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そろそろ超低金利政策と量的緩和政策を見直すべき

中岡望ジャーナリスト

最近の経済政策を巡る議論は、「財政均衡」と「超金融緩和」の大合唱となっている。ノーベル経済学賞の受賞者であるポール・クルーグマン・プリンストン大学教授やジョセフ・ステフィグリッツ・コロンビア大学教授はいずれも、こうした風潮に批判的である。クルーグマン教授は、あたかも財政均衡を達成すれば景気が回復して、経済が再び成長するという考え方は間違っていると主張している。同教授は「地位の高い人々は財政赤字削減にいますぐ動かないと大災害がやってくるという黙示録じみた予言をするのが大流行になっている」と書いている。要するに、財政赤字を削減しないと「第2のギリシャ」になってしまうということだ。さらに財政緊縮こそが景気回復と経済成長に繋がるという理論(同教授は、それを”拡張的緊縮政策=expansionary austerity”と呼んでいる)を支持する歴史的事実も統計的分析も存在しないと指摘している。

財政政策だけでなく、金融政策についても、同様なことが言えるのではないだろうか。今や世界では、不況を脱するには「ゼロ金利政策」と「量的緩和政策」を合わせた“超低金利政策”が必要だという主張が蔓延している。IMFを中心とする国際機関のエコノミストはこぞって超低金利政策を主張し、これに呼応するようにアメリカのFRB(連邦準備制度理事会)もゼロ金利と量的緩和政策の継続を決め、さらに金融緩和措置を講ずるとみられている。日本も同様で、日本銀行も同様な動きを見せている。

9月13日、FRBはQE3(第三次量的緩和政策)の実施を発表した。その内容は毎月400億ドルの住宅担保証券を無制限に買い続けるというものである。日本銀行も9月19日に2010年に創設された「包括的な金融緩和政策」を拡大し、資産買入資金を10兆円増額して、80兆円にすると発表した。日銀は、さらに金融緩和を進めることを検討している。

問題は、超金融緩和政策が効果を発揮しているかどうかである。これに関して10月5日に行われた記者会見での白川方明日銀総裁の発言が注目される。同総裁は金融緩和の効果の第一段階は金利低下と銀行の貸出行動、第二段階は貸出しを通しての実体経済への波及を経て現われると指摘している。そして、同総裁は、金利低下という第一段階は順調に進んでいるが、「極めて緩和的な金融環境を利用して、活溌な投資や支出が行われているかというと、残念ながら、そうした状況にはなっていません」と発言している。超金融緩和政策の実態経済への目立った波及効果は見られないということである。

日銀による公開市場操作を通して巨額の資金を供給することで「過剰準備」を作り出し、それが銀行の貸出しを促進するというのが通常の理論である。だが、銀行のバランスシートを見る限り、貸出し(マネーサプライ)は増えず、国債の保有残高のみが急増しているのが実情である。企業は、低金利によって調達コストが低下したからといって、借入をしてまで投資を増やす状況にはない。銀行が貸したいと思っている企業は十分な手元資金を持ち、銀行から借りたいと思っている企業はリスクが高いという理由で、銀行から資金を借りることができないのである。

また、金融政策の限界を示す言葉に「馬を水場につれて行くことはできても、馬に水を飲ませることはできない」というのがある。水を飲むかどうかは、馬が決めることである。銀行がいかに金利を下げても、過剰生産能力を抱える企業が敢えて借入を増やしてまで設備投資をするはずがない。それは白川総裁が指摘している通りである。

では、超低金利政策の恩恵を最も受けているのはだれであろうか。それは銀行で、無コストの資金を借りて国債投資をすれば労せずして巨額の利益を計上することができるのである。同じ現象が米国でも見られる。極論すれば、日銀が供給した低利の資金を使って銀行は国債を購入し、さらに銀行は保有する国債を日銀に売り、それがさらに銀行は低利の資金を使って国債を購入するという循環が起こっているのである。これは日銀による国債の“貨幣化”である。こうした循環が続く限り、政府は低利で国債を発行し続けることができるわけである。

では最大の“犠牲者”は誰か。預金者である。ウィリアム・フォード前アトランタ連銀総裁はQE3に反対して、「長期にわたる異常な低金利は利子収入に依存している年金生活者や一般の人々の生活を極めて困難なものにしている」と指摘している。さらに超低金利政策で2560億ドルの消費が失われたという試算を発表している。要するに、超低金利政策は富を家計部門から金融部門に移転させたに過ぎないのである。超低金利政策は、家計部門にとって増税に等しい。

現在、日本の預金総額は1219九兆円ある。この膨大な預金に利息が支払われていない。少しでも銀行預金を持っている人は、利息の少なさに唖然としているはずである。かり0・05ポイント金利が上昇するだけで61兆円の金利収入が発生することになる。これは家計部門から見れば“減税”に相当する。ゼロ金利政策よりも遙かに消費を刺激する効果を発揮するだろう。また消費刺激こそが最も有効な景気対策であり、デフレ対策である。

長期金利が上昇したら、国の利払い負担が増えて大変なことになるとの反論もある。逆に言えば、労せずして低金利で国債の発行ができることが、政府の行革に対する取り組み姿勢を甘くし、放漫な財政政策を許しているとも言える。“市場の規律”こそが、本当の意味での財政均衡を実現させるのではないだろうか。日銀による国債の貨幣化は、将来、大きな問題を引き起こす可能性もある。また、超低金利政策と量的緩和政策で円高を阻止するとの議論もあるが、その政策が長期的な効果を持つとは思えない。

いずれにせよ、超低金利政策と量的緩和政策は益少なく、害多い政策と言わざるを得ない。そろそろ超低金利政策の限界を認識し、金融政策の転換を考える時ではないのだろうか。長期の金利は実体経済の資金需給とインフレ率によって決まるもの。“非伝統的金融政策”から、“正統的金融政策”に戻るべきである。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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