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研究者ー実務家との関係づくり: あんたが実践してやって見せてくれないか?

中原淳立教大学 経営学部 教授

人材開発 / 人材育成の研究を志して、早いもので10年が過ぎようとしています。

最初の船出は、ほとんど「遭難」、アタシは恋の難破船(古い)!?...のようなものでしたが、ようやく5年くらい前から研究成果らしきものが出せるようになり、ここ数年は(この記事は2013年11月26日に執筆されたものです)、毎年、単著の論文と書籍などを編めるようになってきました。まことにありがたいことです。何とかこのペースを維持していきたいと思います。

自分でいうのも何ですが、人材開発 / 人材育成の研究領域というのは、本当に「面白い」です。いや、マジで。どんなによく出来たフィクションよりも、リアルで、アクチュアルで、本当に面白い。心の底から、僕は自分の研究領域が好きです。

その面白さをあげつらえていけば枚挙に暇がないのですが、そのひとつに、この研究領域は、いつも「研究と実践が不即不離である」ということがあげられます(ただ、これが面白い!と感じるかどうかは、研究者によるでしょうね。他人におすすめすることはありません)。

「研究と実践が不即不離」にあるとは、また、いくつもの含意がここにはありますが、そのひとつは、「研究者の実践に対するスタンスが常に問われる」ということでもあります。

ひと言で申しますと、他の研究以上に「実践・実務とかかわること」「実践・実務の問いと向き合うこと」を社会的要請される場合が多い、ということです。

すなわち、研究者が、安定的に研究をしていくためには、いかにして、同じ目標を共有できる実践者の方と出会い、彼らと腹をわって話し合い、ともに何を為すのか、ということに、心を砕かなくてはならない、ということです。

そうでなければ、フィールドにもエントリーできませんし、データを頂戴させていただくこともできません。

人材開発 / 人材育成の現場は「研究室」ではないのです、それは「組織内部の現場」なのです。

従って、この領域の「研究者と実務家との関係づくり」は、もはや研究の外部に、副次的に存在するのではありません。それは研究の「内部」にあり、「研究そのもの」と不即不離に結びついているのです。

研究領域も多様ですので「一般論」を述べることをしませんが、少なくとも、僕の近くで起こっていることは、そのことが言えるようです。

「研究者と実務家の関係づくり」・・・僕が、そのことを本格的に痛感しはじめたのは、人材開発 / 人材育成の研究を、始めかけた頃でした。この頃、たくさんのことを僕は学ばせて頂きました。

その頃、僕は、ある企業の経営者が自ら講師をつとめる研修(私塾)に、参与観察をさせていただく機会を得ていたのですが、研修終了後、その経営者の方と研修改善のための議論していて、こんなひと言をいただいたことを、はっきり憶えています。

「先生、研修の感想を、ありがとう。先生の言うことは頭ではわかる。でも、オレは、まだ、イメージができないんだ。先生、御願いがあるんだけど、ちょっとだけでいい。先生が、研修を実践して、やって見せてくれないか?」

要するに、この経営者の方に僕は、僕自身が改善ポイントだと指摘したことを、僕自身が実践・実演して見せて欲しい、と依頼されたわけです。ここには

「あなたが、人材開発 / 人材育成のプロなら、頭で批評しているだけでなく、実践・実現できて当たり前である」

ということが前提にあります。

最初に断っておきたいのですが、この経営者の方は、意地悪でこう述べたのではありません。そうではなく、実践をよくしたいという強い思いをお持ちだったのです。

「イメージをつかみたい。あんたが、研修をやってみせてくれないか?」

まぁ、こう言われるのは当たり前といえば、当たり前なのです。経営者には時間がありません。

でも、僕は、一瞬だけ、たじろぎました。僕は「研究者」です。「実践をやってみせてほしい」と御願いされることは、それまでの僕には、一度もなかったからです。

しかし、「研究者だから」という理由で「できません」と口にすることは、僕の研究領域では難しいことが多いものです。もちろん、そのとき、僕はやりました。そして、その経営者の方にはご満足頂きましたし、主旨をご理解いただきました。

