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移動に合同練習…。ゴールデンウィークのサンウルブズ&日本代表【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
ふたつの頂点を行き来する井上(左)と村田毅。(写真:アフロスポーツ)

この国の男子15人制ラグビー界という山には、いま、頂点がふたつある。

ひとつは、サンウルブズだ。

世界最高峰リーグのスーパーラグビーに、日本から今季初参戦の新興クラブである。

国際試合への耐性を高めるべく参戦枠を勝ち取ったのが、2014年。組閣のテンポのずれ、当時ラグビー・オブ・ディレクターだったエディー・ジョーンズ前日本代表ヘッドコーチ(現イングランド代表ヘッドコーチ)による指導への候補選手のアレルギーなどから、一時は消滅の危機もあった。

それでも最終的には、昨秋のワールドカップイングランド大会で歴史的な3勝を挙げた面子が10人も契約。その筆頭格たる堀江翔太キャプテンは、大らかな口調で「意見を出し合えるチームに」と宣言した。オーストラリア出身のエドワード・カークら、献身的な海外出身選手の力も借りた。

今回が初来日のマーク・ハメットヘッドコーチは、「最初は選手にどこまで期待していいかがわからない状態だった」と吐露も、日を追うごとに目を細めるようになった。「選手たちの態度が素晴らしい」。チームは約1か月のみの準備期間で戦術略を錬成し、開幕を迎えた。

日本代表の主軸でもあったセンターの立川理道によれば「ジャパンでやってた頃に比べたら、少し効率のいい」というアタックのフォーマットを共有した。右なら右、左なら左と同じ攻撃方向にほぼすべての選手が沸き上がるジャパンの時とは違い、各選手が要領よく左右に散らばった。陣地によっては、ひたすら走るよりもキックを重視した。走り込みには時間を割けず、イングランド大会時の長所だった持久力には期待できなかったからだ。

もっとも4月23日、東京・秩父宮ラグビー場での第9節では「強いシェイプ(複層的陣形)が戦略としてあった」と立川。キックでのエリア取りに注力する一方、いざ敵陣で球を持てば攻防の境界線に複数のランナーが駆け込み続けた。

日本ラグビー界の本来的な持ち味である瞬発力と献身ぶりを、どう示すか。その落としどころを、徐々に見出しつつある。ジャガーズから、クラブ史上初の白星を奪った。

もうひとつは、そう、日本代表だ。

日本ラグビー協会の方針から、集められたメンバーにイングランド組はいない。海外移住選手を含めたスーパーラグビープレーヤーや代表引退者を除外したなかでの「ベストメンバー」が、アジアラグビーチャンピオンシップの直前に編成されていた。

これまで20歳以下日本代表を率いてきた中竹竜二ヘッドコーチ代行は、協会主導で選ばれたメンバーの特徴把握という仕事も任された。

6月には、世界各国から経験者を集めた日本代表スコットランド代表戦などをおこなう。いわば挑戦者的な位置づけのいまの日本代表にあって、中竹ヘッドコーチ代行は選手に「本物のジャパンになろう」と発破をかける。

4月24日に都内で集合した面々は、無料通話アプリの「LINE」でグループを作ってミーティングのレビューから面白画像まで、硬軟織り交ぜたトピックスをシェア。里大輔ランニングコーチのもと、走り方、起き上がり方といった敏捷性の元となる身のこなしを体得。能動的な「アクションラグビー」の確立に挑んでいる。

30日、神奈川・ニッパツ三ッ沢球技場。一時は準備不足のため勝敗が懸念された韓国代表との大会初戦を、85―0で終えた。

人事異動?

