Yahoo!ニュース

トランプ研究(4):早くも不協和音が聞こえ始めたトランプ政権と共和党の関係-政策の違いが表面化するか

中岡望ジャーナリスト
ISとの戦いの戦略策定を指示するトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

内容

1.トランプ大統領の側近“4人組”が政策を主導

2.伝統的な共和党の政策から離反するトランプ政権の政策

3.通商政策を巡るオバマ大統領の変節とトランプ大統領

4.TPP離脱に対する共和党議員と民主党議員の反応

5.巨額なインフラ投資を巡るトランプ大統領と民主党の“奇妙な関係”

6.トランプ大統領と共和党の間に出始めた軋み

7.共和党は政策の原則を捨て、トランプ大統領と心中するのか

1.トランプ大統領の側近“4人組”が政策を主導

トランプ大統領は1月20日に大統領に就任後、相次いで「大統領令」と「大統領覚書」に署名し、相次いで政策を打ち出している。2月2日現在、大統領令は7件、大統領覚書は11件に達している。それはすべて大統領選挙での「公約」を実施したもので、その限りでは特に意表を突くものではない。スパイサー報道官は「今までの大統領と違い、極めて忠実に選挙公約を着実に実施している」と語っている。トランプ大統領の大胆な政策を評して「トランプ革命」だと指摘する声もある。オバマ前大統領の政策を全て否定し、戦後作り上げられてきた通商体制や安全保障体制など既存の秩序を否定する政策は、むしろ「トランプ反革命」といったほうが正確かもしれない。そうした政策に対してリベラル派の反発だけでなく、与党の共和党内から当惑する声も出始めている。トランプ大統領の政策で、国内の分裂はさらに深刻化し、国際的にも孤立する懸念も出てきている。

政権が発足すれば、トランプ大統領は現実的になり、政策のトーンも変わるのではないかと期待されていた。だが、今のところ、そうした気配はまったく感じられない。『ウォール・ストリート・ジャーナル』(1月27日)紙は、トランプ大統領は、大統領というよりも企業経営者の感覚で政権を運用していると指摘している。スタッフに相談することなくすべて自分で決めるワンマン経営者である。ホワイトハウスのウエスト・ウィングにあるオバール・オフィス(Oval Office)と呼ばれる大統領執務室に、アンドリュー・ジャクソン第7代大統領(1829年~1837年)の肖像画が飾ってある。ジャクソン大統領は民主党の創設者であり、ワシントンの支配層と腐敗を追及したポピュリストの大統領として知られている。同時に人種差別論主義者で奴隷制度を支持し、強権を発動したことでも有名である。トランプ大統領がジャクソン大統領の肖像画を執務室に飾っているは、何か象徴的である。ジャクソン大統領は弾劾に掛けられた最初の大統領でもある。現在、リベラル派の人々がトランプ大統領の弾劾を準備しているが、これも共通点となるかもしれない。

現在、トランプ政権は、マイク・ペンス副大統領、ランス・プリーバス首席補佐官、スティーブ・バノン首席戦略官(chief strategist)、ケリーアン・コンウエイ顧問、娘婿のジャレッド・クッシュナー顧問の側近の“4人組”によって実質的に運営されている。中東7カ国からの入国規制や難民受け入れ規制を決めた「大統領令」は、国務省や司法省などと事前の打ち合わせもなく、極右で白人至上主義者のバノン首席戦略担当官が書き上げたものである。その大統領令を巡って憲法訴訟が起こり、内外から厳しい批判を浴び、政府は釈明に追われ、トランプ大統領の“最初の敗北”と言われている。現在、政権の中で突出した影響力を示しているのがバノン首席戦略官である。政府内に長期戦略を練るセクションとして「戦略開発グループ」を作る案があり、バノン首席戦略官が同グループを率いると見られている。

2.伝統的な共和党の政策から離反するトランプ政権の政策

政権発足から2週間、幾つか奇妙な現象が見られる。それはトランプ大統領の政策に関して野党の民主党が賛成し、与党の共和党が反対するという“捻じれた関係”である。アメリカの政党はイデオロギー的立場がはっきりしている。共和党は“保守主義の政党”であり、民主党は“リベラルな政党”である。トランプ政権と共和党は中絶などの社会政策では一致しているものの、経済・安全保障政策で乖離が見られる。「トランプ革命」は既成の秩序を壊そうとするものであり、その対象には伝統的な共和党の政策も含まれている。極右勢力はトランプ大統領の超保守的な政策を熱狂的に支持しているが、共和党内の穏健派は当惑を隠さない。共和党主流派は伝統的な保守主義路線を捨ててトランプ大統領のもとに結集するのか、それとも保守主義の原則に戻ってトランプ大統領に路線変更を迫るのだろうか。共和党は民主党から大統領を奪い取ったという熱気に酔いしれているが、その酔いもいつまで続くものではない。

