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パリ「反テロと表現の自由」のデモに中東・アフリカ諸国首脳はなぜ来たか

六辻彰二国際政治学者

1月11日、7日に発生したシャルリー・エブド紙へのテロに抗議するデモがフランス各地で行われました。このうちパリでは、370万人が参加するという史上最大規模のものが行われ、各国首脳がデモの最前列付近で腕を組んで進む姿は、AFP通信で大々的に伝えられました。

このデモは「テロに反対する」という要素と、「報道・表現の自由を守る」という二つの要素があったように思います。フランスの政治評論家のオリビエ・ラバネロ氏によると、「(9.11後の)米国人は自分たちの身の安全を守るために団結したが、フランス人は自由などの価値観を守るために街頭に出た」。

ただし、フランスの一般市民の感覚はともかく、少なくとも各国の政府首脳は、単純に「報道・表現の自由を守るために宗教や民族を超えた連帯を示す」ためにデモに参加したとはいえません。ここで注目すべきは、40ヵ国以上から集まった、各国首脳のデモ参加者です。英紙ガーディアンによると、閣僚以上(閣僚、首相、大統領、君主)のクラスがデモに参加した国は、下記の通りです。

【ヨーロッパ】

フランス、ドイツ、英国、イタリア、スペイン、ルーマニア、オランダ、ギリシャ、アイルランド、デンマーク、ポーランド、ベルギー、ポルトガル、チェコ、スロバニア、ラトビア、ブルガリア、ハンガリー、クロアチア、ルクセンブルグ、マルタ、スロベニア、スウェーデン、フィンランド、スイス、ノルウェー、オーストリア、コソボ

【北米】

米国、カナダ

【旧ソ連圏】

ウクライナ、アルバニア、ジョージア、ロシア

【中東】

トルコ、イスラエル、ヨルダン、パレスチナ暫定自治政府、UAE、カタール、バーレーン

【アフリカ(北アフリカ含む)】

マリ、ガボン、ニジェール、ベニン、チュニジア、アルジェリア

【国際機構】

ヨーロッパ委員会、EU議会、EU理事会、NATO

欧米諸国が多いのは、当然かもしれませんが、ここには中東やアフリカの各国の首脳も、必ずしも数は多くないものの、参加しています。ヨルダンに至っては、国王夫妻がそろって参加しています。

しかし、ここには表現の自由や報道の自由が制限されている国も少なくありません。「国境なき記者団」は毎年、各国の報道の自由度を評価しています。(2013年度の各国評価はこちら)。2013年度の評価によると、今回首脳クラスが参加した中東、アフリカ各国のうち、最高評価の「よい状況」はゼロ、2番目の「満足できる状況」はニジェールのみ。それ以外は、最低評価の「とても深刻な状況」はゼロですが、3番目の「目立って問題がある(UAE、カタール、バーレーン、イスラエル、マリ、ベニン、ガボン)」、4番目の「困難な状況」(トルコ、ヨルダン、パレスチナ、アルジェリア、チュニジア)」となっています。このうち、イスラエルやパレスチナでは紛争のため報道が困難という状況があるにせよ、ほとんどの国では多かれ少なかれ、報道が制限されているのです。つまり、自分の国で報道の自由や表現の自由を制約している張本人たちが、このデモに参加していたことになります。

中東からの参加者たち

先ほどの参加者の一覧を眺めると、そこからは様々な利害関係をうかがうことができます。中東諸国について取り上げると、ここに参加した国にほぼ共通しているのは、「表現の自由」や「報道の自由」ではなく、欧米諸国と外交的に近い関係にあることです。

このうち、UAE、カタール、バーレーンはいわゆる湾岸諸国で、いずれも実質的には専制君主国家といえますが、その豊富な石油の輸出により、伝統的に欧米諸国と友好関係にあります(中東各国と外部の国の関係図はこちら)。これらの国は、近年では安全保障面でも欧米諸国と緊密な関係をもっており、米国によるシリア国内でのイスラーム国の空爆に同行しています。これらは、米国がテロ支援国家と名指しするシーア派のイランやシリアとは、宗派が異なることもあって対立することが多く、シリア内戦に流入したスンニ派民兵に支援を行っていました。その状況下でイスラーム国が拡大したわけですから、これら各国にしてみれば「飼い犬に噛まれた」状態にあります。スンニ派湾岸諸国がイスラーム国への対応で欧米諸国と熱心に連携するのは、その失態も一つの要因といえるでしょう。その一方で、これら各国では多かれ少なかれ、ジャーナリストの活動が規制されており、例えばUAEでは2014年、緊張関係にあったエジプトのジャーナリストがいきなり国内で逮捕されています

