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米大統領選挙徹底分析(14):なぜトランプは当選したのか―出口調査分析と“ポピュリズム革命”の行方

中岡望ジャーナリスト
トランプ候補の勝利宣言、新しい時代の始まりか、混乱の始まりか(写真:ロイター/アフロ)

内容

1.トランプ候補の勝利とアメリカ社会の現実

2.アメリカン・ドリームは死んだ

2.CNNの出口調査から見たトランプ支持者の実像

3.トランプ新政権の政策を解説、評価する

4.反ネオリベラリズムの“ポピュリズム革命”とその行方

1.トランプ候補の勝利とアメリカ社会の現実

大統領選挙は想定外の結果となった。多くのトランプ候補の支持者がいることは確かだったが、最終的にアメリカ国民はバランス感覚を重視するのではないかという淡い期待が予想を誤らせた。もうひとつ判断を誤らせたのは、外から見ていると、アメリカ社会の現実の姿を十分に理解できなかたことがある。そこまで多くのアメリカ人、特に中西部と南部のアメリカ人たちが不安、怒り、焦燥感、疎外感を抱いているとは想像できなかった。以前、このブログでハーバード大学の学生が「アメリカン・ドリームは実現が困難なのではなく、既に死んでいる(American dream is hard to achieve, but is dead)」と語った言葉を紹介した。「アメリカ社会は破綻している」「なんとかしなければならない」という気持ちは、外部の人間が想像するよりもはるかに強いものだったのである。

我が家の書斎を見回してみると、『階級「断絶」社会のアメリカ―新上流社会と新下流社会の出現』、『超大国の自殺-アメリカは2015年まで生き延びるか?』、『かつての超大国アメリカ―どこで間違えたのか、どうすれば復活できるのか』、『綻びゆくアメリカ―私たちは、失った絆を紡ぎ続けている』、『撤退するアメリカと「無秩序」の世界―誰が世界を守るのか?』、『誰がアメリカン・ドリームを奪ったのか―資本主義が生んだ超格差大国』とざっと見まわしただけでも、これだけの本がある。我が家のもうひとつの書斎に行けば、類書はもっとたくさん見つけることができるだろう。日本にも日本の暗い面を描いた本は多いが、おそらくアメリカと比べれば、その比ではないだろう。

また日本語には翻訳されていないが、今読んでいる本に『Strangers in the Own Land』がある。これは著名な社会学者がディープサウスの保守的なルイジアナ州に何度も足を運び、ルポをまとめ、ルイジアナ州の普通の人の保守主義に傾倒する心情を探った本で、アメリカではベストセラーになっている。社会がどんどんリベラルになっていく中でルイジアナの右翼的な人々は「they were being treated as the criminals(右派の人々はあたかも自分たちが犯罪者かのごとく扱われていると感じている)」と著者は書いている。政府は様々な福祉政策で貧困者や移民を救済、優遇し、南部の片田舎にいる自分たちは福祉の負担を強いられ、逆差別されていると、彼らは感じているのである。昨年、最高裁は同性婚を合憲であると判断した。それに対して南部の敬虔なクリスチャンであるルイジアナ州の多くの人々は、まるで自分が否定されたと感じたのである。ひっそりと片田舎で穏やかに暮らしているのに世界は“多様性”をスローガンにリベラルな制度をどんどん導入していく。『聖書』の教えに従って、同性婚に反対し、中絶に反対すると、まるで“犯罪者”や“時代錯誤”だと批判される。彼らは、そんな現実にどうしようもない苛立ちを感じているのである。

