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トランプの研究(5):地方裁が「大統領令」執行差止命令、トランプ政権の最初の敗北-「命令」の全訳掲載

中岡望ジャーナリスト
連邦地方裁判所は政府職員に「大統領令」の執行停止を命じた―空港で待機する警察官(写真:ロイター/アフロ)

内容

1. ワシントン州の連邦地方裁判所が大統領令の一時執行差止命令を出す

2. ロバート判事の「大統領令」の一時差止命令の全文訳

3. 連邦地方裁判所の判断をどう解釈するか

1.ワシントン州の連邦地方裁判所が大統領令の一時執行差止命令を出す

2月3日(現地時間)、ワシントン州の連邦地方裁判所が「大統領令(正式名称:米国に入国する外国人テロリストから国を守る大統領令)」の執行の「一時的緊急差止命令(temporary restraining order)」を出した。現在、同大統領令が違法あるいは違憲であるとの訴訟が全国の連邦地方裁判所で相次いでおり、同命令はトランプ政権にとって最初の敗北となった。

アメリカの裁判制度は複雑で連邦裁判制度と州裁判制度と二重構造になっている。今回、連邦裁判のひとつであるワシントン州の米地方裁判所(US District Court)の判決である。連邦裁判所制度は、大雑把に言えば、「連邦地方裁判所(US District Court)」があり、同裁判所は「第一審裁判所(trial court)」と呼ばれ、事実審議を行う裁判所である。その上に上級裁判所として「連邦控訴裁判所(US Court of Appeal)」がある。ワシントンには「最高裁判所(Supreme Court)」が置かれている。最高裁判所は憲法に規定で設置されているのに対して連邦地方裁判所は議会の法律に基づいて設置されている。国が大きくなるにつれて、連邦議会は国を幾つかの地域に分け、そこに連邦地方裁判所を置いた。現在、アメリカは司法地域として89に区分されている。連邦地方裁判所の判事の数は649人である。連邦地方裁判所は1州にひとつとは限定されておらず、カリフォルニア州やニューヨーク州、テキサス州にはそれぞれ4つの連邦地方裁判所が置かれている。

また全国を11の巡回区(circuit)と連邦巡回区に分け、それぞれの合計12の連邦控訴裁判所が置かれている。控訴裁判所は、連邦地方裁判所からの上訴を受けて、審理を行う。審理は3名の判事の合議で行われる。最高裁判所は憲法に基づいて設置されている。アメリカの司法制度の最大の特徴は裁判官に終身の身分保障が行われていることだ。憲法第3章第1条に「非行なき限り、その職を保持することができる」と書かれている。アメリカの政治を考えるとき、司法の持つ機能を無視することはできない。最高裁判所は憲法に関する最終判断権を持っており、日本の最高裁のように「違憲状態」などという判決を出すことはない。アメリカ民主主義の特徴は3権分立で、立法府、行政府、司法部の間で相互チェックをする仕組みになっており、司法の独立性は極めて重要である。今回も、トランプ大統領の大統領令に対して司法がどのような判断を下すのかが注目されている。

連邦地方裁判所の役割は事実に関する審議を行うことである。したがって、映画で見られるような原告と被告を代弁する弁護士が証人あるいは事実関係に対して尋問と反対尋問を行う。これに対して控訴裁判所や最高裁判所は基本的に書類に基づく審理を行うのが普通である。連邦地方裁判所での判決に不満がある場合、控訴裁判所に控訴することになる。憲法判断が必要となる裁判の場合は最高裁判所で審理される。

