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なぜサッカー界に八百長がはびこってしまうのか?

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

スペインでの報道により、すっかり八百長疑惑の渦中の人となってしまった日本代表ハビエル・アギーレ監督。欧州での視察を終えて再来日した4日には、日本サッカー協会の事情聴取を受け、その後には日本サッカー協会の法務委員長を務める三好豊弁護士が状況説明のための記者会見を行った。

すでに各所で報じられている2011年5月21日のレバンテ対サラゴサ戦における八百長疑惑の詳細については割愛するが、当時サラゴサの監督を務めていたアギーレ監督が巻き込まれたこのスキャンダルは、現地スペインでも大きな話題となっているようだ。

いずれにしても、今後はスペイン検察当局が告訴するかどうかという点が焦点となりそうだ。仮に告訴した場合は、裁判所の判断によってアギーレ監督が捜査対象となるかどうかが決まり、捜査の結果次第で、起訴されるかが決定するという。

現状では日本サッカー協会も事態の推移を見守るしかないわけだが、それとは別に、ここでは“なぜサッカー界に八百長事件が起こるのか”という根本的な部分に焦点を絞って、その背景と現状を考察してみたい。

サッカーの八百長事件における二つの典型的パターン

なぜゆえにサッカー界では八百長事件がこうも頻発するのか?

世界のサッカーを良く知る人ならまだしも、そうでない人にとってはそれ自体が不思議で仕方がないというのが実際のところだろう。

しかし、今回のアギーレ監督が巻き込まれたスキャンダルは氷山の一角にすぎないというのが実情だ。世界を見渡せば、これまで数えきれないほどの八百長事件が起きているのだ。

おおよそ、八百長事件は大きく分けて二つのパターンがある。

一つは、今回のサラゴサのように、自らの利益追求を目的にした、いわゆる賄賂による試合買収。そしてもう一つは、背後に賭博が絡んだ、第三者の利益目的を背景とした八百長である。

前者は関わる人物も限定されるので、ある意味、全体像はつかみやすい。

今回のサラゴサの件もそうだが、その多くはタイトルや残留といった利益を追求するあまり、正当な勝利ではなく、審判団や対戦相手の選手などに賄賂を提供することでそれを手にしようという動機が出発点になる。

過去の例を挙げればきりがないが、たとえば1992-1993シーズンに起きたマルセイユ(フランス)で起きた有名な八百長事件もその一つと言える。

当時のマルセイユは欧州屈指の強豪クラブで、そのシーズンはチャンピオンズリーグ優勝を飾るなど、まさに黄金時代の真っ只中にあった。

ところが、チャンピオンズリーグ決勝戦の前に行われた国内リーグ戦、対ヴァランシエンヌ戦における八百長疑惑が発覚。試合翌日に、ヴァランシエンヌの選手がマルセイユの選手から八百長を持ちかけられたことを公の場で告発したことから事件は明るみとなった。

マルセイユの国内リーグ優勝が実際に確定したのはチャンピオンズリーグ優勝後の最終節だったわけだが、当時の会長ベルナール・タピは、大一番であるチャンピオンズリーグ決勝戦の前に前人未踏のリーグ5連覇達成をほぼ手中に収めておくために、自分のチームの選手を通してヴァランシエンヌ戦の買収を画策したのだった。

結局、事態を重く見たフランスサッカー連盟がベルナール・タピを提訴。裁判の末、首謀者タピの会長資格はく奪、サッカー界追放、そして実刑2年の刑罰が科されている。また、マルセイユのGMおよび相手チームに電話で話を持ちかけた選手や、八百長に連座したヴァランシエンヌの選手2名にも刑罰が科されている。

同時に、マルセイユは国内リーグタイトルと、チャンピオンズリーグ優勝によるチャンピオン資格(トヨタカップ出場権など)もはく奪された。

残留を目的としたサラゴサの例とは少々背景は異なるものの、これも当事者の名誉や金といった利益追求を背景にした同類の八百長事件だと言える。

因みに、マルセイユの八百長事件には審判団は関与していなかったとされている。

その他、最も記憶に新しい大スキャンダルが、2006年に世界を震撼させたイタリアの「カルチョポリ」と呼ばれる事件である。

これは、当時ユベントスのGMを務めていたルチアーノ・モッジを中心として、クラブ幹部、選手、審判団など、驚くほど多くのサッカー関係者が、しかも長年に渡って繰り広げた一大八百長スキャンダルだ。

