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長谷川慎スクラムコーチ、「福岡ではスクラムを組んでいない」の意図とは。【ラグビー旬な一問一答】

向風見也ラグビーライター
各選手の「責任」が強固な塊を作る。最前列中央はフッカーの堀江翔太。(写真:FAR EAST PRESS/アフロ)

国際リーグのスーパーラグビーに日本から参戦するサンウルブズは2月25日、発足2シーズン目の開幕節をおこなう。本拠地の東京・秩父宮ラグビー場で、前年度王者のハリケーンズとぶつかる。

ラグビーの肝とされるプレーのひとつに、スクラムがある。軽い反則が起きた後にフォワードが8対8で組み合う攻防の起点。ボールを前に投げられないこの競技にあっては、スクラムを押したチームほど前がかりになって試合を進められる。裏を返せば、スクラムの鍛錬を後回しにすると他のプレーに差し障りが出る。

サンウルブズは初年度、そのスクラムでやや苦戦した。専門コーチがいないなか選手同士で組み方を模索も、南アフリカ勢の強烈かつ角度のついた押し込みに難儀した。

しかし2シーズン目となる今季は、その領域に援軍が現れた。長谷川慎アシスタントコーチだ。昨秋のツアーからスポットコーチとして日本代表の首脳陣に加わり、ナショナルチームとリンクするサンウルブズでも辣腕を振るう。

現役時代は日本代表プロップとして活躍し、引退後は日本最高峰トップリーグのサントリー、ヤマハでフォワードコーチを務めてきた。

特に2011年度から加わるヤマハでは、フランス留学などを経て日本人が世界で勝つためのスクラム理論を構築する。プロップ、フッカーという最前列の3人(フロントロー)がお互いの身体の側面をぴったりとつけ、相手に正対。後方の5選手は低い姿勢をなし、前列へ力を伝える。このような8人が塊となったスタイルで、2014年度の日本選手権優勝などを成し遂げている。

福岡・北九州市で合宿中だった2月16日、単独取材に応じる。1つひとつ、言葉を選びながら、開幕前の準備状況や選手への思いを明かした。

以下、一問一答の一部(編集箇所あり)。

'''

――チームは2月1日に都内で始動。以後は5日から福岡で、12日からは北九州でキャンプを張っています。'''

「皆、それぞれのチームの組み方を(国内の)トップリーグ期間中やってきた。それを同じ方向に向けるというのが、この2月の合宿中にやらないといけないこと。プラス、その組み方で外国人に勝てるのか、もっと勝つには、あと何を追加するか…というものを見極めているところです。開幕時に100パーセントになるとは思っていません。いい感じで課題を修正させていって、新しいものが見えていければ…と思います」

――スクラムは、完成に時間がかかるとされています。東京の合宿でも、フロントローを中心に組み方のレクチャーをされているようでした。

「東京では、もともとスクラムの時間はなかったんです。福岡に入ってからやっていこう、という話でした。ただ、(それでは)間に合わないのかなと思って、去年の11月(日本代表のツアー)に来ていない選手を集めて、フロントローの基本のところ――8人でこう組むから、こういう組み方をしてくれという部分――を、取っ掛かりとして(伝えた)。映像も見せて、イメージも伝えた。そうすることで、福岡での短いスクラム練習のうち、5~10分を違うスクラムの練習に回すことができる。だから、フライングしました」

――その「フライング」をフィロ・ティアティアヘッドコーチに提案し、許可してもらったのですね。

「そう。それほど強度の高くない練習だ、と」

――コーチングスタッフ同士の連携はいかがですか。

「そうですね。毎日、毎日、『次の日は何の練習をするか』と、朝も『きょうはどんな練習をするか』と(話し合う)。前の日に決まったことでも、次の日に『こうしたい!』というものはあるので…。そういう意味では、スタッフ間のコミュニケーションは取れていると思います」

――福岡でのスクラム練習はいかがでしたか。

「人間で言えば、『やっと立てた』というくらいです。

どういうスクラムを組むか、そのための役割は何かというものは皆、認識できています。ただ大事なことは、『それを80分間、やり続けられるのか』。2、3本だったら続くと思うんですが、この間も10何本か組んだら途中でだいぶ組み方が変わってきたりもした。そういうのを少しずつ直して、毎回、毎回、同じ組み方ができるようになったり、意識的に自分の責任を全うしたりできるように。福岡では、スクラムは(本格的には)1回も組んでいないんです。セットだけしかやっていない」

スクラムの際は、お互いがレフリーの「クラウチ」「バインド」「セット」というコールで組み、押し合いを始める。そんななか長谷川コーチは、福岡では「セット(組み合う瞬間)」までの動作や姿勢の確立に注力した。