英語で”politically correct”という表現がある。日本語では「政治的に正しい表現」「差別的でない表現」と訳されている。アメリカ社会では「差別用語を使ってはならない」と常に意識しなければ生きていけない。そういう現実が出来上がっている。保守的な人々はリベラルな世界観が溢れる中で常に違和感を抱きながら生きている。トランプが演説で差別用語を使って、「おお、これはポリティカル・コレクトではないね」と冗談半分に言って聴衆を笑わせる場面を何度も見た。トランプの言葉は、リベラルな価値で息が詰まりそうになっている保守派の人にとって気分を爽快にしてくれるものであった。トランプの女性蔑視発言が暴露されたとき、宗教家であるエバンジェリカルの指導者は「あれはロッカールームでの男の会話だよ」と批判を一笑に付した。こうした発言は、南部の保守的な人々には「男らしい(manly)」だと受け取られた。息が詰まるような社会的タブーを破る姿は、まるで西部劇に出てくる屈強なカーボーイをイメージさせた。そうした発言は、中西部や南部では決してトランプのマイナスにはならなかった。むしろ乱暴な言葉使いは“強さ”と受け止められた。ある世論調査では、トランプの支持者の75%以上が強い指導者が必要だと答えている。

もうひとつの南部の人たちの状況を示す例をあげてみよう。最近、アメリカではLGBTの権利を認める動きが強まっている。そんな中で南部では“宗教的自由”からトランスジェンダーの人が女性トイレ(英語ではバスルーム)に入ることを禁止する法律が相次いで成立している。彼らは、宗教的な理由から、そうしたsexual orientationをもつ人を自分の娘が使うトイレに入れたくないと言うのである。それも法律で規制しようという強引な手法を取っている。なぜ宗教的な理由なのか。日本人には不可解に思える理由である。自分たちが宗教的信念から、そうした傾向を持つ人を拒否することは憲法で保障されている“宗教の自由”であるというわけである。その理屈が正しいかどうかは別にして、エバンジェリカルと呼ばれるキリスト教原理主義者で保守的な南部の人は、そう考えているのである。今年2月の世論調査でトランプを支持する人のうち20%が「奴隷解放は間違いであった」と答えている。共和党はリンカーンの政党であり、奴隷制度を廃止した政党でもある。だが、現在でも南部の保守的な人の中に少なからずそう考える人はいる。また超人種差別主義者の集まりであるKKKは今でも活動を続け、公然とトランプ支持を表明している。これもまた南部の現実である。今でも南部では南北戦争の時の南軍の旗を掲げるべきかどうかを巡って議論が行われている。テキサス州には、分離独立を目指すグループも存在する。これがアメリカなのである。日本人には極めて理解しにくく、受け入れがたい現実である。

2.アメリカン・ドリームは死んだ

机の上にもう一冊英語の本が置いてある。タイトルは『Our Kinds The American Dream in Crisis』である。これは、現在の子供たちがいかに厳しい状況に置かれているかを詳細にルポした本である。上に記したハーバード大学の学生の言葉を裏付けるような内容である。ハーバード大学の学生にアメリカン・ドリームがないとするなら、高校を卒業しただけの白人労働者の子供たちに夢はあるのだろうか。1950年代、1960年代は貧しくても子供たちに夢があったし、現実に夢を実現することも可能だった。著者は「どんなバックグラウンドであろうが、すべての子供にたちに、それぞれふさわしい機会が与えられていた」、「1950年代は経済成長や進学率も高かった。所得も平等であった。近所や学校での隔離(segregation)もなかった」と書く。「差別があっても、表面には出て来なかった」。だが、現在は、経済状況が変わり、家族構造が変わり(多くの親は離婚し、家庭崩壊が起こっている)、学校が変わり、家の周辺の環境も変わった。本のタイトルが示すように、アメリカの子供たちのアメリカン・ドリームは危機に瀕しているのである。

