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ネット上の無責任な医療記事について考える【welqというサイト炎上に】〜医師の視点〜

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
ネットで調べた病気や健康の情報って、どれくらい信用できると思いますか・・・(ペイレスイメージズ/アフロ)

welq(ウェルク)というサイトが、問題のある医療情報を載せていたとして問題視されている。本記事ではこの件をきっかけとして、インターネット上の医療情報について、医師の立場から論じる。

※追記 本記事を公開後の11/29 21:00、welqは全面非公開となりました。詳細はこちら

内容は以下の通りで、およそ8分で最後まで読み切れる。

・「welq」はなぜ炎上したのか

・医療記事を作ることは難しい

・どうすれば信じられるサイトを見つけられるのか?

・医学的な真実とは何か

・「重すぎる自己責任」の時代が来た

「welq」はなぜ炎上したのか

welqというサイトが炎上した件についてまずは触れたい。炎上とは、あるサイトや発言についてのインターネット上での非難やバッシングが集中することを指す。

welqというサイトは、大手IT企業のDeNAが運営する健康情報などを載せたサイトで、「ココロとカラダの教科書」と銘打っている。あまりサイトの名前に馴染みはないだろうが、おそらく一度は見たことがある人は多いだろう。というのは、このサイトは「腹痛」や「頭痛」、「だるい」「吐き気」などでgoogle検索するとほぼ間違いなく一番上に表示されるサイトだからだ。「◯◯を起こす原因9つ」などとして、いろいろなクリニックや病院などの記事を切り貼りしたような記事を載せていた(現在は削除済み)。

では、なぜ非難が集中したのか。

それは、記事の作り方が「ほとんどが無断の引用」であったり、「内容が倫理的に問題あり」とされたからだ。

例えば「死にたい」とgoogleで検索したら検索結果の一番上にwelqのページが出てきて、そこをクリックするとページから色々な商品やサイトへ誘導される仕組みを作ってお金を稼ぐというあまりに非人道的な手法であったり(引用1、本文の最後に引用元あり、以下同じ)、あるいは「肩こり」で検索されて出てきた医学記事が「幽霊が原因のことも」などとあまりに非科学的であったりという事例(2)による(現在ではどちらの記事も削除済み)。

この経緯などは

「DeNAがヘルスケア絡みのキュレーションメディア商売で大炎上」(山本一郎氏、2016年11月28日)

に詳しい。

これらの指摘を受けて、このサイトは「お知らせ」として「公開されている記事について、医師や薬剤師などの専門家に対し、医学的知見からの監修の依頼を開始」し、「記事内容のパトロールチームを組成し、記事内容が適切であるか否かを確認」するとした(【お知らせ】「専門家による記事確認」および「記事内容に関する通報フォームの設置」についてより、11月28日引用)。

他にも、間違いだらけ、問題だらけの記事であったため筆者が指摘しようと思っていた記事は多数あったが、削除のスピードは速く、11月27日に筆者が確認した「頭痛」「腹痛」「吐き気」「だるい」をgoogle検索して一番目にヒットした記事は全て11月28日には削除されていた。どうやらほぼ全ての「症状」や「病名」に関する記事は引っ込めたようだ。指摘されてからであるが、きちんと対応しているのだろう。

医療記事を作ることは難しい

なぜこのようなことになってしまったのか。

そもそもインターネット上の無料サイトの多くは、そのサイトにどれだけの人数が来たか(=何人に読まれたか)で収入が決まる。営利企業が運営するからには、たくさん読まれなければならない。その桁はどれくらいかというと、例えば11月27日まで見ることが出来た記事には、一記事にこれまで70万人以上もの人が訪れていた(記事には「700,000 views」などと数字が公開されている)。また、このwelqというサイトは色々な用語で検索するとかなり上位に表示させることが出来る能力(SEO; Search Engine Optimizationという)に非常に長けており、そのおかげで多くの人に読まれていた。そうして影響力が大きかったため、この問題が発見されたのだ。今回はこのサイトが注目されたが、実はこのサイト以外にも問題のある医療記事を載せているサイトは多数存在する。

医療や健康に関する記事というものは、実は正しく作成しようと思うととても作るのが難しい。筆者は現役の医師であるが、これまで約50の記事を執筆している。参考までに、筆者の記事作成の方法を書いておく。

一つの記事の作成に当たっては、自分の医師キャリア(医師として10年目、医学を学んで16年)で得た知識に加え、数冊の本を読んだり、厚生労働省や総務省・WHO・専門の学会ページを10カ所以上は参照したり、場合によっては英文論文を数本読むなどして、全ての原著には当たるようにしている。さらにはそのテーマを専門とする医師と直接議論をし、意見をもらった上で、さらに第三者に問題がないかどうかチェックしてもらい公開する。それでも過去に誤った情報を書いたことがあり、大慌てで訂正したこともある。記事として公開する内容には、「医師としての常識」さえもある程度は疑ってかかるようにしているのである。

