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「開幕に合わせろ!」への違和感、初勝利への鍵…。サンウルブズ、キングズ戦前の現在地【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
束になってアップセットを狙う。(写真:アフロ)

2月28日、東京の辰巳の森ラグビー練習場。サンウルブズが離日前最後の練習をおこなっていた。次戦にスクラムハーフで先発する田中史朗は、いつものごとく激を飛ばす。タッチラインの向こうで観る者へも、その声は伝わる。

概ね、こんな内容だ。

「スーパーラグビーやから! 意識していこう! しっかり肩を当てて!」

日本のサンウルブズは、強豪国による国際リーグであるスーパーラグビーに参戦して2季目を迎えた。日本代表のジェイミー・ジョセフヘッドコーチがトレーニングを視察するなど、ナショナルチームとの連関性をより強化。もっとも2月25日には、本拠地の東京・秩父宮ラグビー場における開幕節で前年度王者のハリケーンズに17―83と大敗した。

日本代表の常連でもある田中は昨季まで、ハリケーンズと同じニュージーランドカンファレンスのハイランダーズに4年間、在籍。故障欠場した開幕節を踏まえてか、連携確認のセッションにも激しさを求めた。「経験を落とし込む」。チーム首脳から託されたミッションを、素の風情で遂行する。

チームは3月1日に空を飛んだ。続く4日にはシンガポール・ナショナルスタジアムで、南アフリカのキングズと第2節をおこなう。サンウルブズの現在地を振り返る。

仕方のないような問題

現在、在籍する日本代表経験者の多くは「コンディション」の調整のため一時的にクラブを離れている。本拠地開幕節にその「コンディション」を合わせるべきだったのではという意見も表出した。しかし断ずれば、その声は実相とはかけ離れていよう。

現在離脱中の某プロ選手は、合流する前から「怪我の状態をコントロールしながらできるよう、チームの人と話していきたい」と証言していた。

2016年夏から通算すると、国内のトップリーグや日本選手権の試合は1チームあたり計15~17試合、11月の日本代表ツアーは計4試合。ちなみに今年6月にも日本代表のゲームは計3試合、予定されている。こちらにすべて出た(出る)として、計24試合。現在、鍛えた身体を激しくぶつけ合うトップレベルのラグビーの試合は、年間30~33試合程度が適正数と言われている。

いま、多くの国内ラグビーマンにとって最大の経済的、精神的な拠り所となっているのはトップリーグの各クラブだ。加えてワールドカップイングランド大会でジャパンが3勝を挙げて以来、選手側の環境改善への使命感は日増しに高まっている。15試合あるスーパーラグビーの試合のうちいくつかがレストに回されること自体は、良し悪しはさておき自然発生的とも取れるのだ。

諸問題の解決には国内日程の調整やサンウルブズの収益拡大など、根幹の見直しや改善が求められている。前者については日本協会が知恵を絞っていると強調していて、後者については一般社団法人ジャパンエスアールが人気ミュージシャンを呼ぶなどトライアンドエラーを繰り返している。ともかくいまの主力組の離脱は、今度の試合内容を受けて一喜一憂するような問題ではない。

足並みを揃えきれずに屈した開幕節にも、細かい収穫はあった。平たく言えば、「選手個々の国際経験」がそれにあたる。

例えば、中鶴隆彰の場合。国内トップリーグで昨季MVPとなったウイングの中鶴はこの日、スーパーラグビーデビュー。記念すべき一戦では、現役ニュージーランド代表で自分より15センチ、26キロも大きいジュリアン・サヴェアを対面に迎えた。

身体能力で上回っていそうな相手にどう挑むかが焦点となったが、防御時の中鶴は「思いっきり…」。遠い間合いからギアを入れ、下半身へタックルに刺さった。実際のパワーのディスアドバンテージを、自分の加速力で帳消しにしようとしていたが、ふたを開ければサヴェアに弾かれた。

しかし時間を追うごとに、中鶴はサヴェアの突撃を最小限に止めるようになる。前方に飛び出すよりもじっくりと待ちかまえ、相手の身体全体にぶつかるようにシフトチェンジしたためだ。

自身の述懐。

「最初は思い切り身体をぶつけようと思っていたのですが、それがサヴェアの一番強いところでした。後半からは『いくらトップ(スピード)で行っても弾かれる』と、スピードを緩めるように変えていきました」

