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日本郵政の親子上場を認めていいのか

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

日本郵政の親子上場を認めるかどうかは、取引所の判断です。それを禁じている自主規制もないのですから、取引所が問題ないと判断すれば、それでいいのです。しかし、親子上場には、問題性も指摘されているのですから、全くの無条件で認めてしまうのは、取引所の立場としても、おかしいはずです。では、どのような条件を充足すればいいのか。

「郵政民営化法」

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日本郵政については、「郵政民営化法」という法律が厳然として存在している以上、そこに定められた通りに、処理されなければならないのです。そこで、念のためですが、法律の規定を確認しておきましょう。

同法の第七条第一項は、「政府が保有する日本郵政株式会社の株式がその発行済株式の総数に占める割合は、できる限り早期に減ずるものとする。ただし、その割合は、常時、三分の一を超えているものとする」としています。

そして、同条第二項は、大変な政争の結果、結局は、次の内容で政治的に落着しているわけです。つまり、「日本郵政株式会社が保有する郵便貯金銀行及び郵便保険会社の株式は、その全部を処分することを目指し、郵便貯金銀行及び郵便保険会社の経営状況、次条に規定する責務の履行への影響等を勘案しつつ、できる限り早期に、処分するものとする」ということです。

法律上の要件は、上場ではなくて、株式の処分です。上場しなくとも処分できるなら、上場しなくともいいのです。しかし、それでは、日本の内外の特定の企業等に、日本郵政とその傘下企業を譲渡することになりますから、理論的には、あり得ても、政治的にも、現実的にも、おそらくは国民感情的にも、あり得ないでしょう。

故に、上場の形態はともかくとして、上場以外に、法律上の要件を満たすことはできません。

曖昧な法律

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日本郵政が、法律の規定通りに、子会社である金融二社、即ち、ゆうちょ銀行とかんぽ生命の株式の「全部を処分」しますと、日本郵政には日本郵便しか残らなくなり、ゆうちょ銀行、かんぽ生命、日本郵便の三社は、相互に完全に独立した会社になります。

ゆうちょ銀行とかんぽ生命については、政府による最低限の株式保有の規定がないので、完全な民間企業となり、日本郵政は、事実上、日本郵便と同一となって、株式の三分の一以上を政府が保有する特殊な民間企業となるわけです。これが、法律の定める最終的な姿です。

しかし、その姿が実現する時期の規定はありません。「郵政民営化法」は、大きな政争の産物であって、あからさまにいって、争点を決着させたものではなくて、争点を不明朗なまま先送ったにすぎないからです。しかも、将来のどこまで先送ったかも、明確ではありません。

そのことは、「できる限り早期に減ずる」とか、「その全部を処分することを目指し」、あるいは「できる限り早期に、処分する」といった表現に表れています。特に、日本郵政による金融二社の株式の売却について、「目指し」としていることが、自由極まりない勝手な法律解釈を可能にしているようです。

西室社長の見解

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日本郵政の西室社長は、2014年2月26日に、中期経営計画を発表したときの記者会見で、堂々と、次のように公言して憚りませんでした。

「私は、今、法律的には、その金融2社についてはいつでも上場していいということになっています。それでしかも全額IPOをしてもいいと法律的には読める。そうなっておりますけれども、それを全額IPOというめちゃくちゃなことをやる気は全くありませんが、何らかの形で、金融2社のIPOというのは考えていかなければいけないと本音では思っています。」

まず、法律に、「その全部を処分することを目指し」とあり、また「できる限り早期に、処分する」とある日本語を、「いつでも上場していい」、「しかも全額IPOをしてもいい」と、「法律的には読める」といった挙句に、「全額IPOというめちゃくちゃなことをやる気は全くありません」とまでいってしまう神経、その日本語読解力、自己都合による勝手気ままな法律解釈力、法律の条文を「めちゃくちゃなこと」と決めつける遵法精神の欠落には、驚かざるを得ません。

そういう社長を任命して罷免もしない政府もまた、同様の法律解釈をしていたのです。「検討します」といえば「やりません」というのと同じであるような特異な言語空間が、政治の世界や西室社長が育った東芝のような大企業には、普通に存在しているのです。

なぜ、急に、三社同時上場になったのか

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少なくとも、昨年までは、日本郵政の単独上場が前提で、その後の金融二社の上場は、それこそ、西室社長のいうように、「何らかの形で」、時間をかけて検討していくことが政府方針だったはずです。それが、なぜ、急に、三社同時上場になったのか、これは、誰にもわからない。

敢えて贔屓目に評価すれば、やはり安倍政権の改革路線の徹底のほうが勝ったということか。今の日本郵政を上場させても、それは、元のままの郵政省を上場させるのと、本質的な差はないわけで、少しも構造の改革にはならない。構造改革というからには、日本郵政の仕組みを変えないといけない。

その改革の主旨と方向性は、不明朗ながらも、「郵政民営化法」のなかに、法律上の文言として、書き込まれているのですから、法律の文言に近い方向へ路線転換した結果、三社同時上場になったとも考えられます。

あるいは、本当のところは、政府の財源確保が理由かもしれません。なにしろ、日本郵政の株式の売却金額は、復興財源として、4兆円程度見込まれていることもあり、政府としては、日本郵政の上場によって、最大限の現金を手にしたいわけです。

その目的に沿って、一番有利な方法が検討された結果、三社同時上場になったのかもしれません。もっとも、私には、なぜ、経済的に、日本郵政の単独上場よりも、三社同時上場のほうが、政府にとって有利になるのか、その裏の論理はわかりません。いずれにしても、その辺の助言を得るために、財務省は、昨年の10月1日に、主幹事証券会社を選定していたはずです。

