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ケニアでの中国企業襲撃事件の報道にみる中国メディアの変化

六辻彰二国際政治学者
モンバサーナイロビ間の鉄道建設の現場(2015.10.10)(写真:ロイター/アフロ)

8月4日、北京で中国政府とアフリカ各国の首脳による国際会議が始まりました。その直前の2日、ケニアで鉄道建設の事業を行っていた中国企業を、現地の若者らが「不十分な雇用」や「不十分な賃金」への抗議活動の末に襲撃。14人の負傷者を出す事態となりました。

中国によるアフリカ進出には、主に欧米メディアの間で、2000年代半ばから批判的な論調が珍しくありません。中国によるインフラ整備、投資、貿易の活性化がアフリカの経済成長を促す一因になった一方、中国企業による人権侵害や環境破壊は数多く報告されています。中国とアフリカの首脳が一堂に会する会議が行われているタイミングを計ったように発生した襲撃事件は、「アフリカにおける中国」のネガティブな側面を象徴します。

しかし、その一方で、今回の一件からは、中国のメディアワークの変化をうかがうことができます。それは、中国のメディア活用が、新たな段階に入ったことを意味します。

FOCACフォローアップ会合

中国政府は2000年からアフリカ各国を招いた会議、FOCAC(中国・アフリカ協力フォーラム)を3年おきに開催しています。今回は、昨年の第5回FOCACで合意された援助などの進捗状況について確認するフォローアップ会合です。

「アフリカにおける中国」は、アフリカのみならず、世界のパワーバランスにも大きな影響を及ぼすといえます。中国にとってアフリカは、1950年代から、時期によってトーンに違いはあっても、国際的な足場として重要な位置を占めてきました。西側諸国との摩擦が深まるにつれ、国連などでの支持を確保するうえで、数の多いアフリカ各国の重要性は増し続けています

そのため、今回のフォローアップ会合では、昨年の第5回FOCACで約束された600億ドルの資金協力のうち、その90パーセントが既に実施されたことが発表されるなど、両者の良好な関係ぶりがアピールされています。

「一帯一路」構想とケニア

ユーラシア大陸を網羅する経済圏「一帯一路」構想を掲げる中国は、アジアから中東にかけての各地で、高速鉄道網の整備などを推し進めています。

しかし、「一帯一路」は、アフリカにとっても無縁ではありません。今回のフォローアップ会合に先立ち、張明外交部副部長は、アフリカの経済成長の前提としてインフラ整備の重要性を強調しています。さらに、その海上ルートには、インド洋に浮かぶセーシェルや、紅海に面したジブチだけでなく、東アフリカ有数の港モンバサを抱えるケニアが含まれています。

かつて英国の植民地だったケニアは、独立後も総じて西側に近い外交方針をとってきました。冷戦期、ほとんどのアフリカ諸国と異なり、ケニアでは早くから(植民地時代の名残である)サファリなど観光業が盛んだったこともあって、西側とのヒトの出入りが比較的自由だったことは、それを象徴します。トヨタをはじめとする日本企業の進出も盛んで、ナイロビにはアフリカ大陸で珍しい日本食レストランがあります。

しかし、「一帯一路」構想における重要なポイントになったこともあり、近年ではケニアでも中国の進出が目立ちます。中国は大陸有数の産油国である南スーダンからケニアへのパイプライン建設も進めており、それと並行して、内陸のウガンダやルワンダと結ぶ鉄道網の整備も進められています。

中国企業への批判と襲撃

8月2日、そのケニアの首都ナイロビから約140キロ離れた、同国南西部のナロクにある中国国営のCRBC(中国路橋工程有限責任公司)の建設現場に、ナイフなどで武装した約200人の現地の若者らが乱入。14人が負傷した事件は、警官隊が空に向けて発砲するなどして鎮圧されました。現地では、それまで約2週間にわたって、CRBCが現地に十分雇用を生んでいないことを批判する抗議デモが発生しており、今回の襲撃は、その果てのものでした。

アフリカにおいて、中国企業に対する現地の人々からの襲撃は、これが初めてではありません。2000年代以降、爆発的にアフリカに進出するなかで、中国企業は現地とのトラブルを各地で経験してきました。