そもそもイタリアサッカー界では、大なり小なりこの手の事件が戦前から幾度も繰り返されてきた歴史がある。

しかしながら、裏社会を仕切るマフィアが表社会と密接にかかわっているイタリアの特殊性、また司法においても不正が不正として扱われない独特の風土習慣が障害となり、いまだに解決策は見つかっていない。

事実、イタリアサッカー史上最大のスキャンダルと言われた「カルチョポリ」にしても、誰もが首をかしげるような曖昧な結末でうやむやにされ、問題の本質にメスは入らず終い。驚くほど軽い処分のみで事件は収束している。

その結果、イタリアでは以降も同じような八百長事件が繰り返され、処分を受ける選手、審判、クラブ幹部、あるいは元選手などが相次いでいるのが現状だ。

たとえば、2012年に当時ユベントスの監督だったアントニオ・コンテ現イタリア代表監督が、シエナの監督時代(2010-2011)に不正賭博絡みの八百長の存在を知りながら告発しなかったという罪により、10ヶ月の資格停止処分を受けたことは記憶に新しいところだ(処分はその後4ヶ月に軽減された)。

このように繰り返されるスキャンダルは、悲しいかな、もはやイタリアサッカーの一部となっているとしか言いようがない。

世界中に活動範囲を広げるサッカー不正賭博犯罪組織

一方、もう一つのパターン、つまり賭博絡みの八百長は関わる人物が複雑ゆえ、かなりやっかいだ。そして、現在世界のサッカー界に拡散しているのが、まぎれもなくこの手の八百長なのである。

去年、オランダにある欧州刑事警察機構(ユーロポール)は、2008年から2011年までの4年間で八百長の疑いのあるサッカーの試合は、欧州における380試合を含めて計680試合に及んでいるという衝撃的な発表をした。

また、これまでの報道によれば、事件に関与した人物は審判団や選手も含めて400人以上とされ、八百長により莫大な利益をむさぼっているシンガポールにある巨大シンジゲートの存在も浮かび上がっている。

そもそもこの手の八百長事件が頻発し始めたのは、中国を中心とするアジア諸国であり、お隣韓国のKリーグでも2011年に大きな事件が発覚して問題になったことは記憶に新しいところだ。そして、アジアを拠点に巨大化したシンジゲートの手は、その活動範囲を欧州やアフリカにまで広げているというのが現状なのである。

その手口としては、対象試合に関わる審判団や選手に組織の人間(ブローカー)を通して接触し、八百長を持ちかけるというもの。そしてその試合結果が、賭博に絡んだシンジゲートに莫大な利益をもたらせるのだ。

こうなると、数えきれないほどの複数の人間が国境をまたいで関わるうえ、指揮系統も複雑極まりないため、事件の解明は容易ではない。もちろんFIFA(国際サッカー連盟)やUEFA(欧州サッカー連盟)も対策を講じているが、今のところ問題解決の糸口さえ見つかっていない。そのため、サッカー界だけでは解決できない問題として、しかるべき国際機関が特別捜査を行っているのが実情なのだ。

結局、世界で最もポピュラーなスポーツであるサッカーは、活動範囲をグローバル化させるシンジゲートにとって、賭けの対象として格好のスポーツなのだろう。それゆえ、他のスポーツと比べて圧倒的に八百長事件が多く、問題の巣窟となりやすいと思われる。

そして、結局その根本にあるのはお金なのだ。

サラゴサやマルセイユの例にしても、そこには勝利することでクラブの懐に入る多額なマネーが存在しており、サッカー賭博を収入源とする犯罪組織が横行する背景にあるのも、やはり莫大なマネーなのである。

とりわけ現代は、インターネット賭博など賭博そのものが国境を越えているという背景があるだけに、いつどこで誰がどのように事件に巻き込まれるかはまったく予想がつかない。それはある意味、世界の隅々まで行き届いたサッカーというスポーツの宿命にもなっている。

「toto(サッカーくじ)」が一般化した日本サッカー界も防止システムを導入するなど対策を打ってはいる、「サッカーが金のなる木」になればなるほど、悪の手が忍び寄ってくることは想像に難くない。

少なくとも、アギーレ監督を巻き込んでいるサラゴサの八百長疑惑が対岸の火事ではないことだけは肝に銘じておきたいものである。

サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

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