最初の“捻じれ”は通商政策である。既にトランプ大統領はTPPからの離脱を決定した大統領覚書に署名し、通商代表部代表は書面で関係国に離脱を通告している。さらにトランプ大統領は大統領令でメキシコとの国境に壁を作る方針を明らかにしており、今後はNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉あるいは脱退に向けた動きが出てこよう。

ただ奇妙なことに、NAFTA離脱の急先鋒に立つのは共和党議員ではなく、民主党議員や労働組合、環境団体であることだ。1月13日にアメリカ最大の労働組合AFL-CIO(米労働総同盟産業別会議―加盟労働者数1100万人)のリチャード・トラム委員長は、トランプ・タワーに大統領就任を控えたトランプ氏を訪問している。この時期に共和党の次期大統領が民主党支持の労組委員長と会うというのは異例である。会談後、同委員長は「建設的な会合であった」と記者団に向かって満面の笑みをたたえて語った。同委員長は会談の内容の詳細に関して説明はなかったが、TPPとNAFTAからの離脱あるいは再交渉が話し合われたことは疑問の余地はない。

トラムカ委員長は選挙中、トランプ候補が最低賃金の引き上げなどに反対し、NAFTA再交渉という“実行もできない約束”をしていると批判し、AFL-CIOはヒラリー・クリントン候補を正式に支援していた。またトラムか委員長は、トランプ政権の商務長官、労働長官など経済閣僚は「いずれも反労働者的だ」とツイッターで繰り返し批判していた。ただNAFTA再交渉あるいは離脱が現実味を帯びてきたことで、同委員長はトランプ大統領に対する態度を豹変させた。同委員長は強烈なNAFTA批判者で知られている。

もともとNAFTAはブッシュ大統領が共和党と産業界の支持を得て1992年12月17日に調印したものである。しかし、民主党が多数を占める議会(上院は民主党55議席、共和党45議席、下院は民主党250議席、共和党183議席)で批准が進まず、最終的に議会が条約を批准したのは民主党のクリントン政権下の1993年12月8日である。しかし、民主党議員の多くと労働団体、環境団体は批准に反対した。その理由は、低賃金のメキシコの労働者との競合で労働条件が悪化すること、賃金が低下すること、雇用を喪失する懸念があること、環境保護規制が整っていないメキシコとの通商で環境が悪化することなどであった。クリントン大統領は、こうした身内からの批判に応えて協定を批准に持ち込むために、「メキシコとの再交渉で労働協定と環境協定が締結されるまで協定は批准しない」と主張していた。

クリントン大統領はメキシコ政府と再交渉を行い、労働協定と環境協定を締結したことで議会にNAFTAの批准を求めた。しかし再交渉で成果を上げたにもかかわらず、民主党議員の多くは批准に反対した。上院の投票では賛成61票、反対38票で批准は承認された。賛成票の内訳は共和党議員34名、民主党議員27名であった。下院では賛成234票、反対200票であった。賛成票の内訳は、共和党議員132名、民主党議員102名であった。上院も下院とも共和党議員の賛成でNAFTAは成立したのである。NAFTA批准でクリントン大統領に協力したのは、共和党のニュート・ギングリッチ下院幹事であった。同氏は今回の大統領選挙で、共和党主流派の意向に反していち早くトランプ候補支持を表明した人物である。そのギングリッチ元下院議長も、現在ではトランプ大統領のNAFTA再交渉あるいは離脱を支持している。

3.通商政策を巡るオバマ大統領の変節とトランプ大統領

2008年の民主党大統領予備選挙でバラク・オバマ候補とヒラリー・クリントン候補は異口同音に「労働基準と環境基準を強化するためにメキシコとNAFTAの“再交渉”をする。今後、新たな自由貿易協定は結ばない」と主張していた。オバマ候補は「再交渉を実現する手段としてNAFTAからの離脱(opt-out)を利用する」と語っていた。理由は簡単である。民主党の大統領予備選挙で勝利するためにはNAFTA反対の労働組合の支持が不可欠だからである。これに対して共和党のジョン・マケイン候補は「自由貿易を支持する」と、まったく逆の立場を取っていた。これも当然で、新自由主義政策を推し進めることが共和党を支持する産業界や金融界の利益になるからである。共和党はドナルド・レーガン大統領(1981年~1989年)のもとで新自由主義の政策を推し進めてきた。その柱がグローバリゼーションであった。

