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ツアー開始前に「任命責任」と「適材適所」を振り返るべき? 日本代表の体勢を考える。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
ファンに支えられる日本代表。その未来は。(写真:アフロスポーツ)

ジェイミー・ジョセフ新ヘッドコーチ率いるラグビー日本代表は10月31日、秋のツアーをスタートさせた。

2012年からの約4年間は、エディー・ジョーンズヘッドコーチのもと「JAPAN WAY」を提唱した。豊富な運動量でシェイプと呼ばれる複層的な攻撃陣形を機能させる。

プレーの起点にあたるセットプレーについては、日本人の俊敏さや腰の低さなどの魅力を最大化できる専門的指導者を欧州からピックアップ。昨秋のワールドカップイングランド大会では、過去優勝2回の南アフリカ代表から1991年以来の大会勝利をもぎ取った。歴史的な3勝を挙げ、五郎丸歩ら一部の中心選手はスターダムを駆け上がった。

次なるターゲットは、2019年のワールドカップ日本大会。事前の短期合宿は2回という限られた準備期間のもと、ジョセフヘッドコーチがトニー・ブラウンアタックコーチとともに簡潔な戦法を提案。複数名のユニットがグラウンドの横幅を埋める、ポッドという構造を落とし込もうとしている。「スピード」をキーワードにアンストラクチャー(セットプレーを起点としない攻防)の状態からも組織的に防御を崩しにかかるか。

ツアーでは、まず11月5日にイングランド大会4強のアルゼンチン代表と東京・秩父宮ラグビー場で激突。ここから先は欧州へ出かけ、強力なスクラムを誇るジョージア代表、欧州6強の一角たるウェールズ代表、7人制でリオデジャネイロ五輪の金メダルを獲ったフィジー代表とそれぞれぶつかる。

本来、遠征の総括は遠征後にすべきである。ただ現状では、遠征の成否以前に考えるべき問題がある。キーワードは「任命責任」と「適材適所」だ。

まず、去年からいままで何が起っていたかを振り返ってみる

世界ラグビー界には「ウインドウマンス」という言葉がある。ワールドカップイヤーを除けば、6月と11月の「ウインドウマンス」に各国代表のテストマッチ(国際間の真剣勝負)が集中的に組まれるのだ。2月から8月までおこなわれる国際リーグのスーパーラグビーも、6月はシーズンを中断させる。8月から1月もしくは2月まで開かれる日本最高峰のトップリーグも、11月には休止期間を取っている。

ジョーンズ前ヘッドコーチの退任が発表されたのは2015年8月。イングランド大会開幕から約1か月前のことだったが、日本協会によるその後の後任探しは難航した。

今回初めて国の代表を指導するジョセフヘッドコーチの就任が決まったのは、2016年1月のこと。坂本典幸専務理事は後に「かつて日本でプレーしていた。日本を愛している」「彼はスーパーラグビーで挫折も味わい、優勝も経験。代表チームのヘッドコーチ経験に等しい経験を積んでいる」「対話を重視していること」などとジョセフの選出理由を掲げているが、当時は報道陣に対し「皆さんが名前を挙げたことで交渉がしづらくなったのも確か」とコメントしていた。

それと同時に発表されたのが、薫田真広氏の男子15人制日本代表のディレクター・オブ・ラグビーの就任だ。東芝監督として国内での実績は豊富だが、最後に国際舞台で指導をした2012年に遡る。この時は日本代表のアシスタントコーチとして1シーズンのみ、ジョーンズ体制に携わった。

当時結んでいたスーパーラグビーのハイランダーズとの契約上、ジョセフが指揮を執れるのは今秋からとなった。

ワールドカップ後初のウインドウマンスにあたる2016年6月は、マーク・ハメットが日本代表のヘッドコーチ代行を務めた。ハメットヘッドコーチ代行は、スーパーラグビーに日本から初参戦していたサンウルブズのヘッドコーチでもあった。戦術や主要メンバーをサンウルブズとリンクさせた日本代表には、薫田ディレクター・オブ・ラグビーも帯同していた。有力選手の招集やスケジューリングなどでは、ややトラブルが重なっていた。

<参考資料:五郎丸歩ら不在、合流から1週間で初戦…。「ブーム」去った日本代表のいま。【ラグビー雑記帳】

<参考資料:移動に合同練習…。ゴールデンウィークのサンウルブズ&日本代表【ラグビー雑記帳】

スコットランド代表などと戦った6月の活動期間は、怪我を抱えていた五郎丸やリーチ マイケルら、複数のイングランド組が参加を辞退した。同じくイングランド組で招集依頼に応じた各選手も、日本協会首脳との直接会談で体質改善を求めていた。

ここが変だよ? メンバー選考

今秋のテストマッチのマッチメークで尽力したのは、ジョーンズ体制下にいた頃の岩渕健輔ゼネラルマネージャーだ。しかし岩渕氏は現在、7人制部門の強化へ傾注する。男子15人制日本代表の強化責任は薫田ディレクター・オブ・ラグビーに課されている。

9月にジョセフが日本に訪れた時期から、薫田ディレクター・オブ・ラグビーが中心となって11月のテストマッチに向けた50名弱の代表スコッド(非公開)を編成。そのうち36名(後の追加招集者を除く)が10月に2度あった短期合宿へ招集された。10月28日、11月のウインドウマンスを戦うメンバー32名が発表された。

