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用意された「言い訳」との決別を。日本代表、欧州遠征へ。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
スローガンの「ONE TEAM」は選手が意見を出し合って決めた。(写真:田村翔/アフロスポーツ)

11月5日、東京・秩父宮ラグビー場。

4年に1度のワールドカップ日本大会を2019年に控えるラグビー日本代表は、ジェイミー・ジョセフ新ヘッドコーチ着任後初のテストマッチ(国際間の真剣勝負)試合に挑んでいた。

相手は、ジャパンが3勝を挙げた昨秋のワールドカップイングランドで4強入りしたアルゼンチン代表だった。序盤はタックルされた際にボールを乱すなど、エンジンをかけ切れなかった。それでも時間を追うごとにミスを減らし、加点してゆく。

20―54。ジャパンは完敗した。ところが、ノーサイド直前にレメキ ロマノ ラヴァがトライを決めると日本のファンは拍手喝采。ジョセフヘッドコーチも「選手を誇りに思う」と総括した。悔しさの色は露わにならなかった。

「詳細」を詰めたい

序盤。ジャパンは、攻撃の意図を明確に打ち出していた。

グラウンド中盤左をフルバックの松島幸太朗がえぐると、チームはそのまま右へ展開する。数的優位を保った右中の右中間攻撃ラインから、スタンドオフの田村優はハイパントを蹴り上げる。捕球した相手に、を追ったナンバーエイトのアマナキ・レレイ・マフィがタックル。ノックオンを誘った。

ここからジャパンはしばし敵陣に居座り、前半6分、ペナルティーゴールで先制できた。3―0。田村は言う。

「大きな相手を後ろに下げたい、と」

攻防の起点となるスクラムでは、世界有数の強固なパックを相手にしばし応戦する。鋭い矢印状の塊をしつらえたのは、ヤマハから参戦の長谷川慎スポットコーチだ。試合後にはこう振り返っていた。

「上手く組めた時は、上手く組めている」

それでも接点でのランナーの孤立などから、しばし攻撃権を失った。

スクラムでも反則を犯し、35歳にしてテストマッチデビューというヤマハの左プロップ、仲谷聖史は、「中盤ぐらいから後ろの押しが緩んで…」とのことだ。

ヤマハとよく似た形のこのスクラムは、8人いるフォワードの全員が協力しないと成功しない。スクラム後のプレーに意識が向きやすい「後ろ」の選手も、ただただスクラムに専心しなくてはならない。その意識を徹底すべきだったと、仲谷は言う。

「毎回、毎回、組む前に再認識するように言わなきゃいけないです。はい」

何より、防御の連携不備を突かれた。対する相手のスタンドオフ、ニコラス・サンチェスにも、「これからランキングを上げるには守備を…」と指摘されていた。

ジャパンは、大外から内側へ相手を囲い込むような組織防御を採用。もっともこの午後は、しばしその内側を破られた。以前ジョセフが率いていたニュージーランドのハイランダーズに在籍していたスクラムハーフの田中史朗は、現状をこう明かしていた。

「ディフェンス…。僕はハイランダーズでやっていることなんですけど、皆にとっては初めてで。確かにリロード(タックルをした後の立ち上がり)は少し遅かったかなというのは、僕自身に対しても含め、感じています。やはり、しんどかったというところもあったと思う。(システムの)理解はしている。あとは(実戦への)慣れと意識、気持ちの部分かな、と」

6―21とリードされていた後半開始早々、ハーフ線付近左でのラインアウトを相手に取られると、その逆側へ素早く展開される。右側のスペースに回ったタックラーは、各々の飛び出し方でランナーを止めにかかる。その隙間を、アルゼンチン代表のパスが繋がった。ウイングのサンティアゴ・コルデロが止めを刺す。ゴール成功で6―28。

フッカーの堀江翔太キャプテンもこうだ。

「ディフェンスのラック周りの部分で、詳細を詰め切れていない部分があった。1人が違う考えをしてしまうと、ズレてくる…」

選手も人間だ。連続失点で勝利が遠のくほど、万事におけるシステムの実行力は鈍った。タックルも上ずったか。

司令塔の田村は、問答のなかで試合中盤以降の実相を明かした。

「最初の20分間は、ほぼほぼゲームプラン通りでした。後ろに走らせれば相手も疲れるだろう…と」

――実際に、相手が疲れている印象はありましたか。

「ありましたね。だた、そこでこっちも疲れて、ミスをしちゃって。いいシーンも観られたので、徐々に良くなるかなとは思いますけど」

「組織力」の背景

彼我の差は何か。

「組織力ですね。アルゼンチン代表、まとまってたので」

堀江とともにイングランド大会に出たウイングの山田章仁は、何かを暗示するそぶりを示すでもなく、こう即答した。

アルゼンチン陣営は、2016年から国際リーグのスーパーラグビーにジャガーズを参戦させている。代表志望者にはジャガーズでプレーするよう求めたことで、それまで欧州へ散っていた名手はタフな環境下で連携を強化。この日もイングランド組を13名も先発させ、必勝態勢で臨んでいた、