今回の「一時的緊急差止命令」は、ワシントン州にある連邦地方裁判所のジェームズ・ロバート判事が出したものである。同判事はブッシュ大統領が任命した判事で、上院では全会一致で承認された判事である。その意味では“共和党寄り”の判事と言ってもいい。原告のワシントン州とミネソタ州の申立には、「移民規制は家族を引き裂き、何千という州の住民に被害をもたらし、州経済に損害を与え、州に拠点を置く企業を傷つけ、移民や難民を歓迎する場所を維持するという州の主権を損なうものである」と書かれている。この申立に対して、ロバート判事は、「先週、トランプ大統領が署名した大統領令の執行は判事が最終的な判決を下すまで停止しなければならない」という命令を出した。また「原告は緊急かつ回復不能な損害を受ける説明責任を果たした(met its burden in demonstrating immediate and irreparable injury)」、「緊急差止命令は全国で適用され、大統領令の執行は禁止される」とも書かれている。と同時に「執行停止命令は裁判所の判決が出るまで」と、この命令が最終命令でないとも指摘されている。「一時的緊急停止命令」には原告と被告に対して「2017年2月6日午後5時までに訴訟事件摘要書(briefing schedule)の提出と陳述日(noting date)の予定を通告すること」を求めている。「訴訟事件摘要書」は「当該事件の事実関係、法の適用についての自己の側の見解を要約した書面」のことである。その提出を受けて、さらに審理が行われ、最終的な判断が下されることになる。したがって、今回の命令はあくまで“一時的”なものであり、訴訟は継続している。

この命令を受け、原告のワシントン州のジェイ・インスレー知事(民主党)は「今日の勝利で励まされ、私たちは歴史の正義の立場にたって戦っているという決意が今まで以上に高まった。誰も、それが大統領であっても、法を超越することはでにない」と歓迎の声明を出している。また直接訴訟に関わっているボブ・ファーガソン州司法長官も「この決定は歴史的な判断であり、法が支配する国とワシントン州と全国民にとって重要な判断である」と語っている。

「一時的緊急差止命令」が出るとすぐ、トランプ大統領はツイッターで「このいわゆる判事の意見は本質的にこの国から法律の執行権を奪い去るものであり、馬鹿げており、覆されることになるだとう」と、ロバート判事を“いわゆる判事(so-called judge)”と最大限の侮蔑し、小馬鹿にした言葉で批判している。これはトランプ大統領の常套手段である。企業経営をしている時も、競争相手が現れると、まず相手を脅迫し、訴訟を起こし、決して妥協せず、相手を追い込み、勝利を得るというのが、彼の経営手法であった。

だが、こうしたトランプ大統領の発言は思わぬ波紋を呼んでいる。ある判事は「憲法に基づいて任命された判事を大統領が”いわゆる判事“と呼ぶのは適切なのだろうか」と疑問を呈している。またオバマ政権の時のスポークスマンであったマシュー・ミラー氏は「トランプ発言で司法省の弁護士は裁判で勝つのがますます難しくなるだろう」と語っている。身内の共和党からも、ベン・サッセ上院議員は「我が国には“いわゆる判事”は存在しない。“いわゆる上院議員”も存在しない。“いわゆる大統領”も存在しない。我が国にいるのは、憲法を擁護すると宣誓した政府の代表者である。我が国にいるのは、本当の判事である」と、厳しい批判が飛び出している。

政府内でも、こうした事態に気を配り始めている。命令が出た直後、ホワイトハウスは声明を出し、この命令を「極めて屈辱的な命令」と攻撃した。だが、その10分後に再度出された声明では「極めて屈辱的」という形容詞が外されていた。またトランプ大統領のツイートから数時間後、ペンス副大統領はフィラデルフィアでの会合で「政府は憲法の不変の理想を支持する」と、トランプ発言の沈静化を図っている。

司法省のミシェル・ベンネット弁護士は、「大統領は議会が与えた法的な権限内で行動している。ワシントン州やミネソタ州が主張するように州は経済的な損失を被っていない」と、ロバート判事の判断に異議を唱えている。司法省は戦う姿勢を明らかにしており、「命令」が出た翌日の4日夜に控訴裁判所に控訴し。また「緊急手続停止の申立(emergency stay motion)」も提出すると伝えられている。既に述べたように、控訴裁判所では3名の判事で審理される。司法省が上訴した第9巡回区のサンフランシスコ控訴裁判所で上訴を審議するのは、ブッシュ大統領が指名したリチャード・クリフトン判事、カーター大統領が指名したウィリアム・キャンバイ判事、オバマ大統領が指名したミシェル・フライドランド判事である。二人が民主党大統領、一人が共和党大統領の使命した判事である。党派的な構成がどう影響するかが、ひとつのポイントであるかもしれない。また法律解釈的に、「一時的緊急差止命令」は上訴対象の命令ではないとの見解もある。ロバート判事の判断の法的な根拠を巡って議論が展開されるだろう。司法省が上訴した後、トランプ大統領は「国家の安全のために我々は勝利する」と、強気の姿勢を崩していない。