では誰に人生を託せばいいのか。南部の白人労働者はもともと民主党支持者であった。フランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール・政策を支持する層であった。ニューディールを支持した人たちをニューディール連合と呼ぶ。その中に南部の労働者や農民がいた。だが1960年代のジョンソン大統領の公民権運動を契機に、彼らは民主党を離れて行った。奴隷制度はなくなっても、黒人に対する差別はより厳しい形で南部に残っていた。そのため公民権運動は多くの南部の人々の反発を呼んだ。リチャード・ニクソン大統領は、南部の保守的な人たちを“サイレント・マジョリティ”と呼び、民主党との関係を断ち切り、共和党の基盤に組み入れていった。彼らは1980年の大統領選挙で共和党ロナルド・レーガン候補を支持した。彼らは“レーガンの民主党員(Reagan Democrats)”と呼ばれ、今回の選挙の中で頻繁に出てくる“高卒の白人の労働者”の父親の世代になる。生まれたところに住み続け、そこで死ぬというのが彼らの普通の姿である。PRRIの調査(2016年10月6日)は驚くべき事実を報告している。同調査は「地理的なモビリティ(住居を移動すること)が白人有権者の投票行動に影響を与える」と指摘している。生まれた町に住み続けている白人の57%がトランプ支持である。クリントンの場合は31%に過ぎない。生まれた家から自動車で2時間以内に住んでいる白人の50%がトランプ支持、31%がクリントン支持である。同報告は「生まれた町に住んでいる白人と自動車で2時間以上離れたところに住んでいる白人の間にある(大統領候補に対する支持)違いは教育を反映している。生まれた町に住んでいる白人の53%は高校以下の教育しか受けていない」と指摘している。様々な世論調査で、高卒以下の白人ブルーカラーがトランプの最大の支持者だと指摘しているが、この調査も同じ結論を導きだしている。目を閉じれば、単調な生活を繰り返し、宗教的に敬虔で、日曜に教会の礼拝に行き、外の世界を知らない白人の姿がイメージできる。それがトランプの勝利を支えた人々である。

彼らはまた敬虔なキリスト教徒で、進化論を信じず、『聖書』は神の言葉であり、神の言葉に従って生きることが本当の人生だと考えている。PRRIの調査(10月27日)では、白人エバンジェリカルの66%がトランプを支持している。主流派プロテスタントの49%がトランプ、39%がクリントン支持である。意外だったのは、白人カトリック教徒の48%がトランプ支持であったことだ。クリントン支持は41%に留まっている。もともとカトリック教徒は民主党支持層である。さらに今回の選挙中にトランプはローマ教皇の批判を行って、カトリック教徒の間に軋轢が生じていた。それにもかかわらずカトリック教徒はクリントン以上にトランプを支持したのである。ただしヒスパニック系のカトリック教徒の84%はクリントンを支持し、トランプ支持は12%に留まった。クリントンの支持が高かったのは非キリスト教徒で58%である。トランプ支持は25%に過ぎない。興味深いのは、男性のエバンジェリカルの71%がトランプを支持していることだ。以前のブログで「なぜエバンジェリカルはトランプを支持するのか」と題するブログを書いた。それを裏付ける結果であった。エバンジェリカルもトランプに“賭けた”のである。急速に進む非宗教的傾向に抵抗できる代弁者として、利害が一致したのである。トランプはエバンジェリカルに向かってリベラル派との“文化戦争”を仕掛ける約束をしたのである。トランプはもともと中絶賛成派(プロチョイス)であったが、大統領選挙に出馬するにあたって極めて保守的な立場を取り始めている。エバンジェリカルにとって、クリントンは敵であるリベラル派の旗頭であり、宗教的価値観を否定する存在であった。クリントンの当選を阻止するためにはエバンジェリカルは悪魔とさえ取引することを厭わなかったのである。

多くの専門家が選挙予想を間違えたのは、南部の保守的な人々の閉塞感の深さと怒りの大きさを理解できなかったためである。そうした文化的な閉塞感にリーマンショックが加わり雇用状況の悪化が急速に進んだことが、今回の選挙の重要な背景にあった。中西部と南部には失業者が多く、都市インフラの劣化は激しく、犯罪も増えている。先の見えない状況が普通に起こっている。たとえば雇用状況について言えば、2016年10月の全国の失業率は4.9%であるが、トランプを支持したルイジアナ州は6.4%、ペンシルバニア州は5.7%、ニューメキシコ州は6.7%、ウエストバージニア州は5.8%、イリノイ州5.5%、ミシシッピ州が6.0%と軒並み全国平均を上回っている。彼らが、自由貿易協定と不法移民が失業と荒廃の理由だと聞かされた時、その論理的な筋道よりも、その議論に無反省に飛びついたのである。また高卒以下の人々に理屈は必要なかった。目の前にある現実ことすべてであった。