かたや日本側もスーパーラグビーにサンウルブズを加盟させながら、初年度のサンウルブズに入ったイングランド組は10名のみ。昨年の日本代表ヘッドコーチで、苛烈な気質だったエディー・ジョーンズがサンウルブズの軍師役を務める可能性が高かったことなどから(結局はイングランド代表ヘッドコーチに就任)、2015年夏までの選手契約は難航していた。

2016年以降も、強化計画は明確化されないままだった。1月から薫田真広・男子15人制日本代表のディレクター・オブ・ラグビーが着任も、サンウルブズとの連携のほつれが大きく報じられるなど選手に負担がかかった。6月にはサンウルブズのスタッフと選手を軸にスコットランド代表などと戦ったが、その際にも対外的なレビューはなされず。秋から就任するジョセフの来日をただ待つのみとなった。

イングランド大会でキャプテンだったリーチ マイケルら経験者、茂野海人ら6月に代表デビューを果たしたサンウルブズ組の数名は、この秋、個別の「諸事情」や直近の「パフォーマンス」から選外となる。新顔を17名も揃え、今回の舞台に挑んでいたのである。

試合前の本格的な準備期間は約1週間のみと、ジョセフ本人が「やりたいことの全てを整えるのが難しいのは事実」と認めざるを得ない状況下。言い訳をしないのが本分の選手に、無意識的に「言い訳」のようなものを用意させてしまった。アルゼンチン代表戦の、それが真の敗因だった。試合直後の取材エリアが通夜の雰囲気にならなかったこととも、無縁ではあるまい。

田中は「僕が言ったら偉そうにならないですか?」と戸惑いつつ、こんな話もしていた。

「ジェイミーは多分、悔しさを僕たちの前では出さはらない。僕たちがあの人の思いを考えて、1人ひとりがレベルアップしないと」

「結果が出なければ」と「結果が出ても」

ジャパンは6日夜から欧州へ渡り、3つの一昨年に敗れたジョージア代表、欧州6強の一角であるウェールズ代表、7人制ではリオデジャネイロ五輪を制したフィジー代表とぶつかる。時間は流れる。

公益財団法人日本ラグビー協会には、ラグビー日本代表の格を保つ義務がある。その意味では、強化体制の見直しはこの先の試合結果に関係なくなされるはずだ。それが義務だからだ。

一方で、テストマッチは勝てば官軍の戦いである。

そのテストマッチで現在3連敗中の日本代表は、置かれた状況下で勝利を希求するのみだ。

11月12日、ジョージア代表と激突。アルゼンチン代表と同様、スクラムに命をかける集団を迎え撃つ。今回帯同するイングランド組の1人に、過去3度の対戦経験のある左プロップの三上正貴がいる。

長谷川コーチは、その三上の話をもとにスクラムのシステムを構築するという。

「(積み上げてきた)ベースを使いながら、ジョージア代表戦の組み方を考えます。一番、大事なのは、きつい時にきついことができるか。常にいいセットをしないと、その後、かえってきつくなる。ただ、これはできるようになります。まだ慣れてないだけで」

練習前には、スタッフ、選手が長時間をかけてミーティングをおこなう。限られた時間で個人間の認識のずれをなくし、相手との「組織力」の差を埋めたいからだ。グラウンド内外でのコミュニケーションを大事にする田中は、こう証言する。

「皆の理解しようとする意欲はある。だから、僕も怒らなくてというか…いらんことを言わなくていい」

アルゼンチン代表戦後、田中はこうも話していた。

「個人としてはフィットネス、判断がまだまだ足りない。チームとしては、いいところと悪いところがはっきりと出た試合だったかな、と。しんどい時の意識を、上げたいなと思います」

レメキがトライを決めた瞬間の歓声は、安くないチケット代に非日常を求めたファンの総意だろう。が、いまの日本ラグビー界は、しばしSNS上で書かれる「色々あるけれど、選手は頑張っているから応援しよう」よりも先の段階へ進む時期にある。

結果を出せたら嬉しいし、出せなければ残念だ。結果が出ても出なくても、次の好結果のための反省は欠かさない。プロジェクト推進でも店舗運営でもラグビーの試合でも、それは一緒のはずだ。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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