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14年夏 甲子園総括

森本栄浩毎日放送アナウンサー
決勝は大阪桐蔭と三重が対戦。4万7千観衆は、死力を尽くした熱戦に酔いしれた

台風襲来で2日遅れの開幕となった選手権。天候に恵まれなかったこともあって、序盤戦は波乱続きだった。しかし、8強の顔ぶれを見ると、ほぼ常連で占められ、経験値がモノを言う甲子園の定説は生きている。優勝の大阪桐蔭は、ここ3年で最も小粒なチームであったが、まとまりは一番だった。準優勝の三重は、昨夏、今春の初戦敗退の経験を生かし、初戦サヨナラ勝ちで勢いを得た。両校とも、甲子園で勝ち抜くための要因は十分に備わっていた。

冬の厳しい練習に耐えて~大阪桐蔭~

「負けが現実になって、冬に本気で厳しい練習をした成果が出ました」。抽選会当日、大阪桐蔭の西谷浩一監督(45)はこう話した。「負け」とは、昨秋の大阪大会4回戦履正社に1-13で5回コールド惨敗した試合を指す。過去2年はセンバツ出場があって、実戦形式で急仕上げを要求されたが、目標は夏だけになった。「夏に何とかしたい、その一心で体力づくりと練習をみっちりやりました。どこよりも練習したと思います」と西谷監督はふり返る。「怒られて、怒られて、僕らはここまで来られました」という中村誠主将(3年)の言葉は練習の厳しさを物語る。その分、西谷監督は3年生の気持ちを思いやった。

桐蔭の福島は、準々決勝から3試合連続の完投で2年ぶりの優勝に大きく貢献した
桐蔭の福島は、準々決勝から3試合連続の完投で2年ぶりの優勝に大きく貢献した

大阪大会ではエース福島孝輔(3年)よりも左腕の田中誠也(2年)を重用した。ただ、最難敵の履正社戦(準決勝)には福島を起用する。「先発を告げたら嬉しそうでしたよ」と西谷監督。福島は期待に応えて完投し、3年生が奮い立った。本大会でも福島は2回戦の明徳義塾(高知)戦で完投すると、準々決勝以降は田中の救援を仰ぐことなく投げ切った。「決勝は迷いましたが、『いかせてほしい』というので任せました」(西谷監督)と信頼関係も確かなものになっていた。指揮官が大会前から繰り返し言った言葉がある。それは「粘り強く」だ。「個々の力がないので、力を合わせて粘り強く戦いたい」と。試合後のインタビューでもこの「粘り」は再三、口にしていた。個々の力がないと言ってもそれは過去2年との比較であって、他校から見ればうらやましい陣容だ。この選手たちがどこよりも多くの練習をして強くならないはずがない。強豪がバタバタと倒れる中、技術を身につけた選手たちの気持ちがひとつにまとまったとき、桐蔭の優勝は当然だったのかもしれない。

壁を破って快進撃~三重~

わずかな差で準優勝に終わった三重は、これまでの不振が嘘のような快進撃だった。今センバツ敗退後、三重中京大で指導していた中村好治監督(60)を迎え、立て直しを図った成果が大輪の花を咲かせる。昨夏は済美(愛媛)に、今春は智弁学園(奈良)に初戦敗退を喫していた。いずれも投手が打たれていたが、中村監督は守りを重視した。短期間で結果を残すには守りの強化しかない。2回戦の大垣日大(岐阜)戦で出た中堅・長野勇斗(主将=3年)の超美技がその象徴だ。チームは甲子園での勝利に飢えていた。初戦は広陵(広島)に逃げ切りを許す寸前の9回2死から、佐田泰輝(3年)が同点打を放って死地から蘇った。押し出しでサヨナラ勝ちした後、「校歌を聞いて涙が出そうになった」と中村監督が感激するほどだから、選手たちはなおさらだろう。異口同音に、「これまでの悔しさがあった」という声が出た。この勝利は選手たちに自信と勢いを与える。2戦目の大垣日大は投打とも三重を上回るスケールのチームだったが、ここは秋、春連続東海王者のプライドが勝る。「同地区には負けられない」という意地が垣間見えた。

三重の今井は、1回戦と決勝以外の4試合で完投。特に低めの変化球に成長の跡がみられた
三重の今井は、1回戦と決勝以外の4試合で完投。特に低めの変化球に成長の跡がみられた

この試合あたりからエース今井重太朗(3年)の左腕が冴えを見せ始めた。センバツで智弁の岡本和真(3年)に特大アーチを浴びてから、変化球に磨きをかけてきた。真価が発揮されたのが沖縄尚学との準々決勝。走者を背負っても低めの変化球で3併殺にしとめる。さらに、長打力では今大会随一の日本文理(新潟)との準決勝では、初回のピンチで相手4番の池田貴将(主将=3年)をニゴロ併殺に抑えて流れをつかんだ。「あれが痛かったね。とにかく低めの変化球を打たされた」と文理・大井道夫監督(72)が唸る投球術で今井は準決勝完封を成し遂げた。沖縄尚学、文理は三重同様に秋、春と地区優勝している真の実力派チームである。実力がありながら本領を発揮できないでいた三重の準優勝は、決して偶然ではない。壁が破れなかっただけのことである。倒した相手の顔ぶれを見れば、三重がファイナリストにふさわしいチームだったことはすぐにわかる。

