Yahoo!ニュース

米大統領選挙の本当の読み方:なぜオバマ大統領は勝利したのか?

中岡望ジャーナリスト

大統領選挙は予想外の大差でオバマ大統領が再選を果たした。同時に行われた議会選挙では、下院は共和党が多数を占め、上院は民主党が過半数を維持した。さらに州知事選挙では共和党候補が圧勝した。アメリカ国民はワシントンの政治構造の急激な改革を望まなかったのである。極めて穏当な選択を行ったともいえる。

これから大統領選挙に関する様々な分析が行われるだろうが、オバマ大統領の勝利の要因を幾つか指摘しておきたい。その前に、ある意味では、後講釈かもしれないが、ロムニー候補は負けるべくして負けたのかもしれない。第1期で終わった大統領は4名いるが、最近ではカーター大統領とブッシュ大統領(父)がいる。カーター大統領に挑戦したのは、共和党のレーガン候補であった。また、ブッシュ大統領に挑んだのは民主党のクリントン候補であった。特徴的なのは現職の大統領に挑むには明確な政策と理念、さらにカリスマ的な魅力が必要である。レーガン大統領は保守主義を掲げ、大きな政府と福祉国家を批判し、反共主義を明確に打ち出した。クリントン候補も“ニュー・デモクラット”を旗印に民主党を中道寄りに導き、「大きな政府の時代は終わった」と、新しい民主党の理念を訴えた。だが、今回の大統領選挙では、ロムニー候補から、そうした明確なメッセージが聞かれなかった。経済政策も供給サイドの経済学の焼き直しを繰り返すだけで、明確な展望を開くこともできなかった。これに対して、オバマ大統領は「変革には時間がかかる。それを実現するためにも再選が不可避である」と訴えた。2008年の大統領選挙とは違い、「希望」や「変革」という明確な政策メッセージを発しなかったが、その方向性は見えていた。「私と一緒に第2期政権で政策を実現しよう」という訴えは、超富豪で、庶民生活から遠い存在のロムニー候補よりも、有権者の心に響いたのかもしれない。

今回の大統領選挙は予想に反して、政策や哲学を巡る論議よりも、人物が重視された点だ。オバマ大統領が展開したのはロムニー候補のイメージを貶めるようなネガテフィブ・キャンペーンであり、ロムニー候補も大量の資金を投入して同様なオバマ攻撃に終始した。オバマ大統領は、国民に自分を選ぶのか、ロムニー候補を選ぶのかを迫ったのである。ニューヨーク・タイムズ紙が行った出口調査の中に、「どちらの候補が自分の様な人々を気にしていると思うか(care about people like me)」という設問がある。これに対して、オバマ大統領がより大きな共感性を持っていると答えた有権者は82%に達しているが、ロムニー候補と答えたのはわずか17%に過ぎなかった。多くの有権者は、オバマ大統領に親近感を抱いていたといえる。

選挙戦の後半、もうひとつ選挙戦略で大きな違いがあった。前回の大統領選挙のように国民の心に訴えかけるような明確な政策アジェンダを提出できないことで、オバマ大統領は国民の支持を失うのではないかと懸念された。他方、ロムニー候補は共和党保守派の主張から離れ、穏健な姿勢を示すことで無党派層の取り込みを図った。言い換えれば、オバマ大統領は支持基盤の掘り起こしに注力したのである。すなわち2008年の大統領選挙での当選の原動力となった支持基盤を固めることに注力したのである。これに対してロムニー候補は無党派・穏健派への支持基盤の拡大を図ったのである。

では、選挙の結果を決すると言われる、無党派はどう動いたのであろうか。出口調査では、無党派層の57%がオバマ支持で、ロムニー支持は41%に留まった。ロムニー候補の中道寄りへのシフトは奏功しなかっただけでなく、足下の保守派の熱気を奪ってしまったと見られる。共和党内での予備選挙では、ロムニー候補は保守派の支持を得るために、軸足を保守派へと移していった。その結果、保守派の信任を得る形で、大統領候補に指名された。だが、保守派の支持基盤だけでは当選はおぼつかない。国民的な支持を得るためには、今度は軸足を中道へと移していった。共和党や保守派からの強烈な反発は招かなかった。おそらくロムニー候補の中道よりの姿勢を問題とするよりも、とにかくオバマ大統領に勝利するという考え方が優先されたのであろう。だが、その代償として、保守派の盛り上がりが急速に失われたて来た。2004年の大統領選挙で圧勝したブッシュ大統領は、宗教的右派、社会的保守派など共和党の枠を越える保守層の支持を獲得できた。今回の選挙では、保守層の姿が見えなかった。