王家が預言者ムハンマドの子孫であるヨルダンも、伝統的に欧米諸国と友好関係にあります。ただし、湾岸諸国と異なり大産油国でなく、経済的に必ずしも余裕があるわけでない一方、シリア、レバノン、パレスチナ、イラクといった不安定な情勢の国に囲まれており、欧米諸国からの支援が欠かせない立場です。その意味で、欧米諸国主導による対テロ戦争にも、大きな協力はできないまでも、少なくとも対立することは稀です。その一方で、湾岸諸国と異なり、議会選挙は一応行われていますが、2013年にはムスリム同胞団を念頭に「宗教に基づく政党」が規制の対象となるなど、国王による専制的な支配が継続しています。また、例えば2014年にはイラク政府に批判的なイラク人ジャーナリスト13人が「テロ容疑」で逮捕されています

パレスチナの土地を巡って対立するイスラエルとパレスチナ暫定自治政府から、揃って最高責任者が出席したことは、注目を集めました。ただし、これら両者はいずれも欧米諸国から支援を受けている点で共通します。その意味では、揃って出席したことは、不思議ではありません。

最後に、トルコはNATO加盟国で、冷戦期から欧米諸国と同盟関係にあります。しかし、2000年代初頭から、貧困層の支持を集めたムスリム同胞団系の組織が政権を握って以来、欧米諸国とは外交的に摩擦が絶えません。特にエルドアン大統領がネット検閲を強化していることは、欧米諸国で頻繁に批判されています。その一方で、ムスリム同胞団系の現トルコ政府にとっては、アル・カイダから分派したイスラーム国はやはり脅威であるため、イラクなどでの空爆に参加しています。

アフリカからの参加者たち

北アフリカを含むアフリカから出席した首脳も、国内で表現の自由が保障されているか否かに関わらず、欧米諸国と友好的な国の責任者である点で共通します。それに加えて、アフリカからの出席国はかつてフランスの植民地だったところばかりです。フランスにとってアフリカは「大国」としての足場です。今回、首脳クラスが参加した国は、やはり国内で表現の自由が保障されているか否かに関わらず、特に対テロ戦争の文脈でフランスとの関係を重視している国ばかりです。

アルジェリアは、2013年1月に日本人を含む犠牲者を出した、イスラーム・マグレブのアル・カイダ(AQIM)系の組織によるイナメナスでのテロ事件が発生した土地で、アフリカおける対テロ戦争の一つの主戦場です。対テロ戦争での協力だけでなく、アルジェリアは大規模な天然ガス輸出国で、その点でも欧米諸国と深い関係があります。その一方で、この国では一応選挙が行われているものの、1990年代から事実上の軍事政権が権力の座にあり、2014年4月には大統領選挙の取材が妨害されているとして、国境なき記者団が同国政府に抗議しています。とはいえ、安全保障や経済的な関係だけでなく、今回のテロ事件の犯人がアルジェリア系移民で、アフリカのなかでもフランスに数多くの移民を送り出していることもあり、アルジェリア政府にとっては今回のデモに知らん顔もできなかったといえるでしょう。

「アラブの春」の起点となったチュニジアでは、昨年10月の議会選挙で、2011年2月に抗議デモの広がりの中で失脚したベン・アリ政権の関係者が多い「チュニジアの呼びかけ運動」党が第一党になりました。入れ替わりにイスラーム政党ナハダは一時の勢いを失い、過激派の台頭も懸念されています。つまり、かつての「独裁者」に近い人物が多い現政権にとって、ベン・アリ政権と友好関係にあったフランスとの関係強化は、最優先事項といえるでしょう

