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デバイスがコンテンツを決定する lyrical school「RUN and RUN」の衝撃

宗像明将音楽評論家
MV「RUN and RUN」を公開したlyrical school

スマホで見ると一瞬何が起きたのかわからないMV

スマートフォンで見られることを意識していないMVが多すぎる。最近そんなことを考えていたところ、2016年4月5日に公開されたのがlyrical school(リリカルスクール、通称リリスク)の「RUN and RUN」のMVだった。YouTubeでも公開されているが、再生はvimeoが推奨されている(後述)。しかも、スマートフォンでの再生だ。

https://vimeo.com/161487817/8dc6bebe6f

lyrical schoolは6人組ヒップホップアイドルグループ。「RUN and RUN」は、4月27日にキングレコードから発売される彼女たちのメジャー・デビュー曲だ。

lyrical schoolの公式Twitterアカウントがスマートフォンでの再生を推奨していたので、さっそくiPhoneで再生したところ、いきなりiPhoneのロック画面にメッセージの通知が届いたかと思うと、パスコードが勝手に入力されてロックが解除された。

ここまでのたった20秒程度。一瞬、自分のiPhoneに何が起きたのか理解しきれずに動揺したが、いや、これはただ単に「iPhone上でMVが再生されているだけ」なのだ。スマートフォンに最適化された縦型の映像であるために、日常的なスマートフォンの動きの中にlyrical schoolが存在するかのような錯覚をさせられてしまうのだ。

シーンの展開は、多くがアプリの通知(これも本物のアプリ通知と見間違った)に導かれていき、SMS、メール、FaceTime、Twitter、iPhoneのカメラ、vimeo、Vineなどの中にlyrical schoolが登場する。途中で各種アプリの中からlyrical schoolが飛び出してくるので、ようやく現実と虚構の区別がついてくる仕様だ。怒涛のようなメタ構造である。

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lyrical schoolの「RUN and RUN」の「選択と集中」

まず驚かされたのが、スマートフォンでの再生を前提にしているために、パソコンで見るケースをいわば「切り捨て」している点だ。しかし、私自身のYouTubeチャンネルのアナリスティックを見ても、再生するデバイスの約半数はすでにスマートフォン。そこにフォーカスを絞ってヴァーチャルな体験をさせたことが大きなインパクトを生み出したことは疑いようもない。

また、通常なら「こうした形式のMVはすぐに古くなるのではないか」と時代性も意識するはずだ。数年後に「RUN and RUN」のMVを見たら、私たちはどう感じるのだろうか? 想像もつかない。それに対しても、「今この時代の空気」を切り取ることを選択した大胆さに心底から驚愕した。

「RUN and RUN」のMVに登場するのは、2016年のツール、2016年の日常だ。それはポピュラー・ミュージックとして正しい潔さだとも感じた。

そして、MVの公開の場として、一般的なYouTubeではなく、「ブラウザからでも高画質で見られる」という理由でvimeoを選んだことも特徴的だ。再生するデバイスにあわせて、プラットフォームまで変えているのだ。

lyrical schoolの「RUN and RUN」のMVは、リスクを省みなかったことが大きな成果を生み出した実例だ。公開後、一晩中Twitterのトレンドに存在し、2016年4月6日午前2時30分頃には、遂にトレンドの1位に到達した。Facebookを開くと、ふだんアイドルの話題をしない友人知人の多くもlyrical schoolの「RUN and RUN」のMVについて投稿しており、驚きつつも苦笑したほどだ。再生数は、2016年4月6日正午の段階で5万回を越えている。

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lyrical schoolが「リスク」を選んだ背景

lyrical schoolがこうしたリスクを選択したのは、彼女たちが2010年に結成してから、遂に迎えるメジャー・デビューであることも関係しているのかもしれない。メンバー変遷も含めたこれまでの活動は、2014年11月2日に恵比寿LIQUIDROOMで開催されたlyrical schoolのワンマンライヴの、私によるレポートを読んでもらうと手っ取り早いかもしれない。

リアルサウンド - lyrical schoolがリキッドワンマンで見せた努力の累積 アイドルラップの開拓者は次のステージへ

ここからさらに、lyrical schoolはhinaの脱退とhime(ex.ライムベリー)の加入を経て現在に至る。lyrical schoolが歩んできた道は決して平坦なものではなかった。だからこそ「RUN and RUN」で勝負に出る必要性があったのだろう。

スマートフォンで再生させることを前提としたMVは過去にも存在していた。しかしlyrical schoolの「RUN and RUN」のMVは、再生者側にはスマートフォン1台で縦のまま見せるシンプルさを選び、そして制作側は各種アプリのアカウントを実際に用意する煩雑さを選んだ。その点が他と一線を画している。

MVに登場するTwitterアカウントの「id:RUNandRUN_LS」は実際に存在し、ひそかに制作に活用されていたようだ。

https://twitter.com/RUNandRUN_LS

ここまでMVが注目されたlyrical schoolが、今後いかにして「RUN and RUN」のCD実売や、ライヴの動員につなげていくのかを楽しみにしたい。6本のマイクを握ってメジャー・シーンに飛び出す準備はできたも同然だ。

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最後にlyrical schoolの魅力を伝える新旧のMVを紹介して筆を置きたい。いや、キーボードから離れたい。6本のマイク、さぁ調子はどう?

音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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