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怪我の五郎丸歩がいない日本代表にある、複雑さと明快さとは。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
ワールドカップでの直接対決時。ハーフタイム直前の五郎丸のタックルは語り草に。(写真:アフロ)

6月にカナダ代表、スコットランド代表とぶつかるラグビーの日本代表メンバー33名が5月30日、発表された。かねてリストアップされていた43名のスコッドから33名に絞り込まれた。複雑な背景と明解な見どころを検証する。

複雑な背景1…選考のプロセス

43名の選考を主導したのは、元日本代表フッカーで東芝監督としての実績もある薫田真広・15人制男子日本代表ディレクター・オブ・ラグビー(DOR)。国内外に散る面子とともに、スカイプなどを使っての会議を重ねたという。

今回、スコットランド代表との2試合は東京・味の素スタジアム、愛知・豊田スタジアムという収容人数45000人超の大規模会場でおこなわれる。その点との関連性は明らかになっていないが、ともかく、5月10日に発表された43名には、リーチ マイケル、五郎丸歩といった、昨秋のワールドカップイングランド大会で3勝した名手(以下イングランド組)もリストアップされた。

同日に会見した薫田DORは、スーパーラグビーのレッズで出番の少なかった五郎丸が試合に飢えているといった意向を報道陣に伝えた。そのコメントは各所で記事になった。

(余談…世の中に出回る報道は、大まかに以下に二分される。発信者が自分の心に正直に伝えているものか、あるいは違うか。各所で出回る関係者の談話も、本人の語っていない言葉や論旨でまとまっている可能性がある)

薫田DORとの話し合いに加わったのはまず、ジェイミー・ジョセフ新ヘッドコーチ(HC)だった。

現在指揮を執るハイランダーズとの契約上、正式な就任は今秋以降としている。昨秋はトニー・ブラウンアシスタントコーチら優秀な名伯楽の力を引き出し、国際リーグのスーパーラグビーを制覇していた。薫田DORは、ジョセフHCの「ワールドカップメンバーがどれくらいできるのかを観たい」という意向を明かす。

さらに議論の場に顔を出したのは、6月に代行ヘッドコーチを務めるマーク・ハメットらサンウルブズのスタッフ陣だ。

サンウルブズとは、スーパーラグビーに日本から初参戦するチーム。ナショナルチームの選手層拡大という命題を背負った組織である。

ちなみに発足初年度の今季は、直近の国内リーグでのパフォーマンスチェック以前に契約選手が決まっていた。多国籍のチーム編成がなされた。もっとも、日本代表入りの資格を持たない外国人選手の献身が、玄人好みのファンの心を掴んでいた。

一緒にセレクションに参加したとされる田邉淳アシスタントコーチは、かねて「僕の仕事の1つは、ハマー(今回が初来日のハメットHCの愛称)に日本の選手の特徴を教えることだと思う」と言っていた。学生時代をニュージーランドで過ごした田邉は、サンウルブズのキャプテンでイングランド組でもある堀江翔太からの信頼も厚い。

一方、この春アジアラグビーチャンピオンシップ(ARC)の日本代表(以下ARC)を率いた中竹竜二HC代行は、その隊列には加わらず。薫田DORは「ARCのスタッフからもパフォーマンスの評価を聞く」と説明するに止めていた。

なお、中竹HC代行は20歳以下(U20)日本代表のHCも務めており、格下とぶつかることとなるARC組をU20日本代表を軸に編成したいと考えていた。しかし実際は、「テストマッチ(国際間の真剣勝負)にはベストメンバーで」という日本協会の要望を受け、サンウルブズの控え選手や国内の有望株など、イングランド組以外の若手を率いることとなっていた。

43名から「30名程度」への絞り込みの際は、「コンディションを優先」にすると薫田RODは言った。結局、リーチや五郎丸は、直近の故障のため、今度のスコッド入りが叶わず。発表前に取材を受けた薫田DORは、2人の選出可否について「まだ話せない。シビアな問題」と口を閉ざしていた。

その他、サンウルブズのメンバー(サンウルブズ組)は20名から13名に、イングランド組はサンウルブズ組と重なる選手を含めて17名から16名にそれぞれ絞り込まれた。

28日まで日本代表の看板を背負ったARC組の14名からは、兼務するサンウルブズの都合上フル参加が叶わなかった安藤泰洋、森太志、具智元、山中亮平、さらに怪我で大会に出なかったティム・ベネットを含めた11名が入っている。

薫田DORは、リリースを通して「ラグビーワールドカップ 2015 に参加した選手、サンウルブズの選手を中心に選出しました」と背景を発信。文脈に沿えば、日本代表という冠をつけたARC組のパフォーマンスは参考にされなかったとも取れる。

日本ラグビー協会は6月2日、記者発表会を開催。観戦ビギナーにスコットランド代表戦の見どころを伝えるという。

日本のスポーツファンには熱しやすく冷めやすい歴史的背景があり、日本のスポーツマスコミには重要な課題以外のネガティブな話題に触れないメディアが多い。

ワールドカップを受けてファンになった愛好家向けのイベントでは、選手選考にまつわる諸々の説明は割愛されるのが自然だ。

複雑な背景2…五郎丸の故障に伴う周囲の反応

現代日本ラグビー界で最も有名な選手の五郎丸歩は、今季絶望の怪我を負っている。

2016年5月21日、オーストラリアはブリスベンのサンコープスタジアム。スーパーラグビーの第13節でのことだ。五郎丸はこの日、レッズのフルバックとして先発していた。

