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あなたの切った髪の毛を寄付して、誰かを幸せに。〜ヘアドネーションという選択〜

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
(写真:アフロ)

年始になり、そろそろ髪を切りに行こうかな、と思っている方へ。

「切った髪の毛を寄付する」

こんな一風変わった寄付があるのを、ご存知でしょうか。切った髪をウィッグにして、脱毛の子どもにプレゼントしているとあるNPOのお話です。

子どもにとって、髪の毛が抜けるということ

わたしは外科医ですが、医学部の学生のころに病院実習で見た光景が今でも忘れられません。それは、小児科病棟で実習をしていた時のこと。白血病など抗がん剤の治療をしている子どもたちの多くは、脱毛状態になっていました。大人にとってもそうですが、子どもにとって髪の毛がないというショックは計り知れません。中には鏡を見なくなった子どももいました。

病気は痛かったり苦しかったりするもの。でも、病気に対する治療の副作用だって時に同じくらいつらいことがあります。その中でも特に「脱毛」の精神的な苦痛は大きく、大人でもそれを理由に抗がん剤治療を受けない方がたくさんいるくらいです。わたしの友人の白血病治療を専門にしている血液内科の医師は、「白血病の治療は治癒を目指した強力な抗がん剤治療以外はないので、脱毛はほぼ100%起こります。治療が終われば生えてきますが」と語りました。たとえ一時的であっても、特に思春期の多感な時期には病気と同じくらいの苦痛がこの「脱毛」にはあります。

そして抗がん剤治療以外にも、「円形脱毛症」という突然発症する脱毛があります。原因はストレスと思われがちですが実は不明のことが多く、しかも15歳以下で始まることが多いのです。(詳しくはこちら)

そんな髪の毛が抜けてしまった子どもたちに、ウィッグ(かつら)を作ってプレゼントしている人たちがいます。

「ヘアードネーション」でウィッグを子どもに

JHDAC、ジャーダックという団体です。正式にはJAPAN HAIR DONATION & CHARITYです。「hair(=髪の毛)」を「Donation(=寄付)」するという意味のボランティア団体です。ある美容師さんが始めました。

そのホームページには、実際に寄付をした人やウィッグをもらった人からのこんな声が寄せられています。

髪の毛の寄付とともに寄せられた手紙。ホームページには多数の手紙が掲載されている。
髪の毛の寄付とともに寄せられた手紙。ホームページには多数の手紙が掲載されている。

NPO代表へのインタビュー

なぜこんな活動を始めたのか。そしてウィッグは足りているのか。実際に、このNPO法人の事務局長の渡辺貴一さんにその思いの丈をうかがってみました。

(筆者)「なぜこのJHDACを始められたのですか?」

(渡辺さん)

「私は美容師として30年近く働いてきました。そのなかで、美容室でお客さんの長い綺麗な髪をばさっと切るときにいつも『もったいないなあ、かつら作れそうだよなあ』と思っていたのです。これはきっと美容師なら誰もが思うことでしょうね。でも、誰も現実的にかつらを作ったりしていなかった。私たちはたまたま新しく店を出すタイミングがあり、そのときに『じゃあ切った髪でウィッグを作ろう』と思い立ち始めました。動機は、いままで30年も大量に髪の毛を産業廃棄物として捨ててきたことの贖罪のような、恩返しのような感覚でしょうか。ウィッグを作る活動を始めてから、脱毛の子どもという需要を知り、プレゼントしようと決めたのです。」

(筆者)「美容師さんだから思いついた、現場発のアイデアだったのですね。でもどうやって長い髪を継続して集められるのですか?」

(渡辺さん)

「女性にとって、長い髪は長年をかけて綺麗に手入れをしてきた『装飾品』のようなもの。美容室代だってかなりの額を投資してきたのです。ですから女性の潜在意識にも、バッサリ切るときには「何かの役に立てばいいのにな」とあるのでしょう。その上、長髪女性がバッサリ切るとなると「失恋したの?」とオジさん上司に言われる日本社会。女性にしてみればいちいち理由を言うのもわずらわしい。ですが、うちに送ることで「寄付ですよ」と言い切れる。髪を送ってくれる方の中には、娘を亡くしたので供養のつもりで献髪、という方もいれば、もったいないからとカジュアルな方もいます。もちろんどちらでも大歓迎です。

(筆者)「今のNPO法人で困っていることはなんでしょうか?」

(渡辺さん)「現在は採寸したり病院に出向いたりする人手と資金が足りない状況です。特に、ウィッグのカットやセッティングはやや特殊な能力が必要なので、美容師ならば誰でもというわけにはいかないのです。ですから『活動を継続すること』を第一に考え、出来る範囲で、出来るスピードでやっています。いまは私たちが数人で美容師業務の合間や休日にやっているのですが限界に近づきつつあります。現在90人ほどお待ちいただいている状況です。」

本当はウィッグなんていらない世界になるといい

(筆者)「この活動の先には何があるのでしょうか?」

(渡辺さん)「ただの理想論かもしれませんが、本当はウィッグなんていらない世界になるといいと思っています。『髪の毛がある』状態というのはいわばただの多数派です。人との違いで差別する社会が、ウィッグを必要とし脱毛を隠さねばと思わせています。髪の毛が無いことがなんなのか。

そんなことより、生きていることの方がよっぽど大切。生きて、呼吸して、ご飯を食べていることの方がはるかに大切なんです。

大人も子どもも、いつ誰が脱毛症になるかわかりません。原因だって不明です。明日は我が身であると私は思っていますので、誰ひとりかわいそうなんて思ったことはありません。

このお話を伺って、筆者はその思いに強く同意しました。いつ誰が脱毛症になるかわからない。同じように、いつ私が歩けなくなるかもわかりませんし、これをお読みのあなたがいつ歩けなくなるかだってわからない。拙著でも考えましたが、その延長には、「いつまで自分が生きているかなんて、誰にもわからない」という事実が横たわっています。だから、どうするのか。

また、わたしがこのチャリティーで特に注目したのは、「善意の連鎖」が起きているということと、「不要品への価値付与」です。

かつてウィッグをもらった子どもが、治療を終えたりして髪が伸びた時にそれを寄付するという「善意の連鎖」は、この活動の継続性を支える力になります。また、「切った髪の毛」という普段はゴミとして捨てているものを人毛ウィッグという高級品に変えることは、簡単に参加出来るハードルだと思います。

この「OneWig」と名付けられた世界に一つだけの寄付毛100%フルオーダーウィッグをプレゼントする対象は、18歳以下に限っているそうです。完全に無償で作り、1円ももらわずにプレゼントをするように決めています。

また、ウィッグにするためにいただく髪の毛は、31cm以上の長さの寄付が必要だそうですが、短くても別の方法で換金し活動資金に充てているそうです。もちろん、寄付金も募集しています。傷んだ髪でも、カラーした髪でも、パーマがかかっていても大丈夫。

この新春に、気分を変えて短くしたい方は「髪の寄付」はいかがでしょうか。いつも切ってもらっている美容師さんに紹介しても喜ばれると思いますよ。

JHDAC(ジャーダック)のホームページはこちらです。

(謝辞)

本稿に当たり、ご多忙の中電話取材に答えてくださった渡辺貴一事務局長、小児の白血病についてコメントを下さった森甚一医師に深謝申し上げます。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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