選挙運動中は自由貿易反対の立場を取っていたオバマ大統領は、大統領に就任すると一転して「米韓自由貿易協定」を推し進める。もともと同協定はブッシュ大統領が始め、2007年6月30日に調印したものである。だが議会での批准は進まなかった。オバマ大統領は韓国政府と“再交渉”を行い、2010年12月に再交渉で合意し、2011年10月に議会が批准した。クリントン大統領によるNAFTA批准の過程と極めて類似している。両大統領とも通商条約の“再交渉”を主張していた。トランプ大統領の立場も同じである。

「米韓自由貿易協定」批准後も、民主党議員は自由貿易反対という基本的な立場を崩さなかった。オバマ政権にTPP交渉を進めることを認めた「貿易促進権限法(Trade Promotion Authority Act)」は下院で賛成218、反対208、上院で賛成62、反対37で成立したが、多くの民主党議員は反対票を投じている。ここでも共和党議員が法案成立の原動力であった。2016年2月10日にTPP参加12カ国がニュージーランドのオークランドに集まり調印式を行った。だがオバマ大統領は在任期間中に議会の批准を得ることはできなかった。

そこに登場してくるのがトランプ大統領である。彼は早い段階からNAFTAを批判していた。1993年10月に行った演説で「NAFTAが悪い条約である」と批判している。選挙運動中も「NAFTAはアメリカに災いをもたらす。NAFTAは完全に廃棄すべきである」と、NAFTA批判のトーンを強めている。NAFTAがアメリカから雇用を奪ったというのが、批判の理由である。選挙公約をまとめた『アメリカ人との契約』の中で就任100日以内に実施する政策の最初にTPP離脱と並んでNAFTA再交渉・離脱が掲げられている。その意味で、トランプ大統領がNAFTA再交渉あるいは離脱を主張するのは不思議ではない。トランプ大統領からすれば公約を実行するだけの話であろう。

4.TPP離脱に対する共和党議員と民主党議員の反応

では、共和党は本当にTPP撤退やNAFTA再交渉・離脱を受け入れているのだろうか。トランプ大統領がTPPからの離脱を発表した直後、共和党の元大統領候補のジョン・マケイン上院議員は「トランプ大統領のTPPから撤退するという正式な決定はアジア太平洋におけるアメリカの経済と戦略的な立場に永続的な影響をもたらす深刻な誤りである。この決定は、アメリカの輸出を促進し、貿易障壁を低め、新しい市場を切り拓き、アメリカの発明とイノベーションを守る機会を奪うことになる。中国がアメリカの労働者を犠牲にして将来の経済ルールを書き直す可能性を与えることになる。アジア太平洋地域からアメリカが撤退するというシグナルを送ることになる。TPPからの撤退は間違った決定である。世界で最も経済的に活況を呈し、最も急速に成長と遂げている地域でアメリカの労働者と企業が競争力を保つことこそ大切なのである」という声明を発表している。これは貿易の自由化を促進してきた共和党主流派の主張を代弁したものである。

企業からもトランプ大統領の保護主義に対する懸念と批判が出ている。1月31日にCNBCが経営者やエコノミストを対象に行った調査では、トランプ政権の通商政策に対して83%が否定的な意見を述べている。51%が保護主義はアメリカの経済成長にとった最大の脅威だと答えている。メキシコからの輸入品に高関税を課すという政策に関しても、回答者のあるエコノミストは「関税引き上げという悪い政策でメキシコ経済にダメージを与えるのは、隣人の家の窓に石を投げ込むのと同じだ」と、トランプ大統領の政策に批判的なコメントを寄せている。ただ中には「アメリカは自由貿易の恩恵を得てこなかった。トランプ大統領が保護主義的な政策をとっても、人々が思っているほどアメリカが失うものはない」と、保護主義政策を支持する回答もあった。

