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大統領選挙徹底分析(4):終盤で混迷を深める大統領選挙、スキャンダルでトランプ候補が辞退の可能性も

中岡望ジャーナリスト
選挙の終盤、トランプ候補は窮地を脱せるか(写真:ロイター/アフロ)

セクシャル・ハラスメントで窮地に追い込まれるトランプ候補

10月10日(現地時間)に予定されるクリントン候補と共和党のトランプ候補による2度目の公開討論会を前に選挙情勢が急展開を見せている。ドナルド・トランプ候補に関わる一連の女性蔑視発言やセックス・スキャンダル(様々な性的差別の発言や2005年のビデオなど)で共和党はパニックに陥っている。多くの共和党議員がトランプ候補に投票しないと表明。また大統領選挙ではトランプ候補ではなくマイク・ペンス副大統領候補に投票すると表明する共和党議員も出てきている。議会選挙を戦っている多くの共和党議員は、現在の状況が続けば、自らの当選もおぼつかないと危機感を強めている。

将来の有力な女性大統領候補の一人と目されているケリー・アヨット上院議員は、「私は共和党が選んだ候補者を支持するつもりだった。しかし、まず私は母親であり、アメリカ人である。私は女性を卑しめ、攻撃するようなことを自慢げに語る大統領候補を支持できないし、支持するつもりもない」という声明を発表した。ジョー・ヘック上院議員も「私はドナルド・トランプの取ってきた行動、行った発言をもはや見逃すことはできない。私はトランプを支持し続けることはできない」と語り、さらに「私の妻、私の娘たち、私の母、すべての女性はもっと尊敬されるべきだ」と語っている。共和党の指導者であるポール・ライアン下院議長は「今日、聞いたことにショックを受けている。女性は擁護され、尊敬されるべき存在であり、物として見られるべきではない」と驚きを隠さず、土曜日に同議長が主催する政治集会でトランプ候補を招待していたが、「トランプ候補は集会では歓迎されないだろう」と出席を拒否するなど不快感を露わにしている。上院のジョン・コーニン共和党幹事もツイッター「トランプ氏の女性に関する発言に嫌悪感を抱いている」と非難している。元大統領候補のジョン・マケイン上院議員も「トランプの攻撃的で品格を貶めるような発言に弁解の余地はない。いかなる女性もこうした不適切な行動の犠牲になってはならない。トランプは自らの行動が招いた事態に対して自ら責任を負い、その結果を受け入れるべきである」と強い口調でトランプ候補を非難している。共和党の有力議員の中には、今回の選挙で共和党候補が勝利するのは難しいと判断し、2020年の大統領選挙に向けた動きをする議員も出てきている。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙(10月7日)は「野心的な共和党議員は既に4年後の大統領選挙のための準備を始めている兆候がでている」と指摘している。共和党内でのトランプ候補の求心力が急速に衰えつつあるようだ。

■共和党内にトランプ候補の選挙辞退を求める声も

共和党の選挙運動を統括する共和党全国委員会も電子メールで選挙責任者に対して「すべての主要な選挙支援プロジェクトを一時保留するか中止するように」と伝えた。マイク・コッフマン下院議員、バーバラ・コムストック下院議員、ベン・サッセ上院議員など公然とトランプ候補は大統領選挙を辞退すべきだと要求している。共和党の有力な支持団体である米商業会議所の政治担当のロブ・エングストーム理事もトランプ候補に辞退するように求めている。こうした共和党内で高まる辞退要求の動きに対して、トランプ候補は『ウォール・ストリート・ジャーナル』(10月8日)紙に対して「私が辞退するチャンスはゼロだ。私は決して諦めない。私が支持を得ているのは信じられないことだが、それはクリントン候補が驚くほど欠陥のある候補者だからだ」と答えるなど、強気の姿勢を崩していない。さらに同紙はトランプ候補が土曜(8日)の夜に行う演説で、選挙と批判に対する自分の立場を説明すると語ったと伝えている(本稿執筆時点で、演説の内容は不明)。さらにトランプ候補は、自らの発言に関して妻と娘はどう反応したのかと問われ、「昨日は娘のイバンカと一緒だった。現在、妻のメレニアと一緒にいる。彼女たちは自分のことを十分に理解している。彼女たちはとても忠実(loyal)だ」と答えている。また支持を撤回する議員が続出していることに対してトランプ候補は「そんな反応をするから共和党は大統領選挙で勝てないのだ。私の電話は鳴り続けているし、電子メールも続々届いている。トランプタワーの外にいる人ですら私を支持している」と、共和党議員の動きを批判している。

