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フランス人観光客誘拐事件にみるイスラーム過激派の拡散

六辻彰二国際政治学者

フランス人誘拐事件

2月19日、西アフリカ・カメルーンで子ども4人を含む、フランス人観光客7人が誘拐されました。オランド大統領は具体名を挙げませんでしたが、カメルーンの隣にあるナイジェリアの「我々がよく知っているテロ組織」の犯行と述べました。これは、ナイジェリア北部を拠点とする「ボコ・ハラム」を指しているとみられます。

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ボコ・ハラムとは、ナイジェリア北部のハウサの言葉で「西洋の教育は罪」を意味します。2009年以降、ボコ・ハラムはナイジェリア政府、国連機関、さらにキリスト教会を標的とした攻撃を繰り返しており、これまでに900名以上が犠牲になりました。その活動の過激さから、「ナイジェリアのタリバン」とも呼ばれるようになっています。

ナイジェリアにおけるイスラーム

ナイジェリアをはじめとする西アフリカ一帯は、19世紀に西洋列強に植民地化される以前から、サハラ砂漠をまたいだラクダの隊商貿易で中東・北アフリカと繋がりがあり、キリスト教以前からイスラームが普及していました。そのため、サハラ砂漠一帯の国は、北部にムスリムが多く、(沿岸部の)南部にキリスト教徒が多いという構図で共通します。しかし、近年では、原油価格高騰で潤うサウジアラビアなど湾岸諸国政府の支援で各地に巨大なモスクが建設されたり、またこれらの政府の財政的支援のもとでイスラーム系団体が救貧活動をしていることもあり、ムスリム人口が増加しつつあり、特に貧困層に拡大する傾向があります。さらに、アフリカでも人口移動も増加しているので、宗派ごとの住み分けも流動的になりつつあります。

ナイジェリアはアフリカ大陸最大の産油国で、1億人以上の人口を抱える、地域有数の大国です。しかし、豊富な石油収入があっても、それが個々人の豊かさには繋がっていません。ナイジェリアの一人当たり国民総所得(GNI)は1280ドル(時価)で、貧困国が多いサハラ以南アフリカの平均1257ドル(時価)とほとんど変わりません。おまけに、政府高官や軍人による汚職は蔓延しており、トランスペアレンシー・インターナショナルの「腐敗指数」で中国やインド、あるいは半軍政のアルジェリアを下回り、176ヵ国中139位。プーチン政権の汚職が広く伝えられるロシアが133位であることからも、その腐敗度がうかがえます。貧困、失業、政治腐敗といった社会への不満が渦巻くなか、頑張っても報われない社会のなかでの精神的・物質的より所として、過激派と穏健派を問わず、イスラーム主義に若い貧困層が吸収される背景になっています。

ボコ・ハラムの誕生と過激化

ボコ・ハラムは2002年、ナイジェリア北部でムハンマド・ユスフ(Mohammed Yusuf)によって創設されました。ユスフ自身は西洋的教育を受けていたとみられていますが、進化論に反対するなど、ナイジェリアの公教育における西洋化に批判的なメッセージを発し、自ら布教と教育を兼ねた施設を運営し、無職の若者やストリートチルドレンを引き受けていきました。当初、ボコ・ハラムはコーラン暗唱とアラビア語教育によるイスラーム的教育の実践に主眼を置き、むしろ社会から隔絶していたのですが、2004年頃から貧困若年層の社会的不満を吸収するなか、アルコール販売などイスラーム的価値観にそぐわないものへの排斥運動を展開(ムスリムは飲酒を禁じられているが、ナイジェリアあたりでは飲むひとも多い)。翌2005年には警察と初めて衝突し、徐々に反社会性を増幅させていきました。

そして、ボコ・ハラムが決定的に「テロ組織」と認知される契機になったのは、数百人の死者を出した2009年7月のナイジェリア軍との衝突でした。当時、既にボコ・ハラムは武器の不法な所持などが指摘されていたのですが、政府・軍はこれを放置していたと後に批判されることになります。ともあれ、この衝突の最中、警察に身柄を確保されたユスフが死亡。その後、ボコ・ハラムは急速に過激化し、ライス大学のデイビッド・クック准教授によると、そのテロ行為は2010年だけで刑務所の襲撃1回、軍事施設への襲撃3回、警察署への襲撃16回以上、学校・大学への襲撃5回、銀行・企業への襲撃2回、飲酒・賭博などをしている人への襲撃5回以上、キリスト教会・教会関係者への襲撃3回以上、州政府要人などに対する未遂を含む暗殺5回以上にのぼります。

ナイジェリアで最も人口の多いハウサは、その多くがムスリムです。しかし、その一方で、歴史的にナイジェリアは原油の多くを欧米諸国に輸出しており、少なくとも敵対的な関係にありません。そのナイジェリア政府に敵対するボコ・ハラムのテロ活動は、多くのイスラーム過激派と同様に、欧米諸国にも向かうようになってきました。2011年9月、アフリカをカバーする米アフリカ軍(AFRICOM)のカーター・ハム陸軍大将は、ボコ・ハラムと、マリやアルジェリアで活動するイスラーム・マグレブのアル・カイダ(AQIM)、そしてソマリアを拠点とするアル・シャバーブの3組織が連携する可能性に懸念を示しました。これを受けて、同年11月に米連邦議会下院は報告書のなかで、ボコ・ハラムを「米国に対する潜在的脅威」と位置づけています。オランド大統領が「我々がよく知っているテロ組織」と言っていたように、ボコ・ハラムは西アフリカ一帯でのテロ活動で、既に欧米諸国からマークされる存在だったのです。

対テロ戦争・アフリカ戦線の拡大か

ボコ・ハラムに対しては、ナイジェリア・ムスリム聖職者連合が暴力活動の停止を呼びかけています。また、国外のムスリム組織からもボコ・ハラムのテロ活動への批判は寄せられています。その一方で、ナイジェリア国家安全保障局はボコ・ハラムにサウジアラビアや英国の団体から資金が流入しているとみており、イスラーム世界内部も一枚岩ではありません。

いずれにせよ、ボコ・ハラムはこれまで、アルジェリアの人質事件が発生していた2013年2月18日、ナイジェリア北部でレバノン人や英国人を誘拐しているほか、その直前には北朝鮮人の医師を殺害するなど、外国人への襲撃をエスカレートさせていました。しかし、それらはいずれも基本的に、ナイジェリア国内でおこなわれていたものでした。今回、隣国カメルーンで誘拐事件を起こしたことは、ボコ・ハラムが活動領域を拡大させつつあることを示しています。

米国政府が懸念していたように、AQIMなどとの連携が本格化したものかどうかは、現段階では確実なことは言えません。しかし、フランス人が誘拐されたことは示唆的です。マリでの戦闘は、主要都市をフランス軍が制圧した後も、自爆テロなどによる衝突が絶えません。正面からの衝突で先進国の正規軍に適わなくとも、その後のテロ攻撃でじわじわと抵抗する様子は、アフガニスタンやイラクを想起させるものです。今回の誘拐事件が、マリでのフランス軍に対するテロ活動の側面支援として行なわれたものとすれば、西アフリカでの対テロ戦争がさらに広範囲で激化する可能性が極めて高いといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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