――「セット」のところまでの手順を、繰り返してきたのですね。

「そう。寸止めです。組むための準備をやって、組んだ(実際に押し合った)のは北九州に来てから。皆、本当はもっと組みたいと思っていると思う」

――選手の心に「しっかりと組みたい」という思いをたぎらせる意味もあるのでしょうか。

「いや、組むことよりも組む前のセットの方が大事だと思っているからです。セットができなければ、いいスクラムはできない。いいヒット(相手を勢いよく押し込むこと)は、いいセットがなければできない。もっと言えば、いまはヒットなんかないです(現在のコールが採用され両チームのスクラムの距離が間近になり、間合いを取ってのヒットが難しくなった)。いまのルールなら、セットの方が大事です」

――指導をされていて、のみ込みが早いと感じた選手はいらっしゃいましたか。

「もう、ほとんどの選手はすぐに(遂行)できます。無意識にうまくできていなかった時も、映像を見せれば意識的に(正しい形に)変えてくれる。全部の組み方に、役割と責任がある。それを意識的にやっている、というのがここ何日間かのイメージです」

――以前、ヤマハからサンウルブズに加わったフッカーの日野剛志さんが仰っていたのですが、日本代表歴の長いフロントローの選手は「慎さんが『こういう風に組んで』と言ったことに対し、パッと対応する」とのこと。

「ミスをしないですよね。そういう(代表歴の長い)選手は。(チームのすべきことを)何回もミスなくできるかというのがすごく大事」

――若手選手のことも伺います。拓殖大学からホンダへ加わる具智元選手。将来を期待される大型右プロップで、昨季からサンウルブズに加わっています。

「すごくいいですよ。いろいろな組み方に慣れていって、経験を積んで、相手がやられる前に先に仕掛けるといったことができるようになれば、しばらく、いい3番(右プロップ)が日本に…となる。フィールドプレーもいいし、まじめで、練習も一生懸命やるし、パワーもあるし。

いきなりチャンスが来た時に『準備していませんでした!』という人もいれば、ずっと準備をして待っている選手もいる。その意味で智元は、待っているんでしょうね。去年はあまり出場機会がなかった(2試合のみ)けど、今年はもっと出番があると思います。3番(右プロップ)で、です」

――具選手は3番がベスト。それはティアティアヘッドコーチもわかってくれそうですか。

「僕も智元に言っていますよ。『1番はない』と。もちろん、ほかにもいい選手はいっぱいいる。怪我をした選手もいてかわいそうですが、楽しみな選手もいます。三上(正貴、左プロップ。日本代表として2015年のワールドカップイングランド大会にも参加)は『聞く気』がとてもある。向こうも変わってきているのを実感している…。やっていて僕も、すごく楽しい」

――いまのサンウルブズでの取り組みを、日本代表の6月のツアーへの準備として捉えていますか。

「いや…。テストマッチでやりたいことは去年の秋から変わっていないし、それをやるためにいまがあるのもわかっています。とはいえ、サンウルブズには目の前の試合があるし、ジャパンとサンウルブズでは(一部)メンバーも違う。6月に向けてサンウルブズを戦うということは、ない。サンウルブズはサンウルブズで、一生懸命やらなくてはいけない。ただ、最終的にそこ(6月のツアーなど)につながるということです」

――スーパーラグビーの1試合、1試合を戦う積み重ねが、結果的に日本代表のスクラム強化につながってゆくイメージですね。

「そう。同時並行です。いまは『どう組んだら、どうなる』という経験値を上げている段階です。サンウルブズの活動があることで、選手の状況(の把握)、外国人と組むこと(にあたっての準備)については、かなり積み上がっていくんじゃないでしょうか。トップリーグを終えてから何もやらないで春に集まって、日本代表の試合…となるのとでは、全然、違います」

――サンウルブズでの勝負と代表強化の「同時並行」。前者は間近に迫っています。ハリケーンズとの開幕節のイメージは。

「去年のサンウルブズのスクラムを観ていると、いいスクラムを組む時もあるけど、むちゃくちゃ悪いスクラムを組む時もある。そこで、いい方のスクラムをコンスタントに組めるようにする。『そうしたら、どうなる?』と、皆に聞くと、前向きな答えが返ってくる。ハリケーンズがどうこうではなく、自分たちのやっていることを80分間、毎回、精度高くできるか…。ハリケーンズ戦に関しては特に、そこが重要だと思います」

好きこそものの上手なれ、である。取材の過程では、「皆、ラグビーが好きで、うまくなりたいと思っていて、いろんなことをやりながら、いま、ここにいる」とも話した。

「ラグビーだけではなく、スクラムにそういう気持ちを持ってもらえれば」

そう言えば、長谷川コーチが指導してきたヤマハのある選手は、こんなエピソードを明かしたことがある。

「ヤマハではフォワードのスクラム練習を、バックスが観に来てくれることもある」

ラグビーという競技のなかのスクラムという分野にサンウルブズのフォワード全員が、ひいては選手全員が興味を持つ…。その先の景色は明るい。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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