日本代表側にさざ波が立ったのは、韓国代表戦の翌日だった。

会場近くのホテルから東京都府中市の合宿地へ移動し終えるや、ある情報を伝え聞いた中竹ヘッドコーチ代行が、緊急ミーティングを開くこととなった。

「色々な仕組みのなかでこういうことが起こったけど、折角いい試合をした後なんだから、ぶれずに行こう」

実はその直前、サンウルブズから日本代表に呼ばれていた8 選手の離脱を命じられた。当該の人々は、府中市からサンウルブズの滞在する都心部へ移動することとなった。

サンウルブズの「ハマー」ことハメットヘッドコーチは、ジャガーズ戦後に1週間の休息を経て、5月7日の第11節を見据えていた。所属選手の体調確認、ジャガーズ戦のレビューなど、ボスとしての職務を全うするにはジャパン派遣組との顔合わせは必須だった。

そもそも、ナショナルチームとクラブチームの人的交流は世界的には珍しいことではない。ニュージーランド出身のハメットヘッドコーチも、あくまでその文法に沿って要望を出したものとされる。今度の件で報道陣に逆取材をかける当該選手の1人は、「…確かに、ハマーの様子に変な感じはなかった」と振り返っていた。

問題は、通達伝達の漏れだろう。サンウルブズを統括するのは発足前に選手招集で苦心した田村誠ゼネラルマネージャーで、日本代表の上部に立つのは2000年代の東芝監督として黄金期を築いた薫田真広・男子15人制ラグビー・オブ・ディレクターである。一般論として、物事を進めるスピード感は仲介人を増やすほど鈍る。

ラグビーの公式戦では、先発とリザーブを合わせて23名の選手を登録する。しかし、大会2戦目を控える日本代表は、2日の午前練習をたった20名でおこなった。試合催行に必要なサンウルブズ勢の再合流時期が未確定ななか、中竹ヘッドコーチ代行は「残ったメンバーは、戻って来たメンバーに戦術をしっかり教えられるようになろう」と防波堤を作った。

かたやサンウルブズでは、2日午前中のウェイトトレーニング後にジャパン組の8名中6人が帰還を言い渡された。

怪我の北川賢吾、第11節でリザーブ入りする安藤泰洋がサンウルブズに残るなか、それ以外の選手は午後から日本代表のいる府中へとんぼ返りすることとなった。その場で指示された。

そのうちの1人でイングランド大会のバックアップメンバーでもある宇佐美和彦は、「…しゃあないね」という公式見解を絞り出す。サンウルブズを引っ張る堀江キャプテンは、ふたつの頂点の狭間で登山と下山を繰り返す仲間を「(両チームの)サインプレーを覚えなあかん、とか、頭の切り替えは大変ですよね」と慮った。「そこらへん、上の方でしっかりと繋げておいて欲しいな」との提言も忘れなかった。

本気が本気を引き出す。

グラウンド外で何が起こっても、グラウンド内のパフォーマンスに悪影響を与えない。日本ラグビー界のふたつの頂点に立つアスリートたちの、それが流儀だった。

5月3日、サンウルブズが根城とする東京・辰巳の森ラグビー練習場は、多くのギャラリーに見つめられていた。日本代表とサンウルブズの合同練習があったからだ。

開始前、緑のネットで囲まれたグラウンドへ入る日本代表の1人ひとりを、サンウルブズのハメットヘッドコーチが笑顔と握手で迎え入れる。日本代表の中竹ヘッドコーチ代行は思った。

「…いい人だな」

ハメットヘッドコーチは、7日の第11節に向けての本格的な身体慣らしを期待した。一方、中竹ヘッドコーチ代行率いるジャパンでは、最年長で29歳の谷田部洸太郎が「決して練習台になるつもりはない。サンウルブズを仮想香港代表と捉える」。そう。サンウルブズと同様、日本代表も7日に試合を控えていた。大会2戦目は敵地での香港代表戦だった。

フォワードが8対8で組み合うスクラムでは、一方が極端に押し合うことはなかったか。

もっとも、イングランド組に外国人がミックスされたサンウルブズと、若い国内組が主体の日本代表がシーソーゲームを繰り返したのだ。脇で見学していたある指導者は、日本代表の遠藤哲フォワードコーチの鍛錬の凄味を想像した。日本代表の左プロップである東恩納寛太は、「遜色なく組めた。欲を言えば、もっと相手を圧倒するスクラムを組めたらよかったです」と述懐した。

実戦練習が始まれば、先手、先手を取りにかかる日本代表にサンウルブズが応戦する。闘将と化したカークが、本番さながらに身体を張る。最後の砦であるリアン・フィルヨーンも、日本代表守備網のわずかな間隙を突くランで魅せる。「タックルをしない」。そんな約束が反故にされるまで、時間はかからなかった。

