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伝統の作新V 16年夏 甲子園総括

森本栄浩毎日放送アナウンサー
54年ぶりの優勝を決め喜びを爆発させる作新・今井(中央)。今大会の速球王が頂点に

序盤から強豪がつぶし合い、予想外の顔合わせとなった今大会の決勝。お互いにエースがしっかりしていて熱戦が期待されたが、作新学院(栃木)が7-1で北海(南北海道)に快勝し、54年ぶりの優勝を果たした(タイトル写真)。試合を分けたのは勝負どころでの際どい判定で、北海の大西健斗(3年=主将)が早々と崩れた。

北海先制も、際どい判定から崩れる

先手を取ったのは北海。2回、四球を足場に、作新の今井達也(3年)を攻め、9番・鈴木大和(2年)が先制打を放った。さらに1番・小野雄哉(3年)の当たりは三遊間へ。これを作新の山本拳輝遊撃手(3年=主将)が横っ飛びで好捕し、1失点で切り抜けた。流れが変わったのは4回表の作新の攻撃。この日4番に入った入江大生(3年)が際どいタマをよく見極め四球で出塁する。このときのハーフスイングはかなり微妙であった。

「ファウルではないですか」と北海は確認を求めたが判定は変わらず、同点になった
「ファウルではないですか」と北海は確認を求めたが判定は変わらず、同点になった

続く藤野佑介(3年)の二塁打と四球で、作新は一気に無死満塁と好機を拡大する。このあと篠崎高志(3年)は当たり損ねの一塁線へのゴロ。北海の川村友斗一塁手(2年)は本塁送球のためダッシュしてミットを差し出すが、これが抜けて(記録は失策)同点になった。打球は一塁ベースの前でファウルグラウンドに出たが、審判はミットに触れた(触れていなければファウルで打ち直し)と判断したようである。これでがっくりきたか、大西は続けざまに打たれ、今大会初めてマウンドを降りた。

今井、最後まで球速衰えず

このあと救援した左腕の多間隼介(2年)にも作新打線は襲いかかり、4回表で試合は決まった。

今井は打ってもタイムリー。4回、鮮やかな右打ちを見せ、この一打で大西は降板した
今井は打ってもタイムリー。4回、鮮やかな右打ちを見せ、この一打で大西は降板した

こうなれば今井の投球はエンジン全開になる。中盤以降も150キロ台を連発し、あとは54年ぶりの頂点へ突き進むだけだった。炎天下、決勝の最終盤でも150キロ近い球速を誇る今井の無尽蔵のスタミナには、驚き以外ない。「しっかり守ってくれた野手に感謝」と今井が話すように、最後も好返球で相手が走塁死。要所での堅い守備がエースを盛り立てた。6年連続出場とは言え、このチームは決して順風満帆だったわけではない。「秋も春も栃木で負けて、関東大会にも行っていない。こんなチームが甲子園で優勝なんて信じられない」と今井が言うように、夏の予選までは、甲子園すら危ぶまれる状態だったのだ。今の3年生は、1年の秋に小針崇宏監督(33)からグラウンドに入ることを禁じられたという。

針監督は選手の成長に涙

普段の生活や行動が「作新野球部」にふさわしくない、と小針監督が判断したようだ。

勝利インタビューで涙を浮かべる小針監督。相手に対する配慮など若いがしっかりしている
勝利インタビューで涙を浮かべる小針監督。相手に対する配慮など若いがしっかりしている

野球部のジャージーも取り上げられ、掃除ばかりの日々が、ひと月続いた。「僕は電車通学をしているので、乗り方から変えました」と話すのは控え選手の栗原涼吾(3年)。「みんな考え方もバラバラだったんですが、徐々に責任感も生まれて、作新の看板を背負っているんだという意識も出てきました」と伝統校ならではの荒療治を振り返る。小針監督は、「選手たちは本当によく成長しました」とインタビューで涙を浮かべた。普段、勝ったあとも冷静沈着に言葉を選んで話す小針監督が、人前で泣くとは想像できなかった。伝統あるチームを、大学卒業してすぐに率い、プレッシャーがなかったはずがない。「優勝旗を宇都宮に持って帰って、作新の皆さんに見ていただける」と話す声は震え、OB、卒業生たちへの感謝の言葉が続いた。

北海の伝統は悔しい思いをした2年生に

惜しくも準優勝に終わったが、北海も「負け」からスタートしたチームだった。「秋、春と支部予選で負けるようなチームが、ここまでやれるとは」と大西。それでも、「甲子園でまずは1勝、と思ってやりましたが、勝つたびに自信がつきました」と大舞台での成長を実感した様子だ。

大西を救援した多間は、6回を2失点と好投。打っても3安打で、得がたい経験をした
大西を救援した多間は、6回を2失点と好投。打っても3安打で、得がたい経験をした

最後は力尽きたが、「投打にコツコツという野球をやりたかった。これが北海の伝統になってほしい」と、夢をベンチ入りした6人の2年生ら後輩に託す。6回を2失点で踏ん張った多間は3安打を放って気を吐いた。ゴロを捕り損ねた川村や、最後にアウトになった井上雄喜らもこの悔しさを来年の甲子園で晴らすはずだ。波乱の多かった大会も、最後は伝統ある名門がしっかりと締めくくった。

投手起用の難しさ実感の大会

今大会の特徴として、好投手が多かった反面、投手起用の難しさも浮き彫りになった。近年は予選ですら一人の投手で勝ち抜くのは容易でなく、しっかりしたエースを擁する代表校でも、力のある控え投手がいるチームは多い。試合ごとに先発を代えたり、試合の中で継投したり、起用法はさまざまだが、甲子園ではなかなかうまくいかないようだ。トップクラスの戦力を有する履正社(大阪)と横浜(神奈川)の2回戦は、エースを先発させなかった横浜が敗れ、次戦では履正社も控え投手が力を発揮する前に打たれた。エースを登板させても流れは変わらず、そのまま常総学院(茨城)に屈した。強豪つぶし合いのスパイラルはこのようにして創出された。異色のチームとしては、4人のエース級投手を型にはめずに起用した秀岳館(熊本)が挙げられる。投手陣の状態は4強進出校では傑出していたが、軸になる投手がいなかった。北海に対して、立ち上がりの拙攻で後手に回り、交代機で失点した。決勝に勝ち残った2校が、しっかりしたエースを擁していたのとは対照的だった。力のあるチームが、ある程度先を意識して投手起用を考えるのは至極当然だが、夏の甲子園は想像以上に消耗する。これは、今大会の4強が2回戦から登場チームで占められたことからも明らかだ。トーナメントは負けたら終わりなので、まずは目の前の試合に全力を尽くすのが、本来の甲子園戦術なのだろうと、いまさらながら実感した。

毎日放送アナウンサー

昭和36年10月4日、滋賀県生まれ。関西学院大卒。昭和60年毎日放送入社。昭和61年のセンバツ高校野球「池田-福岡大大濠」戦のラジオで甲子園実況デビュー。初めての決勝実況は平成6年のセンバツ、智弁和歌山の初優勝。野球のほかに、アメフト、バレーボール、ラグビー、駅伝、柔道などを実況。プロレスでは、三沢光晴、橋本真也(いずれも故人)の実況をしたことが自慢。全国ネットの長寿番組「皇室アルバム」のナレーションを2015年3月まで17年半にわたって担当した。

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