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今こそ見てほしい、朝鮮半島の分断を描いた韓国ドラマ

中島恵ジャーナリスト

北朝鮮情勢を巡り、周辺諸国や米国では緊張状態が続いています。これだけ世界が狭くなった今でさえ、北朝鮮について角度の高い情報を得るのは難しいこと。近くて遠い国だということをつくづく実感させられます。

私自身は3年前、中朝国境にある延辺朝鮮族自治州を旅したとき、図們江の向こう側にある北朝鮮の村々をしげしげと眺めたことがありました。山は禿げ、緑がほとんどない閑散とした村で、数人の村人が農作業している姿や自転車に乗る姿が、すぐそこに見えたことをよく覚えています。

北朝鮮の挑発が今後、どのような展開を迎えるのか予断を許さない状況ですが、北朝鮮があのような国になってしまった歴史には、日本も無関係ではありません。私は数年前に『ソウル1945』という韓国ドラマを見たことがあり、大きな衝撃を受けました。朝鮮戦争を描いたドラマなのですが、日本が朝鮮半島をどのように植民地統治していたか、朝鮮戦争がどのように始まり、どのように休戦したのかについて、このドラマで初めて知ったのです。

今日は、2010年にある専門誌に書いた記事「『ソウル1945』で知った分断の歴史と人々の悲しみ」を抜粋・一部修正してお届けします。日本人にとって北朝鮮問題は他人事ではないということ。そして、分断の歴史は日本人も知っておかなくてはいけないことだと思います。(以下、記事です)

朝鮮戦争を描いた感動的ドラマ

私は2003年に『冬のソナタ』がNHKで放送されて以来、韓国ドラマにはまっていたのだが、恋愛ドラマや歴史ドラマを見ていても、よくわからない点があった。

それは現在の韓国、そして韓国人を形成する上で大きな転換点となった韓国併合、そして朝鮮戦争の存在が、私の中ですっぽりと抜け落ちていたからだった。1967年生まれの私にとって、学校の教科書で学ぶ現代史はほんの数行しか触れられていない部分。このドラマで現代史の出発点を学ぶことによって、自分なりに軸を構築し、朝鮮半島史の道筋が少し見えてくるのではないかと考えた。

『ソウル1945』は1945年を中心に、日本の植民地時代後期の1940年から朝鮮戦争休戦の1953年までの朝鮮半島を描いた全71話の大河ドラマだ。主人公は現在の北朝鮮・ハムンに住むチェ・ウンヒョクとキム・へギョン。この2人とその家族を中心に、親日派や地主一家、彼らを取り巻く友人や実在の政治家たちが描かれている。

舞台となっているのはハムンからレニングラード(現サンクトペテルブルグ)、ソウル、平壌、そして日本まで。朝鮮戦争を米ソ対立という大国の視点で描くのではなく、朝鮮半島に住む、市井の人々の喜びや苦悩といった日常生活から描いた稀有な作品だといえる。

ドラマのキーワードとなっているのは「ひとつの祖国」。そして社会主義と資本主義という「2つの理念」だ。中心となるのは植民地解放から混乱期と朝鮮戦争であり、入り乱れる政治活動である。植民地解放は市民にとって喜びだったが、同時に北ではソ連軍の進駐が始まり、南でも混乱が続いた。この時期の細かい出来事、ましてや市民がどのように感じ、どう行動したかについては複雑で、これまでドラマや映画で描かれることはあまりなかった。しかし、同作品は、長いドラマ構成の中で、主人公と家族、友人の意見が左右に分かれ、対立する構図がしっかりと描かれている。

結果的に家族も友人も分断され、裏切り、ののりし合っていくのだが、そこには植民地時代から続く貧富や身分の格差がくっきりと表れている。親日派と言われた人々が反共、親米へと傾いていく惨めな姿も描かれている。親日派の問題は現在まで続くものとして、韓国社会に留まっており、植民地支配をした側の人間として、考えさせられる場面も多い。

また、ドラマでは主人公自身が政治活動をする設定になっている。ハムン一の秀才といわれ、京城帝大法学部で学んだウンヒョクは、朝鮮建国準備委員会を作った実在の人物、呂運亨(ヨ・ウニョン=穏健左派の独立運動家)を支持し、政治活動に進んでいく。なんとか政治運動から身を引いてほしいと願う恋人ヘギョンだが、ヨが暗殺されたあと、ウンヒョクは38度線を超えて北へと行ってしまう。

厳しく管理された現在の38度線からは想像もできないほど、のどかな境界線をひとり越えていくウンヒョク。その姿を必死で追いかけるヘギョンの姿に私は胸を打たれた。戦時であれ、平凡な愛に生きたいと願う女性の気持ちが表れていて、思わず涙がこぼれてしまったのだ。

描いているのは南北に生きる普通の人々

2人には実在のモデルがいたという説があるが、この時代に生まれたがゆえに、ウンヒョクのように個人の幸せよりも国家の統一や平和を優先させ、人生を犠牲にした名もない人々が大勢いた。それはもちろん、北朝鮮でも同じことである。

製作者は北も南も美化していない。北の中でも複数の対立意見があり、南も一枚岩ではなかった。結局、分断国家となってしまったが、どちらにいっても理想と現実の間で悩み、やりきれない思いを胸に、その後の人生を歩むしかなかった。そのやり場のない悲しみが、最終話が近づくにつれ、ずんずんと胸に迫ってくる。

ドラマでは主人公の人間性を深く掘り下げるだけでなく、史実も重視しており、李承晩(イ・スンマン)、朴憲永(パク・ホニョン)、金九(キム・グ)、金日成(キム・イルソン)など歴史上の人物も登場する。系統立てて理解しやすいよう、ナレーションと当時の記録映像を使って、要所に解説を入れる工夫がなされている。

あれから60年が経った。南北の格差がここまで広がるとは当時の関係者は誰も想像しなかっただろう。一時は北のほうが韓国を上回る経済力を持っていたこともあったのだ。節目の年にぜひ多くの人に見てほしいドラマのひとつである。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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