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進む中国人の食の多様化 中国人が中華料理以外も食べるようになった(?)

中島恵ジャーナリスト
上海の中華料理。おしゃれなスポットで値段も張るが、常に顧客で満席だ

取材でときどき北京や上海を訪れるが、最近強く感じるのは都市部の異常なまでの物価の高さ、そして食事の多様化が以前よりさらに進んでいるという現象だ。元安・円高な上、中国人の所得も急上昇しているので仕方がないが、日本の物価と比較すると、交通費以外、ほとんどすべてが「高い!」と感じる。だから、日本の友人から「中国では何でも安いんでしょ?」と聞かれると、ついムッとしてしまう。中国=安い、というのは日本人が引きずっている過去の幻想だ。

むろん、食事の料金もハイスピードで上昇しているのだが、不思議なのは、ものすごく高級な中華レストランでも、若いカップルや家族連れなどで賑わっていることである。正確にいうと「ものすごく」高いレストランには自分はいけないので、実体験でいえば、「そこそこ」の価格帯のところ、ということになるが、2人で600元(約1万円)くらいするレストランでもけっこう混雑していて、びっくりするのだ。

話題の新しいショッピングセンター内にあるレストランはどこもおしゃれで、かつ、味も非常に洗練されていて、「やっぱり中国で食べる中華料理は最高だな」と思うが、最近では、中華料理だけでなく、さまざまなジャンルのレストランがあり、美味しいところはどこも人気を博していることに驚かされる。

こう書くと、「何をいまさら? そんなこと当たり前じゃない」と思う人もいるかもしれない。

これまでも富裕層の中国人はワインを片手にフランス料理などを食べていた。以前からフレンチやイタリアン、日本料理の生モノも平気で食べていた、という人も、たまにはいるだろう。そりゃ、中国人だって、いろいろなものを食べるに違いない。しかし、特権階級を除いて、ほとんどの中国人には、これまでそういう経験はなかった。経済的に豊かになったのはここ10年ほどのことだからだ。基本的に、これまでの食事は中華料理オンリーだった。それが安いか、高いか。あるいは、家で食べるか、レストランで食べるか、北京料理か、広東料理か、上海料理か、などジャンルの違いしかなかった。

日系の居酒屋も安くはないのに人気がある
日系の居酒屋も安くはないのに人気がある

中国人だけが例外ではない。日本人ほど世界中の料理を食べている民族は他にいないのだ。取材で中国の若者を中華以外のちょっと珍しい料理に連れていっても、残念ながらあまり食が進まなかったという経験は、これまでに何度もあった。個人的な感想をいえば、中国人はなんだかんだいって、やっぱり中華料理がいちばん好きなんだな、と思ってきた。

人気があるのは日本のカレーライスや家庭料理

ところが、昨今はそうでもなくなってきた。フレンチ、イタリアン、ロシア料理、日本料理、韓国料理、タイ料理など、実にさまざまなジャンルのレストランができていて、味もかなり本格派で人気があるのだ。これらは中国人の食文化には、そもそも存在しなかったものだ。上海に限った話をすると、やはり目につくのは日本料理だ。成功している店の多くは、顧客の中心が中国人であり、日本人ではない。そういう点を見ても、中国人の食の多様化は進んでいると痛感する。

2010年のジェトロの調査によると、上海市だけで日本料理店は約1400店あった。現在の店舗数は不明だが、ぐるなび海外版のホームページから上海の「日本・アジア料理」部分を見ると2800店ある。推測すると、約3000店ほどはあると考えていいだろう。

アジアの中ではダントツといっていいほど多い日本料理店だが、日本人がイメージするさしみや天ぷらなどの和食だけでなく、最近人気があるのは日本のカレーライスだ。ハウス食品が中国で現地生産し、大成功を収めているというニュースは目にしたことがあるが、確かに日系に限らず、上海のあちこちにカレーの店があり、しかも繁盛している。

CoCo壱番屋のメニュー
CoCo壱番屋のメニュー

私が出かけたのは地下鉄「静安寺」駅に直結している久光百貨店地下にある「CoCo壱番屋」。言わずと知れた日系のカレーチェーンだが、昼の12時前に行ったとき、すでに満席に近く、ようやくカウンター席に座ることができた。カラ―でファミレス風なメニューは日本の店舗そっくり。私が食べたのはチキン煮込みカレーの単品で33元(約600円)。味は日本と同じように感じた。ご飯の量や辛さが選べるのも日本と同じだ。他のメニューを見ても、だいたい30~40元程度で、日本とそれほど値段は変わらないが、店内はビジネスマンやOL、子ども連れの家族などでいっぱいだった。

食品売り場にあるバーモントカレー。日曜の夕方だったせいか飛ぶように売れていた。
食品売り場にあるバーモントカレー。日曜の夕方だったせいか飛ぶように売れていた。

カレーが根づくきっかけはハウス食品「バーモントカレー(中国語でバーモントは百夢多と書く)」の成功がある。新聞報道によると、今年、同社の中国でのカレールーなどの売上高は前年比30%増で、05年に現地生産を開始して以来、快進撃を続けているという。私は同じ久光百貨店の地下にある食品売り場に行ってみたが、ここでもバーモントカレーのルーは山積みされていた。価格は36・2元(約650円)。家庭で食べることを考えたら安いとはいえないが、売上げナンバーワンというポップが表示されていて、私が写真を撮っている間にも、数個売れていた。

中山公園食堂。地元のビジネスマンが多い。
中山公園食堂。地元のビジネスマンが多い。

ほかにも手頃な日本料理店の人気は高い。たとえば、地下鉄「中山公園駅」のすぐ近くにある「中山公園食堂」も中国人客でごった返している。日本の飲食チェーンが2012年8月に出店した店舗。店内はカフェテリア形式で、卵焼き、さばの塩焼き、コロッケ、サラダなど、好きな小皿料理を自分でトレイに取っていき、最後にお金を払うシステム。顧客の8~9割が中国人で、スタッフも全員中国人だ。さしみや天ぷら以外の日本のふつうの家庭料理が中国人に受け入れられるとは思わなかったが、この現象を見て、やはり中国人の嗜好はものすごいスピードで変化しているのだな、と感じた。

メニューは家庭料理が中心。
メニューは家庭料理が中心。

今後、どんなジャンルの、どんな料理のレストランが中国で受け入れられ、成功を収めるのだろうか。どんどん舌がこえていっている中国人は日本の美味しいお店情報もたくさん持っており、日本観光に来たときに「知る人ぞ知る」隠れ家レストランにわざわざ食べに行っているらしい。

「おいしいもの」に目覚めた中国人の欲求はとどまるところを知らない。日本の外食産業にとっては追い風かもしれないが、その勢いは、猛烈な物価高と同じく、日本人の想像をはるかに超えているのではないか、と感じている。

ジャーナリスト

なかじま・けい ジャーナリスト。著書は最新刊から順に「中国人が日本を買う理由」「いま中国人は中国をこう見る」(日経プレミアシリーズ)、「中国人のお金の使い道」(PHP研究所)、「中国人は見ている。」、「日本の『中国人』社会」、「なぜ中国人は財布を持たないのか」「中国人の誤解 日本人の誤解」、「中国人エリートは日本人をこう見る」(以上、日経プレミア)、「なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?」、「中国人エリートは日本をめざす」(以上、中央公論新社)、「『爆買い』後、彼らはどこに向かうのか」、「中国人富裕層はなぜ『日本の老舗』が好きなのか」(以上、プレジデント社)など多数。主に中国などを取材。

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