブック えひめ 家庭教育・子育てQ&A(第 3 集)」に寄稿した拙稿をもとに改訂したものです.この3年半の間にも,さらに子ども達や親同士のネットワーク化,ネット社会化が進み,好むと好まざるとに関わらず,その影響に巻き込まれています.子ども達の携帯電話のみならず,スマホの所持さえ前提となり,それを如何に使いこなすかが問題となっているのです.具体的には,SNSの一種であるLINEが多用されるようになり,その問題点も指摘されています.しかし実はLINEの問題ではなく,使う側の問題なのです.この便利な道具を如何に安全に使いこなすかについて考えています.

神戸大学大学院工学研究科 特命教授・名誉教授

1989年大阪大学大学院工学研究科博士後期課程通信工学専攻修了、工学博士。同年、京都工芸繊維大学助手、愛媛大学助教授を経て、1995年徳島大学工学部教授、2005年神戸大学大学院工学研究科教授。情報セキュリティ大学院大学客員教授。情報通信工学、特にサイバーセキュリティ、インターネット、情報理論、暗号理論等の研究、教育に従事。加えて、インターネットの文化的社会的側面についての研究、社会活動にも従事。内閣府等各種政府系委員会の座長、委員を歴任。2018年情報化促進貢献個人表彰経済産業大臣賞受賞。 2019年総務省情報通信功績賞受賞。2020年情報セキュリティ文化賞受賞。電子情報通信学会フェロー。

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