さらに2008年の大統領選挙で成立した“オバマ連合”が健在であることが明らかになった。オバマ連合とは民主党リベラル派とヒスパニック系、アフリカ系などの少数派、さらに若者層である。出口調査では、アフリカ系の93%、ヒスパニック系の69%、アジア系の74%がオバマ大統領に投票している。彼らがロムニー候補に投票する理由が見あたらなかった。確かにアフリカ系の大統領が誕生したが、アフリカ系アメリカ人の生活や社会環境が目立って改善したわけではない。そうした失望感が見られたが、だからといってオバマ大統領と決別する訳にもいかなかった。有権者の19%を占める18歳から29歳の若者層の60%がオバマ大統領に投票している。ロムニー候補に投票したのは36%に過ぎない。若者の雇用情勢は極めて厳しい。前回の選挙のように大学生など若者層が大挙してオバマ大統領の選挙運動に加わるという状況ではなかった。しかし、それでも、彼らはオバマ連合に留まったのである。

もうひとつ特筆すべきことある。それはヒスパニック系アメリカ人の重要度が増したことだ。前回の大統領選挙の時のヒスパニック系の有権者数は970万人だったが、今回は1220万人に増えている(約8.7%の増加)。さらに今回の大統領選挙で、全有権者の9%を占めたと予想されている。特に激戦州での増加が顕著で、それが今回のオバマ大統領の圧勝の大きな要因となったといえる。ヒスパニック系アメリカ人の有権者の多い州を列挙すると以下の通りになる。ニューメキシコ州では35%、カリフォルニア州では27%、テキサス州では21%強、フロリダ州では18%強、アリゾナ州では12%、ニュージャージー州では10%強に達している。そう遠くない将来、ヒスパニック系アメリカ人が最大の勢力になることは間違いない。その意味で、今回の大統領選挙はアメリカの政治地図を塗り替える大きな転換点と見られるかもしれない。

これに対してロムニー候補は“白人戦略”を取った。保守的な中産階級以上の層に照準を当てた運動を展開したのである。だが、その数は長期的に衰退傾向にある。たとえば、結婚しているキリスト教徒の白人の数は1950年代には有権者の80%を占めていたが、2000年には40%を下回るまでに減っている。特に若者層で、その傾向は顕著に見られ、結婚している白人キリスト教の有権者の比率は20%を下回っている。選挙で勝利するには“ヒスパニック・ファクター”が重要になってきている。ロムニー候補は、明確なマイノリティ戦略を持っていなかったといっても過言ではないだろう。また、移民問題などで現在の共和党はヒスパニック系アメリカ人の反発を買う政策を全面に打ち出している。

さらに人口動態的に、もうひとつの大きな要因がある。それは若者層の存在である。30歳以下の若者の有権者は全体の有権者の20%を占めるまでになっている。彼らはベビーブーマーの子供たちである。4年後には、こうした傾向はさらに強まるだろう。

言い換えれば、長期的に共和党の支持基盤は確実に縮小する傾向にある。すなわち白人の比率は1950年代から2000年の間に15ポイントも減っている。2008年の大統領選挙が終わり、オバマ大統領が誕生し、民主党が両院で過半数を占めたとき、「共和党の長期低落が始まった」「共和党は限界的な党になった」と言われた。だが、2010年の中間選挙で共和党が下院を制したことで、そうした議論は消えた。しかし、以上で指摘したように、共和党が現状のままであれば長期的低落は避けられないだろう。今回の選挙の意味は、政策論争でもなく、景気論争でもなく、アメリカ政治の構造的な変化を明確に示した選挙であったことだ。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

中岡望の最近の記事