<参考資料:http://bylines.news.yahoo.co.jp/mukaifumiya/20161028-00063819/「なりたい選手」が入ったということ。秋の日本代表ツアーメンバー発表。【ラグビー旬な一問一答】

フランスのトゥーロンにいる五郎丸とともに選出可否が注目されていたのは、イングランド大会でキャプテンだったリーチ マイケルである。

この秋は薫田ディレクター・オブ・ラグビー欠席のもと、ジョセフとのミーティングを重ねた。その結果、「2019年にピークを持ってくる」ために辞退を決めた。

リーチはトップリーグの東芝、スーパーラグビーのチーフス(ニュージーランド)の両チームで主力として期待されるプロ選手だ。グラウンド外での乱れが可視化されている日本代表を見て「全部はできない」と明かすのは、自然な流れとも受け取れる。

日刊ゲンダイ電子版では「カネが安いからといって代表を辞退する選手も選手」と報じられているが、これは一方的な見方だろう。

たしかに練習時の日当が3000円とも4000円とも伝えられる日本代表の契約内容には、改善を求める声が多い。しかし選手側からの「安い」という趣旨での苦言はさほど多くない。おもに耳にするのは、怪我をした際の補償に関する要望、「送付された契約書に自分と違う名前が書かれていた」といった基本的な業務レベルに関する戸惑いなどである。

世界ランク1位であるニュージーランド代表は、国外でプレーする選手を選ばないなどセレクションの厳格さを保つ。その一方で、同国の各地域代表の選手は、大局的にはニュージーランド協会と「契約」。代表選手が体調管理の一環でスーパーラグビーの試合を休んでも、さほど打撃を受けないような仕組みができている。

日本でも最優先されるべき組織は国の威信をかけて戦う日本代表で、その次には日本代表を支えるサンウルブズが来るのが自然ではある。薫田ディレクター・オブ・ラグビーは「2018年にはサンウルブズイコール日本代表に」と私案を明かす。ただ、それを万人に納得させるには超えるべきハードルがある。それは、理想と現実のギャップの調整だ。

スーパーラグビー、トップリーグ、日本代表を掛け持ちする選手が増えたためか。日本協会の理事会では、年間試合出場数を制限するルール作りが話題に挙がっている。ブリーフィングで明かされた見解によれば、「テストマッチ、スーパーラグビーの日程は変えられない。変えられるとしたらトップリーグとなる」。トップリーグが主催する試合の総数を調整できるよう、議論が進んでいるとのことだ。

いま、日本のラグビー選手の主な生活基盤となっているのは、トップリーグ企業から出る社員給与や年俸などである。クラブへの忠誠心が高い選手にとっては、トップリーグの試合を自主的に休むことは難しい。それは、数名のトップリーグの指導者が心配しながらも認めていることだ。

ニュージーランドのように代表を頂点にしたいという理想と、各選手が協会ではなく企業クラブに守られているという現実。その両者の間で折り合いはつくか、推移が注目されている。

イングランド大会で主力を張ったスタンドオフの小野晃征は、トップリーグのシーズン中に負った怪我の治療に専念したいこと、ニュージーランドへ残した家族との時間を作りたいことなどをジョセフヘッドコーチに伝え、今回の辞退を決めたという。

「もう1回、自分がピッチに立って活躍したいという気持ちを持って、スパイクを履きたい。そうではないと、いまの代表にとってもプラスにならない。ジェイミーにはぎりぎりまで(決断を)待ってもらって、感謝しています。チャンスがあれば、また(代表で)プレーしたいです」

他にもスーパーラグビーとトップリーグを掛け持ちする選手で、「リフレッシュしたい」と辞退を決めたメンバーがいる。一方で、テストマッチ経験の豊富さから選出が期待されながら、シーズン序盤の「パフォーマンス」を理由にリストから除外されたイングランド組もいる。いずれも、今回の32名におけるテストマッチ未経験者の多いポジションの選手だった。それだけに、然るべき立場からの経緯説明は必須だった。

ところが各人の不選出理由について、薫田ディレクター・オブ・ラグビーは「諸事情」と言葉を濁した。個人情報の管理を気遣ってのことかもしれないが、「そこ(辞退した選手)を追い続けていては仕方がない」とも説明を加えた。一部スポーツ紙では、故障以外の辞退者に向けた「最後通牒」と報じられた。議論を招いた。

さらに多く見られるのは、「辞退」と伝えられた選手の代表でプレーしない理由について、選手本人の思いと薫田ディレクター・オブ・ラグビーの説明との間にかなりの隔たりがあるケースだ。選手本人の面子を守るために詳細は伏せるが、明らかな食い違いのある件がこの数か月で3つ、発覚した。そのうち2つは、イングランド組に関連するものである。

双方に言い分はあろうが、コミュニケーション不足を覗かせる。思いの濃淡にこそ個人差があったとしても、当該プレーヤーは翌年以降の代表復帰を目指している。

「言い訳はしない」の裏側

今度のアルゼンチン代表戦のキープレーヤーの1人は、「完全に納得して参加しているわけではない」と胸中を明かしている。それでも、混じりけなしの勝利への意欲も示す。イングランド組で今回のメンバーにもなった選手数名の談話を総合すると、「言い訳はしない」という言葉が浮かび上がる。

もっとも、「言い訳はしない」というフレーズが出てしまう背景に何が起っているのかは、今度の遠征が4連勝に終わっても調査されるべきだ。

誰が、誰を要職に就かせるのか。そう。「任命責任」と「適材適所」を見直す時期である。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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