ガボンのアリ・ボンゴ大統領は、2009年6月に父親のオマール・ボンゴ前大統領が死亡し、同年10月にから現在の地位にあります。つまり、父親から権力を事実上継承したのであり、この時点で決して民主的でないことがうかがえます。国境なき記者団からは、報道の自由に「目立って問題がある」と評価されています。ガボンはアフリカ有数の産油国でしたが、無理な生産増加がたたり、既に生産量は下降気味で、景気がよかった頃に無計画に行った借り入れの返済負担が、近い将来重荷になることが目に見えている状態にあります。対テロ戦争への関与は薄く、いわばフランス主導の歴史的なイベントに出席して「人種や宗教を超えた連帯」のイメージ化に貢献することによって、財政状況への協力を求めることが、ボンゴ大統領の目的とみられます

ベニン(目立って問題がある)、マリ(目立って問題がある)、ニジェール(満足できる状況)は、報道の自由という点では必ずしも一致しませんが、いずれも典型的な貧困国で、アフリカでも拡大するイスラーム過激派との対決に不安を抱えている点で共通します。なかでもマリは、アルジェリアでのテロ事件の際に注目された国です。ここにはアルジェリアを追われたAQIMメンバーが一時潜伏し、それが引き金となって、2012年には国家分裂の危機に陥りました。この際、イスラーム過激派を含む反政府勢力を掃討するために派遣されたのはフランス軍でした。現マリ政府にとって、フランスはいわば軍事的な後ろ盾であるわけです。今回の抗議デモで、マリのケイタ大統領がオランド大統領の隣のポジションを得たことは、この観点から不思議でありません。

翻って、対テロ戦争で協力的で、報道の自由が制限されながらも、欧米諸国への発言力がそれなりに担保される国のなかには、今回のデモに微温的な反応を示す国もありました。やはり旧フランス領のチャドは、イスラーム国などと比べて欧米諸国の関与が手薄なフランス主導の「対テロ戦争・アフリカ戦線」に、大規模な産油国であることの財政的余裕を背景として、最も部隊を多く提供し、事実上フランスにとってアフリカでの屈指の軍事的パートナーとなっています。しかし、今回のデモに熱心だったとはいえません。チャド政府も、一応選挙が行われていても、事実上の軍事政権に近いもので、2013年6月には国境なき記者団が首都ンジャメナに入るのを禁じました。必ずしも報道の自由に熱心でないだけでなく、国際的な関心が集まりにくい地域での対テロ戦争に関する協力を通じてフランスへの発言力が担保されることが、チャド政府首脳の不参加という判断に至ったものとみられます。

「原理は政策から導き出される」

このように見てきた場合、中東やアフリカからは、必ずしも報道の自由や表現の自由を尊重しているとはいえない国の政府首脳が集まったことが分かります。そこには、「対テロ戦争」を最大公約数的な共通項があるにせよ、各国それぞれの立場や利益があるといえます。少なくとも、字義通りの意味で、「人種や宗教を超えて報道・表現の自由を訴える」ためにパリに集まったとはいえません

当然のごとく、ホスト国のフランス政府も他の欧米各国の政府も、それを認識していることでしょう。むしろ、フランスをはじめとする欧米諸国の政府にとって重要なことは、これら欧米諸国以外からも数多くの首脳が参加したことにより、「報道の自由」や「表現の自由」という、いわば「普遍的な価値観」を対テロ戦争の旗印にでき、そのなかで自らの正当性を強調できたことだったといえます。

国際政治学の草分けとも称される、英国のエドワード・ハレット・カーは、その金字塔的な著作『危機の二十年』(1939)において、国際政治の一般的パターンとして、「思想を目的にあわせる」ことを描いています。

