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【医師わいせつ逮捕事件】本当にわいせつ行為はあったのか?医師の視点

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
手術直後にわいせつ行為を働いたとして外科医が逮捕された(写真:アフロ)

どんな事件だったのか

8月25日、医師が準強制わいせつの疑いで逮捕されたという報道がありました。

これは、今年5月にある男性外科医が手術直後の女性にわいせつな行為をした疑いで、8月25日に逮捕されたという事件です。報道によっては、患者さんの身体から唾液が検出されているというものもあります。NHKなどいくつかのメディアが報じました。

「手術直後の女性患者にわいせつ容疑 逮捕の医師は否認」(NHK NEWS WEB 2016.8.25)

「医師逮捕は不当」病院が抗議文-警視庁に釈放など要望

病院はすぐに抗議文を公表した

逮捕を受けて、外科医が働く柳原病院はすぐに抗議文を発表しました。なお、本人は否認しているということです。

2016年8月25日、警視庁により当院非常勤医師が逮捕されたとの報道がされ、その後当院はその事実を確認した。この逮捕は全身麻酔手術後患者の訴えのみを根拠とする警視庁による不当な逮捕である。

出典:柳原病院HP

ここから、外科医の視点でこの事件を解説します。

どんな手術だったのか?

情報が報道および柳原病院の抗議文中のものしかないため、それを元に推測します。

当院1泊入院予定で右乳腺腫瘍摘出手術を実施したA氏が、手術終了直後に4人部屋の病床にて、術後診察に訪れたB非常勤医師からわいせつな行為をされたとして、友人を通じて警察通報した。

出典:柳原病院HP

「右乳腺腫瘍摘出手術」とは、乳房の中にできた良性あるいは悪性の腫瘍を、乳房の皮膚を一部切って摘出する手術です。腫瘍が小さく皮膚から近いところにあれば部分麻酔で行うこともありますが、多くは全身麻酔で行う手術です。大きな手術ではないため手術時間は30分〜2時間で終わることが多く、手術後はトラブルがなければ1泊〜数日以内に退院出来ます。

手術が終わった後、患者さんはどう動くか

全身麻酔による手術の場合、手術後の患者さんは「手術室→リカバリ室→病棟の部屋」と動きます。

まず手術室で外科医による手術が終わり皮膚を縫い終えると、麻酔科医が麻酔をさまします。「目を開けてください」「手を握って、次に開いて」などの指示に答えられることがわかってから、「抜管」といって口から気管に入っている管を抜きます。抜管したら服を着て、麻酔台から部屋に帰るためのベッドに移り、手術室を出ます。それから10分ほどは「リカバリ室」などと呼ばれる、手術室の直ぐ近くの部屋で麻酔科医による麻酔が醒めているか、痛みは強くないか、吐き気はないかなどをチェックします。この段階ではまだ患者さんは夢うつつのような状態のことが多いです。

病棟から病棟ナースが迎えに来て、手術室ナースと情報を交換します。それで問題なしとなったら、病棟の入院中の部屋にベッドのまま戻るのです。

わいせつ行為があったというタイミング

そして入院中の部屋に戻ると、再びナースによるバイタルサインのチェック(血圧測定など)が行なわれます。この辺りのタイミングで、外科医は一度、さっき縫い終えたばかりの患者さんの病室へ行き、手術創を見ます。出血がないか、ガーゼなどがきちんと貼れているか、そして患者さんの意識や呼吸は戻ってきているかなどを調べるためです。これは外科医であれば必ず行います。この段階では、はっきり起きている(意識が清明な)人もいますし、まだまだほとんど眠っている状態の人もいます。

柳原病院の抗議文によると、このタイミングでわいせつ行為が行われたという話になっているようです。

当院の調査でA氏の術後の供述は、全身麻酔による手術後35分以内のこと

出典:柳原病院HP

さらにA氏は満床在室の4人部屋におり、術後の経過観察に看護師が頻回に訪床する病床にいた

出典:柳原病院HP

事件の真相は?

3つの可能性考えられます。

1、わいせつ行為があった可能性

手術後、四人部屋に入った患者さん。患者さんどうしはカーテンで区切られていますから、お互いが見えることはありません。そしてナースは常に手術後の患者さんのそばにいるわけではなく、患者さんが痛みを訴えたら痛止めを取ってくるなどしてベッドサイドから離れる時間はあります。ですから、医師が患者さんと二人きりになる可能性はあります。密室ではありませんが、カーテンで区切られています。手術直後の場合は数人のナースが患者さんのベッドサイドに出入りするため、数分単位という極めて短時間にはなりますが、わいせつ行為が行われる可能性はゼロではありません。

2、胸の診察を「わいせつ行為」ととられた可能性

胸の手術を執刀した医師が、自らメスを入れた部分を観察し出血がないことを確認するのは必須の診療行為です。ですから胸をはだけさせて診察するのは当然で、それ自体はわいせつ行為ではありません。もしそれをわいせつ行為と取られるのならば、筆者は日々大腸外科医として下腹部を見て触り、直腸の病気の方には肛門に指を入れるなどの診察を行っていますから、毎日わいせつ行為で逮捕されることになります。

男性医師は、女性の診察の際には「密室で二人きりにならないこと」「女性看護師を同席させること」をせよと習います。それは、患者さんへの配慮をすることのほかに、「何かされた」と訴えられたら証拠がないので医師自身の身を守れないからという意味もあります。

診察という行為は、直接体を触り、全身をくまなく直接見ることが基本です。それがわいせつ行為とされてしまったら、診察自体が不可能になります。また、「女性看護師を同席させること」を100%行うのは、現場の多忙さから考えて極めて実現困難です。

3、術後せん妄による勘違いの可能性

この患者さんが「術後せん妄(もう)」であった可能性です。「術後せん妄」とは、簡単にいうと手術直後あるいは数日後に発症する、意識が障害され短時間で良くなったり悪くなったりするものです。一旦この「術後せん妄」に陥ってしまうと、話はほぼ全く通じなくなり手術直後なのに「家に帰る」といってベッドから起きようとしたり、点滴をハサミで切ったり、大事な管を引き抜いてしまったりすることがあります。

また、ある医学論文では、麻酔薬(おそらく今回の手術でも使ったであろうプロポフォールなど)によって性的な幻覚が生じることがあると報告されています(*1)。そのため、今回の一件でも「術後せん妄」または麻酔薬による幻覚であったという可能性はあります。

医師の視点

今回の件で、わいせつ行為が本当にあったか否かは現段階でははっきりしていません。医療の現場では、身体を診察するという行為の特性上、また密室になりやすいこと、そして患者さんの意識が変容していることもあることなどから、わいせつ行為のつもりではなくともわいせつと言われてしまうと反論が極めて難しいという側面があります。

本件では、それが起こってから3ヶ月後に逮捕となりました。通常逮捕と呼ばれるこの逮捕で、マスコミに逮捕することや氏名・年齢・住所まで情報を流し撮影させていたのですから、警察は何かしらの証拠を掴んでいるのかもしれません。今後の情報を注視したいと思います。

(*1)Sexual hallucinations during and after sedation and anaesthesia. Balasubramaniam B, Park GR. Anaesthesia 2003 Jun;58(6):549-53.

※逮捕された医師は筆者の勤務先でも非常勤医師として勤務しており、筆者は7年前に数ヶ月間直接の指導を受けたことがあります。ここ6年ほどは直接会っておらずやりとりもありません。そのため影響は小さいと考えますが、知人であるという点で本記事は客観性を欠いている可能性があります。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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