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「トランプが逆転した」、というのは大きな誤解ーFBI発表で高まる懸念

室橋祐貴日本若者協議会代表理事
(写真:ロイター/アフロ)

「トランプが逆転した」。投票日まで1週間を切り最終コーナーに入った米大統領選だが、ここ数日はトランプ氏とその支持者たちが息を吹き返したと、不安と歓喜でメディアが騒がしい。

ワシントンポストとABCテレビが1日に発表した世論調査結果によると、共和党候補ドナルド・トランプ氏の支持率が46%、民主党候補ヒラリー・クリントン氏は45%と、一時は10ポイント以上離されていたトランプ氏がついに逆転した。

独特な米大統領選の仕組み

だが、今まで筆者の記事を読んできた方なら説明は不要だと思うが、これは大きな誤解である。

この意味を理解するためには、米大統領選の仕組みを知る必要がある。

米大統領選は、有権者からの総獲得票数ではなく、各候補が全米50州とワシントンDCで獲得する「選挙人」の数で勝敗が決まる。さらに、州ごとの集計は「勝者総勝ち取り方式」となっており(メーン州とネブラスカ州を除く)、1%の差しかなくても、得票数1位の候補者がその州の選挙人全てを獲得することになっている。

つまり、大統領選で勝つためには、一部の層(州)から圧倒的な支持を得るよりも、全体的に満遍なく支持を得ることが重要になっている。

こうしたことから、全米支持率を見ても大した意味はなく、州ごとに支持率を見なければ選挙の勝者を予測することはできない。

そして、選挙人の合計は538人。過半数の270人を獲得した候補者が大統領に選出される。選挙人の数は人口に応じて割り当てられ、最も多いカリフォルニア州では55人、モンタナ州やアラスカ州など小さい州では3人と大きな開きがある。

こうした仕組みになっているため、有権者からの総獲得票数で勝っても、「選挙人」の獲得数で上回ることができなければ、大統領になることはできない。実際、2000年の大統領選では、民主党のアル・ゴア候補が5099万票、共和党のジョージ・W・ブッシュ候補が5045万票だったにも関わらず、選挙人獲得数ではブッシュ候補が271人と過半数を獲得し、大統領に就任した。

そして、過去6回の大統領選ですべて民主党が勝った州(19州)の選挙人を足すと242人となり、共和党は102人(13州)。この時点で、民主党候補は28人の選挙人を獲得すれば勝つことになる。大きい州であれば、残り一つ取れば民主党候補は勝利することができる。

逆にいえば、共和党候補が勝つには民主党が今まで勝っている上記19州以外のほぼ全てに勝たなければならない。

さらに、白人を支持層の中心としている共和党は、マイノリティ人口の増加に伴い、段々と弱体化しており、共和党候補が勝つ難易度は高い。

現在は白人の比率が約6割以上を占めるが、徐々にその比率は下がっており、2040年代にはマイノリティが過半数になると言われている。その意味では、白人中心の現在の共和党が勝てる最後のチャンスと言っても過言ではない。

画像

http://www.economist.com/blogs/graphicdetail/2015/03/daily-chart-5

まだまだ差が大きいのが実態

だが、激戦州の支持率を見れば、その可能性も相当低いことがわかる。

激戦州は主にフロリダ州、ペンシルベニア州、オハイオ州、ミシガン州、バージニア州、ノースカロライナ州あたりが挙げられるが、現状は下記の通りになっている。

フロリダ州(29選挙人)ーClinton 2.2ポイント差

ペンシルベニア州(20)ーClinton 7.2ポイント差

オハイオ州(18)ーTrump 3ポイント差

ミシガン州(16)ーClinton 4.3ポイント差

ノースカロライナ州(15)ーClinton 3.1ポイント差

バージニア州(13)ーClinton 8.2ポイント差

出典:NYT(各世論調査の平均)

一目瞭然でヒラリー氏の方が優勢だ。

もちろん、選挙は水物であり、実際に開票してみなければ結果はわからない。何か具体的な嫌疑をかけられた訳でもなく、FBIが捜査を再開すると発表しただけでここまで数字が動くのだから有権者(アメリカ人)の心理はよくわからないというのが正直なところだ。

だがそれでも、全米支持率だけを見て、「逆転した」と報じるのがいかに間違っているかはわかるだろう。

重要なのは勝ち方

しかし、この土壇場での逆襲は意外と厄介かもしれない。前回の記事(ヒラリー大統領でアメリカはどう変わるのか?そして日本への影響は?)でヒラリー候補がどう勝つかによって、その後のアメリカは大きく変わる、ということを書いたが、そこで懸念していた僅差での勝利に終わる可能性が高まってきたからだ。

上記で見た通り、トランプ氏が逆転勝利する可能性は相当低い。しかし、いくつかの激戦州で逆転が起きる可能性は十分にあり得るし、その影響は大きい。

もし僅差での勝利であれば、全米各地で選挙結果を疑う訴訟が乱発し、トランプ氏が率いる白人の抵抗運動は継続されるだろう。そうなれば、ますますアメリカは分断し、対立が激化しかねない。トランプ氏は「トランプTV」を開設し、引き続きヒラリー氏を「投獄しろ」と叫ぶだろう。

大統領はアメリカ国民にとって精神的支柱となる存在だ。その大統領が犯罪捜査を受ける可能性がある意味は大きい。

そして大統領選が終わってもトランプ氏の攻撃は終わらない。オバマ大統領も共和党から批判され続けたが、一定の節度は存在した。だが、トランプ氏はその節度を超える。白人も最後の抵抗として大きな声を挙げ続けるだろう。

政治的ともとれるFBI長官、ジェームズ・コミー氏の発表は、大きな爆弾を大統領選後のアメリカに落としたような気がしてならない。

日本若者協議会代表理事

1988年、神奈川県生まれ。若者の声を政治に反映させる「日本若者協議会」代表理事。慶應義塾大学経済学部卒。同大政策・メディア研究科中退。大学在学中からITスタートアップ立ち上げ、BUSINESS INSIDER JAPANで記者、大学院で研究等に従事。専門・関心領域は政策決定過程、民主主義、デジタルガバメント、社会保障、労働政策、若者の政治参画など。文部科学省「高等教育の修学支援新制度在り方検討会議」委員。著書に『子ども若者抑圧社会・日本 社会を変える民主主義とは何か』(光文社新書)など。 yukimurohashi0@gmail.com

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