そうなれば、日本代表も接点に力を込める。

防御中、サンウルブズのリアキ・モリにジャージィを掴まれた日本代表の坂手淳史は、そいつを素早く振り払う。いち早く防御網の穴を埋めた。

「ああいうのは、どこのチームもやってくる。やられた時に(ポジショニングが)遅れてトライを取られるのが、一番もったいない。リアクションを速く。掴まれるのが嫌なら、それ以上のもっと速くセットする…」

ちなみに坂手は今季からパナソニック入りし、サンウルブズと兼任の堀江と定位置を争う。

東海大学の留学生であるアタアタ・モエアキオラも、サンウルブズのジャージィを見つけたらロータックルをかました。こちらも東海大学から来たテビタ・タタフも、サンウルブズの守備網をぶち破った。解散後、耳に氷を当てていた。

日本代表の若手に触れ、サンウルブズの堀江キャプテンは「まだ、成長過程だと思います」。もっとも同じくサンウルブズの浅原拓真は、「スクラムはまとまっていた。もしかしたら、僕たちよりもスピーディーかな、と思いました」と具体的な評価に言及した。

情報開示から

「行って帰ってこられた選手の方は、すごく大変だったと思うんですよね。移動という体力的な大変さ、両方のチームのサインを覚えなきゃいけないというメンタル的な大変さ…」

帝京大学のキャプテンとして大学選手権7連覇を達成した日本代表の坂手は、クラブで受けたメディアトレーニングの成果と一個人としての発信力を混ぜ合わせ、ここ数日であったことを滔々と振り返った。

「でも、自分たちはこういうことに負けんとこう、精度を落とさんとこう、と。残された20人で練習をした日も、そういう声がたくさん出ていました。向こうへ行っておられた方は年齢層も高く、このチームの中心になるメンバーも多かった。ただ、その選手がいない時にいい練習ができたことは、自信にもなりました」

いま見据えるは、7日の香港代表戦だ。4日は府中市の東芝グラウンドで、攻撃の組み立てを確認した。合間、合間で事細かに修正点を提案するのは、井上大介だった。中竹ヘッドコーチ代行に「チームに必要なことを厳しく言ってくれる。すばらしいリーダーシップ」と見られるこの人は、週末から週明けに行ったり来たりを繰り返した、あの8人中6人の1人だった。

かたやサンウルブズは、第11節では初の2連勝を目指す。ホームの秩父宮で迎え撃つ相手はフォース。サンウルブズと同じく、ここまでシーズン1勝に止まっている。

イングランド組でサンウルブズのエース格である山田章仁は、昨季はこのフォースにいながら試合に出られなかった。開幕前こそ「(見返したい気持ちは)余裕であります」と言っていたが、いまは「特別な感情はない」という。

「何ででしょうね? 周りのこと、気にならなくなってます」

堀江キャプテンは、新参チームの連勝ほど難しいものはないと考える。

「スーパーラグビーじゃなくても、新しいチームが連勝するのは難しいんじゃないですか。周りはそれまで積み上げてきたものがあるのに、僕らはいま積み上げている最中…。ただ、いい落ち着き具合でやってますよ。僕もそうですけど、勝つまでは皆、これで合っているのか(練習内容が正しいか)と思いながらやっていましたけど、いまはいい緊張感です」

サンウルブズと日本代表。ゴールデンウィークの最後にゲームを控えるふたつの頂点は、頂点たるにふさわしい向上心と能力を希求し続けている。

日本代表の正式な新ヘッドコーチであるジェイミー・ジョセフは、夏以降に着任する。連関性が整う前夜、中竹ヘッドコーチ代行は「皆、切り替えて、前を見ている」と言った。

そして、日本協会のコーチングコーディネーターという別な立場から、サンウルブズのハメットヘッドコーチにこう期待した。

「もっと、話がしたい。彼は初めて日本に来て、この国の文化や協会の仕組みをフレッシュな目で見ている。だからこそ、改善に向けたフィードバックをして欲しいですね。我々がいままでやってきた当たりのことに違和感があるのだとしたら、ポジティブに解決したい」

互いの情報の開示し、共有すれば、ふたつの頂点が大きな山脈と化す。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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