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サモア代表に完勝! ボーナスポイントより確実な勝利を優先した、船主の決断【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
五郎丸(左)にペナルティーゴールを託す決断は、リーチ(右)が下す。(写真:アフロ)

4年に1度あるラグビーワールドカップのイングランド大会。開幕前まで24年間も大会での白星がなかった日本代表が、10月3日、予選プールBでの2勝目を挙げた。ミルトンキーンズ・スタジアムmkで、サモア代表を26-5で制した。もっとも勝ち点争いのうえでは、目標のベスト8入りには幾多の条件が揃わなければならない。

サモア代表とぶつかった80分間。事は思惑通りに進んだ。

キックオフ早々、縦への推進力があるサモア代表の攻撃を足元へのタックルで食い止める。すぐ立ち上がる。しつこくに守るうち、気の抜けたサイダーのごとき相手は何度も球を落っことした。

スタンドオフの小野晃征によれば、「相手のリズムをコントロールする選手をマークした」。スタンドオフのトゥシ・ピシ、フルバックのティム・ナナイウィリアムズといったキーマンの「内側、外側を抑えた」のだ。日本代表のワールドカップ最年長出場記録を更新したロックの大野均も、前半限りで退くまで相手に、球に、食らいつき、「規律、我慢、アグレッシブです」と笑った。

球を持てばスクラムハーフ田中史朗を起点に、ランとパスで守備網の凸凹を切り崩す。リーチ マイケルキャプテンの「レフリーを味方につける」という言葉通り。試合を担当するクレイグ・ジュベール氏が攻撃側に有利な笛を吹くと分析し、ボールキープを重ねた。たまらずサモア代表は、接点で反則を犯す。前半、2人同時に一時退場処分を食らう時間があった。ジャパンはラインアウトからのモールでもまとまって相手の反則を誘発、スクラムでは前半24分にペナルティートライ(反則がなければ決まっていただろう、と判断されてのトライ)を奪った。

かような塊のプレーに力を割くプロップの畠山健介は、「先制攻撃というテーマを持っていた。その通り、フィジカルで仕掛けられた。しっかり準備できた」と話した。

――攻防の起点となる、スクラムでの実感は。

「最初は相手の重さも感じるだろう。ただ、自分たちのラグビーをすることで相手が疲れてくれば、自分たちの押す場面も出る。そうした共通意識を持てていました」

概ね、試合を支配した。エディー・ジョーンズヘッドコーチは「アタック、ディフェンスともファーストクラス」と言った。ところが4トライ獲得で得られるボーナスポイントは、奪えなかった。

加盟する予選プールBでのここまでの勝ち点は8。他会場の試合結果を受け、5チーム中暫定3位となった。準々決勝へ進める上位2チーム以内に入るには、まず、11日のアメリカ代表戦(グロスター・キングスホルムスタジアム)で勝ち点5(勝利により4とボーナスポイントによる1)を獲得し、13まで積み上げるほかない。暫定1位で勝ち点11の南アフリカ代表と暫定2位で勝ち点10のスコットランド代表の試合結果次第では、それでも目標を果たせないこととなる。予選プールで3勝しながら決勝トーナメントへ進めなかった例は、いまだない。

かねて「決勝トーナメント進出」を目標としてきたジャパンだが、この勝ち点争いにはさほど意識を傾けていない。最近は選手間のリーダーシップを静観する向きがあるエディー・ジョーンズヘッドコーチ(HC)も、「3勝した時点で、いままでの日本代表よりずっといい。もしそれで準々決勝へ行けないのならそれはそれ」と話し、フッカーの堀江翔太副将も「ボーナスポイント云々は、もともと考えないほう。勝つことが大前提」と続けていた。

トライによる大量得点を狙うか。着実に勝利を掴みにゆくか。

試合中にその判断を任されるのは、リーチ マイケルキャプテンである。

相手が反則をした際、ペナルティーゴールで3点獲得を狙うか、タッチラインの外に蹴り出してのラインアウトやその場で組み合うスクラムからトライを狙うかはキャプテンが決断する。それがラグビーの基本法則だ。

サモア代表戦直前、リーチキャプテンは他のリーダー同士で「ボーナスポイントのことは話し合っていた」という。もっとも、他の選手と同じく「重要なのは、まず勝つこと」と宣言していた。具体的にはこうだ。