筆者は記事の信頼性を高めるために、名前と顔と所属する病院名を出し、さらに国家に認定された「医師」という資格を担保としている。営利企業に利するような内容の時にはかならずその企業と自分の利害関係について明記している。

welqは一般にライターを募集しマニュアルに従って記事を書かせ、それを医師などの専門家のチェックをすること無しに公開していたという(3)。医学知識のない書き手が書くだけでもかなりの困難を伴うはずだが、それを専門家チェック無しで、さらに無記名、顔も所属も出さずに公開していたというのであれば、残念ながら信頼性は低い。

どうすれば信じられるサイトを見つけられる?

では、どうすれば「信頼できるサイト」を見つけられるのか。これは極めて難しい問題だが、この朽木誠一郎氏の記事に大変わかりやすくまとまっている。

「がん」などのインターネットの検索結果で「信頼できる医療情報」を手に入れるために知っておきたいこと

この中には、特定非営利活動法人日本インターネット医療協議会(JIMA)公式ホームページの『インターネット上の医療情報の利用の手引き』の引用として、

1. 情報提供の主体が明確なサイトの情報を利用する

2. 営利性のない情報を利用する

3. 客観的な裏付けがある科学的な情報を利用する

4. 公共の機関等が提供する医療情報を主に利用する

5. 新しい情報を利用する

6. 複数の情報源を比較検討する

7. 情報の利用は自己責任が原則

8. 疑問があれば、専門家のアドバイスを求める

9. 情報利用の結果を冷静に評価する

10. トラブルに遭った時は、専門家に相談する

出典:特定非営利活動法人日本インターネット医療協議会(JIMA)ホームページ「医療機関によるインターネット上の 医療広告の実態と課題」

が挙げられている。これはかなり有用だと筆者は考える。とはいえ、全てのサイトでこのような検証をすることは難しい。そこで筆者の考える、「1、もっとも信頼のおけるサイト」を挙げておく。

・厚生労働省のホームページ 例えばインフルエンザの情報など

・学会のホームページ 例えば大腸がん検診について(大腸肛門病学会)

・専門機関のホームページ 例えば色々ながんの情報(がん情報サービス 国立がん研究センター)

ただし、これらは専門用語が使われ、かなり難しいものもある。

そこで、「2、次に信頼のおけるサイト」だが、これは製薬会社や大きな企業の作っているサイトだ。Yahoo!ヘルスケアは執筆者が(一覧表示だが)医師であるようだし、ただしこれらは営利企業なので、自社製品やサービスが売れる方向に多少なりとも影響を受けている。製薬会社はその商品(お薬)を売る立場であるし、医師や薬剤師も多数在籍する専門家集団なので信頼はおけると考える。

その次に、「3、まあまあ信頼のおけるサイト」だが、ここで病院やクリニック、あるいはこの記事のような医師個人のページなどが挙げられる。もっと上ではないか、という医師もおられるかもしれないが、これらはあくまで一個人の意見であり、そこまでチェック機構も働かない。そして時折極端な主張の医師がいたり、明らかに自クリニックの商売のための発言やステマ(ステルスマーケティング;広告とは明かさずに広告のような記事にすること)に近い発言もあったりするため、それほど信頼性は高くないと筆者は考える。なお、筆者の記事も筆者以外の医師によるチェックをしているわけではない。

それ以外のサイトは本当に玉石混淆だが、概ね「玉」ではなく「石」だ。基本的に無記名あるいはペンネームの医療記事は信頼しない方が無難だ。

医学的な真実とは何か

ここで一つ大切なことを言わねばならない。それは、この世に存在する全ての記事や、全ての発言は、「自分あるいは自社の利益」になるような発言になっているという事実だ。もちろんかなりの程度の差があるが、どんな記事を読んでも、かならず書いた人やその記事が掲載されたサイトなどの都合の良いような内容になるのである。

営利企業は、もちろん社会への貢献という目的はあるが、それでも自社に利益のあるような内容に(時には知らず知らずのうちに)誘導してしまうし、利益が最大化するような方法、例えば記事を書くコストを下げ得られる収入を増やす方法を取る。医学的真実に寄り添うのではなく、利益の最大化が優先される。

