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「歌は瞬間芸」~テレサ・テンのカヴァー・アルバムをリリースする由紀さおりインタビュー

宗像明将音楽評論家
テレサ・テンのカヴァー・アルバムをリリースする由紀さおり

童謡や歌謡曲の世界での活躍、そしてピンク・マルティーニとコラボレーションをした「1969」(2011年)の世界的なヒット。由紀さおりは大スターにして、ひとりの歌手としてもジャンルを問わずに音楽に挑んできた人物だ。彼女の音楽への柔軟な姿勢こそが、「1969」のようなコラボレーションを実現することにもなった。

その由紀さおりが、テレサ・テンのカヴァー・アルバム「あなたと共に生きてゆく~由紀さおり テレサ・テンを歌う~ 」をリリースする。2014年の「VOICE」では1960年代~1970年代の歌謡曲、2015年の「VOICE II」では1960年代の歌謡曲をカヴァーして次世代へ継承しようとしてきた由紀さおり。彼女が今回カヴァーしたのは、「アジアの歌姫」であるテレサ・テンの楽曲群だった。

今回、「NHK紅白歌合戦」などでその姿を幾度となく見てきた由紀さおりにインタビューできたことは、非常に光栄なことだった。そして、彼女の歌手としての気骨溢れる発言に驚かされる取材にもなった。

誰もが知る国民的スターである由紀さおりが、若輩者の私にひとりの「歌手」として語ってくれた言葉。ぜひ皆さんにも読んでいただきたい。

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テレサ・テンが旅立ってから21年目の「再会」

――2016年7月12日にお姉様の安田祥子さんと熊本県阿蘇市で歌われていましたが、どのような印象を受けられたでしょうか?(取材は2016年7月14日)

阿蘇市の市長さんと仲間の皆さんから、お声がけいただきました。当日は雨がすごくて、雲が晴れてようやく飛行機から地上が見えたら、ブルーシートで雨漏りや瓦が落ちるの防いでいるおうちばかりでした。なんとか着いて、被災された方や近隣の方が600人ぐらい来てくださいました。でも、「地震で全部なくなった」と言う方に、私は「お体を壊さないようにしてください」としか言えなかったんです。公演のメニューは決まっているので、「2曲目に『故郷』はどうなのかな?」とも思ったんですけれど、「皆さんの故郷を取り戻してもらいたいと思って歌いました」と言ってショーは始まりました。「気持ちが晴れました」と言ってくださる方もいて、「一歩を踏み出せるきっかけが必要なんだな」とすごく感じましたね。

――今回、テレサ・テンさんの楽曲をカヴァーしたアルバムを制作されたきっかけはなんだったのでしょうか?

レコード会社がユニバーサルで、テレサさんの楽曲を持っているチームの方が「VOICE」「VOICE II」を聴いて、「テレサさんの曲を歌いませんか?」と企画を持ち込んでくださったんです。彼女が旅立ったとき(1995年5月8日に死去)、私も彼女の曲を歌いたいなと思ったんですけれど、当時は童謡で忙しくて、私のフィールドに歌謡曲がなかったんです。だから、21年目にお声がけくださって、「ええっ!?」という感じで驚きながらも、歌いたかったんです。荒木とよひささん(作詞家)と三木たかしさん(作曲家)のコンビの曲では、荒木さんが書いた女心のひだをテレサさんが歌っていて、あのきれいでゆったりとした優しい語感の歌は、今はないなと思っていたんです。テレサさんを知っている世代の方には彼女を思い出してほしいし、カラオケで歌ってほしいんです。タイトル曲の「あなたと共に生きてゆく」は、作詞が坂井泉水さん(ZARD)、作曲が織田哲郎さんで、この曲を好きなテレサさんのファンの方も多いんです。彼女の声を聴きながら「あなたと共に生きてゆく」をデュエットするというのが、今回の企画の一番大きなポイントでした。隣にいるみたいに感じましたね、「ここはこう歌わない?」と言われているみたいでした。

――テレサ・テンさんとの「デュエット」である「あなたと共に生きてゆく」は、どのようにレコーディングされたのでしょうか?