共和党穏健派や経営者の保護主義に対する懸念とは逆に、民主党はトランプ大統領の通商政策を歓迎している。サンダース上院議員は「私はTPPが死んだことを喜んでいる。過去30年間、私たちは様々な貿易交渉を行ってきた。その中にアメリカから何百万もの高賃金の雇用を奪い、アメリカの労働者の賃金を引き下げ、最下層に追いやったNAFTAも含まれている。今こそ、多国籍企業ではなく、労働者の家族を助けるような新しい通商政策が必要である。トランプ大統領がアメリカの労働者を助けることを真剣に考えているなら、私は喜んで大統領に協力する」という声明を発表している。与党のマケイン上院議員がトランプ大統領の決定に反対し、野党のサンダース上院議員がトランプ大統領の決定を支持している。極めて奇異な光景である。

まだグローバリゼーションで最も大きな恩恵を得てきたアメリカの金融機関や多国籍企業から明確なメッセージは伝わっていない。GMなどのアメリカの多国籍企業がトランプ大統領の“圧力”に簡単に屈し、メキシコでの投資計画や事業計画を変更し、国内での投資を行うと発表している。筆者には、どうして多国籍企業がトランプ大統領の圧力にかくも簡単に屈してしまったのが理解できない。トランプ大統領は、雇用を取り戻す自分の政策の成果だと自画自賛しているが、大統領には一企業の経営に介入する権限はない。「道徳的説得(moral suasion)」はありうるが、トランプ大統領のやり方はその範疇を超えている。経営判断は企業の経営者の責任において行うものである。アメリカ企業は政府の介入に対して戦い、政府に規制緩和を求めてきた歴史がある。しかし、トランプ大統領が提供する法人税減税や補助金、規制緩和という“アメ”につられて、またトランプ大統領の報復を恐れ、アメリカの経営者は自由貿易の原則を放棄するのだろうか。

2017年2月2日、共和党議員をホワイトハウスに招いての会談で、トランプ大統領はNAFTAの再交渉に言及して、NAFTAは「自由貿易(free trade)」だけでなく、「公平な貿易(fair trade)」でなければならないと語った。この公平は貿易は、実はリベラル派でノーベル経済学賞を受賞しているジョセフ・スティグリッツ・コロンビア大学教授が主張し、2008年の民主党大統領予備選挙でクリントン候補が盛んに主張したことである。ここでもトランプ大統領は共和党の政策原則を離れ、リベラル派の主張を取り入れている。なお、2015年に成立した「貿易促進権限法」では、正式にメキシコとの再交渉や新たな通商交渉を行う場合、90日前に議会に通告しなければならない。

4.トランプ大統領の通商政策、通貨政策のもうひとつの問題

トランプ大統領の通商政策には、もうひとつ深刻な問題がある。それは“多角的通商交渉”から“二国間通商交渉”に路線を転換することだ。これは戦後の貿易体制の原則を根底から覆すものである。戦後の貿易体制は「GATT(関税と貿易に関する一般協定)」が基本的な枠組みとなっている。第2次世界大戦の教訓から各国は協調して関税を引下げ、貿易障壁を取り除くことを目指してきた。加盟国すべてが参加する“多角的通商交渉”を通して、自由貿易体制を作り上げてきた。“ラウンド”と呼ばれる「関税一括引下げ交渉」(ケネディ・ラウンド、東京ラウンド、ウルグアイ・ラウンドなど)が何度も行われ、成果を上げてきた。だが最近では先進国と途上国の経済情勢や経済発展段階の違いから次第に妥協が難しくなり、「ドーハ・ラウンド」は機能しなくなっている。その結果、交渉の焦点は地域自由貿易協定に移っていく。様々な地域自由貿易協定を積み上げることで最終的に世界的な自由貿易体制を達成する方向に変わっていった。二国間交渉も行われているが、その目指すところは貿易自由化を促進であって、保護主義的なものではなかった。

だがトランプ大統領の主張する二国間通商交渉は違う。その政策は「雇用を外国から取り戻す」という保護主義的なものである。二国間交渉は間違いなくアメリカにとって有利な交渉方法である。例えば日米通商交渉で日本は常に妥協を強いられてきた。繊維交渉に始まり、カラーテレビ、鉄鋼、自動車、半導体などが様々な分野で交渉が行われてきた。日米半導体協定は日本の半導体産業の壊滅の主因となった。国内市場開放では金融自由化を迫った「日米円ドル委員会」での交渉、日本市場の開放を迫った「日米構造協議(SII)」などがあった。記者として金融自由化、SIIを取材した経験からいえば、アメリカ政府は相当強引な交渉を迫っていたのを覚えている。