そしてそれは極端な話、最もそのような利益から距離があると思われる、アカデミアと呼ばれる大学や研究所などから出る「学術論文」にしても同じことが言える。研究者の多くは良い雑誌に自分の論文を載せたいし学会で認められたい、そしていい大学の教授になりたい。大学や研究所は少しでもインパクトのある結果を出して世の中へのプレゼンスを高めたい。それが暴走すると「捏造」になる。日本で一番入学試験が難しい大学の医学部で大量の論文不正疑惑が指摘されたこともあった(現在調査中のものもある)(4)。もちろんそのような名誉欲や金銭欲から自由で、科学的真実のみを追求する研究者も大勢いるが。

無論、筆者の書くものも、自分の所属する病院や医師という職に少しでも利するようになってしまうし、この記事を掲載し若干の原稿料を支払ってくれるYahoo!への影響がゼロではない(つまりYahoo!の悪口は書きづらい)。

何が言いたいかというと、真実などほとんど見つけることは不可能だということだ。身も蓋もない。では、私たちはどうすれば良いのか。

「重すぎる自己責任」の時代が来た

筆者は今の情報の溢れた時代を、「重すぎる自己責任」の時代と考えている。情報は与えられた。それらの真偽も含め、自分で全て選びあるいは捨てなければならない。まだ家具やクルマはいい、買い替えられるのだ。しかし医療情報は違う。一度間違えると、場合によっては命を失うことにもなりかねない。がん関連などは、恐ろしくて数えたくもないがかなりの数の詐欺まがいのサイトがあり、毎年何人もが命を落としているだろう。

「情報のロシアンルーレット」のような状況、それが今のネットの状況だ。少しでもハズレを引く可能性を減らすため、筆者は3つのミッションを提案する。

1, ヘルスリテラシーを上げよ

2, 医師が発言せよ

3, 病院を受診せよ

1, ヘルスリテラシーを上げよ

ヘルスリテラシーとは、個人が健康であるための知識や情報集めのスキルのことである(WHOの正確な定義は下記(5))。これを向上させることで、自らその記事がどれだけ真実に近いか、あるいは信用に足るかを判断することが出来る。

しかし、とは言っても今から勉強するのでは限界がある。そこで、将来的には教育にも踏む込む必要があるのではないかと筆者は考えている。医学を初等・高等教育に組み込むことで、例えば「腎臓は体にとって毒であるアンモニアを含む多くの毒素を排泄している」と知っていれば「腎臓が悪いと体がだるくなる」と理解できるであろうし、「どんな薬も有効な濃度と危険な濃度がある」と知っていれば「薬の飲み過ぎは危険」と理解できるからである。しかしこれはやや理想論であろうか。

2, 医師が発言せよ

そこで、ヘルスリテラシーが向上するのを待つ間に、専門家であり「人々の健康向上」以外にバイアスのかかりにくい医師が自らどんどん発言するというのはどうだろう。

しかし、発言をしている筆者が言うのもなんだが、医師が自分で発言をするのはキャリア形成や訴訟などの点からリスクが高過ぎる。そしてリスクに見合った報酬は得られない。さらには、テレビやネットなどで発言する医師は「変だ」と思われることもある。医師ならば目の前の患者の治療に没頭せよ、暇な時間は論文を書け、という業界の暗黙の掟もある。その結果、医師は発言をしない。この状況を打破したいが、なかなか「変」な医者には会えないのだ。

3, 病院を受診せよ

だから、このような身も蓋もない結論になってしまう。症状があったときはネットで調べるのも良いが、さっさと専門家である医師にかかってしまう。それが一番安全で効率が良いかもしれない。今はまだ病院を予約して受診してとハードルが高いが、これから増えていく遠隔医療や医師による健康相談などでハードルが一気に下がれば、「調子が悪いから医者にメールしてみよう」などとなってこれらの問題を一気に解決する可能性がある。

以上、welq問題をきっかけに、ネット上の医療情報についてまとめた。

(参考)

(1)「死にたい」でSEOされたwelq(運営:DeNA)の大きな問題(辻正浩 2016年10月26日)

(2)「信頼性薄い」批判受け……DeNAの健康情報サイト「welq」、専門家が監修へ(ITmediaニュース 2016年11月26日)

(3)DeNAの「WELQ」はどうやって問題記事を大量生産したか 現役社員、ライターが組織的関与を証言(井指啓吾 2016年11月28日)

(4)「医学系論文に不正」 東大が匿名の告発状2通を受理し予備調査を開始(東大新聞オンライン 2016年9月13日)

(5)Health literacy and health behaviour(WHO homepage)

ここには以下のように定義されています。

Health Literacy has been defined as the cognitive and social skills which determine the motivation and ability of individuals to gain access to, understand and use information in ways which promote and maintain good health. Health Literacy means more than being able to read pamphlets and successfully make appointments. By improving people's access to health information and their capacity to use it effectively, health literacy is critical to empowerment.

出典:Health literacy and health behaviour (WHO)

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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