2.CNNの出口調査から見たトランプ支持者の実像

まず誰がトランプに投票したかを見よう。投票した人の内訳は男性48%、女性52%であった。男性のうち53%がトランプに投票、女性のうち54%がクリントンに投票している。ジェンダーの違いが明確に投票に現れている。女性の支持が得られないと言われたクリントンだが、この出口調査では女性の支持を多く得ている。年齢的には、クリントンは若い層の支持を多く得ている。これも筆者の予想と違っている。クリントンを支持したのは、1960年代、1970年代にフェミニスト運動を経験した世代の女性だと思っていた。だがクリントンは19歳から29歳の55%、30歳から44歳の50%を得ている。だが45歳以上の女性の支持率はトランプを下回っている。「ガラスの天井を破る」というアピールは若い女性に受けたのかもしれない。トランプ支持者の最大の特徴は、上で説明したように、多くの白人が支持したことである。投票者の70%が白人であり、そのうちの58%がトランプに投票している。クリントンは37%に過ぎない。逆に黒人は投票の12%を占め、そのうち88%がクリントンに投票している。ヒスパニック系の投票は選挙に大きな影響を与えると見られていたが、投票全体の11%を占めたに過ぎない。投票率は予想に反してそれほど高くはなかった。クリントンには65%が投票している。非白人でみれば74%がクリントン、21%がトランプであった。白人の中でも白人男性63%、白人女性の53%がトランプに投票している。トランプの白人票掘り起こし作戦が成功したといえる。

学歴でみると、高卒以下・短大が全体の50%を占め、そのうち52%がトランプに投票している。これも従来の世論調査と近い結果である。大卒以上は52%がクリントンに投票しており、学歴で見る限りイーブンであった。意外だったのは所得である。低学歴、労働者がトランプ支持者のプロファイルであるが、5万ドル以下の年収者の52%がクリントンに投票したのに対して、5万ドル以上の49%がトランプに投票している。クリントンに投票したのは47%である。これをどう判断すればいいか迷うところである。既婚、未婚で見ると、既婚者はトランプへ53%、未婚者の55%がクリントンに投票している。既婚者は「安定」を求めたのかもしれない。宗教ではエバンジェリカルと答えたのは28%と予想外に低く、そのうち81%がトランプに投票している。ただ主流派も含めてプロテスタントと答えたのは52%であった。プロテスタントの58%、カトリック教徒の52%がトランプに投票している。宗教票はトランプに多く流れたということである。

何が重要な課題かに対して、クリントンに投票した人は「外交政策(60%)」と「経済(52%)」と答えているが、トランプの場合は「移民問題(64%)」、「テロ対策(57%)」と答えている。移民問題はトランプが盛んに主張したテーマで、有権者に幅広く浸透していることがわかる。クリントンに投票した人で「移民問題」を重要な課題に挙げたのはわずか32%に過ぎない。大統領としての素質で何が大切かという問いに対して「変化」と答えたのは39%と最も多く、次が「経験」の21%であった。「変化」と答えたうちの83%がトランプに投票している。民主党予備選挙で対抗馬のベニー・サンダース上院議員が「革命」を訴えたのに対して、クリントンは「進化」と答えていた。またクリントンはオバマ政権の政策を引き継ぎ、発展させるとも言っていた。要するに、その主張から「革命」「改革」「変化」という言葉は出てこない。大統領選挙では規制秩序に挑戦するという姿勢が絶対に必要である。だがクリントンはオバマ大統領の支持を必要としていた。とすればサンダースやトランプのような形で現状を否定することはできなかった。それは大統領候補としては致命的であった。

