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ポップミュージックは進化する スカートのワンマンライヴ「スカートワンマンショウ」レポート

宗像明将音楽評論家
スカートの澤部渡(写真:熊谷耕自)

スカート初の完全ワンマンライヴ

2014年11月12日に渋谷WWWで開催されたスカートのワンマンライヴ「スカートワンマンショウ-The First Waltz Award-」は、国内外のロックやポップスを体系的に聴いて自身のルーツとしながら、その表現をさらに進化させようとする澤部渡の強い意志が、熱い演奏とともに体現されていたステージだった。

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(写真:熊谷耕自)

この日のワンマンライヴは「オープニング・アクトやDJなしでの初の完全ワンマンライヴ」とアナウンスされていた。たしかに同じ渋谷WWWで開催されてきた「月光密造の夜」シリーズにはゲストがいた。2011年10月2日にも阿佐ヶ谷rojiでワンマンライヴがあったが、そこはライヴハウスではなくカフェだった。そうなると、たしかにスカートのみによる初のライヴハウスでのワンマンライヴだったのだろう。

スカートは、ヴォーカルとギターの澤部渡のソロ・ユニットのときもあるが、この日はバンド編成。メンバーは澤部渡のほか、ドラムの佐久間裕太(昆虫キッズ)、ベースの清水瑶志郎(マンタ・レイ・バレエ)、キーボードの佐藤優介 (カメラ=万年筆)だ。

会場は、平日の夜とは思えないほどの客入りで、しかもその多くが若者だった。スカートは完全にインディペンデントな活動をしており、特定の事務所にもレコード会社にも所属していない。大掛かりなプロモーションが行われてきたわけでもないのに着実に動員を増やしてきたスカートに、希望を見出すこともできる。これほど良い音楽を求めている若者たちがいるのだ、と。

澤部渡が両手を頬に添えて熱く歌った瞬間

この日のライヴは、まず佐藤優介を除くスリーピス編成で幕を開けた。そして4曲目の「すみか」から佐藤優介と、ゲストのパーカッションのシマダボーイ(NATURE DANGER GANG、フジロッ久(仮))が参加。その「すみか」から「スウィッチ」「愛情」「わるふざけ」「だれかれ」という楽曲群が続く流れでは、早くもひとつのピークを迎えていた。

シマダボーイのパーカッションにより「スウィッチ」はいつもより「黒い」サウンドに。そして、「わるふざけ」での演奏では、動きも激しくなっていく澤部渡と佐久間裕太に対して、冷静に演奏を続ける清水瑶志郎と佐藤優介という、バンド編成のスカートならではの「動」と「静」のコントラストが、ステージの熱量をさらに増していった。その熱気がピークに達したのが続く「だれかれ」で、澤部渡は両手を頬に添えながら「いいわけとサブカルチャーの沼 たばこに火をつけたあいつを忘れるんだ」という歌詞を熱く歌った。その瞬間、彼のかつての青春の鬱屈が、音楽として眼前に現れたのだ。震撼するほどの迫力で。私がスカートの最新の「名演」を目撃した瞬間でもあった。

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(写真:熊谷耕自)

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(写真:熊谷耕自)

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(写真:熊谷耕自)

スカートの進化と、その音楽の世代を超えた広がり

スカートは、楽曲も多ければ名曲も多く、しかも洒落たコードを多用するアーティストだ。その中でも、この日先行発売された12インチアナログ盤「シリウス」から演奏された「どうしてこんなに晴れているのに」や「タタノアドラ」には驚かされた。「どうしてこんなに晴れているのに」は、繊細な歌がヴォーカリストとしての澤部渡の新しい一面を感じさせる。同時に、情景描写と心理描写を詩的な表現で重ねる、まるで松本隆のような歌詞にも驚いた。「タタノアドラ」のシリアスな雰囲気も心地いい。

同じく「シリウス」からの「回想」は、もともとジオラマブックスから発行された「ユースカ 第一号」のために制作されたokadadaとの共作曲だ。その音源は「スカートとオカダダ」名義。レコードやライヴにもシマダボーイを迎えたスカートによるヴァージョンは、スカート流のフィジカルなディスコ・ナンバーになっていて新鮮だ。タイトル曲「シリウス」は本編ラストに演奏されたが、「シリウス」A面に収録された「どうしてこんなに晴れているのに」と同様に繊細な表現による楽曲である。