控訴裁判所は5日の夜、司法省の即時回復を求める訴えを拒否し、原告に書面で主張を6日の午前4時までに提出すること、司法省に対して反論を午後6時までに提出することを求めた。要するに司法省の差止命令の即時停止は退かれ、大統領令の執行停止は継続されることになる。ただ、控訴裁判所の決定は、あくまで”即時”の現状回復を否定しただけで、月曜以降、控訴裁判所での審理は行われる。こうした動きに対して、司法省は一気に最高裁判所に訴えることは可能だが、司法省は現時点では、その意志はないと語っている。その理由は、最高裁判事は9名で構成されるが、共和党系の判事が死亡して、一人欠員になっている。現在の最高裁の判事の構成はリベラル派が4名、保守派が4名で、司法省の要求が受け入れられるのが難しいと考えられることだ。

大統領令の違法性に関する議論が行われている。大統領令では中東の7カ国のイスラム国からの移民を規制する条項が含まれており、宗教によって移民を差別するのは、憲法修正第1条に反するという議論が行われているほか、ビザを持たないで入国申請をした人物を国籍や居住地を理由に差別してはならないと規定した1965年の移民帰化法に違反しているとの指摘もある。大統領令の合法性は裁判所で判断される。ロバート判事の命令は大きな波紋を呼んでおり、トランプ政権の最初の躓きとなるかもしれない。

ワシントン州の連邦地方裁判所の判決以外に、「大統領令」を違法とする判断が、ニューヨーク州ブルックリン連邦地方裁判所(アン・ドネリー判事)、ボストン連邦地方裁判所(アリソン・ブローズ判事)、ヴァージニア連邦地方裁判所(レオニー・ブリンケマ判事)、ロサンジェルス連邦地方裁判所(アンドレ・ビロッテ判事)からも出ている。

2.ロバート判事の「大統領令」の一時差止命令の全文訳

メディアは表面的な結果しか報道しないものである。主要メデフィアの報道を読んでも、何が本当の問題なのか理解できないことが多い。状況を十分に理解するためには、どのような法律解釈で「一時緊急差止命令」が出されたのか具体的に理解しておく必要がある。そこで、命令を全文訳してみることにする。命令のタイトルは「一時的緊急差止命令(Temporary Restricting Order)」で、原告としてワシントン州とミネソタ州、被告はドナルド・トランプ大統領他と書かれている。筆者は米国法の専門家ではないので、英語の特殊な法律用語を正確な日本語の法律用語に訳せたかどうか100%の自信はない。もし誤訳があれば、ご連絡ください。修正します。訳出に当たって用語は『英米法辞典』(東京大学出版会)に依拠した。辞典にも載っていない用語も多くあったが、英語の資料を使ってできるだけわかりやすく翻訳し、説明した。なお、訳文では適用判例の名称は省略した。筆者が前に書いた「大統領令」の記事で説明したように、アメリカの法律は「判例法」であり、今回の命令も過去の判決が論拠として使われる。

以下、全文を翻訳する

I. 最初に

本法廷に原告であるワシントン州とミネソタ州から「一時的緊急差止命令」を求める「緊急申立(emergency motion)」が提出された。本法廷は申立と告訴状、修正告訴状、申立に関連するすべての関係者から提出された具申、記録に関連する部分、適用法律にについて審査を行った。さらに本法廷は2017年2月3日に訴訟代理人の主張に関する審理を行った。前述のすべての事柄を審理した結果、下記のように州の申立を承諾(grant)することとする。