「…ビスマルクは、1857年に、フランス外相ワレンスキーが彼を批評したつぎの言葉を書き留めている。普遍的な正義の言葉で自国の利益を包みかくすことが外交官の仕事である、と。さらに近くは、チャーチル氏が下院でつぎのように述べている。『イギリスの再軍備と対外政策にとっての道徳的基盤が存在しなければならない』と。…少し検討しただけでも、原理が政策から導き出されるのであって、政策が原理から出てくるのではないことはわかるはずである。…(第一次世界大戦中の)1917年に、ウィルソン(米大統領)は対独開戦の政治方針を決定した。そして彼はこの政策を、正当性という外衣でうまくつつんでおしすすめた。(戦争の違法化を定めた不戦条約が採択された)1928年、ブリアン(仏外相)は、フランスに有利な平和の解決をかく乱する試みが正義の名において行われることをおそれた。そして、彼は、ウィルソンに劣らず、自己の政策に適合する道徳的言いまわしを難なく見出したのであった。このような原理の相違とされるものを、倫理的な立場から論議することは見当違いであろう。これらの原理は、それぞれの条件に対処するために立てられたそれぞれの国家政策を反映しているだけだからである」(カー, 『危機の二十年』, 岩波書店, 1996年, pp.144-145)。

つまり、自由、平和、正義といった道義や価値観が、その実現のための政策を生み出すというより、実際の国際政治においては、各国政府が何らかの政策を実施する際に、それらの道義や価値観でもってコーティングするのが、(その良し悪しはおいたとして)国際政治の一般的な在りようだというのです。

この観点から今回のデモを振り返れば、少なくとも先ほど述べた中東、アフリカ各国の行動パターンは、少なからずこれに合致するといえるでしょう。同様の観点から、今回ロシアのラブロフ外相が参加していたことも理解できます。言うまでもなく、ロシアはこの数年来、欧米諸国と敵対することが多く、またやはり国境なき記者団から「困難な状況」と評価されています。そのロシアから、さすがにプーチン大統領は参加しませんでしたが、その懐刀の一人といえるラブロフ外相が参加したことは、注目されます。この背景には、やはり国内の北カフカスなどでイスラーム過激派が台頭しているだけでなく、この数ヵ月来の原油価格下落で経済が疲弊し、欧米諸国と多少なりとも関係を改善する必要に迫られていることがあるでしょう。

ただし、先述のように、ほとんどのフランスの一般市民はともかく、ホスト国であるフランス政府をはじめ、欧米諸国政府もこれら各国が自らの事情で参加したことは承知しているはずです。つまり、欧米諸国政府の首脳の場合、もちろん国内で反テロや「表現の自由」を求める世論が湧き上がるなかで、当然のごとくそれに反応した側面もあるにせよ、そこにはやはり、反テロとともに報道の自由や表現の自由といった「普遍的な価値観」をアピールするデモに、「政策的な必要性」に基づいて参加するというアプローチと無縁ではなかったといえます。

「テロを抑制すること」そのものには誰しも異論がないとしても、その進め方をめぐって各国の間には温度差や方針の違いもあります。例えば、イラクからシリアにかけての領域で勢力をもつイスラーム国を掃討するとしても、米国が「テロ支援国家」と位置付けるシリアのアサド政権をどのように処遇するのか。欧米諸国はアサド政権と対立する「シリア国民連合」を支援していますが、歴史的に同政権と関係の深いロシアは、「内政不干渉」を盾にこの動きに抵抗してきました。そのうえでロシアやアサド政権は、「スンニ派諸国がシリアに流入したテロリストを支援し、欧米諸国がこれを黙認している」と批判してきました。先述のように、スンニ派諸国がシリア内戦に関与し、それが少なくとも結果的にはイスラーム国の台頭につながったこと自体は、もはや否定できません。対テロ戦争のなかで、各国はそれぞれの利害を抱えて行動しているのです。

困難な状況に陥ったなかで、何らかの「大義」によって自らの立場を正当化する者が、全体をリードすることは、珍しくありません。9.11後に「反テロ」とセットになった「正義」を掲げて国際状況を一変させた米国は、その象徴です。これに鑑みれば、今回の大規模なデモは、冒頭にあげたフランスの政治評論家がいうように、仮に一般のフランス市民が普遍的な価値観を信じて街頭に出ていたとしても、フランス政府あるいは欧米諸国政府からすれば、「言論や表現の自由」とセットになった「反テロ」を掲げることで、自らの政策を進めやすい状況にする、一大デモンストレーションとなったといえるでしょう。少なくとも、史上空前の規模のデモの最前列を歩いていた各国首脳たちが、その後から歩いていた人たちと、必ずしも同じ感覚でなかったことだけは、確かなのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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