メキシコとの国境に壁を建設するというトランプの主張に対して、賛成41%、反対54%であった。賛成派の86%がトランプに投票している。反対派の76%がクリントンに投票している。両候補者の政策の差がはっきりと出ている。自由貿易協定に関して投票者の42%がアメリカから雇用を奪ったと答えている。その65%がトランプに投票している。雇用を創出したという回答は38%で、そのうちの59%がクリントンに投票している。しかしクリントンはトランプ同様に自由貿易協定反対の立場を取っていた。オバマケアに関しては、投票者の30%が十分ではないと答え、18%がちょうど良い、47%がやりすぎであると答えている。やりすぎと答えた有権者の83%がトランプに投票している。トランプはオバマケアの廃止を主張しているからだ。実際にオバマケアをどうするかは、新政権にとって重要な課題になるだろう。経済状況に関しての質問で、経済状況が良いと答えたのは投票者の36%、悪いと答えたのは63%であった。アメリカ経済は欧州や日本と比べればはるかに良好だが、アメリカ国民の実感からみれば、良くないと感じているのであろう。経済は良いと答えたうち77%がクリントンに、悪いと答えた63%がトランプに投票している。これも選挙戦略に合っている。トランプはアメリカ経済が悪いと訴え続けていた。だから自分が必要だ、というのが彼のロジックであった。調査を見る限り、多くのアメリカ人には景気回復の実感はないようだ。トランプはアメリカの現状に対して悪いイメージを送り続けていた。著書『Crippled America How to Make America Great Again』の中で、「本書の中で私は機能不全に陥ったアメリカについて語る。不幸にも、アメリカについて良いことはほとんどない。したがって私は私が幸福でないことについて描いてみたい。その絵は喜びよりも怒りと不幸を反映した絵である。なぜなら、今、私たちは喜びに満ちた状況にはないからだ」と書いている。クリントンの楽観的なメッセージよりも、有権者は真剣に耳を傾けたのであろうか。

トランプとクリントンは全く違ったメッセージを、まったく違ったグループに送り続けたのである。幸せを感じている有権者よりも、不幸で怒りに満ちた有権者の方がより大きな力を発揮したのである。これも多くの専門家が読み間違えた要因のひとつではないかと思う。

3.トランプ新政権の政策を評価する

前のブログで「トランプの政策」について詳細に分析した。詳しい分析はそちらの記事を読んでください。トランプ新大統領が最初に直面するのは議会である。テクニカルに言えば、大統領に就任して最初に施政方針演説である「一般教書演説」を行う。大統領が議会に行くのは1年に1度で、この演説をするためである。そして予算教書で予算の大枠を提示する。それを受けて議会で予算の審議が始まる。その中で税制改革の提案を行うことになる。トランプ新大統領は公約に従えば、所得税引き下げなどの法案を提出することになる。大統領には法案提出権はなく、議員が大統領の案を組み込んだ法案を提出し、審議が行われる。そこで問題となるのは、政府と議会の関係である。執筆時点で新議会の正確な勢力分布は分かっていない。ただ下院は引き続き共和党が多数を占めた。上院は民主党が議席を増やして共和党と拮抗する状況である。トランプ新大統領はまず共和党首脳と調整を図らなければならないが、予想外の差での勝利したことで強気の議会運営をしてくると予想される。両院を共和党が占めれば議会運営は楽になる。ただ上院は少数党がフィルバスター(議事妨害)を合法的に行使することができるので、場合によっては上院での審議は停滞する可能性もある。今議会以上に政治の両極化が進む懸念もある。

トランプ政権の次の課題は空席になっている最高裁判事の指名と承認であろう。最高裁判事は終身であり、その判決は社会に大きな影響を与える。通常、大統領は自分の党の思想に近い人物を任命しようとする。現在、オバマ大統領は次期判事を指名しているが、上院での審議は進んでいない。共和党は次の最高裁判事は新大統領が指名すべきだと主張して審議に応じないためだ。新大統領は新しい人物を最高裁判事に指名するだろう。ただ今度は民主党が簡単に承認するかどうか疑問である。最高裁判事の承認を巡って最初の厳しい戦いが始まりそうだ。また国内政策では富裕層の減税がある。課税区分を簡素化し、最高税率を引き下げる。低所得層で非課税となる層もあるが、基本的には“金持ち減税”である。これも議会がすんなり飲むかどうか疑問である。もうひとつの大きな政策はインフラ投資の促進である。これは共和党を納得させなければならない政策である。共和党は公共事業などに反対しており、こうしたインフラ投資は州政府が行うものだという強い考えを持っている。さらに石炭産業を中心とする規制緩和がある。石炭産業の規制緩和は環境に大きな影響を及ぼすとして、民主党は反対の立場を取る。ちなみに共和党議員やトランプ新大統領は気候変動はリベラル派の“陰謀”であると主張しており、環境問題の議論も変質してくるかもしれない。大きな公約としてオバマケアの廃止などがある。いずれも民主党の抵抗が予想されるが、持ち前の剛腕を発揮して政策を推進することができるのか、あるいは対立姿勢で議会が麻痺するのか、いずれにせよ大きな変化がでてくると予想される。

