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「思考停止するビジネス書」と「問いかけるビジネス書」

中原淳立教大学 経営学部 教授

この世には、二種類のビジネス書があります。

「思考停止するビジネス書」と「問いかけるビジネス書」です。

「思考停止するビジネス書」には、その著者に「迷い」や「戸惑い」がありません。彼/彼女は、「事実」を知っているのです。それを支配している語り方は、「もし○○したかったら~しなさい」です。

著者が何らかのかたちで所有している「権力」- 人気、社会的立場、成功の経験- を背景にして、彼/彼女は、自信をもって高らかに、言い放ち、あなたに迫ります。

「もし○○したかったら~しなさい」

読者は、「迷い」や「戸惑い」のない著者の言葉を心地よく受け止めることができます。なぜなら、「自分の頭で考える」必要がないから。

それさえ従順に実行していれば成功が約束されると、彼/彼女が言うのだから、考える必要がありません。つまり「思考停止」するのです。

「思考停止」は、いつだって、心地よいものです。「自分の頭で考えること」が重要なことはわかっていつつも、「考えること」で生じてくるモヤモヤ- つまりは、「わからなさ」に、人はなかなか耐えることができません。

そして、「自分の頭で考えること」をあきらめるのです。「誰かがだした答えや処方箋」を求めるのです。そのことで、「誰か」に知的隷属ことと引き替えに、「答え」を手に入れるのです。

逆説的ですが、「考える」とは「モヤモヤ」することです。

「わかる」とは、「わからなくなること」、なのです。

かつてT.S.エリオットはいいました。

我々のすべての探求の最後は、初めにいた場所でありその場所をはじめて知ることである

知的探求も同じです。「わからなさ」からスタートして、あなたは、いつの日か、わかる時を迎えます。しかし、そのとき、あなたはスタートした地点、つまりは、わからなさの中にいるのです。

「わからなさ」を決して諦めてはいけません。モヤモヤしていること、戸惑い、葛藤を誤魔化してはいけません。それを誤魔化そうとする、美しい「誰かの答え」を、安易に受け入れてはいけません。自由で主体的な生き方を自ら選びたいのであれば、自ら考えることだけは、放棄してはいけません。

一方、「問いかけるビジネス書」は、著者に「迷い」「戸惑い」があります。つまり、著者自身、自分の語っていることが、あくまで「仮説」であることを重々認識しています。しかし、反面、膨大なデータや理論的背景のもとに、ようやくつかんだその「仮説」が、ある一面では、読者に「考えるヒント」となることの可能性を信じています。だから、彼/彼女は、今自分がもっている自分の思考やデータをなげうって、読者に問うのです。それはあくまで仮説に過ぎないかもしれないけれど、敢えて問うのです。

これは、ある先生にお聴きしたことですが、経営学の泰斗ヘンリー=ミンツバーグは、この問題に関して、こういう言葉を残しているそうです。

With the vast amount of data, I have the right to dream...

結局、ミンツバーグが言いたかったことは、こうではないでしょうか。

「自分は、これまで様々なデータを集めて、理論を構築してきた。それを総合して、「きっと、こうではないか」といういくつかの仮説を得ることができた。読者にとって、それは、もしかしたら"考えるヒント"になるかもしれない。もちろん、それは、僕の「夢」かもしれない。しかし、これだけやってきたのだから、その「夢」を見る権利、夢を語る権利は、僕にはあるはずだ」

「問いかけるビジネス書」を支配する語り方は、こうです。

「もし○○だったら、あなたはどうしますか」

彼/彼女には、「もし○○したかったら~しなさい」という語り方はできません。言い得ることは、あくまで「もし○○だったら、あなたはどうしますか」です。しかし、この問いは不完全です。「問いかけるビジネス書」の読者には、読後に、「モヤモヤ感」が残ります。なぜなら、「答え」は呈示されていないから。あくまで、著者が呈示しているのは「考えるヒント」であるからです。

「問いかけるビジネス書」は、人を思考停止させません。むしろ、読者に「思考すること」を促すのです。

「自己啓発」「大人の学び」「人材育成」に関するビジネス書が巷にあふれています。しかし、仮に、それらの本が「思考停止するビジネス書」であるのだとしたら、それは「論理矛盾」です。

本の中で、「大人に学べ」「大人に自分の頭で考えろ」と主張しつつ、反面、人々に「思考停止をせまる」からです。

これは本だけに言えることではありません。「講演」にだって、「セミナー」にだって、「ケーススタディ」にだって、いえることです。

答えは、「本」や「講演」そのものには、ありません。

答えは、いつだって、あなたの「思考」の中にあるのです。

あなたが、今、手にとっているビジネス書は、あなたに何を問いかけてきますか?

立教大学 経営学部 教授

立教大学 経営学部 教授。経営学習研究所 代表理事、最高検察庁参与、NPO法人カタリバ理事など。博士(人間科学)。企業・組織における人材開発・組織開発を研究。単著に「職場学習論」「経営学習論」(東京大学出版会)、「駆け出しマネジャーの成長論」(中公新書ラクレ)「フィードバック入門」(PHP研究所)、「働く大人のための学びの教科書」(かんき出版)などがある。立教大学経営学部においては、リーダーシップ研究所・副所長、ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)の主査(統括責任者)をつとめる。

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