Yahoo!ニュース

世界のなかで日本人はどれくらい「前向き」か?

六辻彰二国際政治学者

世界各国の国民の「前向き」度調査

世論調査を行っている米国ギャラップ社は、世界148カ国で各1000人ずつに電話でアンケート調査を実施して、国民の「前向き度」を測定しました。アンケートの質問項目は以下の五つで、これに肯定的な回答をした人が多い国ほど、ギャラップ社は国民が「前向き」(positive)と評価しています。

  • 昨晩はよく眠れたか?
  • 昨日は一日、敬意をもって扱われたか?
  • 昨日は声を出して笑ったか、あるいはよく微笑んでいたか?
  • 昨日は何か興味あることを学んだか、あるいはしたか?
  • 昨日は一日、楽しんでいる感覚があったか?

もちろん、これだけで測るのは短絡的だ、という意見もあり得ると思います。しかし、この手の調査を包括的に行った例はほとんどなく、各地域、各国の全体的な傾向を把握するうえでは、有効な資料といえるでしょう。さて、その調査結果によると、国民が最も前向きな国はパナマとパラグアイで、各質問項目にイエスと回答した人が全体の85パーセントの同率首位でした。6位のタイ、8位のフィリピン以外の上位10カ国は、この2カ国を含めてラテンアメリカ諸国が占めており、その地域性をうかがうことができます(ランキングはこちら)。

このランキングを色分けして表した地図を、AFPが作っています。ただし、ギャラップ社の調査の趣旨からすれば、AFPの「幸福度」という表記はやや意訳に過ぎるもので、ここはあくまで前向き、ポジティブと捉えるべきでしょう。

日本の「前向き」度

ところで、この調査結果のうち、日本はイエスと応えた平均値が72パーセントで、全体のうち59位。先進国のうち日本を下回る国は、イタリア(65パーセント)、ギリシャ(63パーセント)、韓国(63パーセント)だけです。ただ、上位を占めるのがラテンアメリカ諸国であることに象徴されるように、所得水準などの経済状況だけが「前向き」度を決定づけているわけでないことは強調しておく必要があります。実際、エネルギー需要の高まりで好景気に湧くカタールは日本よりわずかに高い46位で74パーセント、成長著しいシンガポールに至っては最下位で46パーセントです。

いずれにせよ、調査対象が148カ国ですから、大きく分ければ、日本は真ん中より上にくることになります。この結果をみて、「こんなに先が見えない状態なのに、意外と高い」と思う人もあるかもしれません。実際、客観的にみれば、日本に明るい材料を多く見出すことは困難です。「失われた10年」ののちデフレは一向に収束せず、債務残高はGDPの2倍を越えて世界一の水準。1ドル80円台の円高傾向も収まらず、果ては震災、原発、周辺国との領土問題、高齢化、教育など、課題や問題を挙げ始めれば、キリがありません。

しかし、私自身はこの順位を、まずまず順当な結果と言っていいと思います。つまり、客観的な条件と主観的な評価は、基本的に一致すると限らないという前提に立てば、そのギャップこそが日本人の精神性あるいは物の考え方(メンタリティ)を表しているといえるでしょう。ただし、それはラテンアメリカ的な「前向き」あるいは「楽観主義」が広く浸透しているという意味でなく、この調査結果が日本的な「現状を受容する」、あるいは物事に「執着しない」というメンタリティを反映しているという意味です。

「清濁併せ呑む」メンタリティ

一言でいえば、日本で支配的な思考様式は、その良し悪しにかかわらず、「現状肯定」型といえるでしょう。つまり、「理念や考え方に照らして、それに矛盾する社会や現実を悲観し、いかにその変革を図るか」より、「多くの矛盾や問題があるとしても、既存の社会や現実を原則的に所与のものと捉え、そのなかでいかに生きていくか」を優先させるメンタリティです。景気の悪化や財政赤字の拡大、放射能汚染の問題や領土問題などで政府の不手際が露呈しても、テレビの前やネット上で不満を言うことはあっても、それ以上のアクションを起こす人は稀です。2011年に格差是正を掲げた「ウォール街占拠運動」が世界規模で広がったときも、日本ではほとんど何もありませんでした。もっと卑近な例でいえば、余程支障が出ない限り、理不尽な言動をする隣人や同僚・上司に、それを改めるよう強く求めることはあまりなく、「あの人はああだから」といって済ませることは、多くの地域や職場であることです。

日本の歴史は、この「現状肯定」のメンタリティに突き動かされてきたといえます。幕末から明治維新にかけて、それまで朝廷、幕府が共有していた「鎖国」という国是は、欧米列強の圧倒的な軍事力の前に翻されました。このとき、(国内を二分する争いがあったとはいえ)既成事実化された「開国」のもとで、明治新政府が「欧米列強による植民地化の脅威」という現実認識のもとに、「欧米と同等の力をもつことで国を守る」という、極めて現実的な判断をしたことは、「現状のなかでいかに生きるか」を優先させるメンタリティの産物といえます。また、敗戦後それまでの「八紘一宇」などのスローガンがきれいに忘れ去られ、「鬼畜」呼ばわりしていたアメリカ軍が進駐した各地で少なからず歓迎されたことも、あるいは(団塊世代の人からは「そうではない」と言われそうですが)学園闘争をしていた人たちの多くが、自分の就職活動の時期が近づいた途端、既存の秩序への批判をいとも簡単に引っ込めていったことも、同様です。つまり日本では、周囲の環境が変化したとき、それに適応することが得意なメンタリティが支配的であり続けたといえるでしょう。

そうだとすれば、ギャラップの調査結果で、日本の順位が高すぎず、低すぎない位置に来たことは、不思議でありません。ただ、それは「前向き」というより、「清濁合わせて現状を受け入れる」メンタリティといえます。そのため、日本ではラテンアメリカ的な楽観主義が生まれにくい一方、世紀末的悲観主義に陥ることもほとんどありません。バブルがはじけた1990年代、人気になったのがモツ鍋でした。不況が長期化した2000年代、ビールに代わって発泡酒、第三のビールが人気を博しました。決して楽でない状況の中でささやかな楽しみを見出すことに、日本人は長けていると言っていいでしょう。また、震災の後、他の国であれば大規模な暴動や略奪行為が発生したかもしれない状況下、多くの被災者が概ね順序良く、秩序をもって避難所生活を忍んだことは海外で驚きをもって伝えられていましたが、これもやはりこのメンタリティを表しているといえます。(つづく)

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

六辻彰二の最近の記事