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「2015以後」の宿題(2) レフリーと「かみつき」を考える【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
田中(写真中央)は今季プレーオフ決勝でも東芝と対戦。27-26で勝利した。(写真:伊藤真吾/アフロスポーツ)

2016年2月1日に都内でおこなわれた日本ラグビー協会の会見で、土田雅人理事(強化・技術委員会担当)は初心表明のなかで「レフリーの国際基準化も…」と話した。時間の関係もあってか具体策こそ語られなかったが、喫緊の課題を挙げたことは確かだった。

田中史朗。この国で初めて南半球最高峰であるスーパーラグビーに挑戦した31歳のスクラムハーフは、かねて日本のレフリーの技術や置かれた環境に苦言を呈している。本格的に口にし始めたのは、ワールドカップニュージーランド大会で未勝利に終わった2011年以降。13年からニュージーランドでプレーするようになってからは、より確信を持って語るようになった。

ハイランダーズでプレーしていると、気付いたことがあった。プロのレフリーが、自らの判定に責任を持つ環境が出来上がっていたのだ。ミスジャッジの続いたレフリーは降格し、任される試合のグレードが落ちた。かたや日本ではボランティアで笛を吹くレフリーが大半。国内最高峰であるトップリーグの試合中、田中は何度も「ごめん、見てなかった」と謝られた。落胆を禁じ得ない。

昨季終盤には、こんなことがあった。

2015年1月11日、大阪・近鉄花園ラグビー場(当時)。田中の国内所属先であるパナソニックが、リーグ戦セカンドステージの最終節に挑んだ時のことだ。

すでに上位4強入りを決めて迎えたパナソニックがヤマハに18―26で敗れた関係で、サントリーが5位に終わった。4強が王座を争う当時の体制下で初めて、プレーオフトーナメント進出を逃した。

ヤマハ戦では相手ボールスクラム時、田中が相手スクラムハーフへプレッシャーをかけた。それがことごとく反則とされた。ルール上は、スクラムから球が出た瞬間に両チームともプレーしてよいはずだったのだが…。

「スクラムから(スクラムハーフが)ボール出す時は、ダミー(パスをするふり)はしてはだめ。ダミーをしているところへはボールへ働きかけてもいい。これは世界でも(合法的に受け)取ってくれますし、日本でも取る人は取ってくれるのですが…」

仲のいいサントリーのプロ選手から「わざと負けただろう」と冗談で言われ、いたたまれぬ気持ちになった。職業選手の主な契約形態や各クラブの保有選手枠を想像し、こう話していた。

「僕らは人生をかけて、仕事としてやっているので…。サントリーは、僕らが負けることでプレーオフがなくなった。正直、お金の面でも違いが出てきて、家族を養える部分(範囲)も変わる。その辺の勝敗で、クビを切られる選手も出てくるかもしれないんです。レフリーの方にはそこまでのことを考えず、ただ(交通費などの)安いお金でやっている人もいる。日本協会ももっと彼らにお金を払うなり、プロを呼ぶなりしないと…」

このシーズンでは、勝ったゲームの判定にもすっきりせぬ感覚を抱いたという。後のワールドカップイングランド大会で3勝を挙げ、「このブームを文化に」と謳うようになった。くしくも例のヤマハ戦の直後、「文化に」の真意を交えてこう明かしていた。

「折角、日本のラグビーを変えようと思ってスーパーラグビーへ行ったのに、そういうことがあると日本のラグビーのレベルは下がったまま。こうなると、1人ひとりの価値観も変わってくる。海外だったら、なぜブランビーズが田舎のチーム(オーストラリア・キャンベラ)なのにあんなに選手が集まるのか。それはラグビーがいいかららしいんです(同国を代表する名選手を輩出し、過去に2度の優勝)。このパナソニック(群馬県太田市を本拠とする)だって、ラグビーのブランドがあるから選手が集まってくれている。そんななかでレフリングがこのままで(世界基準の)ラグビーができないのだったら、お金をたくさんもらえる下部リーグのチームに選手が集まってしまうかもしれない。そうなったら、スポーツとしての魅力は…」

日本代表でもあった田中がイングランドから帰国後の15年度は、日本協会が海外のレフリーを招へい。改善に努めているようにも映るが、試合単位で観れば判定への懐疑の念は消えないらしい。田中だけではなく、パナソニックでキャプテンを務めるフッカーの堀江翔太も「いいプレーがダメと言われると、それが国際試合にも響いてくる」と問題提起をしたことがある。

