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3世代同居は子育て世代を救うか 誰も言わない「実母との確執」問題

中野円佳東京大学特任助教
自分の親との3世代同居ですら、躊躇する女性は多い(写真:アフロ)

「夫の親と同居」なら結婚したくない

政府が「一億総活躍」を掲げ、希望出生率1.8%達成のための施策として出てきた「3世代同居」への支援。この政策の効果について、疑問視する声があがっています。ここでは女性たちのホンネから見えてくる「3世代同居」の難しさについて触れたいと思います。

明治大学の加藤彰彦教授は、政府の意見交換会に「伝統的拡大家族が出生率向上につながる」とする見解(資料)を提示しました。これに対し、山口一男・シカゴ大教授が、「夫の親との同居」が第2子目、3子目の出生率を高めるとする加藤氏の元データは「夫の親との同居の場合、妻の希望以上に、出産を促される家庭の規範環境がある」からではないかという解釈(記事)を展開するなど、波紋が広がっています。

確かに、嫁姑間の確執は古くから語られる問題。夫の親との同居と出生率の相関は舅姑からのプレッシャーなど女性たちの「我慢」を前提している可能性があります。3世代同居支援の動きに対して、女性からは「義理の両親との同居が前提なら、出産どころか結婚したくなくなる」などの反発が出ています。

では、仕事と育児を両立するうえで「最強」に見える、妻の親との同居はどうでしょうか。実は、実家での同居にも、女性から見た難点はあります。

「妻の親と同居」で母娘関係が悪化?

結婚したての新聞記者時代、取材先の30代男性に、共働きで仕事と育児の両立をどう実現しているのかを質問したことがあります。その人が「うちは妻の実家と2世帯住宅で…」と言うので「それはいいですね。奥さんのご両親と住んでいてやりにくいことはありませんか?」と聞くと、彼は言いました。

「僕はやりにくさを感じたことはないし、自分で言うのもナンですが僕と妻のご両親の関係は極めて良好なんですよ。でも一番険悪なのは誰と誰だか分かりますか?…妻と彼女の母親なんですよ」。そのときは、「フーン、そうなんだ」としか思わなかったこの発言。後々、このような母娘関係の悪化は、「妻の実家との3世代同居」で度々発生していることが分かってきました。

拙著『「育休世代」のジレンマ』でも触れていますが、特に今の子育て世代の女性と実母との子育てをめぐる「すれ違い」は、たまたま娘たちが親不孝娘だったり、祖父母世代が分からず屋だったりするのではなく、構造的に起こるものと感じています。 

世代間の構造的「すれ違い」

現在の30代前後の子育て世代は、専業主婦の母が手をかけて育て上げてきた割合が高い世代。私がインタビューしている主に都市部のキャリア女性に顕著ですが、階層が固定化され家庭教育が大きな役割を果たす日本で、いま経済的自立を確保している女性はその地位達成が専業主婦の母親による「成果」である可能性があります。

そうすると、祖父母世代としては自分たちが実現できなかった「働き続ける」娘が誇らしい一方、自分たちがやってきた「丁寧な家事・育児・教育」を孫にも提供してほしいと思ってしまう。仕事に奔走している娘に、ついつい「子供が可哀想」と言って罪悪感を煽ってしまったり、しつけや教育方針で持論を展開してハードルを上げてしまったりします。

娘たちも、母の育児・教育方針を頭ごなしに否定すれば自己否定になるので、全く耳を貸さないというわけにはいきません。ところが時代も変わる中で、働きながら専業主婦と同じ水準の家事・育児・教育を求められれば苦しくなってしまう――。

昨年11月にNHKの日曜討論で、大日向雅美・恵泉女学園大学教授は「3世代同居は諸刃の剣。子育て世代の育児プレッシャー、育児ストレスの大半は祖父母の過干渉や教育方針の違いからくる。祖父母の人生設計を狂わせてしまう面もある」という趣旨の発言をされていました。

女性の社会進出が過渡期であるゆえの世代間ギャップが背景にあり、母が悪いわけでも娘が悪いわけでもなく、両者がぶつかる種がそこにはあると私は思います。

覆い隠される本音

ところが、一般的に、実の親と3世代同居をしているワーキングマザーの本音は、外に出てきづらいものです。育児と仕事の両立をする上で、非常に助かるのは事実。恵まれている立場で文句を言おうものなら、実家が遠いなど支援を得づらいワーキングマザーから反発が出ることが予想されるからです。

実際、多くの3世代同居ワーキングマザーは、インタビューをすると「本当に親には感謝しています」と口にします。ところが、ママ同士が本音トークを繰り広げるオフの場では、多いに盛り上がる話題が「3世代同居をいつ解消するか」「親の支援を得ずに済むようにするには」なのです。

そもそも、3世代同居ができる環境でもしないという人も少なくありません。「2週間地元に戻るけど、2週間でも親と一緒に住むことなんか考えられない」「いろいろ言われるのが嫌だから実家の近くに寄るけど黙っている」という声も聞いたことがあります。

3世代同居支援をしても、実際に利用する人は限られ、政策の効果も限定的になるのではないでしょうか。次回記事で、他のリスクや政策として恵まれた人だけを支援することになる可能性についても書きたいと思っています。

東京大学特任助教

東京大学男女共同参画室特任助教。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社。14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。キッズラインを巡る報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞。シンガポール5年滞在後帰国。

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