アフリカでは植民地時代から労働組合の結成が認められ、さらに各地の独立運動では主な政治勢力となりました。そのため、アジア各国と比較して、「労働者の権利」が重視されており(もちろん正規労働者と非正規労働者の間でずいぶん異なる)、法定賃金以下の給料しか払わない、有給休暇や産休・育休を取得させない、超過労働分の給与を支払わないといった中国流、あるいはアジア流の扱いは、アフリカでは労働者からの拒絶に直面しがちです。また、中国企業は多くの中国人労働者や、中国人より賃金の安いパキスタン人などをアフリカに連れていくため、現地で雇用を生まないという批判も集めました。2009年に、アフリカ10ヵ国の労働組合系研究者が中国企業に関する調査結果を発表したことは、これらについての批判がアフリカの労働界から噴出する様相を象徴しました。実際、2012年にはザンビアで、法定最低賃金が支払われないことから、鉱山労働者が2人の中国人マネージャーに暴行を加え、1人が死亡しています

中国の反応

日本を含む西側諸国からの批判に対して、中国は「倍返し」の反論を躊躇しません。しかし、アフリカに対しては事情が異なります。中国にとって、自らの国際的な立場を維持するうえで、アフリカとの友好関係は欠かせないものです。したがって、アフリカから中国批判が噴出するにつれ、中国政府が中国企業への管理を強めようとしたことは、不思議でありません

実際、2007年に既に、アフリカを歴訪した胡錦濤国家主席(当時)は、各国で中国企業に現地の法令を順守するよう呼びかけました。そのこと自体、いわば「恥」とさえいえますが、最高責任者が「法令順守」を呼びかけたことは、「アフリカで大国らしくふるまう」という中国政府の政治的意志を示すものだったともいえます。

政府のこの方針が、中国企業に何も変化をもたらさなかったわけではなく、現地での雇用も目立つようになりました。例えば、エチオピアでは2008年、農業技術の研修を目的とするATDC(農業技術デモンストレーション・センター)の設置が両国政府の間で合意され、2012年には52ヘクタールの土地に学舎、温室、寄宿舎などの建設が完了し、約30人の中国人農業研修員が派遣されるようになりましたが、その造成・建設を受注した広西海外建設集団有限公司は、32名の中国人技術者とともに、約200名のエチオピア人を雇用していました。

つまり、「アフリカとの友好」を強調したい中国にとっては、「現地との軋轢を回避すること」が重要課題となったのです。

中国のメディアワーク

これと並行して、中国はメディアを通じた「中国とアフリカの友好」イメージの普及に努めてきました。2006年には新華社がナイロビに拠点を構え、これを皮切りにCCTVやChina Dailyなどが相次いでアフリカに進出。ケニアや南アフリカでは、これらによってウェブニュースも配信されています。これら中国の巨大国営メディアには、政府の宣伝機関としての側面が色濃くあり、その報道は「中国とアフリカの友好」を強調することに主眼があります。そのバイアスの強さは、西側メディアが「アフリカを食い物にする中国」イメージのみを熱心に伝えようとすることと、好対照といえます。

そのため、中国メディアには、否定のしようのないネガティブな話をスルーすることが珍しくありませんでした。例えば、ザンビアでの暴動に関して、China Dailyをはじめとする国営メディアは一切ふれませんでした。その他のケースでも、ほぼ同様だったといえます。

ところが、今回のケニアの事件に関しては、事情が異なります。例えば、China Dailyは8月5日付けの記事「中国人鉄道労働者への襲撃をケニアが酷評」でこの事件を掲載。場所、襲撃者の数、負傷者数などを明示したうえで、ケニア政府がこの襲撃事件を非難したと報じています。自らにとってネガティブな話を伝えるようになったことは、中国のメディアワークに変化が生まれたことを示唆します。

中国のソフトパワーの限界

経済力や軍事力などのハードパワーと異なり、文化、政策、価値観などの「魅力」によって味方を引き付ける力をソフトパワーと呼びます。映画、音楽、留学や学術・文化交流、そして報道などは、その媒介でもあります。米国が超大国たる一つの由縁は、そのソフトパワーが他国の追随を許さないほどに大きかったことがあげられます。そして、中国も2007年以降、「ソフトパワーの充実」を大きな外交方針に掲げています。先述の国営メディアの海外進出は、その一環といえます。