つぎに自由貿易協定の問題がある。共和党の「2016年政策綱領」には「選挙後のレームダック会期中に重要な貿易協定は批准しない」と書かれている。したがってオバマ大統領が残りの会期でTPP批准を実現することは事実上不可能で、TPPの扱いは新政権に委ねられることになる。トランプは、選挙期間中、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉を訴えていた。これも前のブログで詳細な説明をした。メキシコ、カナダが再交渉に応じない場合、条約に基づいて撤退する意向を通告すると語っている。同様にTPPには絶対反対の立場を表明している。アメリカの雇用喪失は自由貿易協定によるものだと選挙中に繰り返し訴えてきた。大統領になったからと言って、簡単に公約を破る訳にはいかない。クリントンは逃げ道を作っていたが、トランプにはそうした工夫は見られない。問題は、共和党は自由貿易協定を推進してきたということだ。その背後には金融資本と多国籍企業が存在する。果たして新大統領がNAFTAの再交渉を共和党議員に、さらに企業に納得させることができるのか。もし共和党内からの反乱が起これば、政権は大きな挫折を味わうことになるだろう。政府と党の調整をどうするかが最大の課題である。

TPPに関してトランプが現状のまま批准に踏み切ることはないだろう。トランプは「多国間協定」ではなく、「二国間協定」を進めるべきだと主張している。それはアメリカの主張が通りやすいからである。そして有能でタフな通商交渉の担当者を任命すべきだとも語っている。ただTPPの再交渉はアメリカだけで決められるものではない。日本政府は日本が早く批准することでアメリカに圧力を掛けることができると考えているようだが、そうした日本政府の担当者はアメリカ政府の本質をまったく理解していないのであろう。アメリカは自分の利害で動くのであって、他の国に配慮することはない。ましてやトランプが他国の圧力に屈するとは思えない。また興味深いのは、トランプの知識不足かもしれないが、繰り返し中国が裏口からTPPに加盟することに警戒心を露わにしていることだ。TPP再交渉か離脱かが現実の問題になってくるのは間違いない。

トランプは通商問題では中国の為替操作を繰り替えし批判し、財務省に中国を為替操作国に指定するように要求している。為替操作国に指定すると、財務省は具体的な対応策を取らなければならない。それは当然、中国との関係悪化を意味する。したがって歴代政権は中国を為替操作国に認定することを渋ってきた。また中国政府の輸出補助金も繰り返し問題にしている。中国元安操作と輸出補助金に関連して中国からの輸入品に課徴金を課すことも主張している。その姿勢は大きく変わらないだろう。とすれば通商問題を巡って中国政府との間で緊張が高まるのは間違いない。米中の間で為替問題、貿易不均衡問題が出てくれば、それは円安政策で景気浮揚を狙う安倍政権に飛び火する可能性もある。国内雇用を重視するトランプにとって、日米貿易不均衡を放置することはできないだろう。

安全保障問題でも厳しい主張が目立った。選挙公約がそのまま政策になるわけではない。ただ軍事費の「公平な負担(fair sharing)」は従来からの保守派の主張でもあり、具体的な要求が出てくる可能性はある。ただ先走って議論する必要はないだろう。トランプ、はNATOは冷戦をベースとする時代遅れの組織で、改める必要があると主張している。さらに大統領就任後、すぐにNATO首脳との会談を開催することを呼び掛けるという意向を示している。どのような議論になるか、現時点では分からない。かなり緊張感が高まる事態も予想される。フランスのオランド大統領は、まった価値観の違う米大統領が誕生したと警戒心を示していた。

またトランプは同盟国に対して「友邦であることを証明することを求める(to prove our friends)」としており、早急に同盟国とそれぞれ首脳会談を行う意向を示している。中国に対する安全保障問題には、筆者が知る限り、言及していない。中国の海洋進出問題や南シナ海問題をどう扱うか不明である。プーチン・ロシア大統領との密接な関係にあり、米ロ関係が従来とは違う展開を見せる可能性がある。