彼女の歌唱の邪魔はしないようにしました。私が先に歌いはじめるので、どう引きついでもらうかに、一番気を遣ったんです。ずっと姉と歌ってきましたから、デュエットに異質な感じはしませんでした。耳をそばだてないと、どっちが歌っているのかわからないような音色に自然になったと思います。テレサさんの歌声が聴こえてきたときに、ゾクゾクする感じがしましたね。もういない方の声があるわけですから、不思議でスリリングで高揚したし、幸せでした。テレサさんの歌には、私たちよりもきれいな日本語もあるし、音の中に芯がきちっとあって、優しいけれど説得力やインパクトがある声なんですよ。特徴的なのは、彼女はファルセットでも声の芯の強さが変わらないんですよね。

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テレサ・テンが歌い手として愛されるポイントは声の色

――生前のテレサさんとはどんな思い出があるでしょうか?

彼女が日本で最後に歌唱した番組で一緒だったんです。仙台のホールの楽屋で休んでいらして、歌ってからすぐお帰りになって。それからいくらも経たないうちに訃報が届いたんです。だから、私の中でのテレサさんのイメージはその姿ですね。今でもそのホールへ行くと、楽屋でテレサさんのことを思い出しますね。

――同じ歌手として、由紀さおりさんから見たテレサ・テンさんの魅力を教えてください。

あの声でしょうね。日本人が歌うのではない独特のニュアンスで、たどたどしいのがあどけない可愛らしさになっているし、彼女だけにしか出せないチャームがあるんです。テクニックとかはその後の話で、歌い手として愛されるポイントは、あの声の色だと思いますね。それに、彼女の高音は清らかで可愛らしくて魅力的ですね。

――お好きなテレサ・テンさんの楽曲は何でしょうか?

選曲していて「別れの予感」「ふるさとはどこですか」「あなたと共に生きてゆく」「恋人たちの神話」「スキャンダル」が好きだと感じましたね。「スキャンダル」は、あのテンポが彼女の良さを引き出しているんです。「恋人たちの神話」は、荒木さんがお好きだったんです。歌詞は、ただ男女がお互いに好きだというよりも、それぞれに生きていくような世界観で、ある種の宗教観のような大きさを感じました。「別れの予感」は、「こんなにせつなくて苦しくても人を好きになることはあるのかな?」というぐらいの歌詞だと、歌いながら思いました。「教えて 生きることの すべてを」と歌うほどの歌詞ですから、すごく響きましたね。

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由紀さおりが中国語で歌った理由

――このアルバムでは、由紀さおりさんならではの情感の深さ、ニュアンスの繊細さがテレサ・テンさんの楽曲の魅力を引き出していると感じました。ご自身で意識されたのはどんな点でしたか?

テレサさんをお好きな方に失礼のないようにして、受け止めてもらいたいなと思いました。テレサさんへの私自身のリスペクトを感じてほしいと思って、一曲一曲大事に歌いましたね。私が中国語で歌った「つぐない」は稚拙かもしれないけど、彼女も日本語で歌ってくれたわけですし、彼女に対するリスペクトや本気度をわかってもらうために中国語で歌わせていただきました。

――その「つぐない(中国語バージョン) 」では、発音に苦労されなかったでしょうか?

大変でしたけど、一青窈さんに教えていただきました(笑)。彼女のご主人と近いところでお仕事をさせていただいているので。でも、子育てに忙しいときに教えていただくのは失礼だから、まず私の知り合いの日本語が堪能な中国の方にカタカナで教えてもらって、発音ができるようになりました。窈ちゃんは、日本語のひらがなで書いてくれて、それを見ながら歌いました。彼女がいなければ実現しなかったかもしれませんね。彼女は「つぐない」を、中国語と日本語を混ぜて歌っているんです。

――ライナーノーツの「由紀さおりさんへのラブレター」で、荒木とよひささんが歌詞について「やさしい言葉で書いたつもりです」と書かれていましたが、歌ってみていかがでしたか?

童謡や唱歌を歌っていると、その日本語のアクセントや句読点が、もともとの日本語の約束事の上に成り立ったメロディーだと感じるんです。今はリズムが優先されるけど、荒木さんと三木さんは、その約束事をきちっと守っているんです。日本語のたおやかさが表れたボキャブラリーの豊かな歌詞って、荒木さんにしても、吉田旺さんにしても、阿久悠さんにしても、大人が書いていて、人生の辛酸を舐めた後の優しい感情を表現する言葉って、今は出てきにくいと思うんです。私の世代はもちろん、40代、50代の方にも聴いてほしいと思います。この間、Zeebraさんと一緒にお仕事をさせていただいたんですけれど(2016年7月6日に開催された『生きる2016~小児がんなど病気と闘う子どもたちとともに~森山良子 with FRIENDS Vol.12』)、彼のラップはとてもきれいでしたね。

――Zeebraさんのラップのどんなところが良かったのでしょうか?