トランプ大統領はGMなど自動車企業への圧力に見られるように、企業の海外直接投資を規制しようとしている。アメリカ企業が海外に進出する場合、海外で生産した商品の輸入に対して高関税を課す一方、海外企業に対してアメリカ市場で製品を売りたければアメリカで生産することを強要するとみられる。トヨタ自動車に対する圧力が、その例である。途上国への直接投資は、現地での雇用を増やすほか、技術移転や経営ノウハウの移転をもたらし、世界経済を拡大させる効果がある。トランプ大統領の政策は、そうした流れに逆行するものである。

ただ輸入品に対して高率関税を掛ければ、最終的に消費者の負担に転嫁されることになる。トランプ大統領は、メキシコとの国境に壁を作る資金はメキシコからの輸入品に高関税を課して調達すると主張しているが、それは最終的に消費者が負担することを意味している。アメリカ最大のスーパーのウォールマートがアメリカ国内で販売している大半の製品は中国製である。小売業だけでなく、製造業も中国などで生産された安い部品に依存している。高関税はアメリカ企業にとって部品価格の上昇を意味し、競争力の低下につながる。ちなみに中国のアメリカ向け製品で最も多いのがIT関連の部品である。トランプ大統領は「雇用を取り戻す」という公約に拘泥するあまり、全体的な経済の因果関係には無頓着なようだ。

もっと直接的な影響も懸念もある。投資規制を導入し、高関税を課せば、貿易相手国はWTO(国際貿易機関)に提訴するか、報復措置を取るだろう。先のCMBCの調査では、中国や日本、メキシコの商品に高関税を課した場合、どのような事態が予想されるかとい問に対して、「中国が報復措置を取る」と答えた回答者は93%、「メキシコと日本が報復措置を取る」と答えた比率はそれぞれ73%と70%であった。報復合戦は“貿易戦争”を引き起こす。CNBC調査の担当者は「投資家は保護主義的な政策を支持しない。貿易戦争は、すべての戦争と同様に、最終的にすべての人に災いをもたらす」とコメントしている。

トランプ大統領は財務長官に中国を為替操作国として指定するように命令すると公約している。為替操作国に指定すると、財務省は是正措置を講じなければならなくなる。財務省は年2回、議会に各国の為替政策に関する報告書を提出する義務がある。議会の圧力にも拘わらず、財務省は中国を為替操作国に指定することを回避してきた。もしトランプ大統領が中国を為替操作国に指定するように命令した場合、財務長官は命令に背くことはできないだろう。ただ、現実には何が為替操作に該当するのかの判断は難しい。為替政策を巡る対立が激化すれば、戦後の世界経済のもう一つの柱であるIMFと米ドルを軸とする国際通貨制度も崩れていく可能性さえある。

トランプ大統領の二国間交渉には、もうひとつ大きな問題がある。それは二国間で貿易の均衡を図ろうとしていることだ。トランプ大統領は、アメリカに対して貿易黒字を計上している国はアメリカの労働者の職を奪っていることだと理解しているようだ。したがって二国間で貿易収支を均衡させれば、雇用と取り戻せると考えているように思われる。経済理論は、貿易は二国間で均衡させる必要はないと教えている。多国間で達成されればいいのである。またアメリカの貿易赤字は貿易相手国だけでなく、アメリカの経済政策にも原因がある。

自由貿易やグローバリゼーションを推進してきた共和党や経済界は、トランプ大統領の政策を本当に受け入れることができるのだろうか。経済論理から逸脱した政策は持続しないし、必ず経済に悪影響をもたらす。極右勢力は別にして、共和党主流派と経済界は大統領選挙の勝利の酔いが醒めた時、後悔するだろう。

