Yahoo!ニュース

この1ヵ月間にイスラーム過激派のテロに特に警戒するべき理由―追い詰められたISとラマダン(断食月)

六辻彰二国際政治学者
ファルージャを砲撃するイラク軍(2016年6月1日)(写真:ロイター/アフロ)

地域や国によって多少の差はありますが、ほとんどのイスラーム圏では、今年は6月6日からラマダン(断食月)に入ります。ラマダンはイスラームの太陰暦(ヒジュラ暦)の第9月にあたり、病人などを除き、日中の飲食が禁じられます。

もともと、イスラームは他の宗教と比較しても、信者の社会生活を拘束する側面が大きいのですが、ムスリムの五つの義務の一つには「貧者救済」が含まれています。ラマダンには、飲食を規制することで貧者の困苦を感じ、この貧者救済を社会全体で推し進めるという意味があります。それと同時に、つらい思いを共有することで、ラマダンにはムスリム意識を強める効果もあります。

しかし、例年、ラマダンの時期には、イスラーム過激派によるテロが頻繁に発生しがちです。図1は世界全体でのテロの発生件数を表しています。

画像

ここからは、アラブの春やシリア内戦が発生した2011年頃から急激にテロの発生件数が増加していることが見て取れます。

さらに図2は、2012年から2014年までの月別のテロ発生件数を示しています。

画像

ここから、ラマダンの時期は、その前後と比較してテロの発生件数が増える傾向があることが分かります。イスラーム世界全体でムスリム意識が高まるこの時期は、過激派にとって自らの宣伝に格好のタイミングでもあるといえます。

ただし、今年のラマダンは、例年にも増してテロが頻発する危険性を懸念せずにはいられません。それは、現在イスラーム過激派の世界で大きな潮流となっている「イスラーム国」(IS)を取り巻く環境の変化によります。

IS掃討作戦の激化

2014年6月に「建国」を宣言したISは、一時はイラク、シリアの広大な領域を支配しましたが、有志連合だけでなく、ロシアやイランなどその他の各国、さらに現地勢力からの攻撃により、その支配領域を狭めています。

有志連合の支援を受けたイラク軍は2015年3月にティクリート、2015年12月にラマディを、ロシア軍の支援を受けたシリア政府軍は2016年3月にパルミラを奪還。さらに、シリア、イラク、トルコ、イランなどで長らく分離独立を求めていたクルド人もISと敵対しており、各地で事実上の自治区を確立しています。なかでも米国が支援するクルド人部隊の人民防衛軍(YPG)は、2015年1月にシリア北部のコバニを奪還しました。今年5月11日、イラク政府の報道官はISが実効支配する地域が40パーセントから14パーセントに減少したと発表しています。

このようにISの支配領域が着実に狭まるなか、残る主要都市をめがけて、先月から各勢力の攻勢はさらに強まっています。5月23日、イラク軍は中部の要衝ファルージャ攻略のための軍事作戦を開始。続く5月25日、シリアのクルド人とアラブ人からなる「シリア民主軍」(SDF)がISの「首都」ラッカ攻略の開始を宣言。ロシアはこれを支持しましたが、6月4日にシリア軍がやはりラッカ進軍を開始すると、これを空爆で支援しています。

イラクでの軍事活動は主に有志連合やイランに支援されたイラク軍が中心となっていますが、シリアでは各国が自らの陣営に近い現地勢力にラッカ攻略の「一番乗り」させるためのレースを展開しているとみられます。いずれにせよ、ファルージャラッカでは民間人を巻き込む戦闘が行われている一方、シリア、イラクにおけるIS攻撃は最大の山場に近づいているといえるでしょう。

ISの飛散

しかし、その状況は、かえってISを、より向こう見ずな攻撃に駆り立てる効果があるともいえます。実際、支配地域を縮小させ始めた2015年から、ISはシリア、イラク以外でのテロを頻繁に行っています。昨年10月のエジプトでのロシア旅客機墜落事件や11月のパリ同時多発テロ事件などは、その象徴です。

また、シリアやイラクで追い詰められるなか、ISは内戦が続くリビアで急速に勢力を拡大させています。さらに、ファルージャやラッカへの攻撃が始まったのと前後して、5月17日にはバグダッドで、5月23日にはアサド政権が支配するジャブラとタルトスで、それぞれ連続爆破テロ事件が発生。前者では約70人の、後者では150人というシリア政府支配地域での最大規模の犠牲者を出しました。

これらからは、シリアとイラクでのIS攻撃が避けられないとしても、ISが軍事的にこれまでになく追い詰められる状況が、少なくとも結果的に、これまでIS支配地域でなかった土地でのテロ活動を増やす効果をもっていることがうかがえます。

この状況下、今年のラマダンがやってきます。ただでさえラマダンを迎えることは、ISにとって健在ぶりを示す絶好の好機です。しかし、ここまで述べてきたように、これまで以上に追い詰められている状況で迎えるラマダンが、これまで以上に人目を引くテロ活動に向けて、ISにアクセルを踏み込ませたとしても不思議ではありません

のみならず、ISとライバル関係にあるアルカイダにとっても、ラマダン期間を迎えるなかでISが活動を活発化させれば、自らの存在を示す必要が増します

このような背景のもと、6月1日に米国政府は、ヨーロッパに渡航する米国市民に注意を喚起しました。ヨーロッパではちょうど6月から7月にかけてサッカー欧州選手権が開催されるなど、大型イベントが目白押しです。さらに、これまでイスラーム過激派のテロとほとんど無縁だった南アフリカでも、6月5日に米国大使館が在留米国市民に警告を発しています。

杞憂であれば、もちろんそれに越したことはありません。しかし、くどいようですが、ISはこれまでになく追い詰められており、そのタイミングで今年のラマダンがやってきます。この1ヵ月は、シリアとイラクにおけるIS支配領域の行方を含めて、イスラーム過激派の活動に、これまでになく警戒するべきといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

六辻彰二の最近の記事