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西洋医学の医者がハリ治療を受けて感じたこと

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
(写真:アフロ)

「鍼灸(しんきゅう)治療は効くのか?」

筆者は西洋医学を学んだ外科医として、長年にわたり鍼灸治療や漢方薬など、いわゆる東洋医学の有効性について強く興味を持っていた。

現在、日本では明治政府が西洋医学を採用して以来、西洋医学を学び国家試験に合格した者のみが医師免許を与えられる。一方で、中国では中医学を学んだ中医学の医師免許と、西洋医学を学んだ医師免許の2種類が存在するそうだ。

この二つの医学。いったいどちらが正しい、あるいは優れているのだろうか。

西洋医学は、「分析」と「統合」を基礎とする自然科学である一方、東洋医学は人と自然を「統一体」として把握する。両者の根本の理論がまったく異なっており、単純な比較は困難だ。筆者の印象としては「花火大会とカレーライス、どちらが良いか?」と聞かれているようなものだ。

そこで筆者は、あくまで「効くか否か」に注目し、自らの体を使用して3ヶ月毎週鍼灸治療を受けて実験した。

結論の前に、筆者が行ったアンケート(アプリ755で2015/8/8施行)によると、「鍼灸にどのようなイメージがあるか」について、回答した23人中14人(60.9%)が「痛そう」で、他に「怖い」「危なそう」などがあった。特に何人かが「針が清潔かどうか心配」とコメントしていた。

また、その上で「鍼灸治療をやってみたいか」という質問には23人中18人(78.3%)が「やってみたい」と答えたが、「どこの誰がやるのかをしっかり調べてから」「腕や安全性を担保する何かがある場合に」などと条件をつける人が多かった。

つまり、「鍼灸は痛そうだけれど、安全ならやってみたい」と考える人が多いことがわかった。

1、 鍼は痛いのか

結論を言えば、

鍼は痛くない

と言えそうだ。

痛みとはとても主観的なもので、同じ痛みの刺激が加わったとしても個人によりその痛みの強さの感じ方は大きく異なる。

筆者は35歳の男性で、これは「若年男性」という最も痛みに弱いゾーンにいる。日常で手術をしていると、例えば開腹手術後の翌日、死にそうなこの世の終わりのような顔をして一歩も歩けないのが若年男性。同じ年齢でも女性の方がはるかに痛みには強く、特に70歳を超えるような高齢女性は術後翌日でもなにくわぬ顔ですたすた歩くほどだ。

また、点滴や採血などの痛み刺激で筆者は(情けないことに)激しい痛みを感じ、思わず顔をしかめるほど。痛みには相当弱い方である。

その前提の筆者が受けたハリは、「ほぼ痛みはゼロ」だ。これは初回の、どんな治療をされるかわからなかった時からそうであった。たまに、20本に1本ほど毛根に当たってしまい、「いてっ」と少しびくんと動いてしまうほどの痛みはあるが、他はほぼ全く痛みを感じなかったのである。

「もちろん、施術する鍼灸師によりますし、患者さんのハリへの慣れにもよりますが」と言うのは、筆者の鍼灸治療を担当した石川美絵鍼灸師。「私はもともと中医学の鍼灸師の元で修行をしたので、どちらかというと『攻めのハリ』です」とのことであった。事実、筆者は3人の鍼灸師に鍼灸を施術していただいたいが、それぞれ全く違った手法であり効果であった。

2、 鍼灸は効くのか

これは治療を受ける人の症状と、鍼灸を受ける目的にもよるだろう。

筆者は治療前の問診で「腰痛」(外科医はみな腰痛持ちである)「肩こり」「胃の痛み」「全身の疲労」が明らかになったため、これらの改善を期待した。

腰痛・肩こり・胃の痛みは局所の痛みで、それに加え治療途中で膝の痛み、風邪を引き喉の痛みに対して治療を行った。

結論は、

腰痛、肩こりはほぼ完全に改善

風邪にはあまり効かず

だった。

毎日5,6時間をおじぎの姿勢のような軽い前傾姿勢で手術している筆者は、これまで5回ほどぎっくり腰を患ったことがある難治性の腰痛持ち。硬膜外麻酔や筋弛緩剤の内服をしたこともある。毎週マッサージや指圧に通っていた。

それが、鍼灸治療を始めてからマッサージなどにはまったく行かなくなり、自覚する腰痛は1割以下になったと実感する。

では、実際にどのような流れで治療を行っているのか。

まずは問診から。「前回の治療後、自覚した変化は?」「他に変わったところは?」「今日どこか調子が悪いところは?」などといった具合だ。その後に舌診、腹診、脈診という東洋医学独自の診察を行う。