5.巨額なインフラ投資を巡るトランプ大統領と民主党の“奇妙な関係

もうひとつのトランプ政権と民主党と共和党の“捻じれ”は、インフラ投資である。トランプ大統領は選挙公約に巨額のインフラ投資を掲げている。大統領就任演説でも、道路、ハイウエー、橋梁、空港などの建設を訴えている。1月24日、上院民主党のリチャード・シューマー院内総務とサンダース上院議員などが議会に10年間で1兆ドルのインフラ投資を行う法案を提出した。同法案の中には、学校、病院、交通ネットワーク拡充などのプロジェクトが盛り込まれており、提出議員は「インフラ投資で1500万人の雇用が創出される」と説明している(この数字の根拠は不明)。これはトランプ大統領が選挙運動で主張し、大統領就任演説で指摘したことと同じ内容である。『クリスチャン・サイエンス・モニター』紙(1月24日)は、「インフラ投資の分野でトランプ大統領と民主党は協力できるだろう」と指摘している。シューマー議員は「選挙運動中からトランプ候補はインフラ投資を言っていた。この分野で大統領が私たちの案に乗ってくるなら、私たちは大統領に協力する用意はある」というメッセージを送っている。民主党の下院院内総務のナンシー・ペロシ議員も同様な発言を行っている。

従来から民主党はインフラ投資を主張してきた。オバマ大統領もインフラ投資を重視していたが、財政赤字削減を主張する共和党の反対にあって実現には至らなかった。では、共和党は手のひらを返したように大規模なインフラ投資を支持するのだろうか。共和党のポール・ライアン下院議長は金額には触れないでトランプ大統領に協力すると発言している。しかし、これは従来の共和党の主張を覆す政策である。上院共和党のミッチ・マコーネル院内総務は1兆ドルの民主党案についた聞かれたとき、「共和党は政府支出の拡大に常に反対してきた」と原則的な立場を繰り返しているウ。共和党の中には強硬派な財政保守主義者(小さな政府、財政均衡を主張するグループ)が存在する。トランプ大統領は民間資金を活用することで財政負担を増やさないと語っているが、もし実行するとなれば、相当額の予算が必要となり、財税赤字の拡大は避けられないだろう。トランプ大統領は、”big government nationalist”である。共和党は保守主義の理念を捨て去るのだろうか。

6.トランプ大統領と共和党の間に出始めた軋み

トランプ大統領と共和党の間に既に軋みが出始めている。入国規制と移民規制を決めた大統領令には多くの共和党議員が反対する立場を明らかにしている。『ワシントン・ポスト』(1月30日)は、大統領の決定によって「共和党内に大きな亀裂が生じている」と報じている。ジェフ・フレイク上院議員は「長期的な安全保障を強化するには過激なイスラム・テロリストを全てのイスラム教徒に当てはめるのではなく、イスラム・テロリズムに対して洞察力のある理解をする必要がある」と、大統領令を批判。またスーザン・コリンズ上院議員も「特定の宗教の信者を優遇すべきではないし、特定の宗教の信者に過大な負担を強いるべきではない。移民を受け入れる過程で宗教テストをするのは無益であるし、アメリカの価値観に反する」という声明を出している。ボブ・ポートマン上院議員も「アメリカは常に難民や移住者を暖かく迎えてきた。それを継続すべきである」とトランプ政権の政策を批判している。

『ワシントン・エグザミナー』(2月1日)は、多くの共和党議員は「大統領の憲法に反するような強引なスタイルは選挙では役に立ったが、それが政治の統治方法に使われることを心配している」と指摘している。トランプ大統領の発言が国内だけでなく、海外でも軋轢を生んでいる。議員は世論に敏感である。こうしたトランプ大統領の行動や政策で共和党の支持率が低下すれば、トランプ大統領に対する反発も一気に強まる可能性もある。

さらにトランプ大統領を支持してきたフォックス・ニュースも批判的な立場を取り始めている。同社の経営者であるマードック兄弟はテレビ局のスタッフにメモを送っている。そのなかで「(大統領令で)影響を受けた同僚、家族を支援するためにできることは何でもする。自由な自己表現の機会を求めてアメリカに来た多くの人々はアメリカに独自の見方を提供してくれた。移民はアメリカの強さの基本的な部分である」と書いている。

閣内でも、大統領令はトランプ大統領の2人の側近によって秘密裏に作成され、事前に連絡を受けていなかったとジェームズ・マチス国防長官やジョン・ケリー国家安全保障長官は怒りを顕わにしている。さらに内外からの予想外の反発で、閣内で責任を巡って非難の応酬が見られる。大統領令を作成したとされるバノン首席戦略官とスティーブン・ミラー上席政策顧問に批判が集中している。プリーバス首席補佐官の能力不足も明らかになっている。ホワイトハウス内のスタッフ同士の権力抗争はいつもの話であるが、今回は対立の根は深そうである。

