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「学習効果」は「学び始める前」に既に決まっている!?

中原淳立教大学 経営学部 教授

「学習効果」は「学び始める前」に既に決まっている

という文章を目にしたとしたら、少なくない人が、一瞬「おやっ」と思うはずです。

一般には「学習効果=学んだ効果」とは、「教室・研修室・ワークショップなどで学んではじめて生まれるので、学習効果は、その場のクオリティがすべて」と考えられていますね。

こうした認識に立ちますと、先ほどの文章「学び始める前に、すでに決まっている」とは、「おやおや、変だな」ということになります。

しかし、近年の学習研究(研修転移研究)の世界では、「学び始める前」の重要性がよく指摘されるようになってきています。「あらかじめ既に決まっている量」が「すべて」ではないにせよ、「学ぶこと」がなされる前から、勝負はすでに決まっているのです。むしろ、「事前に決まってしまっている量」が、我々の想像以上に、相当多いことも指摘されている。アタリマエといえば、アタリマエなのですが、以前よりも、そこに対する認識が高まりつつある、ということですね。

比喩的にいうと・・・

教室・研修室に来る前に、勝負は、始まっている

ということになります。

具体的にいいますと、

「どのような社会的属性やニーズをもった個人が、学びの現場に、どのような目的意識をもって望むのか」

「どういう知識をもった個人が、どのようなモティベーションをもって、学びの現場に望むのか」

といったような「学習者のレディネス」「学習者の社会的条件」によって、「学習効果が変わってしまう」ということです。

もちろん事前に決定してしまうのは「すべて」ではありません。しかし、少なくない量が、事前に影響を与えてしまうというのです。

従来の学習研究は、こうした「学習者のレディネス」「学習者の社会的条件」といった、いわゆる「学びの初期条件(Initial setting)」については、あまり十分な検証がなされていませんでした。

むしろ、それは「異ならない」ことを「前提」にして研究がなされる傾向がありました。いくつかの指標を用いて、学習者の統制を行い、後続する学習に影響を与える要因が「取り除かれたこと」ことを「前提」にして研究がなされました。

しかし、緩やかにではありますが、こうした動向も変わりつつあります。メインストリームは知ったことではないですが、少なくとも僕の注目している研究は、ここへの配慮が見られるようになってきています。

学習研究者が、街に出て、様々な実践的研究プロジェクトを主導するにつれ、あるいは、政策と連動した社会的プロジェクトに、学習研究者が参画しはじめるにつれ、また、学習のアカウンタビリティを示すことに対する世間のニーズがあがるにつれ、このことが、緩やかにですが、かわってきました。

主に、学習研究者がリサーチのフィールドにするのは、都市のプロジェクトであることが多いと思います。そして、そこには、多様な社会背景をひきずり、「文化の衣」をまとった、多種多様な人々がいます。ハイモティベーターもいれば、ローモティベーターもいる。

そうした人々に相対し、学びのあり方を考えるとき、「学びが起こる前」の条件について考慮に入れる必要が増してきたのだと思います。

経営学習研究としてみれば、研修などのフォーマルな教委機会の学習効果が、いかに「インフォーマルな職場環境」に左右されるかが近年指摘されるようになってきています。

少し考えてみればわかることですが、上記のような項目のの中には、「変えようと思えば、変えられるもの」と「なかなか変えられないもの」があることに気づかされます。

たとえば「学習者の目的意識を高める」とか「学習者のニーズを把握する」とかは、事前に、ある程度は行えることなのかもしれない。

あるいは、「学習者の知識レベルを一定まで高めておく」とかに関しても、介入・統制できないことではない。たとえば、「反転授業(The Flipped Classroom)」などを用いることも、その一計かもしれません。

一方、学習者の社会的属性や文化的背景といったものは、変えることはほぼ困難です。

世の中には

変えることができるもの

そして

変えることができないもの

があります。

そして概して

変えることができないものは

変えることができるものよりも

根が深く、影響は大きいものです。

しかし「変えることができないものの存在」を目にして、諦めてしまえば、それで「終わり」です。

スラムダンク風にいえば

「諦めれば、そこで試合終了」

です。

手持ちのリソースを勘案し、何をして、何ができぬかを考えることが大切になります。

ここに実践的智慧を蓄積したプロジェクトが待たれます。

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この記事はNAKAHARA-LAB.NET(2012年11月12日)再掲記事です。NAKAHARA-LAB.NETは、人材開発・人材育成に関する記事が毎日投稿される中原淳のブログです。Yahoo「個人」の方には、しばらくはNAKAHARA-LAB.NETの過去記事の中でアクセスが多かったものをのせていきます。

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立教大学 経営学部 教授

立教大学 経営学部 教授。経営学習研究所 代表理事、最高検察庁参与、NPO法人カタリバ理事など。博士(人間科学)。企業・組織における人材開発・組織開発を研究。単著に「職場学習論」「経営学習論」(東京大学出版会)、「駆け出しマネジャーの成長論」(中公新書ラクレ)「フィードバック入門」(PHP研究所)、「働く大人のための学びの教科書」(かんき出版)などがある。立教大学経営学部においては、リーダーシップ研究所・副所長、ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)の主査(統括責任者)をつとめる。

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