ただし、中国のソフトパワー政策は、通信機器の充実や配信経路の確保といったハードウェアにおいて急速に進んできましたが、「メッセージの内容」、つまりソフトウェアにおいては限界があります。中国政府は「内政不干渉」の原則を掲げ、アフリカ各国の政治や文化に干渉するのを控えてきましたが、これは「伝えるべき理念」の欠如と表裏一体といえます。対照的に、米国の場合、人権侵害や民主化の停滞、さらにはLGTBなど性的少数者への迫害を理由に、アフリカ各国の内政に頻繁に口を出してきましたが、他方で米国的「自由」や「民主主義」は、社会の末端にまで浸透しやすいメッセージといえます。

これに加えて、「政府の宣伝機関」としての側面が濃厚であることは、中国国営メディアが「アフリカにおける中国」のネガティブな話を避ける傾向を強めていましたが、これもやはり、中国メディアにとっての限界でした。つまり、自らにとって都合のよい話や、自らを美化しただけの話が、信頼や共感を得にくいものであることは、洋の東西を問わず同じです。その意味で、「アフリカにおける中国」のポジティブな側面のみを伝えていたことは、中国のソフトパワーを制約するものだったといえます。

ケニアの事件に関する報道にみられる変化

この観点から、今回のケニアの事件をChina Dailyが取り上げたことは、大きな変化といえます。もちろん、記事をよく読めば、基本的に中国の立場を正当化する内容になっています。そこには、

  • 鉄道建設の契約では労働者の40パーセントを現地で雇用すると定められていること、
  • CRBCが技術指導や技術伝播も行うこと、
  • さらに中国企業がこれまでにケニアで3万人の雇用を生んできたこと

などが含まれます。つまり、「CRBCの雇用に問題がある」という若者らの主張が「言いがかり」で、中国はこれまでにもケニアの経済成長と雇用確保に貢献してきた、と暗に主張しているといえます。

さらに、記事では「ケニア政府が」事件を非難したと伝えている一方、中国政府の見解やコメントなどには触れられていません。言い換えるなら、ケニア政府が事件を批判したことの紹介により、中国による現地社会への批判を避けるとともに、「現地政府も間接的に中国を支持している」という主旨を伝えているのです。

こうしてみたとき、中国のメディアワークに微妙な、しかし見逃せない変化があるといえます。そこには、これまでの自分たちに都合の悪い話をスルーする姿勢から、あくまで「アフリカとの友好」を強調しながらも、客観的な事実やデータを用い、法的な根拠にのっとって、自らの主張を展開する姿勢への転換があります。すなわち、自らにとってネガティブな話を避けないことで、かえってアフリカや第三者の支持を取り付けることに、中国はシフトチェンジし始めたといえます。そこには、これまでのソフトパワーの限界を乗り越えようとする中国政府の意志をも見出すことができるでしょう。

シフトチェンジの先

もちろん、そこにバイアスがあることは否定できません。例えば、アフリカ専門のニュースサイト Quarts Africa は、CRBCの未熟練労働者への給与が1日250シリングで、同社に抗議活動を行っていた若者らはこれを現地で一般的な1日500シリング(約5ドル)に引き上げるよう求めていたと伝えています。また、CRBCや(発注元の)ケニア鉄道は、取材に応じていないとも付け加えられています。さらに、China Daily に限っても、ケニアの事件に関する記事は先ほどのもの一つだけだったのに対して、ほぼ同時期に行われていたFOCACフォローアップ会合に関しては、連日報じられていました。こうしてみたとき、China Daily の報道が、中国自身の立場を正当化する以上のものでないことは確かでしょう

ただし、その一方で、少なくとも国際報道において、「自分たちにとってネガティブな話は控えめに、自分たちにとってポジティブな話は熱心に」伝えようとすることは、中国に限らず、ほぼ全ての国に共通するものです。

ここで重要なことは、欧米メディアによるネガティブなトーンの裏返しとして、「アフリカにおける中国」のポジティブな面しか伝えてこなかった中国メディアが、自分たちの主張を押し通しながらも、ネガティブな話を(全く無視するのではなく)伝え始めたことです。つまり、中国国営メディアが政府の宣伝機関であることは変わらないとしても、その報道に不特定多数の視聴者や読者に受け入れられやすい伝え方が導入されたといえます。したがって、少なくともこの点において、中国メディアのアプローチは西側諸国のそれと近づきつつあるのであり、その競争力はむしろ向上しつつあるともいえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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