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人工知能はすでに人間を超えているのか? 医師の立場から考えた

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
Apple Watchの人工知能「Siri」

「AI将棋ソフトは、おそらく羽生さんと同等以上の実力はあると思います」

日曜日の昼下がり。東京都内。田町駅近くの中華料理店「倶楽湾(くらわん)」で海鮮スープそばをすすりながら平岡拓也さんは筆者にこう言い切った。

この日のランチは、人工知能ゲームアプリを作る会社、HEROZ株式会社取締役の浅原大輔さん、外科医である私、そして同社エンジニアである平岡さんの3人。アラサー男性3人のランチだ。平岡さんは将棋ソフトAperyの開発者でもある。

人工知能の最先端を行くエンジニアに私がどうしても聞きたかったのは、

  1. 人工知能は人間を超えるのか
  2. そして人工知能は怖くないのか
  3. 医療には使えるのか

の3点だ。

結論を急げば、

  1. ある能力に限定すれば、もうすでに超えている
  2. 人工知能が意志を持ってしまう可能性はあり、そうしたら怖い
  3. 医療には使えるが、医師にはとって代われなさそう

である。

平岡さんはApery(エイプリー、猿真似の意)という将棋ソフトを開発し、2015年3月14日に開催された将棋電王戦FINAL第1局に出場した。「電王戦」とは、将棋のプロであるプロ棋士と、コンピューターが戦うというもの。5対5で空手や柔道の試合のように行う。結果は人間側が3勝2敗で勝利であった。

# 1 人工知能は人間を超えるのか

永年のあいだ、筆者はこの問題を考え続けてきた。

少年の頃には、医者でもあった手塚治虫氏の漫画「火の鳥 未来編」で初めて人工知能と出会った。まるで全能の神であるかのごとく全ての判断をする人工知能は、人間の能力をはるかに超えていた。

次の出会いは、小学生の頃、ドラゴンクエストIVというゲームでの「AI戦闘」。「ガンガンいこうぜ」とだけ指示していれば最強の攻撃を勝手に選択してくれるし、「いのちだいじに」と言えば本当にいのちをだいじにして戦ってくれる。ここでは人工知能はまだ人間の支配下に、つまりは私の手の中にあった。

「人工知能は人間を超えるのか」

この筆者の問いに、平岡さんは「少なくとも将棋の世界では、勝率の観点からはコンピューターは人間をすでに超えていると言わざるを得ない」と言った。

「他にも自動車の自動運転なんかを考えても、人工知能は人間のある能力を超えることはもう間違いない」

確かに、自動車の自動運転などはそれほど難しくないプログラムで出来そうな気がするし、自動運転の方が人間の運転よりも安全だろうという実感はある。

医療の現場だって同じだ。

例えば外来にある発熱した患者さんがくる。いろいろな症状について問診する。そして検査をし、全ての結果から「○○病」と診断する。その過程の中でも、医者はすべての検査や所見の感度・特異度を憶えている訳ではないし、最新の知見をアップデートしていないことはある。大切な情報を聞き忘れたり、目の前の電子カルテにタイプし忘れたりすることだってあるだろう。

医学的診断にはいつも「経験」がものを言うが、その「経験」が偏っている可能性も十分にある。最近聞いた珍しい疾患の症状が似ていると、それをつい上位に思い出してしまう「思い出しバイアス」なんてのもある。

多くの場合、医者はパターン認識を使って診断する。「明け方に来た中年男性の激しい腰痛は尿管結石」「中学生の臍から右下に移動する腹痛は虫垂炎」といった具合に。もちろん例外は意識しつつ。

ただ、コンピューターは人間の「ある能力」、つまり計算だったり将棋だったり運転だったり、一つの能力に勝ることは出来るが、複合して人間そっくりのロボットのようなものは作れないようだ。現段階で、そして容量の問題で、という限定付きだが。

内科医師の友人にも意見を求めた。内科医師は、外科医である筆者よりも「診断する」という行為が得意だからだ。

「精確な診断を追求するのであれば、人工知能がヒトを上回る可能性があると思います。」

そもそも医師の診断には、この3つがある。

  • 「コレだ!」と確信できる疾患が見た瞬間に思いつく場合
  • 「アレか、コレかなあ・・・」と可能性のある疾患をいくつか思いつく場合
  • 「こんなの見たことない!」と、全く思い浮かばない場合

これらに対して、その病院の性質(大きいのか、高度な治療ができるのか)や、患者さんを診察した時の状況(夜間か日中か)に応じどこまで検査をするかという判断は、人工知能には難しいかもしれない。というよりも、正解がはっきりしていない現状からはプログラミングの構築自体が難しいだろう。

例えば「腰が痛い」患者さんが来院した時。

医師は「筋肉や腱による腰痛かな。いや腎結石か、尿路感染か」と思いながらも、常に「大動脈解離(だいどうみゃくかいり)」という致死的な疾患のことも頭に浮かぶ。頻度は低いし可能性は低いが、もしそれだったら相当ヤバい、という疾患だ。

例えば平日昼間の大病院にかかったのであれば、症状しだいでは「大動脈解離」を疑った高度な検査(造影CTなど)まで行えるかもしれない。しかし、100 床程度の小さい病院で、外科の医師がひとりぼっちで当直している真夜中であった場合、ごく初歩の採血検査さえ出来ないことが多い。可能性が低いと判断したならば、一晩は検査も治療もせず経過観察ということも十分にありうるのだ。