次の大統領と共和党お議員の間の大きな火種は、ロシア制裁解除であろう。これも多くの共和党議員の反対するところである。メディアとの対立も深刻な状況にある。トランプ大統領はCNNの記者を告訴すると脅したり、『ニューヨーク・タイムズ』を批判するなど、メディア批判を続けている。これも長期的にみてトランプ大統領にマイナスであろう。ホワイトハウスの記者会見での報道官の記者に対する無礼は対応も顰蹙を買っている。ライアン下院議長やマコーネル上院院内総務はトランプ大統領支持の姿勢を変えていないが、現在の状況が続けば、先行きは分からない。『ニュー・リパブリック』誌のブライアン・ビュートラー記者は「ライアン議長とマコーネル院内総務は見せかけの統一を維持するのに四苦八苦している」と書いている。

7.共和党は政策の原則を捨て、トランプ大統領と心中するのか

アメリカの政治には日本のように“党議拘束”は存在しない。与党議員であっても、自分の信念に反するなら、法案に反対する。日本では党が決定した法案に反対票を投じると“党議拘束”違反で、最悪の場合、除名される。以前、ワシントンでアメリカ人のジャーナリストと話をしたことがある。筆者が、日本では当選回数が大事になると話したところ、笑われてしまった。「議員一人一人は選挙民に選ばれており、選挙民を代表するもので、大統領とは対等である。当選回数など問題にもならない」という返答が返ってきた。選挙で党の資金に依存することもなく、議員の独立性は極めて高いのである。

現在、上院の議席は共和党52議席に対して無党派を含む民主党48議席である。共和党議員3名が法案に反対したら、法案は成立しない。過去において与党議員が反対に回って法案が成立しなかttケースは数多くある。その意味でトランプ政権の基盤は必ずしも強くはない。オバマ時代は反オバマで共和党議員は足並みを揃えてきた。トランプ政権下で同じように団結して行動できるかどうか疑問である。造反議員が出てもおかしくない。

ビュートラー記者は、「共和党議員はトランプ大統領の使命は何か、それが成功するのかどうか、致命的なダメージを与えることになるのかどうかを完全に理解しないまま、自殺にむって進む使命(suicide mission)に署名してしまった」、「共和党議員が、国民の合意と支持を失えば共和党の政策を実現できないと思うようになれば、トランプ大統領が取り返しのつかないダメージを共和党やアメリカ、国際秩序に与える前にトランプ大統領を見捨てるだろう」と書いている。

クイニピアック大学の調査では支持率は36%に過ぎない。不支持率は44%に達している。トランプ大統領の気質に嫌気している共和党議員も多い。クリントン大統領の時は就任式の日に全閣僚が議会の承認を得ていたが、今回は民主党の反対でなかなか承認が進まない状況にある。政策の支持も十分ではない。たとえばメキシコとの国境に壁を建設するという案も、議員の大半が共和党議員であるテキサス州議会は反対している。既にホワイトハウスからの情報リークが始まっている。まだ政権発足後2週間も経っていないのに、スタッフがホワイトハウス内の混乱の状況をリークしている。オーストラリアの首相との電話会談での醜態、アメリカの黒人の歴史や問題に対する知識の欠如も露呈している。国務省などの中堅幹部の辞任も増えている。こうした事実を見ると、まるで政権末期の状況といえる。今後、議会での本格的な審議が始まったら、トランプ政権の持つ問題点が次々に浮上してくる可能性もある。中間選挙は2年後である。中間選挙は与党に不利と言われる。加えて不人気の大統領を抱えての選挙は苦戦を免れないだろう。共和党主流派や穏健派はトランプ離れを示し始めるかもしれない。

それ以上に問題なのは、イデオロギー問題である。共和党はイデオロギーの党で、保守主義と新自由主義に導かれてきた。もともとトランプ大統領と共和党の間には政策とイデオロギーでずれがあった。そのため大統領予備選挙で共和党主派はトランプ反対に回った。だがクリントン候補の当選を阻止するためにトランプ候補と野合した経緯があった。今後、共和党は保守主義の原則に戻るのか、あるいはトランプ大統領のポピュリズムに引き寄せられていくのか。あるいはトランプ大統領自身が軌道修正するのか。早晩、共和党にとっても厳しい選択を迫られることになるかもしれない。ただ極右勢力はさらに力を付けていくと見られ、彼らの支持を得てトランプ大統領が共和党を変えてしまう可能性がないわけではない。間違いないことは、アメリカの国内の分裂は避けがたいということである。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

中岡望の最近の記事