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「聞くこと」とは「能動的に受けとめること」である!?

中原淳立教大学 経営学部 教授
(写真:アフロ)

現代社会は「前のめりであること」を人々に求めます。

なるべく早く、なるべく大きな成果をだして。

人より早く、ただちに出して。

このことを哲学者の鷲田清一先生は、下記のように論じました。

現代は、社会も企業も学校も、あらゆる活動が「前のめり」です。そこあるのは「Pro(前)」という概念です。

たとえば、会社の業務について考えてみると、あちこちに「Pro」がついていませんか。

プロジェクト(Project)を立ち上げる、そのために利益(Profit)見込み(Prospect)を確認する。

見込みがついたらプログラム(Program)づくりに入り、計画書ができたら生産(Production)体制を整えて、販促(Promotion)する。そして、進歩(Progress)の度合いで、昇進(Promotion)が決まる。

(鷲田 2009 in DBHR 超MBAの思考法より引用)

鷲田先生のこの指摘は非常に示唆にとみます。

たしかに、わたしたちの社会・組織は、「Pro(前のめり)」にあふれている。

そして、そのような社会や組織が「前のめりであること」を人々に要請すればするほど、今を生きる人々は、あることが苦手になることが多いものです。そのひとつが「人の話をじっくり聞く」ということでしょう。

私たちは「人の話を聞くこと」の重要性を、「頭」ではわかっていても、なかなか聞けません。

少しでも早く動き、成果を出そうとする。

そんなとき、「人の話を聴く」という行為が「かったるくて」「ぬるいもの」とされ、犠牲にされがちです。

このクソ忙しいときに、人の話なんて、聞いてられっかよ!

「聞くこと」の重要性については、これまでにも多くの研究知見や書籍が出されていますが、今日は3つの書籍を紹介しましょう。

まず第一に紹介させていただくのは、冒頭に紹介させていただいた鷲田清一さんの書籍「聴くことの力」です。

臨床哲学を標榜する鷲田清一先生が、ご著書「聴くことの力」の中で、こんな有名な事例をだされています(鷲田 1999)。

場面は、末期医療の研究者による質問紙調査の質問項目でした。

あるガン患者が、

わたしは、もうだめなのではないでしょうか?

とあなたに語りかけてきます。

あなたなら、何と答えるだろうでしょうか。

1.「そんなこといわないで、もっと頑張りなさいよ」と励ます

2.「そんなこと心配しないでいいんですよ」と答える

3.「どうしてそんな気持ちになるのと聞き返す」

4.「これだけ痛みがあるとそんな気にもなるよね」と同情を示す

5.「もうだめなんだ・・・と、そんな気がするんですね」とかえす

さて、上記の質問に対する、あなたの答えはどれでしょうか。

調査の結果、精神科医をのぞく医者、および医学生は1を選ぶひとが多かったそうです。

看護師の場合は3。

精神科医が選んだのは5だったそうです。

皆さんは、いかがでしょうか?

僕ならば、たぶん「2」を選んでしまうような気がする。

言うまでもなく、5は、患者の語りかけに対して何も「答えていません」。1のように「励ます」わけではなく、2のように「示唆」を与えるわけでもありません。また3のように「理由」を問うわけでもないですし、4のように「同情」を示すのでもないのです。ただ単に「受けとめる」だけなのです。

受け止める、かぁ・・・もう、おわかりですね。

「聞くこと」は「受け止めること」なのです。

なかなかできないなぁ。

僕は、たぶん「示唆」を与えてしまうな。

皆さんはいかがですか?

一般に聞くことは「受動的な行為」あるいは「受け身の行為」とみなされがちです。

しかし、「受け止める」という、その行為は、能動的にそれをしようと考えないと、人は、その構えはとれません。

このように聞くことは、一見「受け身な行為」でいて、それは間違っています。聞くことは、人が「能動的に担う」必要があるのです。

かつて、社会学者のアーヴィング・ゴフマンは、「聴くこと」を「積極的な自己呈示」であると位置づけました。

つまり、「わたしは受け身の立場で聴いている」という自己の役割を他者に対して、積極的に呈示していくことが、「聴くこと」の本質であるということです。

うーん、聴くことは難しい。

あなたは、能動的、かつ、積極的に「聞くこと」を行為していますか?

ふたつめの書籍は「オーラルヒストリーの理論と実践―人文・社会科学を学ぶすべての人のために」という研究書です。

オーラルヒストリーの研究方法論である「インタビュー」について、インタビューの技法、法的な問題・倫理のクリア、インタビューにおける対人関係のつくりかた、など、様々な観点から、基本を論じています。インタビューに出かける前には、少し目を通しておきたい書籍のように感じました。

印象的だったのは、英国の社会学者・アン=オークレが語ったとされる、下記の一文です

「インタビューは、結婚とよく似ている。

それが何であるかは、

誰もが知っていて、

実に多くの人が経験しているにもかかわらず、

閉ざされたドアの向こうには"秘密の世界"が存在する」

"秘密の世界"がつい知りたくなりますね。

最後にご紹介したいのは、阿川佐和子さんの「聞く力」です。こちらはベストセラーになった本なので、読まれた方も多いかと思います。

こちらは、先ほどの書籍とは、打って変わって、わかりやすい一般書です。この本のことは、カミサンから教えてもらいました。「聴くこと」があまりに苦手な小生に、それとなく「示唆」を与えようとしたのかもしれませんね。えらい、間接的な説教やなぁ。

「聞く力」は週刊文春において、1000人近い人々にインタビューの記事を書き続けてきた、阿川佐和子さんが、インタビューに答えてくれた著名人のエピソードをまじえ、インタビュー・聴くことの極意をつづっておられます。

阿川さんといえば、名エッセイスト。語り口は優しく、自然体のインタビュー論のように読めました。阿川さんがインタビューを行っている著名人の方々の個性が強く、エピソードも愉しく読むことができました。

かくして、今日は「聴くこと」の重要性について論じました。

ぜひこの3連休、もしお暇でしたら、聞くことの書籍について読書なさるのも一計ではないでしょうか。

嗚呼、そういえば、小生は、昔「生へんじゃー(生返事をする人=聞けない人)」と揶揄されていたことを思い出しました。

嗚呼、聞くことって難しい。

そして人生はつづく

(本記事は、中原の個人ブログ「NAKAHARA-LAB.NET」の2012年3月27日の記事に、加筆・修正を行ったものです)

立教大学 経営学部 教授

立教大学 経営学部 教授。経営学習研究所 代表理事、最高検察庁参与、NPO法人カタリバ理事など。博士(人間科学)。企業・組織における人材開発・組織開発を研究。単著に「職場学習論」「経営学習論」(東京大学出版会)、「駆け出しマネジャーの成長論」(中公新書ラクレ)「フィードバック入門」(PHP研究所)、「働く大人のための学びの教科書」(かんき出版)などがある。立教大学経営学部においては、リーダーシップ研究所・副所長、ビジネスリーダーシッププログラム(BLP)の主査(統括責任者)をつとめる。

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