後半15分、サンウルブズの堀江のパスをもらったフランカーのリアキ・モリが、ゴールライン手前左隅へ飛び込む。そこへ駆け出すは五郎丸。ホームチームのピンチを救いにかかる。

直後、五郎丸は右肩を強く打ってもんどりうった。続く17分、そのまま退場する。

試合後の会見に出た本人は、何度も「ノープロブレム」を口にした。右肩の脱臼が発表されたのは、その翌日のことだった。

ラグビーのプレーは複数の知恵や献身や創意工夫で成り立っているため、五郎丸は「ラグビーにヒーローはいない」と唱えていた。「私をきっかけにラグビーに注目していただければ」とも。

ところがワールドカップに伴う旋風が吹き荒れてから、ラグビー人気は五郎丸人気に依拠した形で膨れ上がった。五郎丸をはじめイングランド組がいなかったARCでは、入場者数が4桁に止まった。

こればかりは、前述した近代日本の文化形成がもたらした弊害でもあり、誰か特定の犯人がいるわけではない。もっとも昨秋以来、人気を継続する短期計画、中長期計画は明らかにされなかったのも確かだった。

スコットランド代表戦はゴールデンタイムでの地上波生中継が予定されているが、頭を悩ませる放送関係者はゼロではない。

いま、各所で「ポスト五郎丸は誰か」といったトピックスに注目が集まるかもしれない。かくいう筆者も、その流れにならったコメントを求められたり、その業界の意を汲んだ企画を提案したことはある。

もっとも、スポーツチームのポジション争いは世襲制でもなければ年功序列でもない。その組織の長が明確なコンセプトを示し、それに即したメンバーが1人ずつ選ばれるだけだ。

「JAPAN WAY」と唱えたエディー・ジョーンズ前HCは、気性の荒さなどが議論の対象となりながらも、発展途上国だった日本代表の格を保とうとしてきた。

その一環としてか、2012年からイングランド大会までの間、プレースキッカーでもある「フルバック五郎丸歩副キャプテン」の代役はあまり立てられなかった。

おそらくいま問われるべきは、「ポスト…」ではなく日本代表のコンセプトや格の保全についてだろう。

怪我のもととなった五郎丸のタックルにも、触れなければなるまい。

あの時、繰り出された一撃は、相手を掴まないノーバインドとされる形だった。放つ側には「危険なタックル」という反則を取られるリスクがあり、何より放つ側、受ける側の両方に高い怪我のリスクがあった。

また、ぶつかった瞬間の頭の位置が、相手の尻ではなく頭の方向にあった。膝がある方向に頭が入った「逆ヘッド」と呼ばれるこの入り方は、首から上が相手の下敷きになる傾向があり、危険視されていた。

もっとも、今度のスコッド入りを果たしたフルバック経験者のある選手は、「あくまで他者のプレーについて意見を言って欲しいわけではないが」との前置きで五郎丸のタックルについて聞かれ、こんな風に語った。

「あれは逆ヘッドでしたけど、しっかりと首(の筋肉や神経を)締めて入ればかえって相手は止まりやすい。バインドをしていない分、危険だと取られたのだと思いますが」

五郎丸は怪我を通し、無意識的にこんな課題を残したかもしれない。

将来を担うラグビー少年、少女の怪我のリスク減少のため、タックル技術に関する考察を深めるべし、と。ここはワンプレーごとの背景を明かす1人ひとりの伝え手、全国各地のラグビー指導者の出番だ。

明解な見どころ…ワールドカップで唯一敗れた相手へのリベンジ+α

国内で戦うスコットランド代表は、日本代表がイングランドで唯一敗れた相手である。その意味で今度のシリーズはリベンジの機会とされる。いざキックオフの笛が鳴れば、選考のプロセスなどに基づく言い訳は許されない。

また、カナダ代表戦を含めた3連戦には、次回のワールドカップ日本大会へのプロローグといった意味合いも含まれている。イングランド組の小野晃征はこう言っていた。

「もちろん、勝ちに行きます。ただ、後になってこの試合を振り返った時に、どう2019年に繋がっているのか…。ということも考えないと。ただ3試合テストマッチをやっただけでは、ジェイミーが来てからの一歩が始まらない。3試合もあるので、今回を土台として考えるのもありかな、と思います」

オフ期間は、幼少期を過ごしたニュージーランドに滞在。語学にも長け、ジョセフHCともすでに意見交換をおこなってきたという。

「残念ながら、日本代表はオールブラックス(世界ランク1位のニュージーランド代表)ではない。次から次へとワールドクラスの選手が出てくるわけではない。だから(力のある選手を国際舞台で)しっかり育てて、経験させていかないと。(ワールドカップでの勝利のために)どれだけハードワークが必要かは、いまの選手しか知らない。常に進化して、新しく作っていく必要があります」

スコットランド代表は、8強入りしたイングランド大会のメンバーを軸に真剣勝負を挑む見込み。招集前の複層的事象に囚われた日本代表が勝つには、現場の努力と研究と覚悟は不可欠だ。このシリーズでは少なくとも、困難を乗り越えようとする人間たちの意志が見どころとなるか。

実はサンウルブズも昨年8月まで消滅の危機に瀕していて、急場でのメンバーリングがなされていた。しかし、海外からのオファーを蹴って加入した堀江は、言い切っていた。

「始まったら自分たちにベクトル向けてやらな、しゃあない」

サンウルブズが歴史的勝利を挙げるのは、この発言から約3か月後のことだった。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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