「残り10分だったら、何が起こるかわからないのでペナルティーゴールを選んで確実に勝ちに行く。10分だったら、サモア代表はぽん、ぽんと取れる(スピードとパワーを活かし、少ない手数でスコアできる)。ただ残り5分だったら、トライを狙うかもしれない…」

19日、ブライトン・コミュニティースタジアムで過去優勝2回の南アフリカ代表を34-32で撃破。以来、以前とは比べ物にならないほど注目されるようになった。結果こそ全てなのだと、わずかな期間で再認識していた。

ジャパンが2トライを奪って26-0で迎えた、後半20分。敵陣中盤でのサモア代表のペナルティーを受け、リーチキャプテンはラインアウトを選んだ。点差を鑑みて3トライ目を、ボーナスポイントを狙いに行った。が、敵陣ゴール前まで攻め込んだ先で球を失う。刹那、文字通り「ぽん、ぽん」と向こうのランとパスが連なる。リーチキャプテンのタックルもかわされる。24分、26-5。21点差。トライと直後のコンバージョンを3つ決めれば、サモア代表が追いつく。

後半30分。敵陣で反則を奪う。

「どうする」

プレー選択について、リーダー陣同士で言葉を交わす。

今度もボーナスポイントを取るべくトライを狙うべきだ。「ショット」と宣告し、決まれば3点のペナルティーゴールで確実に点差を広げるべきだ…。正反対の意見が折り重なる。スクラムハーフの田中はこうだ。

「最初、何人かは『この時間帯ならトライを狙いたいな』と言っていたのですが、逆に、堀江も『ショット』と言っていて、リーチも『ショット』と。最終的にはリーチの判断に任せよう、と」

リーチキャプテンは、決断する。

「ショット」

サモア代表の「ぽん、ぽん」の恐ろしさを頭に入れ、着実な逃げ切り策を選んだのだった。フルバック五郎丸歩副将の「ショット」は外れたが、結局、26-5のまま戦い終えた。リーチキャプテンは、淡々と言い切った。

「それまでの間、アタックし続けていたジャパンの足がちょっと止まっていた。サモア代表はどっからでも点が取れる。まずはショットを…と。そのショットが入れば、次はボーナスポイントを狙いに行ったと思います」

あの時、実は「ボーナスポイント奪取」に心が傾いていた田中は、日本人最初のスーパーラグビープレーヤーとしてジャパンの「意識」に苦言を呈してきた。ただ、時を追うごとに「少しずつ変わってきている」「見違えるよう。1つひとつのプレーに代表としてのプライドを感じます」と、意見を前向きなものに変えつつある。根っこの部分で、リーチのリーダーシップを信頼している。信頼しようとしている。普段そらすことのない目をそらしながらも、本心に近いはずの言葉を重ねる。

「前だったらその決断に誰かが文句を…という部分もあったかもしれないけど、今回はしっかりとリーチについていくと決めていた。(ペナルティーゴールが外れた時のために)しっかりとチェイス(弾道を追う動き)をしよう、と言い合えた。ここはジャパンの成長した部分かなと思います。彼が、キャプテンなので。今回はワールドカップだし、いまは彼を中心にコミュニケーションが取れているので」

賛否両論はあるだろう。ただ、それを踏まえたうえで、リーチキャプテンは1つひとつの決断を下している。

そもそも大会開幕を前後し、存在感を高めている。英語と日本語の両方のニュアンスが分かる語学力、南半球最高峰であるスーパーラグビーのチーフスでレギュラーを奪った経験と能力値、絶対的なボスであるジョーンズHCとも対等に意見交換をするかすかな我欲…。「彼がいなかったらこのチームはどうなっていたか」とは、リーチキャプテンともに密集戦で抗うマイケル・ブロードハーストである。

キャプテンとなった昨季は複数のリーダーに役割を与えてきたが、大会前からは「俺が仕切れるところを増やしていきたい」。

7日に27歳となる青年は、己の信念に基づき下そうとしている。チームの命運と、日本ラグビー界の未来を左右する決断を。

その延長線上で、サモア代表戦の後半30分に「ショット」と口にしたのである。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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