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3世代同居支援が反発を招く理由 「伝統的家族回帰」のリスクとは

中野円佳東京大学特任助教
3世代同居支援は「恵まれた層」だけを助けることに?(写真:アフロ)

「一億総活躍」補正予算が成立

20日、政府の「一億総活躍」施策を盛り込んだ平成27年度補正予算が成立しました。「一億総活躍」施策の中でも、多くの議論を巻き起こしているのが、希望出生率1.8%達成のための施策として出てきた3世代同居支援です。

具体的な政策としては、3世代同居を目的とした改修や相続時の税優遇(平成28年度税制改正要望No.4)、玄関や台所を複数設けた住宅を新築する際の補助金(平成27年度補正予算に加えて平成28年度予算案に150億円計上)、URでの近居割(「一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策-成長と分配の好循環の形成に向けて-」8ページに記載)が盛り込まれているようです。

これから平成28年度予算案が審議されるのを前に、少し議論を整理したうえで、なぜこの政策が議論を巻き起こしているのか、3世代同居の副作用とこれを支援することの政策的な難点を見ていきたいと思います。

3世代同居支援が物議を醸す

「3世代同居」支援については、既に様々な有識者から疑問が提示がされています。(シカゴ大学・山口一男教授の論考、立命館大学・筒井淳也教授の記事、民主党・玉木雄一郎議員の記事など)

これまでの議論を整理すると、(1)これらの政策で本当に3世代同居が増えるかという政策論、(2)3世代同居が増えたとして本当に出生率が上がるのかという人口学的解釈論、(3)出生率が上がるとしても当事者として3世代同居がいいかという是非論という3つの論点があることが分かります。

施策の一部は以前から進められていた政策の強化(予算の追加)という形を取っているようですが、「出生率1.8%達成」の文脈に乗ったゆえに、政策論や解釈論が巻き起こった側面があるでしょう。

加えて、政府が3世代同居支援をすることで、伝統的家族観や家庭でケアを担うようなあり方が推奨されているように見えることが物議を醸していると思われます。伝統的家族への回帰は、どのようなリスクを孕み、なぜ反発を招くのでしょうか。

3世代同居の3つの副作用

ここでは、当事者たちから見た3世代同居そのものの是非論として、3つの副作用について書いていきたいと思います。

【1】世代間対立と子どもへの影響

1つ目は、教育方針の違いと世代間ギャップによって育児世代のストレスが増える可能性と、それによる子どもへの影響です。祖父母の存在が「孤育て」を防ぐメリットはもちろんあるのですが、祖父母が孫を甘やかしてしまう、教育方針に口を出されるなど、同居では日々祖父母世代の影響を受けることになります。

しつけや教育方針で大人たちが一貫していないこと、それをめぐって祖父母と親が揉めている状態は、一番の当事者である子どもにも好影響とは言えないでしょう。

自分の母親が家庭内で姑と対立している姿を見て育ったという女性たちからは「自分の子どもには同じような思いをさせたくない」という声を聞きます。妻側の親との同居であっても、前回記事で書いたように、母娘関係は良好とは限りません。

【2】祖父母が倒れた途端、ダブルケアに

2つ目は、祖父母世代の負担が大きくなりすぎるという懸念です。30代の母親でも非常に体力を要する子どもの相手。今の祖父母世代の女性は自己実現を我慢して夫のサポートや育児をしてきた世代でもあり、孫育てまでさせるのは働かせすぎではないでしょうか。

晩産化で高齢の祖父母も増える中、祖父母が怪我などでケアされる側にまわってしまえば、途端に世帯の「ケアする人:ケアされる人」の比率が狂うリスクも。そうなれば、現役世代が育児と介護のダブルケアを担うことにもなります。ベビーシッターなど外部に委託していれば、不都合が生じても他の人に頼めますが、家族に依存しているとリスクは高くなります。

政府の本音はむしろ介護を家族に任せたいという点にあるのかもしれません。しかし、ケアは、身内で請け負うほうが感情的にもなり、衝突が生じたり、思いつめたりしがちでもあります。お金で解決できるのであれば、そのほうが楽というケースだって多いのです。

【3】進まない夫の家事・育児参加

3つ目は、3世代同居をしていると、夫(子どもの父親)の育児参加が一向に進まず、夫婦が子育てのパートナーになりづらいという問題です。特に妻側の親との同居では、夫が育児に積極的にかかわりたいと思っていてもやりづらさを覚えるという話も聞きます。

本来、多くの働く人が定時で帰ることができれば多くのケアの問題は解決されるはずですが、祖父母世代(特に祖母)に頼っている限り、育児や介護などのケアはいつまでも女性のものであり続け、職場そして社会は変わっていきません。

女性活躍の文脈でも、夫の家事・育児参加率が非常に高い夫婦は称賛される一方、親と同居しているワーキングマザーは「育児ができていないのだから両立とは言わない」「親に丸投げするようなやり方は真似したくない」などと他の女性から厳しく見られてしまうことも。祖父母を頼らずに両立ができる社会にしなくては、モデルができていかないという側面があります。

恵まれた層だけを支援することに

…ということで、3世代同居は様々な副作用を含んでいます。出生率を上げるため、あるいは出産後も働き続ける女性を増やすためにこれを支援することは妥当でしょうか。

「同居したい人が実現できるよう支援するためのもので、同居したくない人はしなければいい」ということかもしれませんが、それでは非常に恵まれている層だけを支援することになります。

ここで恵まれているというのは、一緒に住める家がある、引っ越せる状況にあるということだけではなく、上で書いたように、関係が良好であり続ける、教育方針なども一致している、祖父母の健康状態がいいなど様々な条件をクリアしているということです。

「ケアの社会化」が必要

同じ予算を使うのであれば、社会サービスの利用に対する所得・環境に応じた補助や税優遇に充てた方が、より幅広い層あるいは本当に救うべき層を救うことになるのではないでしょうか。

ケアの社会化を進めて根本的な解決を図る、すなわちケア労働者の処遇改善をして人手を確保し、継続的に支払い続けるには社会保障費のさらなる増大が予想されます。

できるだけ一時的な費用でケアを家族に回帰させたい政治的な判断の背景も理解はできますが、そもそも現役世代の非正規雇用の待遇改善や正社員の長時間労働削減など根本的な問題解決に力を割く必要があると思います。

東京大学特任助教

東京大学男女共同参画室特任助教。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社。14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。キッズラインを巡る報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞。シンガポール5年滞在後帰国。

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