アンコールでは新曲「アンダーカレント」が披露されたが、これは名前こそ明かされなかったが新人アイドルへの提供曲だという。2014年の澤部渡は、ワンリルキスの「realize!!」(クレジットは細野しんいちとの共作曲)やぱいぱいでか美の「トキメキ蟻地獄」といった、アイドルへの楽曲提供も目立った。しかし、もっともっと彼はアイドルから楽曲を発注されていいはずの存在だ。数々のアイドル歌謡の傑作を生んできた、はっぴいえんどやムーンライダーズのメンバーが関わった楽曲群を聴いて育った人物なのだから。

2度目のアンコールでは、チャクラのカヴァー「まだ」が演奏された。この1983年の楽曲について、1987年生まれの澤部渡が、さらに若い21歳のシマダボーイに説明する姿も微笑ましかった。この楽曲は、私が初めてスカート(そのときは澤部渡によるソロでのステージだった)を見た2011年8月18日にも聴いた。2011年9月16日の秋葉原3331での名演も忘れがたい。その当時、チャクラのアルバムの再発は「まだ」を収録した「南洋でヨイショ」までは進行していなかったが、晴れて2012年に再発された。私より下の世代であるスカートの影響で、私もその再発盤を買ったものだ。

振り返れば、2014年に初めて見たスカートは、2014年2月8日に開催された、ムーンライダーズのかしぶち哲郎のお別れ会での献奏だった。あのとき、澤部渡は「かしぶちさんの曲を歌い継ぎます」と語った後、佐藤優介とともに「君には宇宙船がある」を演奏した。ムーンライダーズの1998年作「月面讃歌」に収録されていた楽曲だ。そして、かしぶち哲郎の一周忌である2014年12月17日に発売されたかしぶち哲郎のトリビュート・アルバム「a tribute to Tetsuroh Kashibuchi ~ハバロフスクを訪ねて」では、スカートが「さすらう青春」をカヴァーしている。多くのアーティストが古い作品から選曲する中で、ムーンライダーズの2005年の「P.W Babies Paperback」という比較的新しいアルバムから楽曲を選んだのがスカートらしかった。

2013年12月には、スカートの澤部渡と佐藤優介が発起人となってカーネーションのトリビュート・アルバム「なんできみはぼくよりぼくのことくわしいの?」がリリースされた。2014年3月15日にはトリビュート・ライヴも下北沢GARDENで開催され、カーネーションもスカートも出演している。

このようにスカートは日本のロックシーンの大御所たちと関わる一方、前述のように澤部渡がアイドルに楽曲提供もする。さらに「シリウス」に収録された「回想」はokadadaとの共作曲だが、彼はネットレーベルのMaltine Recordsでも活躍していたDJ/トラックメイカーだ。また、この日のライヴや「シリウス」のレコーディングに参加したシマダボーイは、今ライヴシーンで注目を浴びるNATURE DANGER GANGのメンバー。彼らの楽曲「オレたち!」の「オレたちは ひょうきんさ ふざけてる いつでも」という歌詞は、局地的にすでにアンセム化しており、全然関係がないアイドル現場でヲタたちによって歌いだされる光景も見たことがある。スカートは同世代の仲間たちとも歩を進めているのだ。

ポップミュージックを古色蒼然とさせないために

この日のライヴを終えた澤部渡は、Twitterでこうツイートした。

スカートの音楽は目新しいことしてないし本当に言葉にして褒めづらいと思うんですがそのハードルを越えて言葉にして褒めてくれるのをみるととても嬉しい気持ちになります。

出典:twitter.com/sawabe

そう、スカートの音楽が「良質のポップス」と語られることは多いが、それ止まりであることは、音楽ジャーナリズムの怠慢以外の何物でもない。まず我が身を恥じた。

スカートを率いる澤部渡は、国内外のロックやポップスをルーツとして体系的に吸収してきた人物であり、また卓越したソングライティングのセンスを持つ人物でもある。それと同時に、ポップミュージックを古色蒼然としたまま再生産することなどなく、同世代の仲間たちとともに同時代のものとして常に前進させようとしているアーティストであるのだ。

そこに澤部渡、そしてスカートの真価があることを強調したい。そう強く思わせたのが「スカートワンマンショウ-The First Waltz Award-」であり、新譜「シリウス」だったのだ。

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(写真:熊谷耕自)

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(写真:熊谷耕自)

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(写真:熊谷耕自)

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(写真:熊谷耕自)

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(写真:熊谷耕自)

音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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