II. 手続き的な背景

2017年1月30日、ワシントン州は連邦被告であるドナルド・トランプ大統領、ジョン・F・ケリー国土安全保障長官、トム・シャノン国務長官代行を相手に「宣言的救済(declaratory relief)」と「差止救済(injunctive relief)」を求める告訴状が提出された。2017年2月1日、ワシントン州はミネソタ州を原告に加える修正告訴状を提出した。両州は、2017年1月27日の「大統領令(Protecting the Nation from Foreign Terrorist Entry into the United State)」の一部を無効とする宣言的救済と、被告に大統領令の同じ部分の執行差止命令を求めた。

両州は連邦被告に「一時的緊急差止命令」を出すことを求めて出廷した。「一時的緊急差止命令」の目的は、本法廷が暫定的差止申立の審議を行うまで現状を維持することである(一時的差止命令の目的は、暫定的差止禁止の適用申請に関して審理が起こマわれるまで現状を維持することである)。

III. 事実認定と法律問題に関する結論

基本的な事柄として、本法廷は、本法廷が連邦被告人と訴訟に関する係争事案に対する管轄権を有していると判断する。州政府が連邦被告人を訴えることは妥当であり、連邦民事訴訟規則65(b)に実質的に合致している。実際に連邦被告人は出廷し、法廷において弁論を行い、本訴訟における自らの立場を擁護している。

「一時的緊急差止命令(temporary restraining order)」を出す基準は、「暫定的差止命令(preliminary injunction)」を出す基準と同じである。「一時的緊急差止命令」は、“原告がそうした救済を求める権利があることを明確に示した時にのみ出される異例の救済策”である。「暫定差止命令」による救済の適切な法的基準は、当事者に以下のことを明確に示すことを求めている。(1)原告が救済を求める権利があること、(2)暫定的救済がない場合、原告が回復不能な損害を被る可能性があること、(3)公平のバランス(the balance of equities、筆者注:公平の観点にみて、どちらが妥当な立場にあるかという意味)が原告に有利なこと、(4)差止命令が公共の利益に叶うこと、である。

これに代わる基準として、もし被告の反駁の実質的内容に関して深刻な疑義が生じ、さらに差止命令が出されない場合、原告と被告が被る困難のバランス(balance of hardship)が著しく原告に不利な場合、暫定的差止命令を出すのは適切である。したがって、複雑な法的な疑義があるためさらに調査や検討が必要なとき、原告に現状維持を認めることになる。しかし、“深刻な疑義”に基づく解釈から、原告が回復不能な被害を受ける可能性があり、差止命令が公共の利益に叶うことを示す場合にのみ、本法廷は「一時的緊急差止命令」を出すことができる。申立人は、説得責任(筆者注:日本の「客観的証明責任」と同じ)を負い、そうした救済を受ける権利があることを明確に示さなければならない(依拠する判例はウィンター裁判)。

本法廷は、州政府はこうした基準を満たしており、「一時的緊急差止命令」を出すべきであると判断する。州政府は、救済を受ける権利があること、暫定差止命令がない場合に州政府は回復不能な損害を受けること、公平のバランスが州政府に有利であること、「一時的緊急差止命令」が公共の利益に叶うことを示したことで、申立はウィンター裁判で示された判例の基準を満たしている。また、本法廷は、州政府が救済を受ける権利に関して深刻な疑義がほとんど存在しないこと、公平のバランスが原告に有利であることを明確に立証したことで、もうひとつのコットレル・テスト(Wild Rockies v. Cottrell裁判の判例)を満たしていると判断した。ウィンター・テストに関しては、州政府は回復不能な損害を受ける可能性と、「一時的緊急差止命令」が公共の利益に叶うことを明確に示した。