前例のない最初からの親子上場

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さて、三社同時上場ということは、結局、親会社の日本郵政の上場と、子会社の金融二社の上場を、同時に、行うということで、これは、最初からの親子上場という前例のない事態となりますが、それを妨げる法令や自主規制等は存在していないので、技術的には、可能なのです。

しかし、親子上場については、子会社の少数株主の利益をいかに守るか、という本質的な課題があるわけで、逆にいえば、実質的には、子会社の少数株主の利益が守られる仕組みが確立していない限り、取引所としても、軽々には、上場を認められないということでしょう。

子会社の少数株主の利益が損なわれる場合というのは、親子間の取引において、親会社の優越的な地位が働く場合です。

子会社に少数株主がいなくて、完全子会社ならば、親子間の取引条件がどうであろうが、連結により相殺されるので、親会社の株主にとっては、どうでもいいことです。しかし、子会社に少数株主がいるとき、親会社が、子会社に対する優越的な地位を利用して、親子間取引において、子会社に不利な契約を押し付ければ、子会社の少数株主の利益は侵害されます。

日本郵政の内部取引

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日本郵政と子会社の金融二社との間には、巨額な内部取引があります。金融二社は、顧客との接点を日本郵便が保有する郵便局ネットワークに依存しており、当然に、その対価として、日本郵便に手数料を支払っているからです。日本郵便は、日本郵政の完全子会社ですから、事実上、日本郵政と同等であって、この取引は、親子間取引と見做せます。

さて、実数値をみると、例えば、ゆうちょ銀行の場合、2013年度は、6073億円の手数料を日本郵便に支払っていますが、この金額は、ゆうちょ銀行の営業経費1兆950億円のうち、六割を占めるわけです。事情は、かんぽ生命も同じです。

この手数料が、どのような方法で決められているのかは、外部のものにはわかりません。しかし、金融二社が日本郵政の完全子会社である限り、それは、全くもって、どうでもいいことです。どう取り決めようが、連結によって相殺されてしまうからです。

ところが、金融二社を上場させると、その少数株主にとっては、手数料の算定方法は、決定的に重要な意味をもちます。なにしろ、日本郵便は、事実上、日本郵政と一体のものですから、日本郵政が、親会社としての優越的地位を利用して、手数料を大幅に引き上げたら、少数株主は大きな不利益を蒙るからです。

内部取引の透明性確保は難しい

故に、親子上場を認めるためには、日本郵便が金融二社へ課す手数料の算定方式を、客観的で合理的なものとして、開示できることが条件となります。しかし、今のままでは、それは、非常に難しい。そもそも、金融二社の固有業務から、顧客接点である窓口業務を分離して、日本郵便に帰属させること自体、本来は不可分なものを、形式的に強引に分離したようなところがあるからです。

実のところ、「郵政民営化法」は、一方で、日本郵便、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の相互の完全独立を目標としながら、他方では、日本郵便にユ二バーサルサービスの責務を課すことで、三社の一体性を守るようにもできていて、そこには、明白な矛盾があるのです。これは、いうまでもなく、政争の結果、争点を先送ってできた法律だからです。

「郵政民営化法」の第七条の二には、「日本郵政株式会社及び日本郵便株式会社は、郵便の役務、簡易な貯蓄、送金及び債権債務の決済の役務並びに簡易に利用できる生命保険の役務が利用者本位の簡便な方法により郵便局で一体的に利用できるようにするとともに将来にわたりあまねく全国において公平に利用できることが確保されるよう、郵便局ネットワークを維持するものとする」とあります。これが、いわゆるユニバーサルサービスの責務といわれるものです。

実は、少なくとも、昨年までは、政府も日本郵政も、ユニバーサルサービスによる三社の一体性のほうに、法律解釈の軸足をおいていたのです。故に、2014年2月26日に公表された日本郵政の中期経営計画では、全面的に、三社の一体性が強調されており、当然、そこには、金融二社の分離に否定的な考え方があったわけで、それが、先ほど引用した西室社長の発言につながっているのです。

ユ二バーサルサービスの矛盾解消が先決

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本来は、ユ二バーサルサービスをめぐる矛盾を解かない限り、金融二社の上場はあり得ないわけで、それは、政府も日本郵政も、理解していたはずです。先に日本郵政が上場し、それから、西室社長がいうとおり、「何らかの形で」、問題に解を見出した後、金融二社の上場に踏み切る、そういう予定だったはずなのです。

ユ二バーサルサービスの矛盾を解消するためには、市場原理の導入が一番簡単です。つまり、日本郵便の郵便局ネットワークを、全ての金融機関等に開放してしまえばいいのです。これは、法律上も、可能なはずです。日本郵便としては、金融二社に対するユ二バーサルサービスの責務を履行している限り、その余は、全く自由に経営できるはずだからです。

そして、日本郵便は、ユ二バーサルサービスに対する依存度を低下させ、総合物流企業としての新たなる展開を目指さなくてはいけません。日本郵政は、金融二社の株式の売却代金を、そうした方向への企業買収に充当するはずなのです。

同時に、金融二社は、日本郵便を経由しない独自の顧客接点を開発しなければいけません。ユ二バーサルサービスの責務は、日本郵便に課されているものであって、金融二社に利用を強制するものではないのです。

「郵政民営化法」が目標とする三社相互の完全独立のためには、相互の強い結合の元であるユ二バーサルサービスを縮小させるほかないのです。これは、明白なことです。それには、時間がかかる。法律の規定が時期について曖昧なものとなっているのは、このためです。そう解釈してこそ、「郵政民営化法」は意味をもつのです。

故に、現段階での三社同時上場は、時期尚早です。親子上場を強行すれば、金融二社の少数株主の利益が守られるという保証はないでしょう。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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