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韓国の「包む」文化と日本の「結ぶ」文化

中島恵ジャーナリスト
韓国のポジャギで作ったカーテン

唐突ですが、韓国の「ポジャギ」(褓子器)という文化をご存知でしょうか? 

ポジャギとは韓国語で「ものを包んだり覆ったりする布」という意味で、日本でいえば「ふろしき」に当たるものです。つぎはぎの色のコントラストが美しいので、日本の雑誌では「韓国のパッチワーク」などと紹介されています。ソウルの繁華街にあるレストランやカフェでタペストリーとして飾られていたり、お土産としても売られているので、「名前は知らなかったけれど見たことがある」という日本人も最近では多いのではないかと思います。

私は東アジアの社会情勢などを取材するジャーナリスト稼業のかたわらで、10年ほど前から「文化としてのポジャギ」を独自に研究するようになり、2009年に『ポジャギ 韓国の包む文化』(白水社)という本を上梓しました。

ポジャギで作った現代のお膳かけ
ポジャギで作った現代のお膳かけ

ポジャギは朝鮮半島で1500年ほどの歴史を持ち、高句麗の壁画にも描かれているという伝統的な布。その布を「手芸」としてではなく、「文化」として調べていくうちに、どんどん魅力にはまっていきました。朝鮮半島は寒いので、かつて部屋は狭く作られました。部屋が狭いので家具はほとんど置けず、その代わり畳んだ布団や身の回りのものはポジャギに包んで整理したり、壁に掛けたりして生活していました。日本も韓国も床に座る文化という共通点がありますが、韓国ではそうした理由によりポジャギが発達したといわれています。

韓国にたくさんある「包む料理」

朝鮮王朝時代になると政権の安定とともにさらに発達しました。韓国時代劇を注意深く見ていると、数々の美しいポジャギを目にすることができます。また、王宮だけでなく庶民の間でもさかんに作られ愛用されてきましたが、朝鮮戦争など国内の混乱により消滅の危機に遭いました。現在はおばあちゃんが作った古いポジャギというのは、家庭内にほとんど残っていないようです。韓国でポジャギが手芸として復活し、文化として認められるようになったのは、この10~15年ほどのこと。日本でもカルチャーセンターの「ポジャギ教室」に通う人も増えていて、韓流ブームも追い風となって、東京・新大久保でも見かけることがあり、かなりメジャーなものになってきました。

しかし、私が着目したのは「包む文化」という点についてです。考えてみると、韓国には「包む料理」がたくさんあります。韓国の焼き肉は必ずサニーレタスやサンチュに「包んで」食べますし、刺身やキムチ、ご飯など数種類の料理を葉物に包んで食べる「サムパプ」という料理もあります。「サムパプ」のサムとは「包む」、パプは「ご飯」という意味です。「ポッサムキムチ」も有名です。「ポッ」は韓国語で「福」と同音でポジャギの「ポ」。「ポッサム」は「福を包む」となり、「ポッサムキムチ」はおめでたい料理です。

韓国ではお刺身も“包んで”食べることが多い
韓国ではお刺身も“包んで”食べることが多い

韓国の宮廷料理、韓定食のメニューにある九折坂(クジョルパン)も料理をクレープで包んで食べる料理ですし、「ミルサム」という春巻きのような料理もあります。中国から伝わったといわれる饅頭(マンドゥ)は餃子のこと。そのほか、韓国では料理以外で「サム=包む」を使った単語がいくつもあります。

日本から北朝鮮に連れ去られた拉致被害者たちも、帰国後の会見などで「袋に包むようにして連れ去られた」と証言していましたが、韓国の時代劇などを見ていても、頭から白い布袋にすっぽり入れて連れ去られるシーンを何度も見たことがあります。日本では人を連れ去るときに「袋に包む」という方法は聞いたことがありませんが、もしかしたら「包む」手法は朝鮮半島独特のものなのだろうか?と考えてしまいました。

朝鮮半島と陸続きの中国にも「包む」料理はたくさんあります。代表的なものは、やはりギョウザ。北京ダックも春巻きも包む料理です。

日本は「結ぶ」文化

一方で、日本で思い浮かぶ料理は?というとおにぎりが挙げられます。しかし、おにぎりは「包む」というより「巻く」または「結ぶ」料理といえるのではないでしょうか。「ご飯を海苔で巻いて食べる」とか「おにぎりを結ぶ」という表現のほうが自然です。地域によって「おにぎり」ではなく「おむすび」と呼ぶことも多いですね。

「おむすび」という言葉の語源は日本神話の「神皇産霊神」からきているといわれ「神事に用いられるのがおむすび(御結び)」、食用が「おにぎり」と区別している地域もあるそうです。一説には東日本と西日本で呼び方が違うとも聞いたことがあります。日本人の産霊信仰を論じた折口信夫も、水をすくうことを「水をむすぶ」と表現し、「むすび」とは水の中の霊魂を体に入れて培うことだとしていました。

考えてみれば、日本には、しめ縄や慶弔袋の水引き、組みひもなど「結ぶ文化」が多いと感じます。「息子」や「娘」という単語も「結ぶ」という言葉に関係していると聞いたことがありますが、やはり日本は「結ぶ文化」、韓国は「包む文化」なのではないかと思います。

同じ東アジアでふろしき文化を持ち、床に座って生活していた国、韓国と日本ですが、似ているようで似ていないところがおもしろみであり、特徴だと思います。お互いに違いを批判するのではなく、認め合い、尊重し合えるようになるといいですね。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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