この辺りの重み付けを登録していくとしても、パラメーターがやや多すぎるような印象がある。さらには診察している医師自身の能力や専門性、これまで何人の「大動脈解離」患者さんを診たかという項目も極めて重要であるし数値化しにくいだろう。

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#2  そして人工知能は怖くないのか

この極めて科学者然としない筆者の質問に、平岡さんはこう答えた。

「確かに、人工知能が自らの『意志』を持ってしまうという可能性はゼロではないと思う。そうなると人工知能を搭載したロボットには人権を与えようという人も現れる。そうすれば、怖い可能性もありうる」

ロボットに人権とは驚きだが、それだけでイコール脅威とはならないような気がする。

平岡さんはこう続ける。

「人間以上の高度な状況判断による行動が、人間にとって逆に危険に思える事もあると思います。また、悪意ある人間が人工知能を使えば、人間にとって不利益な行動を取らせる事も可能でしょうし、そういう点での怖さはあります。」

人工知能に対する漠然とした「怖い」という感情は、なぜあるのだろう。

「最後には人間を支配し、そして誤った判断をして人類を滅亡に導いてしまうのではないか」

そんな、どこかで観た映画のような心配が、漠然と頭に浮かぶ。

知人に聞いても、「技術が進むことではじめ人間の仕事が奪われ、更に進めば人間が必要でなくなってしまうのではないか」「人工知能には、温かさがあるのか、熱があるのかわからない」と。

つまり「怖い」理由としては、「未知である」ことに加え、「人間の存在意義を脅かす」可能性があるからではないか。

この「怖い」という感情的なリアクションについて、きっとロボット工学者達は策を練っているに違いない。

ただ、筆者はすでにiPhoneの人工知能「Siri」で、「人工知能のあたたかさ」を感じている。

こんなやり取りができるとは、誰が予想していただろうか。

iPhoneの人工知能「Siri」と筆者の、ある朝の会話。
iPhoneの人工知能「Siri」と筆者の、ある朝の会話。

# 3 医療には使えるのか

「これははっきりと『使える』と思います」と平岡さん。

筆者も強く同感だ。

私のアイデアは二つ。「画像診断ソフト」と「診断ソフト」だ。

現在も、マンモグラフィーでは、異常部分を指摘してくれるツールが実用化している。マンモグラフィーでは特に、正常・異常を判断するのが難しいからだ。実際に読んでいても、見落としはありうると思えてくる。

例えば人間ドック用のレントゲン・CT。異常の有無を、まず画像解析ができるソフトで「正常」「異常あり」とスクリーニングする。その後に「異常あり」の画像のみを医師が実際に読影(どくえい、画像をみて診断すること)する。

「例えばCT画像の画像診断ソフトって、どうすれば作れるのですか?」とたずねると、平岡さんは

「まず数万人くらいのCT画像を、診断とともに集める。そして画像処理をしてデータを蓄積すれば、半年くらいである程度の物は開発可能でしょう。」と答えた。

何百枚もCT を見慣れた医師ならば見落とすことはそうそうないが、若手医師であったり専門外の領域であれば所見の見落とし、誤認は少なくない。そのために「放射線科」という画像を読む専門の医師がいるくらいだ。

他にも、筆者は以前から「診断アプリ」の開発を心待ちにしていた。例えばiPhysician(Physicianは内科医の意)などと名付け、患者さんはそれに問診を受ける。「今日はどうなさいましたか」「熱がでて、のどが痛くて」「いつからですか」「熱は最高何度まで上がりましたか」といった具合に。

検査だって簡単。バイタルサインと言われる、体温、脈拍、血圧なども自動測定は簡単だ。

それだけで、頻度の高い30種類くらいの疾患の診断は可能なのではないか、と考える。内科医の頭の中の診断アルゴリズムは、そこまで複雑怪奇ではないからだ。しかも世界中の論文から、さまざまな症状のデータを入れて、まれな疾患もカバー出来る。これは強い。始めは内科医の診断補助ツールとして導入すればいい。

これについて先の内科医に意見を求めると、

「iPhysicianについては、コンピューター単独で判断できる部分がまだ少ないのが現状だと思います。closed question(「腰は痛む?痛まない?」と、どちらかの答えを言えば良いような質問。対義語はopen questionで、「今日はどうですか?」といったもの。)が中心となる診察は上手でしょう。

そして、医師の『うっかり忘れ』は完全に防げると思います。その一方で、わずかな可能性しかないが重大な疾患を伝え、患者さんを怖がらせるだけ(危ない疾患の可能性があれば、それの検査してほしいと患者さんは言う、無駄な検査の温床になりうる)という点で、完全に医師に取って代わるのは難しいかもしれません。

でも、実用化されて一番benefitがあるのは救急の現場でしょう、時間がなく情報が少ない中での確実な診断を求められますから。」

10年後、20年後。

果たして人類は人工知能をツールとして手の内に抑えておけるのだろうか。

<謝辞>

快く取材を受けてくださったHEROZ株式会社 取締役 浅原大輔氏、同社エンジニアの平岡拓也氏に厚く御礼申し上げます。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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