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「マネジャーの管理能力」を「オフィス」で知る!? 、「先生の力量」を「子どもの絵」で見る!?

中原淳立教大学 経営学部 教授

学習研究の専門用語ですが、脱中心化方略(decentering strategy)という言葉があります(高木 1996)。

脱中心化方略とは、

人間の学習の様子をとらえるために、学習者の「個人的資質」や、彼/彼女が持っている「知識」にフォーカスをあてるのではなく、「学習者を取り巻く様々な状況の変化」を、丁寧に見て、それを記述していこうとするアプローチです。

誤解を恐れず、ひと言でいうと、「人間の学習」を「知識の蓄積」「個人的資質の変化」と見ずに、「学習者をとりまく世界の関係の変化」と考えることだと思います。「個を見ない、個をとりまく環境を見る」とも言えるかもしれません。

この言葉に僕が出会ったのは、まだ学部生の頃でしたが、かなり記憶に残っている言葉です。

当時、高木光太郎先生は僕が所属していたコースの助教さんをなさっていたと記憶しています。その節は大変お世話になりました。

一見、「個人のもの」と考えられがちな学習を、敢えて、そうは見ない。むしろ「個人を取り巻く環境の変化」とみる。そのように世の中をみると、なかなか面白いことに気づかされるな、と当時から、ほほーと思っていました。

これに「ゆるく」関連して(笑)、先日、ある小学校をお邪魔した際、校長先生と放課後の教室を歩いていて、面白いことを聞きました。

その校長先生は、とても先進的な考え方をお持ちで、自らが「サーバントリーダー」のように振る舞い、中堅教員、若手教員の方々を巻き込んだ「学習する組織」づくりに尽力なさっている方です(また機会をみてご紹介させていただきたいと思います)。

その先生曰く、

「先生に力があるかどうかは、教室に飾ってある子どもの絵を見れば、わかるものです。同じ単元で、同じ絵を描かせていても、どの程度、子どもの絵にバラエティがあるか、どのような色使いをしているか、何を中心に描かさせているか、といったほんの些細なことによって、先生が、どのような問いかけを子どもにしているか、わかるのです」

「子どもの絵にバラエティがあるということは、先生が、きちんと、子どもに問いかけている証拠です。どんな思いでこの色にしたの? 結局、絵というのは、コミュニケーションなのです。(中略)色使いが荒れてくるということは、クラスに何かがあることが多い(中略)同じ構図であるということは、子どもに先生が考えさせることなく、誰かが書いた構図を他の子どもがマネしている証拠です」

ICレコーダーをもっていたわけではないので、一字一句正確ではありませんが、そのようなご主旨のことを、校長先生がおっしゃっていたことがとても印象的でした。

というのも、以前、ある会社の経営者の方とお会いして、同じようなことをっしゃっていたのです。こちらも一字一句同じではないですが、そのような趣旨でした。

「マネジャーの力量は、部下の机やオフィスに現れるものです。マネジャーが本当はどういう仕事をしているか、どの程度力量があるかは、経営者の僕が、社員に問いただしても、誰も本当のことを言ってくれない。だから、僕は、朝一番早く来て、毎日のようにオフィスに行って、ひとりひとりの机をみる。机の上のメモはどの程度あるか、デスクトップにあるポストイットの数はどうか。掲示物はきちんと貼られているかどうか。ゴミはすてられているかどうか。そういうディテールに、マネジャーの力量や人間性がでる」

今日のお話は、ぴったりと「脱中心化方略」にあてはまる話ではないかもしれません(ごめんなさい・・・インスピレーションをふくらまして読んで下さい)。

しかし、この校長先生や経営者の方が、教員やマネジャーを「見つめるとき」に、「当の本人」を見るのではなく、「子どもの絵」やそこにあらわれる「モティーフ」、そして「部下の机」やオフィスの掲示物、人工物を見ているのは、非常に面白いと思いました。もちろん、それが「真実」なのかどうかはわかりません。しかし、そのような「目」を実践の蓄積の果てに獲得なさったというのが面白いと思います。

また、校長先生や経営者の方が、「脱中心化方略」といった概念を、たとえ、ご存じないのだとしても、「現場の感覚」でそのような「目」をお持ちであることに、「実践知のすばらしさ」を感じます。

「個人の力量・資質」をおしはかるには「個人」を見ない

むしろ

「個人を取り巻く周囲の環境」を見る

脱中心方略的な「目」で、あなたの周囲を見回すと、見えてくるものがありませんか?

あなたのオフィス、机はどうですか?

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この記事はNAKAHARA-LAB.NET(2012年10月12日)再掲記事です。NAKAHARA-LAB.NETは、人材開発・人材育成に関する記事が毎日投稿される中原淳のブログです。Yahoo「個人」の方には、しばらくはNAKAHARA-LAB.NETの過去記事の中でアクセスが多かったものをのせていきます。

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立教大学 経営学部 教授

立教大学 経営学部 教授。経営学習研究所 代表理事、最高検察庁参与、NPO法人カタリバ理事など。博士(人間科学)。企業・組織における人材開発・組織開発を研究。単著に「職場学習論」「経営学習論」(東京大学出版会)、「駆け出しマネジャーの成長論」(中公新書ラクレ)「フィードバック入門」(PHP研究所)、「働く大人のための学びの教科書」(かんき出版)などがある。立教大学経営学部においては、リーダーシップ研究所・副所長、ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)の主査(統括責任者)をつとめる。

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