具体的には、この「一時的緊急差止命令」を出すにあたって、本法廷は、大統領令が署名、執行された結果、回復不能な差し迫った被害に直面する可能性があることを明確に示す責任を州政府が果たしたと判断する。大統領令は、雇用、教育、ビジネス、家族関係、旅行の自由の分野で州の住民にマイナスの影響を及ぼしている。こうした被害は、州に住む住民に対する“パレンス・パトリーイ(parens patriae、住民の後見人)の役割を果たしている州にも及んでいる。さらに州政府自体も、大統領令の執行が公立大学などの高等教育機関の運営と使命に影響を及ぼすという被害を被っている。また、州政府の運営、課税ベース、公共資金にも影響が及んでいる。これらの被害は大きなもので、今後も継続すると思われる。したがって、本法廷は、暫定差止命令を求める州政府の要請に関して審理を行い、判決を下すまで、連邦被告人に「一時的緊急差止命令」を出すことが必要だと判断した。

IV. 「一時的緊急差止命令」の内容

1. 連邦被告人と全ての連邦政府の役人、官吏、公務員、従業員、弁護士、彼らの代理人は以下の事柄を行ってはならないと命じる。

(a) 大統領令第3項(c) (筆者注:7カ国からの移民および非移民のアメリカへの入国を90日間中止すること)

(b) 大統領令第5項(a) (筆者注:国務長官は難民受入プログラムを120日間、停止すること)

(c) 大統領令第5項(b)(筆者注:難民受入プログラムの再開にあたって、国務長官は宗教的迫害をベースに個人によってなされた難民申請に優先順位を付けるようにプログラムを変更すること)

(d) 大統領令第5項(c) (筆者注:シリアからの難民の入国はアメリカの利害にとって極めて重要であり、移民受入プログラムが十分に変更されるまで受け入れを中止すること)

(e) 大統領令第5項(e) 、本項は一部の宗教的少数派の難民申請に優先順位を付けることを意図したものである(筆者注:難民として個人のアメリカ入国を認めるかどうかは、国務長官と国土安全保障省長官がケースバイケースで決定すること)

2. 「一時的緊急差止命令」は全国において適用され、本法廷がさらに命令を出すまで、アメリカの国境、港において、大統領令の第3項(c)、第5項(a),(b),(c),(e)の執行を禁止する。連邦被告人は、「一時的緊急差止命令」は係争中の州にのみ適用されるべきであると主張しているが、大統領令の部分的な執行は「統一帰化規則」と「アメリカの移民法は厳格かつ統一的に適用されるべきだ」という議会の憲法に基づく命令を損なうことになる。

3. 連邦民事訴訟規則に基づき保証証券(security bond)は必要とされない。

4. 最後に、本法廷は係争当事者に2017年2月6日、午後5時までに、「暫定的差止命令」を求める州政府の申立に関する訴訟事件摘要書と陳述日程を提案するように命令する。本法廷は、もし要請があり、必要ならば、訴訟事件摘要書を受理した後に、速やかに審理の予定を決める。

V. 結論

本法廷の役割にとって本質的なことは、司法は連邦政府(federal government)の平等な権限を持つ3つの組織(branch)のひとつに過ぎないということである(筆者注:英語で”government”というときは、日本語の「政府」ではなく、立法府、行政府、司法府の3権を含んだ全体を指す。日本語の「政府」に相当する英語は”administration”である)。本法廷の役割は、法律を制定したり、他の二つの府が促進しようとする特定の法律の見識(wisdom)について判断することではない。それはアメリカでは立法府と行政府の役割であり、最終的にこの二つの府を民主的に管理する市民の役割である。司法府の役割と本法廷の役割は、他の二つの府が取った行動が、国の法律、さらに重要なことは、憲法に合致しているかどうかを確認することに限定されている。本法廷に今日、審理を求められている限定的な論点は、本訴訟において大統領令によって執行される行動に対して「一時的緊急差止命令」を出すのが適切かどうかである。論点は限定的であるが、本法廷は、本命令が他の関係者、すなわち行政府とアメリカ市民と居住者に及ぼす非常に大きな影響を留意している。本法廷は、現状を勘案すると、3権のひとつである司法府に与えられた憲法上の役割を果たすべきであるという結論に達した。したがって、本法廷は、上で説明した「一時的緊急差止命令」は必要であり、州政府の申立は承認されるべきであると判断する。