ただ、世論調査では明確に同候補に対する支持率が低下しいえる。最新の調査(クイニピアック大学-10月6日発表)では、クリントン候補の支持率は45%で、1回目の公開討論会前(9月25日)の調査より1ポイント上昇したのに対して、トランプ候補は40%と3ポイント低下している。スキャンダルが明らかになった現在、おそらくトランプ候補の支持率はさらに低下している可能性もある。11月8日(現地時間)の投票日まで残された時間は少なく、トランプ候補が勢いを盛り返すのは難しいかもしれない。従来のトランプ支持者は態度を変えることはないだろうが、無党派や女性の支持は確実に減ると予想される。さらに注目されるのは、トランプ候補の有力な支持層であったキリスト教の原理主義者であるエバンジェリカルの動向だ。保守的なキリスト教徒にとって、セックス・スキャンダルは最も忌むべき事柄である。今回のスキャンダルで、もしエバンジェリカル層がトランプ離れを始めれば、トランプ候補にとって致命的である。政治紙『ロール・コール』(10月8日)のコラムニスト・パトリシア・マーフィー氏は「もし共和党がトランプ候補に選挙戦から撤退するように説得することに成功すれば、(副大統領候補の)マイク・ペンスが後任に選ばれる可能性が強い」と指摘している。ペンス候補は副大統領の公開討論会で勝利し、トランプ候補の悪いイメージを払拭したと高い評価を得ている。また敬虔なクリスチャンで、エバンジェリカルでもある。ちなみに、エバンジェリカルはトランプ候補を支持しているが、カトリック教徒とトランプ候補の関係は良好とはいえない。いずれにせよ、過去に大統領候補が選挙の途中で辞退し、副大統領候補が大統領候補になった例はない。ペンス副大統領候補があえて火中の栗を拾うかどうかもわからない。共和党指導部はこのまま座してトランプ候補の敗北を傍観するのか、新たな手を考えるのか、極めて厳しい状況に直面している。

■大統領選挙に付き物の“オクトーバー・サプライズ(October Surprise)”

大統領選挙が終盤にかかる10月に様々なスキャンダルがリークされる。これは“オクトーバー・サプライズ”と呼ばれる。選挙戦終盤のスキャンダルは候補者にとって命取りになる。特に性的なスキャンダルや金銭的なスキャンダルは致命的である。アメリカでは、大統領は政治的指導者であると同時に道徳的な規範を示す存在でなければならないという考えがある。現実には様々なスキャンダルを起こしている大統領もいるが、国民の意識には大統領に“高い倫理性”を求める傾向が強く残っている。オクトーバー・サプライズは、選挙結果に影響を与えるためにスキャンダル情報が意図的に流されることを意味する。政治誌『Politico』は「政治に大きな影響を与えた15のオクトーバー・サプライズ(15 October Surprises That Wreaked Havoc on Politics)」(2016年10月4日)という記事を掲載している。そこでは、最初のオクトーバー・サプライズとして1840年の大統領選挙の際、再選を目指すバーレン大統領が1838年の選挙で不正を行ったことに対し、検察は意図的に10月半に大統領弾劾を発表して選挙に影響を与えようとした例を挙げている。最近では、2008年10月に株価が大暴落した。マケイン候補はリーマンショックの際、「アメリカ経済は基本的に強い」と発言しており、この株価暴落は同候補の経済に対する無知を示すものと見られ、Politico誌は「この経済悪化はマケイン候補の敗北を示すこととなった」と書いている。景気悪化は意図的な事態ではないが、これも10月に選挙結果に致命的な影響を及ぼす事態が起こることを示している。ちなみに、あくまで邪推であるが、アメリカの金融政策を決定する組織FOMC(連邦公開市場委員会)は、市場の予測に反して、利上げを見送ったが、この背後には選挙前に利上げを避ける意図があったともいわれている。FOMCのジャネット・イエレン議長は民主党支持者である。もし利上げで株価の大幅下落が起これば、オバマ政権ひいてはクリントン候補に悪影響が及ぶ可能性がある、というわけだ。2012年の大統領選挙では、10月ではなく9月であったが、共和党大統領候補のミット・ロムニー候補が選挙資金を集める内輪の会合で国民を蔑視し、富裕な政治献金層を称賛する演説が暴露されるという事件があった。それがロムニー候補にマイナスに作用したことは間違いない。今回は、一連のトランプ候補の発言のリークはまさにオクトーバー・サプライズの例ともいえよう。

