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米大統領選挙徹底分析(5):トランプ候補が選挙運動からの撤退を拒否した場合、共和党に何ができるのか

中岡望ジャーナリスト
わいせつ発言で窮地に立つトランプ候補(写真:ロイター/アフロ)

■もしトランプ候補が共和党の候補者から降りない場合、何が起こるのか

多くの共和党議員や共和党本部は、トランプ候補を共和党の候補者として担ぎ続けることができるのかどうか自問し始めている。だが現実問題として、共和党全国委員会が強制的にトランプ候補に選挙運動からの撤退を求めることは難しいだろう。もしトランプ候補が共和党指名の大統領候補として選挙運動を続けると主張した場合、何が起こるのだろうか。最もありうるシナリオは、選挙でヒラリー・クリントン候補が勝利し、共和党はオバマ政権の8年に続き、さらに4年間、民主党政府を甘受しなければならない。トランプ候補では勝てないかもしれないし、交代させることもできない。共和党は悩ましい状況に置かれている。民主党政権の時代を阻止したいが、では本当にトランプ候補は共和党代表として、あるいはアメリカを代表する指導者にふさわしいのかという問題である。『ボストン・グローブ』紙は「共和党はトランプに対して何ができるのか(What can the GOP do about Trump?)」と題する記事を掲載している(10月8日)。以下、その論旨を紹介しながら、筆者の見解を述べることにする。

同記事は「(スキャンダルが明らかになった)土曜日、全国の共和党員は『我々は(トランプと)決別すべきか』と問うた」という文章から始まっている。そして「共和党は候補者を変えることができるのか」と問題を提起している。そしてトランプ候補が選挙から撤退するとしても「遅すぎる」と指摘する。なぜなら、各州で既に投票準備が進んでいるからだ。具体的には投票用紙は印刷され、そこにはトランプ候補の名前が載っている。州によって投票形式は違うが、基本的には有権者は投票用紙に書かれた候補者の名前をチェックする形で投票が行われる。したがって、トランプ候補が辞退したとしても、新たに投票用紙を印刷し直さない限り、形式的にはトランプ候補は依然として投票用紙に名前が載っている候補者であることに変わりはない。『ボストン・グローブ』紙は、投票用紙を刷りかえるのは8月が期限であると書いている。ただ、以前、党の全国大会が9月に行われ、そこで党の大統領候補が正式に決まった例もあり、8月が限度とうのは正確ではない。ただ、既に投票日までの残り時間が数週間に迫っている現在では、投票用紙を刷り直すのは物理的に不可能であろう。トランプ候補を支持する有権者は、仮にトランプ候補が撤退したとしても、投票用紙に書かれたトランプ候補の名前をチェックだろう。その投票は有効である。

■共和党全国委員会はトランプ候補を引き下ろすことができるのか

では具体的に共和党はトランプ候補を引き下ろすことができるのか。専門家によれば、共和党全国委員会がルール変更を行えば、トランプ候補の意志に反して、共和党の候補者を差し替えることは可能であるという。ただ、現実的に共和党全国委員会が、そうした対応を取る可能性は低いとみられる。では、トランプ候補が辞退しない場合、共和党指導部に何ができるのか。『ボストン・グローブ』紙は、「トランプに投票してもいい。しかし、我々は各州の選挙人にトランプ候補以外の候補者に投票するように勧めることはできる」と書いている。ただ、ここで問題になるのは、選挙人は州の投票結果を離れて自由に投票することができるかどうかである。基本的には選挙人は州の選挙の投票結果に拘束されるというのが一般的な理解である。

以前のブログで大統領選挙の仕組みを詳細に説明したが、大統領選挙は州ごとに行われる。各州に割り当てられ選挙人を獲得する。その際、大半の州は、選挙で1票でも多く票を獲得した候補者が選挙人をすべて獲得する「勝者総取り制度」を採用している。ただ、ネバダ州とメイン州は、獲得した得票率に応じて選挙人を案分する方式を採用している。ただ憲法には選挙人は州の投票結果にしたがって投票しなければならないという規定はない。それは州法と党のルールによって規定されている。ただ、最高裁の解釈では、選挙人は自由に投票することはできないとしている。州の投票結果に反する投票を行った場合、罰則を科すと決めている州もある。ただ現実に処罰された例はない。あるいは州の投票結果に反する投票を行う場合、選挙人を更迭できると規定している州もある。通常、選挙人は州の党幹部であり、党の候補者以外に投票することは現実にはありえないし、選挙人は誰に投票するか誓約することになっており、過去の歴史を見ても99%以上、その誓約に従って投票を行っている。アメリカでは州の独立性が強く、仮に全国委員会がルールを変更しても、すべての州が従うかどうか不明である。その場合、裁判所での訴訟を通して、解釈がくだされることになるだろう。

もしトランプ候補が辞退した場合、どうなるのか。まず共和党全国委員会が後任の候補者を指名することになる。通常では、副大統領候補が大統領候補になるが、必ずしもそうでなければならないというルールはない。また、時間的な制約から考えれば、投票用紙にはトランプ候補の名前が残っている。また期日前投票も既に行われているので、トランプ候補は既に票を獲得している。新しい共和党の大統領候補が決まれば、共和党支持者の多くはその候補に投票するだろう。したがって、最終的にはトランプ候補と新しい候補者(おそらくマイク・ペンス候補)がそれぞれ票を獲得することになる。共和党支持者の中には、スキャンダルがあってもトランプ支持を変えない人も多くいる。そうなれば、共和党の票は割れ、共和党大統領候補が選挙人の過半数を獲得することは難しい。要するに、共和党全国委員会が候補者を変えても、共和党候補が過半数の選挙人を獲得するのは事実上不可能である。