ある問題(サヴェアみたいな怪物選手をどう止めるか)について仮説を立てて、その仮説(トップスピードでのロ―タックル)が裏切られたと見るや、新しい仮説(待ちかまえての防御)を立てて実践する…。聡明な才能に「国際経験」を与えたら、その「経験」から引き出しを増やせるのだと証明した。

スーパーラグビーが強豪国のフィジカリティへの耐性を高めること自体は、前年度の選手も実証済み。「どの選手にどの経験を積ませるか」の選択基準さえ狂わなければ(ここが大事)、サンウルブズが日本代表の選手層拡張の一翼を担うことは必至だ。

また、プロクラブとしてのサンウルブズの勝敗への責任は、内部昇格のフィロ・ティアティアヘッドコーチが背負っている。その上位の総監督にあたるジェイミー・ジョセフ日本代表ヘッドコーチは、田邉淳アタックコーチの言葉を借りれば「選手、コーチ、マネージメント…。それぞれがグラウンド内外での役割をしっかりと果たしていきましょう」と考える人のようだ。チームに携わる者がどう職責を全うするか、ただただ見守るほかない。

うまく、渡す&行けるスクラム

ここまでの前提条件を踏まえ、第2節をどう見るか。

新規参入枠を争ったシンガポールはサンウルブズにとって「準ホーム」の扱いで、昨季の経験から現地の蒸し暑い気候にも慣れている。両軍のシーズン通算戦績もサンウルブズが1勝でキングズが2勝。プロ集団として結果も問われるサンウルブズにとって、今度のマストウィンと目されている。

前年度のキャプテンでフッカーの堀江翔太曰く、キングスは「フィジカル重視というところもあり、パスもしてくる」。確かにホームでジャガーズとぶつかったオープニングゲーム時は、グラウンド中盤での速い球回しが目立った。かたや防御ラインが凸凹になりやすい傾向も強く、ジャガーズ戦でも自陣での反則に泣いていた。

ボールをキープするかキックで相手にボールを渡すかという攻撃時の選択に関し、田邉アタックコーチはこう語る。

「うまく、(ボールを)渡します。キープするところはキープする」

一枚岩ではない守備網の後ろへキックを落とし、背走させる…。高温多湿な試合会場の特徴も利し、向こうの体力を削って勝機を手繰り寄せたい。スクラムハーフの田中史朗、スタンドオフのヘイデン・クリップスという2人のゲーム制御が試合を左右しそうだ。

その他の注目ポイントは、フォワードが8対8で組むスクラムだろう。

最前列の力感で魅せる南アフリカ勢に対し、サンウルブズは8人一体型の塊で対抗する。ハリケーンズとの初戦でも後半25分ごろに自陣ゴール前で猛プッシュを仕掛けるなどし、スタンドを沸かせている。

2月1日から始動と短期間でパックを固めてきた長谷川慎スクラムコーチは、自省の念にも手ごたえをにじませていた。

「ハリケーンズ戦に関しては、試合前から『絶対に行ける(押せる)』と話していました。ただ、(初戦とあって絶対的な)自信がないのか、最初からは行けなかった。まだ(コーチとして語った確信を)信用してもらっていないのかな、と。ちょっとずつ、(スクラムへの心持ちも)変えていきます」

本拠地たる辰巳の森のグラウンド脇には、前年度もあったプレハブのトレーニングジムと治療部屋に加え、ミーティングルームも建設された。もっともトップクラブには必須のクラブハウスはなく、選手やコーチ陣は都内のホテルをバスで往復。ロッカールームからバスへの道は取材記者と出待ちをするファンがごった返しており、若い組織ならではの発展途上ぶりはそこかしこに見られる。

それでも現場サイドは、「コーチ陣としてはそれ(後ろ向きな気持ち)をボディーランゲージに出さないことが大事」と田邉アタックコーチは言う。離脱者や故障者が相次ぐポジションに本職ではない選手を起用する背景についても、「中長期的な選手育成」という観点でこう話していた。

「日本のラグビー界でありがちなことに、小学校、中学校のチームの一番うまい選手が10番(司令塔のスタンドオフ)になって、そのまま育ってしまうということがあります。ただ、その選手にとって、そのポジションが本当にいいのか。例えば15番(フルバック)の選手が本当は13番(アウトサイドセンター)、11番(ウイング)の選手が本当は12番(インサイドセンター)に向いているのかもしれない…。その可能性を常に引き出すのも、使命の1つだと思っています」

現場レベルで解決できる日本ラグビー界の問題を1つずつチェックしつつ、職業集団として1つずつの勝利を目指してゆく。サンウルブズの2017年度シーズンは、目下、進行中である。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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