韻を踏むときのアクセントが嫌じゃなかったし、日本語が明快で気持ち良かったんです。私や森山良子さん、谷村新司さん、TOKUさん、Zeebraさんで、みんなで「星に願いを」でコラボレーションをしたんですけれど、Zeebraさんはとても素敵でした。きちんと日本語として聴こえていたから、私だけじゃなく皆も絶賛していました。

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歌は即興芸だからベーシック録音から歌いたい

――「あなたと共に生きてゆく~由紀さおり テレサ・テンを歌う~ 」では、バラードやミディアム・ナンバーが多いですが、チャチャチャの「スキャンダル」での由紀さおりさんの溌剌とした歌も印象的でした。

あれね、すごくノッて楽しかったの(笑)。レコーディングでは、まず全部自分でリズム隊と仮歌を歌って、ベーシックを録っているんです。「スキャンダル」は、「ベーシックのほうがいいな」と思ったので、ベーシックの歌をそのまま残しました。私は、ベーシックから全部自分で歌って、テンポを決めているんです。グルーヴ感が違うの、音楽の揺れのちょっとした間合いがライヴ感なの。だから、私はステージでもカラオケでは歌わないんです。生バンドが無理なら、ピアノだけでも入れてもらって、ピアノだけの曲も歌うようにしているんです。歌は瞬間芸で、緊張感が人をひきつけるのだと思っているんです。だから基本的に私はプロンプ(歌詞を表示する装置)を使いませんし、イヤモニもしません。もし歌詞を間違えたら、やり直す(笑)。それが誠実だと思うんですよ。

――ベーシック録音から全部ご自分で歌われていることには驚きました。

むしろ、私は本番しか歌わない人がよくわからないの(笑)。自分のレコーディングなんだから、ベーシックでテンポを決めて、それを大事にしたいんです。「もうちょっと速く、いや、やっぱり遅く」みたいなことの積み重ねですからね。「1969」でも、2、3日はトーマス(・ローダーデール/ピンク・マルティーニのピアニスト)とキーを合わせるのに使ったんです。トーマスに「明日は何をやりますか?」とは聞かなかったし、私はいつどの曲が来てもいいように準備をしていました。でも、そういう精神性は今どきのレコーディングでは重要じゃないみたい(笑)。子供のときは、バンドとの同時録音は大嫌いだったんですよ。咳払いや物音のせいでやり直しになるから。でも、基本的には歌は瞬間芸ですから。突き詰めて言えば、一度できたとしても、もう一度同じことができるとは限らないんです。次はどこかが違うはずなの、常に瞬間芸をしているわけだし。ベースにしても、ギターにしても、ドラムにしても、ピアノにしても、瞬間芸なんです。それが結集してベースメントができるんです。楽器を弾いてる音にインスパイアされて私は歌うわけだから、そこにライヴ感の面白さがあるんです。特に「スキャンダル」は、ベーシックのあっけらかんと歌う感じが良かったのよ、ちょっと無責任な感じが(笑)。だから、あれだけちょっと異質な感じなんです。

――「あなたと共に生きてゆく~由紀さおり テレサ・テンを歌う~ 」は、どんな層に届けたいでしょうか?

40代前半ぐらいの方までですね。

――私ですね。

このゆったりした感じを楽しんでほしいですね。歌詞の裏側の意味を想像して、音楽を聴いてほしいんです。「本来日本語はこういうものですよ」と言い続けたいし、こういう財産があることを伝え続けたいですね。私たちの世代には、美空ひばりさんの曲も、島倉千代子さんの曲も、江利チエミさんの曲も残っていて、宝物がたくさん残っているから歌謡曲を歌わせてもらっているんです。その中で、さらにテレサさんの曲も歌えることは、歌い手として幸せだと思います。私たちがひばりさんをリスペクトしているように、台湾ではテレサさんが大事にされているので、そういう台湾の方のためにもアルバムを仕立てました。

――今後はどのような楽曲をカヴァーしてみたいでしょうか?

大瀧詠一さんの「夢で逢えたら」も歌いたいなと思いますね。井上陽水さんの「夢の中へ」とかね。ただ、そこに行くのか、もっと先輩たちの歌に行くのかは、まだわからないですね。テレサさんのカヴァーがどう受け止められるのかによって変わるんじゃないかなと思います。

音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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