それから、着替えてうつ伏せになる。そしていよいよ鍼からだ。髪の毛より細い鍼を、首の後ろから背中、腰、そして膝の裏までさっさっと刺していく。「ここはちょっときますよ」と言われると、本当に少しズシンとくる。合計で20本くらいを5分くらいで刺していく。

次にお灸だ。お灸もいろいろな種類があるが、それぞれつぼに計10個ほどおき、この状態で15分ほど置く。お灸はまったく熱くは感じない。全身がポカポカとあたたまる。腰回りにじっとりと汗をかく。副交感神経が優位になってくる。まるでぬる目の温泉に浸かっているような気分になる。

筆者の実際の鍼灸中の一コマ。鍼が刺され、お灸も乗っている。
筆者の実際の鍼灸中の一コマ。鍼が刺され、お灸も乗っている。

続いて仰向けだ。

頭、頸に刺される。頸には重要血管が多数あるが、それらに達するほどの深さには刺されない。

両腕、親指の付け根の西洋医学的には母子球、東洋では合谷(ごうこく)といわれるツボに鍼が刺される。びくんと少し痛みを感じた。

お腹に刺されることもあった。そして足まで鍼が進む。

お腹がぐうっと鳴る。小腸が蠕動(ぜんどう)している、副交感神経が優位になった証拠だ。

腕やお腹にもお灸が置かれ、ここでまた15分ほど待つ。人によっては眠ってしまう人も多いという。

そして追記しておきたい効果が、「メンタルの安定に役立った」ということである。5月病で憂鬱になりやすい5月や、雨の多い梅雨の季節には特に理由がなくても気分が塞ぐもの。しかし、筆者は5月から3ヶ月鍼灸に通っていたからかはわからないが、精神状態の安定を強く自覚した。数値化も可視化もできず客観的な評価ができないが「気」というものが良くなったのかもしれない。

3、 鍼灸は危なくないのか

施術を受けていて感じるリスクはもちろんいくつかある。

鍼からの感染、深すぎる穿刺による気胸(肺に鍼が刺さりしぼんでしまうこと)、神経損傷、出血、金属アレルギーなどが思い当たる。

しかし使用する鍼は滅菌された一度使い切りのディスポーザブル製品なので安心だ。感染の可能性はほぼゼロと考えられる。

使用した1本1本ディスポーザブルのハリ。
使用した1本1本ディスポーザブルのハリ。

気胸のリスクはあるが、「背中や胸からの鍼は気胸のリスクを完全に避けるため、斜めに鍼を刺すことが多い。鍼灸師の学校でもかなり強調されて指導されている」(石川鍼灸師)そうだ。

神経損傷や出血は、身体に鍼を刺す以上は一定のリスクは免れない。が、我々医師や看護師が病院で普段行っている採血や点滴、穿刺ドレナージなどの穿刺行為で起こる合併症の極めて稀な頻度を考えると、実際に問題にはならないだろう。事実、鍼灸師は人体の解剖学を熟知している。石川鍼灸師に見せていただいた鍼灸学校での教材には、痛みの生理学(痛覚や神経伝導路、ケミカルメディエイターなど)、そして鎮痛のシステムについての西洋医学的な記載が多数ある。筆者が見た所、医学部の教育レベルとほぼ同等の「痛み」に関する理解があると考えてよいだろう。

また、出血についてはごくわずかの皮下出血はあるが、これは東洋医学での「お(やまいだれに於)血(おけつ)」といわれ、身体が必要としない滞った血であり、出ることはよいとされている。

注意しなければならないのが、ステロイド内服中や糖尿病、抗がん剤治療中の骨髄抑制などで免疫抑制状態にある人と、肝硬変やワーファリンなどの抗凝固剤内服中で出血しやすい状態の人だ。これらの人の鍼灸治療のリスクは跳ね上がるだろう。もちろんはじめの問診の段階でチェックされるだろうが。

以上、鍼灸治療を3ヶ月受けてみた所感をまとめた。

最後に気になる費用だが、1回8000円。保険治療ではないため比較的割高だ。

(治療を受けたところ)

美龍(メイロン)

石川美絵先生

(考えられるバイアス)

出版バイアス、石川先生と知人であるバイアス、自腹での治療だったので効いて欲しいという気持ち

(利益相反)

なし

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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