Yahoo!ニュース

転勤で引き裂かれる家族やキャリア… 駐在妻が働かないワケ: 海外リモートワークに立ちはだかる3つの壁

中野円佳東京大学特任助教
海外での生活、期待と不安が入り混じる…(写真:アフロ)

夫の転勤で海外へ、キャリアはどうするか

私事ですが、しばらくシンガポールに住むことになりました。

夫の転勤への帯同です。帯同する理由としては(1)もともと私もこの5年くらいのタイミングで海外に勉強・取材にいきたかった、(2)仕事はリモートで続けられる(と思った)、(3)日本でワンオペ育児になるのは辛すぎると判断した一方、海外にいけば親にとって長時間労働前提でない環境、子供にとって多様性のある環境で過ごせて家族にとってプラスだと思った… という3点があります。が、ここはYahoo!ニュースなので個人的なところは深堀りしません。

過去、転勤問題については色々と取材をしてきましたが、母(父)子赴任するケース、夫婦同時に赴任するケースなど、転勤を様々な形で乗り越える事例がでてきていると感じます。一方、今回書きたいのは、「駐在員に帯同する」ことを選んだ場合、配偶者がキャリアを継続するには非常に厄介な壁があるということです。

配偶者帯同休暇や再就職制度を設ける企業も増えています。ただ、こうした制度を使っても、どうしてもその期間キャリアとしてはブランクになるのではと不安に感じてしまうのも事実。「リモートワークもできるし、海外から日本の仕事をするグローバルフリーランサーという選択肢もあり!」とも思える時代ですが、実際はどうなのでしょう。

「大人しく駐在妻している」「夫の扶養に入る」への誘惑

今回、自分が実際に夫に帯同することを決めて色々と調べる過程で、海外帯同しながら仕事を続けるにはいくつも壁があることを思い知りました。

【1】ビザ

まずやはり第一はビザです。シンガポールは帯同ビザでもある程度働けるようですが、国によって厳しいところも多いようです。そもそもビザの取得を駐在する側の会社経由でしていたりするので、これを切り替えるのは結構厄介。会社により、帯同する家族の分も踏まえた手当を支給しているなどで配偶者の就労が禁止されているところもあると聞きます。

【2】税金

ビザがOKでも、大変面倒なのが所得税関係。出国までに発生した分は確定申告で精算していきます。向こうで働く場合どうか。

まず、海外で働く、日本の会社の海外支社に勤める場合。これはシンプルです。就労ビザを取り、税はその国に払うことになります。駐在員本人、または現地で就職するのがこのケースです。

次に、日本の会社の仕事をリモートで継続する、フリーランスで日本と仕事をするという選択肢。税金は基本的には、日本で居住者よりも高い20.42%が源泉徴収されます。居住している国でも報告義務があり税金を払わないといけないケースもあったり、二重課税にならないよう調整手続きが必要だったりするとのこと。支払う側にも意見を聞きましたが非常に面倒だそうです。

日本の会社を休職する、退職するなどで、配偶者の扶養に入る場合、何も収入が発生しなければ何もする必要がありません。結局手続きが面倒くさいのでたとえば現地でお菓子教室をやる駐在妻などもボランティアにしている人が多いようです。

【3】社会保障

海外にいる間の日本の社会保障はどうなるのでしょうか。

年金は、その国の年金に入って日本の制度に通算される国、されない国などがあります(年金ダイヤルで行き先国について聞くと教えてくれます)。これも、駐在員の扶養に入ってしまっていれば会社が全部やってくれる(休職していけば自分の会社が引き続きやってくれる)ので、ここでも「おとなしく駐在妻(夫)をしている」メリットがどんどん高まっていきます。

医療保険は協会けんぽなど、海外で医療行為を受けた場合申請すれば、日本と同じくらいの負担で済む可能性があるようですが、駐在員向けの保険ですべて済ませるほうが手続きも楽かつ保障が手厚いようです。

グローバルでリモートワークするにはまだ遠い

ということで、もちろん駐在妻になりたくてなる人も多いとは思うのですが、海外転勤で家族で一緒に行く場合、はじめは「働こう、キャリアを継続しよう」と思っていても、「もういいや夫の扶養に入ろう」と思ってしまう妻の気持ちも非常によくわかります。

大学院にいく、資格を取るなど「勉強する」というのも主要な選択肢になりそうですし、私の場合はシンガポールは比較的融通がききそうなので、税理士さんや会計士さんと相談しながら模索をしたいと思っています。が、駐在帯同に限らずグローバルに様々な会社とリモートでやりとりをするという世界が実現するにはまだ道は遠いようです。

そもそも海外転勤して手当も支給される、手続きも任せられるような会社に配偶者が勤めているということ自体恵まれているという側面はある思います。ただ男性の転勤に女性がついていくケースが多いことを踏まえると、こうした枠組みがやはり女性活躍や自立の壁になると感じます。

転勤については、不要な転勤は減らす、直前すぎる内示は避ける、期間を明示するなど改善が必要な企業もあるかと思います。国内は国内で、保育園に入りにくいなどの課題が多いと思います。全面的に転勤をなくすということではなく、家族で一緒に暮らすことも、共働きでキャリアを継続することも諦めなくて済むような選択肢が増えていくといいと感じています。

※税理士などへの取材をもとに書いていますが、実際に行かれる方は国によっても異なりますので必ず該当国関係者にお確かめください。

東京大学特任助教

東京大学男女共同参画室特任助教。2007年東京大学教育学部卒、日本経済新聞社。14年、立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、15年4月よりフリージャーナリスト。厚労省「働き方の未来2035懇談会」、経産省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員。著書に『「育休世代」のジレンマ~女性活用はなぜ失敗するのか?』『上司の「いじり」が許せない』『なぜ共働きも専業もしんどいのか~主婦がいないと回らない構造』。キッズラインを巡る報道でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞。シンガポール5年滞在後帰国。

中野円佳の最近の記事