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医療用の麻薬は安全か?〜大橋巨泉さん死去ニュースに〜

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
医療用麻薬は寿命を縮めず、中毒にならず、痛みを取る薬です(写真:アフロ)

12日、大橋巨泉さんが82歳で亡くなったという報道がありました。大橋さんは10年ほど前からいくつものがんにかかり、闘病をしていらっしゃいました。その死因については「モルヒネの誤投与による衰弱が影響した可能性が否定できない」という話もあります。正確な情報が無いため真相は不明ですが、これを機にモルヒネを含む医療用の麻薬について、現場で日常的に処方している立場からお話しします。わかりやすくするためQ&A方式で解説します。なお、本記事内に大橋巨泉さんの死因やその推測などに関する情報はありません。

Q. なぜがんの患者さんにモルヒネを使うの?

実際のところ、「モルヒネ」は今はそれほど多く使用されておらず、モルヒネと似たお薬がよく使われています。これらは色んな種類の薬がありますが、総称して医療用麻薬と言います。医師や看護師、薬剤師など医療者はこれをオピオイドという名前で呼んでいます。

医療用麻薬はがんに対する痛み(がん疼痛-とうつう-といいます)に対して使います。原則的には、はじめにロキソニンなどの痛み止めを使い、その次の強めの痛み止めを使い、それでも痛みがある場合に麻薬を使います。つまり、麻薬以外の痛み止めで効果がない時にのみ使うお薬なのです。

「モルヒネ」と言われると、戦争映画で軍人が末期に注射で打たれるようなイメージがあるかもしれません。しかし医療用麻薬には、実はいろいろな種類のものがあり、今では錠剤やこなぐすり、さらには貼り薬もあります。

お薬の名前では、副作用が少ないまま鎮痛作用を持った「オキシコンチン」や「フェンタニル」と呼ばれるお薬があり、患者さんに応じてその薬の特徴を考えて使っていただいています。

Q.2 麻薬と言われると怖いのですが、中毒にはならないの?

痛みがあってその痛みを取るだけの量を使用する分には、基本的には中毒にはなりません。痛みが強くなるにつれて医療用麻薬の量は増やしていきますが、それで中毒になることはありません。たくさんの研究データがすでに証明していますし、医師が使うガイドラインと呼ばれる本にも明記してあります。筆者の診療経験でも、中毒になった患者さんは見たことがありません。

Q.3 どんな副作用があるの?

多いのは便秘で、これはほぼ必発と言えます。便秘は薬の量が増えれば悪くなるため、医療用麻薬を使っている患者さんには便が柔らかくなるお薬や出やすくなるお薬を併用してもらいます。

吐き気も患者さんの約10-40%に出てくる副作用で、人によってひどさも異なります。通常は医療用麻薬を始める時に吐き気止めの薬も併用することで予防できることがほとんどです。

続いて眠気ですが、これはかなり個人差があり、とても強く出てしまう人からほぼ全く感じない人までさまざまです。開始して二日間くらいは眠気が続き、だんだん落ち着いてくることが多い印象です。

Q.4 麻薬を使うと命は縮むの?

適正な量(=痛みが取れる量)で使用している限りは、命が縮むことはありません。これは多数の研究結果が証明しています。大切なことは、医療用麻薬は「命は取らずに痛みを取る」ものだということです。モルヒネを含むすべての医療用麻薬は、基本的に「眠らせることで痛みを取る」ことを目的としているわけではありません。「麻薬を使う」イコール「末期」というわけでもありません。最近では痛みが出始めたら積極的に早くから医療用麻薬を使い始めることを推奨しています。

以上、医療用麻薬について勘違いしやすい質問に対して答えました。

日本ではまだまだ適正な医療用麻薬の使用が足りていないと言われています。一般の方へ正しい知識を知っていただくとともに、緩和ケアを専門としない医師への啓蒙も必要だと考えます。末尾になりましたが、大橋巨泉さんのご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方には心からのお悔やみを申し上げます。中学生の頃行った、カナダのバンフでのOKギフトショップでの楽しい買い物は記憶に鮮明に残っています。

※本文中での「中毒」とは、精神依存という意味で用いています。

※本文の内容は、医療者ではなく一般の方を対象としています。本記事は、緩和ケアを日常的に行ってはいるがそれのみを専門とはしていない医師である筆者の経験・知識などに基づく意見です。内容は教科書的で基本的なものではありますが、わかりやすさを優先したため学問的な厳密さや正確さを欠いている表現もあります。

※本記事は、大橋巨泉さんのご病状や経過とモルヒネ投与量についての筆者の意見を表明する意図はなく、読者の皆様への医療用麻薬に対する正しい知識の啓蒙のみを目的としています。

(参考)

オキシコンチン添付文書

http://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00049406.pdf

フェンタニル添付文書

http://database.japic.or.jp/pdf/newPINS/00058028.pdf

日本緩和ケア学会ホームページ

https://www.jspm.ne.jp/

がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン

https://www.jspm.ne.jp/guidelines/pain/2014/pdf/02_06.pdf

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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