常連校に安定感

開幕戦で春夏連覇を狙った龍谷大平安(京都)が敗れた。これが今大会の波乱のスタートで、初戦で優勝候補が次々と敗退した。それでも中盤以降、波乱の流れは消え、8強は常連、強豪が揃った。唯一、健大高崎(群馬)は新鋭であるが、一昨年センバツでも4強入りしているから、違和感はない。常連校は戦い方に安定感があり、何より選手が落ち着いている。継続して大舞台を経験することの大事さを痛感させられる。8年連続の聖光学院(福島)は、本来のエース石井成(3年)を欠きながら接戦を勝ち抜いた。神戸国際大付(兵庫)には、五分の内容ながら、勝負所で当たっている打者を歩かせて2年生4番を併殺。攻めては途中出場の石垣光浩(3年)が右翼線ぎりぎりに落とすという決勝点で僅差試合をモノにした。近江(滋賀)との3回戦も、完封目前の相手エースの若さにつけ込み、鮮やかなバント攻撃で揺さぶって逆転サヨナラにつなげた。サヨナラスクイズを決めた石垣は、「相手の一塁手が下がっていたので、そこを狙った」と話し、いかにも場慣れしている印象を受けた。日本文理の初戦も経験の差がはっきり出た。初出場の大分が先頭三塁打をきっかけに先制するが、中途半端な盗塁死があってあっさり1点で終わってしまう。5回にも追いつくが、ちぐはぐな攻めで1点しか奪えない。走者の憤死は実に5回もあった。文理は注目右腕の佐野皓大(3年)から2本の2ランで、長打の威力を存分に見せつけた。この差は明らかに場数の違いだろう。甲子園は波に乗ったチームが旋風を起こすものだが、今大会は常連校に一日の長があった。

北信越活躍 富山は2年連続の躍進

昨夏もそうだったが、全国の地域差は確実に縮まっている。今大会は北信越5校が揃って初戦突破し、文理と敦賀気比(福井)が4強入りした。両校とも元来、力のあるチームで驚くほどではないが、唯一の公立である富山商の健闘は光る。

富山の躍進はめざましい。特に全国レベルの投手が強豪を封じる様は痛快ですらあった
富山の躍進はめざましい。特に全国レベルの投手が強豪を封じる様は痛快ですらあった

昨夏も富山第一(私立)が8強入りしていて、地元選手だけでの躍進は今後に期待を持たせる。両校とも特に投手がすばらしい。日本代表に選出された左腕・森田駿哉(3年)は将来性を感じさせる逸材で、今大会ナンバーワン投手だった。星稜(石川)も初戦逆転勝ちして、2勝。名門復活の足がかりになるだろう。佐久長聖(長野)は藤原弘介監督(40)が就任して3年目で初勝利(出場は2回目)。学校のバックアップも確かで、今後急速に強くなりそうだ。東北勢の躍進はめざましいが、山形勢の活躍も2年連続だった。山形中央は県立で、左腕・佐藤僚亮(2年)が残る新チームにも期待が持てる。

活躍下級生の再登場期待

夏の大会が終わると、ファンの楽しみは下級生の今後になる。昨夏の甲子園を沸かせた高校ビッグ3の小島(おじま)和哉(埼玉・浦和学院)、安楽智大(済美)、高橋光成(こうな=群馬・前橋育英)は、最終学年の今年、甲子園に姿を見せられなかった。今大会に出場した下級生選手で注目されるのは、まず東海大相模(神奈川)の右腕・吉田凌と左腕・小笠原慎之介の2年生コンビだ。初戦敗退で本領を見せられなかったが、大舞台のマウンドを経験したのは大きい。悔しさも味わったはずだから、モチベーションも上がっていると見る。敦賀気比の平沼翔太(2年)も右腕から力強い速球を投げる。準決勝敗退後、3年生から「次は頼んだぞ」と声を掛けられ、号泣していた。

近江の小川は甲子園で145キロの自己最速を記録するなど大舞台で成長した
近江の小川は甲子園で145キロの自己最速を記録するなど大舞台で成長した

2試合連続完封を目前で逃した近江の小川良憲(2年)も楽しみ。ヒジの使い方が柔軟で、見た目以上に打ちにくい球を投げる。試合中もまったく表情を変えず、淡々と投げられる精神面の強さも魅力だ。バックも2年生中心だったからチームとしても滋賀勢躍進の期待を受ける。1年生では大会前から評判だった東邦(愛知)の藤嶋健人が傑出していた。安定したフォームから140キロを超えるタマで見事なデビューを飾り、強打の日本文理を5回まで4安打無得点に抑えたのは自信になるだろう。打者では文理の1番・星兼太(2年)が群を抜く。柔らかいバットコントロールで広角に打てるだけでなく長打も狙えるうまさとパワーを兼ね備えた好打者。大阪桐蔭ではレギュラーで残る青柳昴樹(2年)と福田光輝(2年)が偉業を継承する。もちろん、左腕の田中も健在で、まずは好投手が残るライバル履正社との秋の対決に全力を尽くす。これら甲子園で活躍した選手たちが、再びセンバツに姿を見せることを祈っている。

毎日放送アナウンサー

昭和36年10月4日、滋賀県生まれ。関西学院大卒。昭和60年毎日放送入社。昭和61年のセンバツ高校野球「池田-福岡大大濠」戦のラジオで甲子園実況デビュー。初めての決勝実況は平成6年のセンバツ、智弁和歌山の初優勝。野球のほかに、アメフト、バレーボール、ラグビー、駅伝、柔道などを実況。プロレスでは、三沢光晴、橋本真也(いずれも故人)の実況をしたことが自慢。全国ネットの長寿番組「皇室アルバム」のナレーションを2015年3月まで17年半にわたって担当した。

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