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【鳥貴族アルコール誤使用事件】真の問題は指摘されていない 医師の視点

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
そのチューハイはずいぶん泡立っていたという話だが・・・(写真:アフロ)

大手焼き鳥屋チェーンの「鳥貴族(とりきぞく)」は8月15日、食品添加物アルコール製剤をチューハイ用の酒と誤って使用し、合計151杯を客に提供していたことが判明したと発表しました。鳥貴族は1985年に一号店が出てから順調に店舗を増やし、店舗数492店舗で2016年に東証一部に指定された企業で、「全品280円」を売りに人気の焼き鳥屋です。創業者はアイドルグループ「関ジャニ∞」の大倉忠義さんのお父さんです。

本記事では鳥貴族にインタビューした内容をふまえ、医師の視点から解説します。

Q. どんな消毒薬だったのか?

A. 食用に使うアルコールです。

筆者は鳥貴族に電話取材を行いました。「アルコール製剤の商品名を教えて下さい」との質問には「メーカーにご迷惑がかかるので、具体的な商品名については一律お答えしていない」というお返事でした。

ですので憶測の域を出ませんが、「消毒用アルコール 食用」で検索するといくつかの商品がヒットします。これらは、もともと食品や食器に使う消毒用のアルコールです。

Q. 飲んで体に害はあるのか?

A. まず大丈夫そうです。

筆者は医師として、高い確率で「体に害はない」と考えます。電話取材では、「健康被害はあったのか?」という質問に対して「8月15日に本件を発表するまではゼロで、発表後は数件の腹痛などの問い合わせがあり、医療機関への受診をお勧めしました」とのことでした。重篤な被害はこれまでのところゼロと考えてよさそうです。

Q. お酒と消毒用のアルコールはどう違う?

A. ほとんど同じです。

ここで使っているアルコールという言葉は、厳密には「エチルアルコール(=エタノール)」のことです。飲用も消毒用も同じものになります。そして消毒用アルコールには2種類あり、一つは病院などで手指の消毒に使うもの、そしてもう一つは食用のものです。病院などで使うものにはエタノールに加えイソプロパノールなど他のアルコールが添加されているため、口に入れることはのぞましくありません。あくまで手などに擦り込んで使います。一方で食用のものは、100%エタノールなので口に入れても問題ありません。

また、今回鳥貴族が間違えて使ったアルコール製剤は「サトウキビから精製された」アルコールということでした。実はアルコールの作り方については2通りあります。経済産業省のホームページを引用します。

アルコールは製法が大きく分けて2種類あり、原料が違います。 発酵アルコールは、糖蜜やさとうきびなどの糖質と、トウモロコシ、さつまいも、じゃがいもなどのでんぷん質を原料として作ります。 また、合成アルコールは石油から得られるエチレンを原料として作ります。

出典:経済産業省 中部経済産業局

Q. なぜ間違えたのか?

A. 無色透明の見た目も、サーバーとの接続部分も似ていたからです。

鳥貴族の発表によると、容れ物の形が似ていて液体はどちらも透明だったこと、消毒用アルコールの口径がドリンクサーバーの口径と同じくらいだったので強引に接続することが可能だった、ということです。

Q. なぜ4日間も消毒用アルコールのチューハイが出され続けたのか?

A. 理由は不明ですが、ここが大問題です。

鳥貴族の発表によると、間違えて消毒用アルコールを接続してから、4日間も誤ったままチューハイを提供し続けています。発表された情報(※1)をまとめると、このようになります。

7月19日 誤って消毒用アルコールをチューハイのドリンクサーバーに接続し、誤ったチューハイの提供がスタート

7月22日 異変に気付いたが、サーバーの不具合と思いサーバーメンテナンスを手配し、誤ったチューハイの提供は続行

7月23日 サーバーメンテナンスを行った所、サーバーの不具合ではなく消毒用アルコールが接続されていることが発覚

まず消毒用アルコールがチューハイのドリンクサーバーに接続可能な形をしている時点で、大きな問題があります。もし今回の消毒用アルコールが他の消毒薬だった場合、かなりの健康被害が出たことでしょう。まあ、被害がなかったので誰も気づかず使い続けたという見方も出来ますが・・・。

