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「2015以後」の宿題(4)「記者が選んだからベスト」は間違い?【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
写真中央の田中、右の稲垣啓太は揃ってベストフィフティーンに選出。(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

ブームを文化に

世界最高峰リーグのスーパーラグビーで昨季優勝したハイランダーズの田中史朗は、かねて「ラグビーを文化にしたい」と話す。市井の人々が競技のよさや選手の凄味を根っこの部分から理解し、楽しんでいる状態を指すのだろう。

日本最高峰であるラグビートップリーグの2015年度シーズンが、1月いっぱいで終わった。昨秋のワールドカップイングランド大会で日本代表が3勝を挙げて迎えた、最初のシーズン。パナソニックと東芝がぶつかった24日のプレーオフ決勝では、会場の東京・秩父宮ラグビー場に公式で「24557人」もの観客が集まった。ナショナルチームの成果がファン拡大を引き起こす流れはできた。

しかし、いまの日本ラグビー界と田中の目指す「ラグビーを文化に」の間には、いまだに小さくないギャップがある。それを象徴するもののひとつが、「ベストフィフティーン」の結果である。

ベストフィフティーンって、何ですか

トップリーグはシーズンごとに、その年度に活躍した選手15名をベストフィフティーンとして表彰している。受賞者は各チームの監督、キャプテン、記者の投票で決まる。各年度とも国内屈指の実力者が並ぶのは間違いないが、その結果に受賞者本人が首を傾げる例は多数ある。

今年も然り。その思いを公言したのは、ほかならぬ田中であった。以前から活躍したチームメイトが選ばれていないと「悔しい」と漏らすなど、ベストフィフティーンそのものに懐疑的だった。自身の2季連続5度目となった受賞のうち、当事者が納得できたものはどれくらいだったろうか。

田中がプレーするスクラムハーフ部門には、ワールドクラスの人がノミネートされている。

今季も元ニュージーランド代表で神戸製鋼のアンドリュー・エリスが、チームメイトも「どんぴしゃ」と驚くハイパントで大型選手を前に出した。新任のアリスター・クッツェーヘッドコーチが試合運びにおけるスクラムハーフの判断を重視したこともあり、7試合中6試合で先発した。

このほど引退を表明した南アフリカ代表のフーリー・デュプレアも、サントリーのコントロールタワーとして確かなパフォーマンスを発揮。味方で日本代表スクラムハーフの日和佐篤から「危機管理力、判断、全てが素晴らしかった」と謳われた。

田中もピンチでの守りや目の前の相手を引きつけながらのパスで存在感を示したが、当の本人はエリスとデュプレアには及ばないとの見解を示すのである。31歳のイングランド大会日本代表は、こう訴えたものだ。

「選んでもらっておいて失礼なんですが…これで日本のトップと言われてもモチベーションが下がります。僕はワールドカップで結果は残しましたが、それとトップリーグは別。誰がどうということはないですが、個人的には、僕が選ばれていることには納得できないです。今季は僕が日本一のスクラムハーフだったな、と思うなかで選ばれれば嬉しいですけど、そうでは…なかったので」

「プレーヤーとして」が成り立たない現実

違和感の生まれる背景は、決定までの過程にある。

例年、選出の有資格者はリーグ戦終了後にその年の対象選手(過半数のゲームに出場した、出場停止処分を受けていない選手)のリストと投票用紙(名前と選考理由などを書く欄あり)を渡される。約1週間後の締め切りまでにペンを走らせ、メールかファックスで運営側へ報告する。

とはいえ、最前線で戦い続けた監督やキャプテンに冷静な選考を課すのは、やや酷でもある。特に13年度からは、リーグ戦が2グループに分かれて行われている。各クラブとも、全チームとの対戦が叶わぬままで投票しているのが現状なのだ。さらに投票期間が優勝を決めるプレーオフの直前とあって、スタッフの書いたリストを承認するだけのキャプテンもいるという。投票そのものの中立性が損なわれるのは、自然な流れだろう。

さらに問題なのは記者投票だ。

比較的、長くラグビーを観ている専門誌スタッフやライターには、最新号の締め切り時期と重なっていることや各人のポリシーなどを理由に投票を辞退せざるを得ないケースが多い。

総投票数は明かされていないが、今季断トツだったフッカーの堀江翔太(パナソニック)とフランカーのリーチ マイケル(東芝)の記者投票得票数は「20」。ラグビーブームが巻き起こった後でも、さほど投票数は伸びていないのでは…。資料として渡される結果の詳細(次点以下の得票数も含めてリポートされている)からは、そんな現状が窺い知れる。

協会スタッフに促されて締め切り直前にペンを走らせる取材歴の浅いジャーナリストもゼロではなく、何より、年間を通して試合を観続けているあるスポーツ紙記者は過去にこんな実感を述べたことがある。

「僕が投票した選手の記者投票数が、ゼロだったことがある」

筆者は開業2季目の2007年度から投票権をいただいている。現地取材や映像確認をもとに、「その試合で誰よりも輝いた、という回数が明らかに多い選手」をポジションごとにリストアップ。生意気な行為だとは認識しながら、基本的には欠かさず責務を果たしている。それこそ「ラグビーを文化にする」ためだ。

それでも毎度のベストフィフティーンの結果には懐疑的な声が募り、今度の田中の意見も決して珍しい声ではない。人が人を選ぶ以上は各人の趣向が反映されるものだが、初選出選手を除く多くの人が違和感を覚えている現状は、全ての受け取る側、渡す側の両方にとって不幸なことだ。田中は「もっとトップリーグを観て、出身の大学とかも関係なく、いいプレーヤーを、選んで欲しい」とも言ったものだ。

楽しみは自分で見つける?

毎年発表されるベストフィフティーンを「ラグビーを文化に」と直結させるには、いくらかのマイナーチェンジが必要かもしれない。

周囲で挙がったおもな意見は「現状では伏せている投票用紙の中身をフルオープンにする」や「そもそも、ベストフィフティーンは『そういうモノ』なのだとわかってもらう」である。

前者は頭数がさらに伸び悩むデメリットこそあれ、投票者の責任感は醸成されよう(ちなみに、投票結果がオープン化されていない以上は筆者の投票結果は口外しないことにしている)。後者は悲しい考え方ではあるが、決して不可解な発想ではないことがまた悲しい。

世界各国の大物が屹立するトップリーグにあって、言えることはひとつ。ファンは「人が凄いと言っていた選手」よりも「自分が凄いと思った選手」を注目したほうが楽しい、ということだ。

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15年のワールドカップイングランド大会で日本代表が結果を残したことで、この国のラグビー界は一気に注目度を高めた。次なる目標はブームを文化に昇華することだ。いくつかの課題を検証する(終)。'''

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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