3.連邦地方裁判所の判断をどう解釈するか

まず正確に理解しなければならないことは、本「命令」は大統領令の違憲性に言及しているわけではないことだ。ロバート判事は結論の部分で、裁判所の役割は限定てきであり、立法府や行政府が促進しようとしている特定の政策の見識(wisdom)を判断するものではないと書いている(この”wisdom”の訳は困ったが、「目的」「狙い」という意味合いであろう)。要するに政策の是非を判断するのは裁判所の役割ではないということである。同時に、「命令」が関係者に大きな影響を及ぼすことも留意していると書いている。さらにポイントは、「命令」はあくまで「一時的緊急差止命令」であり、大統領令に対する判断を下しているものではない点だ。ワシントン州の申立を受理したことで審理が行われることは決まったが、審理の間に原告にとって「回復しがたい被害」が及ぶ可能性があることから、結審するまでの間、大統領令の執行を停止することを“緊急”かつ“一時的”に、すなわち緊急避難的な措置で認めたのである。

「命令」は大統領令の是非を問うているのではなく、「一時的差止命令」を出すのが法律的に妥当かどうかを問うているのである。それは過去の判例に基づいて判断されている。翻訳の中では省略したが、幾つかの判例が判断の根拠としてあげられている。そして審理を進めるために、現地時間の2月6日、午後5時までに必要な書類を法廷に提出することを命令している。極論すれば、最終的に申立の内容を拒否することもありうる。ワシントン州の申立を読んでいないので争点(違憲性、違法性の申立をしているのか、単に差し止めを求めているだけなのか判断できない)は分からないが、筆者の印象ではワシントン州の申立はあくまで大統領令の執行の停止を求めたものと思われる。

トランプ大統領にとって一時的であれ、大統領令の執行が停止されるのは政治的な敗北である。当然のことながら、トランプ大統領は控訴裁判所に持ち込んで「命令」の取り消しを求めるだろう。そこでどういう判断がくだされるか分からない。ワシントン州も最後まで戦う姿勢を崩しておらず、その場合、最高裁での判断を仰ぐことになる。筆者は「大統領令」の法的な説明を記事に書いているので参照していただきたいが、過去において最高裁が大統領令に違憲判決を下した例はある。日本の裁判制度と違い、最高裁の判断は即座に出る。とはいえ、その間、たとえ短期間でも、大統領令の執行は停止されることになる。

「一時的緊急差止命令」について少し具体的に説明する。たとえば開発業者が開発にために樹木を切り倒そうとしていたとする。町内会は、その行為の中止を求めて、裁判所に申立をする。審理が始まるまでの間に開発業者が樹木を切り倒してしまうかもしれない。それは、今回の命令で書かれている「回復しがたい被害」となる。切り倒した樹木を生き返らせることはできない。裁判所は原告の主張が「一時的緊急差止命令」を出すための4つの条件を満たしているかを検討する。それは“ウィンター・テスト”として書かれている。申立が4つの条件を満たしている時、裁判所は「一時的緊急差止命令」を出すことができる。この例では、差止命令がでると、開発業者は樹木を切り倒すことはできなくなる。その差止命令も審理が終わるまで有効であるが、訴訟の結果次第でどうなるか分からない。ワシントン州の申立の場合、裁判所は差止命令を出す十分な法的根拠があると判断した。ただ、大統領令の妥当性そのものに言及しているわけではない。

いずれにせよ、この問題は法廷闘争の場に移ることになる。トランプ政権は“衝撃と恐怖戦略(shock-and-awe strategy)”で相次いで大統領令を出すことで、国民に衝撃と恐怖を与え、一気に政策実現を図ろうとしてきた。最終的な司法の判断はどうなるか分からないが、ロバート判事の命令は、そうした戦略にブレーキを掛けることになったのは間違いない。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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