ただ、オクトーバー・サプライズはクリントン候補にもある。クリントン候補が行った私的な講演の速記録などが10月7日、ウィキリークによって明らかにされた。国家情報長官と国土安全保障省は共同声明で、この情報はロシアがハックしたものであると指摘している。公開された情報の中にはクリントン候補の選挙参謀ジョン・ポデスタ氏の数千通の電子メールも含まれている。ポデスタ氏は「選挙でトランプ候補を有利にするためにロシアによって情報がハックされたことは不愉快である」との声明を出している。

公開された情報の中には2013年と2014年にクリントン候補が行った有料講演の速記録がすべて明らかにされている。民主党の大統領予備選挙中に対抗馬のベニー・サンダース候補はクリントン候補がゴールドマン・サックスで行った講演の速記録を公開することを求めた。だが、クリントン候補は速記録の開示を拒否した経緯がある。さらにサンダース候補は、クリントン候補は経営者を相手に講演をして合計で少なくとも2610万ドルの謝礼を受け取ったのではないかと追及していた。今回、その速記録が暴露されたのである。その中にはクリントン候補がゴールドマン・サックス、ドイツ銀行、モルガン・スタンレーなどで行った講演の速記録も含まれている。

2013年10月にゴールドマン・サックスで行った演説で「大統領に立候補するにはたくさんのお金がかかる。候補者は出かけて行って、選挙資金を集めなければならない。ニューヨークは両党の候補者にとって最大の献金場所だ」と、聞きようによっては選挙献金を求める発言も行っている。2013年4月にNational Multifamily Housing Councilで行った講演では「政治家は(政治的な)取引をする一方で、公的な立場と私的な立場のバランスを取らなければならない」と語っている。2013年4月にモルガン・スタンレーで行った演説では法人税を引き下げ、社会保障費を引き上げるというシンプソン・ボールズ案を称賛して、「同案は正しい枠組みである。私たちは歳出を抑制し、成長を刺激すべきである」と語っている。こうした発言によって、クリントン候補はサンダース候補の要求でリベラル左派にシフトしているが、本心は“中道右派”の思想の持主であることが図らずも明らかになった感がある。2013年にブラジルの銀行家を対象に行った演説で「自由に貿易が行え、自由に国境が越えられる地球規模の共通市場を作るのが自分の夢だ」と語ったことも暴露されている。これは、現在の大統領選挙の中で自由貿易協定に反対するという主張と矛盾する内容である。共和党全国委員会のラインス・プリーバス委員長は「クリントン候補がなぜそこまで何百万ドルを彼女に支払ったウォール街の銀行家を対象にした講演を秘密にしようとしたのか想像に難くない」とコメントしているように、選挙演説で語っていることと本音に違いがあるのではないかというクリントン候補への不信感に結び付く可能性がある。クリントン候補に最も問われているのは“信頼性”と“正直さ”である。クリントン候補に関する情報暴露で、さらに“信頼性”が問われることになるだろう。選挙にどのような影響を与えるか不明である。ただ、クリントン候補が勝利のために必要だと考えている“リベラル左派”あるいはプログレッス(進歩派)と呼ばれるグループ、さらに若者層がクリントン候補に反発する可能性は十分にある。

■混迷が予想される2回目の公開討論会

10月10日に行われる公開討論会はタウンミィーティング形式で行われる。1回目は司会者の質問に答える形であったが、2回目は会場からの質問を受けることになる。両候補者にとって、より直截的で、厳しい質問が浴びせかけられる可能性がある。トランプ候補は女性蔑視、人種差別、納税問題などでどう有権者を納得させることができるのかが最大の焦点である。この討論会でトランプ候補が有権者の信頼を回復できなければ、「選挙運動からの撤退」も現実味を帯びてくるかもしれない。選挙予測を行っているFiveThirtyEightによると、クリントン候補の当選確率は81.6%、トランプ候補の当選確率は18.4%になっている。選挙人獲得予想でもクリントン候補がリードしており、トランプ候補が選挙を投げ出す可能性もないわけではない。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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