さらに、レフリングおよびそれを統括する側、その一部始終を伝える側にまで大きな課題が示された。「かみつき事件」によってだ。

事の発端は12月12日、東京・秩父宮ラグビー場で起こった。東芝とパナソニックが17―17と激闘を演じた、トップリーグの第5節。後半20分の肉弾戦で、パナソニックのフランカー劉永男の腕を東芝の新人ナンバーエイトである徳永祥尭が噛みついた。日本協会は18日、徳永をスポーツマンシップに反する行為をしたとして処罰したと発表。今季絶望に相当する、6試合出場停止処分が決定された。

スポーツ各紙はサッカーのルイス・スアレスやボクシングのマイク・タイソンなど、同種の事例を起こしたアスリートと徳永を並列。やや苛烈な表現でこの一件を伝えた。

しかし、東芝の冨岡鉄平監督はこう言い切る。

「悪いのは、徳永です。これから何があっても東芝は反応を示さないですし、裁定にも文句はない。ただ、あれはただの報復行為ではないし、クレイジーな奴がただ噛んだというわけではない。その辺は、監督として言ってあげなければいけない」

そう。開幕5戦連続で先発していた徳永は、戦術理解の高さと密集戦で顔を出す嗅覚が評価されるルーキーだった。もし、たったひとつのラフプレーで「クレイジー」と断じられるのなら、ほぼ全てのラグビー選手が「クレイジー」になり得てしまう。

一部のスポーツ紙では問題の瞬間が写真付きで掲載されたが、この時の徳永は劉に首を締めあげられるような体勢だった。身動きの取れぬ状況で、頭に血がのぼり、つい、許されぬ行為に手を付けてしまったことが窺い知れる。「悪いのは徳永です」と改めて前置きし、指揮官は続ける。

「(相手に首を掴まれたら)普通なら、人は倒れてしまう。ただ、徳永は強いものだから簡単に倒れない。そこでもう一度(相手が)締め上げて…と。苦しくてしょうがない時に、脱出するために…噛んだ、ということ。噛んだから頭がおかしいとはならないです」

さらに当該の試合では、パナソニックが接点で幾度も相手の首を絞めていたとされる。その問題提起もあって、徳永の出場停止期間は予定されていた「12試合」よりも短くなっていた経緯もある。それだけに冨岡監督は、処分発表に伴う報道に疑問を呈するのだった。

「裏を取って、裏を取って、裏を取って、それでもあいつをクレイジーだと思うのなら、そう書いてもらってもかまいません。ただ、記事を書いた方と、(例の件に関して)僕は話をしていないです」

処分の中身についても議論の余地はある。噛みつきをスポーツマンシップに反する行為と定義づけること自体は自然だが、そもそも噛みつきや踏み付けなどを経験していないトップレベルプレーヤーは皆無に等しかろう。良し悪しの議論はさておき、ラグビーはフェアプレーを是とする球技であり、ぶつかり合いの避けられぬ格闘技でもある。

サントリー所属で日本代表ナンバーエイトのツイ ヘンドリックは、帝京大学時代にある仕事を持っていた。それは、後輩の留学生選手に「他校の選手に足を噛みつかれても、逆上しないように」と説く指南役である。

機械的な長期出場停止措置には、パナソニック陣営でも疑問の声があがっている。噛みつかれた劉はその件を問われ、「彼は若い選手だから、試合に出られないのはかわいそうだと思います」と答える。噛みつき行為自体には怒っていた田中も、処分については劉の意見にほぼ同調した。

「まぁ、かわいそうだな、と。あの時点でレフリーがイエローカードを出すなりして、その次の試合からは彼を出してあげればよかった。何度も言わせてもらっていますが、僕らは人生をかけている。1つの笛で人生が狂って…」

シーズン終盤、徳永本人も心境を明かした。処分決定時にチームミーティングで仲間に謝罪したとし、「あの件のことはしゃべるなと言われています」。気持ちを切り替え、アスリートとしての偏差値を上げている様子だった。

「いまは(控えチームの一員として)相手チームの(想定される)アタックやディフェンスをやっているのですが、『(守備網の)ここが空きやすいんだ』など、発見がある。それをチームに還元したい」

ワールドカップ出場選手をはじめ、一部の人間のみが国際水準のステージに上がった感のあるいまの日本ラグビー界。周辺が追随するか、足を引っ張るかで、未来が変わる。

15年のワールドカップイングランド大会で日本代表が結果を残したことで、この国のラグビー界は一気に注目度を高めた。次なる目標はブームを文化に昇華することだ。いくつかの課題を検証する。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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