しかし、その出来事以来、僕は、自分の教授能力やファシリテーションの技術を学び、磨くことを試みました。いろんな講座にもでました。海外の研究者からも学びました。海外の実務家の会合にもでました。それは研究を為すために必要なことでした。

そういえば、こんなこともありました。

かなり前のことになりますが、僕が、ある事業会社と東大の共同研究で、人材育成に資する職場づくりの研究に従事していた頃のことです。

その企業の担当者の方とデータの受け渡しについて話していたとき、こんなひと言をもらったことを憶えています。

「うちの組織は、これまで自分たちは"特殊だ"といってきたんです。でも、本当にそうかは、わからないんです。だから、うちのデータを使ってください。他の企業のデータとあわせて使って、一般解を探して欲しい。そのうえで、一緒に、特殊解を考えてくれませんか?」

ふつうは、研究者が実践現場のデータをいただいて見出したいと思っていることは、おおよそ「一般解」です。しかし、「一般解を探すこと」を実現するためには、「特殊解を探すことに対する貢献」も同時に求められます。「一般解を見つけること」と「特殊解をともに探ること」、このように「メビウスの輪」のようにつながっています。

話が長くなりました。しかし、要点は、このようないくつかの出来事があり、僕は、自分の志す研究が、実践や実践現場と不即不離にあることを痛感するようになっていったということです。

特に、僕には「継承するべき知的地盤」がありません。自分の「知的探求のベンチャーっぷり」は、自分自身がよく理解しているつもりです。

そういう自分であるからなおさら、この研究領域で、研究を続けていくためには、「実務や実践といかに付き合うか」と真摯に向き合うことが必要なんだ、と思うようになりました。研究を安定的に続けていくために、この問いに向き合うことが不可欠なんだ、と悟りました。

今日は「研究と実務(実践)の関係」について書きました。

もちろん、僕が上記に掲げるような研究のあり方は、僕の「特殊解」であり、これを研究者の「一般解」とすることは致しません。

ただ、最近、こうした「僕自身の経験」や「研究の裏側」も、後世に伝えていかなくてはならないな、と感じています。最近、研究室の学生が、大学などに職を得たり、博士号取得にチャレンジしていたりしているので、なおさらそう思うようになってきているのかもしれません。

(こののち、中原研究室に所属する2名の学生に博士号を出すことができました。めでたいことです)

今まで、こういう「研究の裏側」のことは、僕だけが密かに取り組み、学生にはあまり見せないようにしてきました。大学院生には、研究の裏側で、どのような交渉や打ち合わせがなされているのかを、敢えて見せてきませんでした。今から考えてみれば、それもよくなかったのかな、とも思っています。

ただ、これから伝えるにしても、どう伝えればよいのか、僕自身、よくわかっていないのですが。。。

そして問いは続く。

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この記事はNAKAHARA-LAB.NET(2013年11月26日)再掲記事です。NAKAHARA-LAB.NETは、人材開発・人材育成に関する記事が毎日投稿される中原淳のブログです。Yahoo「個人」の方には、しばらくはNAKAHARA-LAB.NETの過去記事の中でアクセスが多かったものをのせていきます。

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立教大学 経営学部 教授

立教大学 経営学部 教授。経営学習研究所 代表理事、最高検察庁参与、NPO法人カタリバ理事など。博士(人間科学)。企業・組織における人材開発・組織開発を研究。単著に「職場学習論」「経営学習論」(東京大学出版会)、「駆け出しマネジャーの成長論」(中公新書ラクレ)「フィードバック入門」(PHP研究所)、「働く大人のための学びの教科書」(かんき出版)などがある。立教大学経営学部においては、リーダーシップ研究所・副所長、ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)の主査(統括責任者)をつとめる。

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