選挙公約がそのまま政策になるわけではない。主要閣僚に誰が任命されるかで状況は変わってこようが、従来、想像もできなかったような大きな不確実性が将来に待ち構えていることは間違いない。ただトランプの基本的考え方は伝統的な孤立主義に近い。冷戦終結後、アメリカ軍の世界からの撤退を要求したパット・ブキャナンの「パレオコンサーバティブ(復古的保守主義:paleoconservative)」の主張に近い。ジョージ・ワシントン大統領の時代からアメリカには孤立主義の遺伝子が組み込まれている。戦後、共和党は現実主義の外交政策を展開してきた。またブッシュ政権の時代にはネオコンが理想主義の外交政策を展開してきた。アメリカの外交政策は、「現実主義」「理想主義」「国際主義」「孤立主義」の4つの組み合わせで出来上がっている。それに「介入主義」と「非介入主義」を加えていいかもしれない。トランプの安全保障政策は、どの組み合わせになるのであろうか。オバマ政権は「オバマ・ドクトリン」で世界の指導者の立場から後退していった。トランプは世界的にも偉大なアメリカの実現を目指している。誰が安全保障政策の顧問になるかで、方向はかなり変わってくるかもしれないが、どんな外交政策を打ち出してくるか興味深い。

4.“ポピュリズム革命”とその行方

筆者は以前からクリントンが勝利しようが、トランプが勝利しようが、今回の大統領選挙は歴史的転換を示す選挙になるかもしれないと言い、書いてきた。それはどういう意味か。従来の政治軸とは全く違う政治軸が出てきたからである。それは“ポピュリズム”である。共和党はトランプ、民主党はサンダースが、それを代表する政治家である。ポピュリズムは日本では「大衆迎合主義」と訳されているが、それは正確な使い方ではない。語源はアメリカの人民党(”People’s Party”)から出てきている。同党の政治家は自分を「ポピュリスト」と呼んだ。同党が結成されたのは1891年である。党の目的はレッセフェール(自由放任主義)に反対して、農民、労働者を支援することであった。ただ中国人を中心に移民反対を唱えている。また金本位制に加えて銀本位制を主張したことで知られている。同党は1894年の選挙で下院議員4名、上院議員4名、21名の州知事、465名の州議会議員を当選させている。最終的には民主党に吸収されるが、その思想は民主党に引き継がれ、セオドーア・ルーズベルト大統領とウードロー・ウィルソン大統領の「進歩主義」、フランクリン・ルーズベルト大統領のニューディール政策で具体化される。

今回の大統領選挙はサンダース、トランプともに共和党が推し進めてきた「ネオリベラリズム(neoliberalism:新自由主義)」に反対する立場を主張してきた。ネオリベラリズムとはレッセフェールの思想である。サンダースとトランプは自由貿易に反対している。サンダースが所得格差拡大を問題にしたのに対して、トランプは自由貿易に伴うアメリカの雇用喪失を問題にした。ポピュリズムのもうひとつの特徴は、反エスタブリッメントである。戦後、民主党はニューディール・リベラリズムを指導原理として政策運営をしてきた。より平等な福祉国家の建設を目指した。これに対して共和党は保守主義を導きの思想とし、「保守革命」を成し遂げ、エバンジェリカルを取り込みながら「保守的な白人の党」を作り上げてきた。今や世界はネオリベラリズム思想で動かされている。日本も例外ではない。だが、その矛盾も明らかになりつつある。サンダースとトランプは、そうした問題に挑戦している。民主党と共和党という異なる立場にありながら、期せずして同じポピュリストが登場してきたのである。筆者は共和党の「保守革命」に対するトランプの「ポピュリズム革命」を主張する。それがどんな展開を示すのか大いに興味あることだ。それの結果は、いずれ日本にも影響を及ぼすようになるだろう。「ポピュリズム革命」に関しては次回のブログで詳細に議論する予定である。今回の記事も長くなったが、役に立つ意味のある情報を提供し続ける覚悟です。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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