『ボストン・グローブ』紙は、極めてありえないケースとして、トランプ候補が過半数の選挙人を獲得した場合について説明している。同紙は、トランプ候補に大統領就任と同時に辞職することを約束される方法があると指摘している。そうなれば、大統領継承権は副大統領にあり、自動的に副大統領が大統領に就任することになる。それを前提に、大統領選挙でトランプ・ペンス組が勝利することを後押しするという方法である。だが、それも現実的とは言えないし、トランプ候補がそうした誓約をするとは考えにくい。

■誰も過半数の選挙人を獲得できない場合、どうなるのか

もしクリントン候補も共和党候補2名の三つ巴の争い(現実的にはバタリアン党のジョンソン候補も存在するので4すくみになる)になり、どの候補者も過半数の選挙人を獲得できない事態が起こったらどうなるのか。ちなみに全国投票の過半数に達しなくても、州ごとの「勝者総取り制度」で過半数の選挙人を獲得することは可能である。どの候補者も過半数の選挙人を獲得できなかった例として1824年の大統領選挙がある。同選挙ではジョン・クインシー・アダムス候補とアンドリュー・ジャクソン候補が上位2位で、両候補とも過半数の選挙人を獲得できず、最終的に下院での投票で新大統領が決まった。憲法修正第12条で選挙人が過半数に達しない場合に関して次のように規定している。

修正第12条 [正副大統領の選出方法の改正] [1804 年成立]

「選挙人は、各々の州で集会して、無記名投票により、大統領および副大統領を選出するための投票を行う。そのうち少なくとも1 名は、選挙人と同じ州の住民であってはならない。選挙人は、一の投票用紙に大統領として投票する者の氏名を記し、他の投票用紙に副大統領として投票する者の氏名を記す。選挙人は、大統領として得票したすべての者および各々の得票数、ならびに副大統領として得票したすべての者および各々の得票数を記した別個の一覧表を作成し、これらに署名し認証した上で、封印をほどこして上院議長に宛てて、合衆国政府の所在地に送付する。上院議長は、上院議員および下院議員の出席の下に、すべての認証書を開封したのち、投票を計算する。大統領として最多数の投票を得た者の票数が選挙人総数の過半数に達しているときは、その者が大統領となる。過半数に達した者がいないときは、下院は直ちに無記名投票により、大統領としての得票者一覧表の中の3 名を超えない上位得票者の中から、大統領を選出しなければならない。但し、この方法により大統領を選出する場合には、投票は州を単位として行い、各州の議員団は1 票を投じるものとする。この目的のための定足数は、全州の3 分の2 の州から1 名または2 名以上の議員が出席することを要し、大統領は全州の過半数をもって選出されるものとする」(米国大使館訳)と規定されている。

いずれにせよ、トランプ候補の動向が大統領選挙に大きな影響を与えるだろう。トランプ候補が本当に大統領になりたいのかどうか疑問な面もある。彼は当選できなければ、選挙後、に自らのビジネスを拡大する計画を持っている。いかに批判されようが、おそらく大統領候補を降りることはないだろう。ある意味では、紛糾すればするほどトランプ候補にとって状況は好ましくなるかもしれない。また、スキャンダルにも拘わらず、根強いトランプ支持者が存在するということも忘れてはならない。トランプ候補にとって、どちらに転んでも良い結果がもたらされるだろう。今回の騒動で最も大きなダメージを受けるのは共和党のエスタブリッシュメントであることは間違いない。

■それでもトランプ候補を支持する一般の共和党支持者

金曜に『ワシントン・ポスト』紙がスキャンダルを暴露した翌日の土曜に行われた世論調査がある(Politico-Morning Consult調査)。調査はスキャンダルを踏まえての世論調査であり、一般メディアでのトランプ叩きとは違った結果がでている。調査対象の共和党支持者の74%が、共和党本部はトランプ候補の支持を続けるべきだと答えている。党本部はトランプ候補の支持を止めるべきだと答えた比率は135にすぎない。また、共和党支持者の45%がトランプ候補は辞退する必要はないと答えている。これに対してトランプ候補は選挙運動を止めるべきだと答えた比率はわずか39%に過ぎない。党エスタブリッシュメントの反応と一般党員の反応に大きな違いがみられるのは興味深い。これに対して民主党支持者の70%が、露ランプ候補は選挙運動を中止すべきだと答えている。共和党支持者で、トランプ候補は選挙運動を止めるべきだと答えたのは12%で、女性の共和党支持者では13%に過ぎない。女性支持者が激減するのではないかという予想があるが、共和党の保守的な女性のうち極めて少数がトランプ候補に選挙運動中止を求めているに過ぎない。トランプ問題に対する反応は、党派によって大きな違いがみられる。

興味深いのはビデオを見た後、全体の調査対象の74%が否定的な反応をしめしている。そのうち非常に強い不快感を抱いたと答えた共和党支持者は22%に過ぎず、プラスのイメージを持ったと回答した比率は10%もあった。共和党支持者の48%は、ビデオを見た後、トランプ候補に対する好感度が低下することはなかったと答えている。36%は何の影響も与えなかったと答えている。トランプ候補の反エスタブリッシュメントの姿勢は一般共和党支持者の根強い支持を得ているようだ。

ちなみに各候補者の支持率では、クリントン候補、トランプ候補、リバタリアン党のゲーリー・ジョンソン候補、緑の党のジル・スタイン候補の4者を対象とする調査では、クリントン候補の支持率は42%、トランプ候補は38%で、クリントン候補が4ポイント、リードしている。クリントン対トランプでの支持率では、クリントン候補45%に対してトランプ候補は41%であった。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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