医療の世界でも同じような事件が過去に起きたことがありました。「カリウム製剤(KCL)」というよく使われるお薬があり、これは急速な注射をすると心停止を起こし死に至るので、必ず希釈してからゆっくり投与する必要があるものです。しかし誤ってカリウムを急速に注射したため患者さんが死亡した事故があり(2014年10月沼津市立病院)、それ以来カリウムは直接注射する点滴の管には物理的に接続ができない形の「プレフィルドシリンジ型製剤」というものに置き換わってきています(下の図を参照)。

カリウム製剤の専用針(KCL注10mEqテルモ 添付文書より一部抜粋)
カリウム製剤の専用針(KCL注10mEqテルモ 添付文書より一部抜粋)

今後、鳥貴族を含む全ての食品関係の店舗・会社ではこういった「絶対間違えてはいけないもの」のチェックをすることが強く望まれます。どれほど注意喚起をしても間違えるのが人間です。カリウム製剤で行われたような「絶対接続できないような形にする」という工夫で、どんな店員・社員でも誤った接続をすることは回避できます。特に日本語があまり得意でない外国人の従業員がいるところでは、必須の工夫と言えるでしょう。筆者が良く行く鳥貴族のある店舗では、ホールのほぼ全員が外国人です。

Q. 発生してから公表まで、なぜ3週間以上もかかったのか?

A. 不明です。これも問題です。

事故原因は、サーバーメンテナンスをした瞬間に明らかであったはずです。いたずらに3週間以上も公表を遅らせたことは消費者の信頼を著しく損なった上に、まさに151杯の消毒チューハイを飲んだお客さんの健康被害を第一に考えたら、発覚した時点ですぐに公表すべきです。また、返金などの対応を本当に誠心誠意するのであれば、お客さんの記憶が薄れないうちの早期の公表があってしかるべきです。残念ながら、企業の保身を考えた結果、信用を失った3週間でした。

医師の視点 健康被害がなかったから良かった、ではいけない

もちろん健康被害がなかったのは不幸中の幸いでしたが、「まあ食用のアルコールなんだし、大した問題ではないだろう」という甘い対応であれば、次は死亡事故などの大事故を起こす可能性があります。

鳥貴族は、株主・投資家向けのお知らせの中に

6.今後の業績に与える影響について

本件が当社の業績に与える影響は軽微であると考えておりますが、開示すべき事項が今後発生した場合には、速やかにお知らせいたします。

出典:お客様への食品添加物アルコール製剤誤提供についてのお詫びとお知らせ

と発表しています。「業績に与える影響は軽微」と考えるのは結構ですが、鳥貴族のイメージに与えたダメージはかなり大きいと筆者は考えていますし、そう認識していただきたく思います。

この事故が「たまたま、とあるバイトのミスで」起こったものという認識だとしたらそれは改め、「こういう事故が起きうる企業文化なのだ」と肝に銘じて、小手先でない抜本的な再発防止策を考えるべきです。

以上、やや辛口でしたが、体を守る医師という立場と、リスクマネジメントを日々行っている医師の立場から述べました。鳥貴族の一ファンとして、再発防止を祈りつつ稿を閉じたいと思います。

(※1)

以下に鳥貴族の発表を引用しておきます。

平成 28 年7月 19 日に当社従業員が、チューハイ提供時に使用するドリンクサーバーへ焼酎を接続すべきところを誤って食品添加物アルコール製剤を接続し、そのことに気付かず当該ドリンクサーバーを使用してお客様へ商品を提供しておりました。誤って接続した時点でドリンクサーバーから抽出されるチューハイに異変が認められたため、ドリンクサーバーに不具合が生じたとの認識をもち、平成 28 年7月 22 日にドリンクサーバーのメンテナンスを手配したものの、この間も誤った商品を提供しておりました。平成 28 年7月 23 日にメンテナンスを実施するなかで、異変はドリンクサーバーの不具合によるものではなく、ドリンクサーバーに接続している原液が原因である可能性が高いと判断したため、当該ドリンクサーバーの使用を中止し、新たな焼酎を開封のうえチューハイの提供を行いました。

出典:鳥貴族 ホームページ

※筆者とすべての焼き鳥屋に、一切の利益相反関係はありません。

(参考)

鳥貴族ホームページ

https://www.torikizoku.co.jp/pdf/20160816_oshirase1.pdf

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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